第9話 波乱 ~3~
もうそろそろ、一年編、第一章が終わりそうです
「うまくまけたかな……?」
霊印流歩法、瞬歩でその場から離れ、物陰に隠れたタクトは一人呟いた。
レナのことだから、多分術を使って自分の居場所を特定するだろう。タクトはそう考えている。
そのため、まくことなど出来はしないのだが、少しでも時間を稼ぎたかった。
「そう思うなら、事情を説明すれば良かったのに……」
タクトの周りを飛ぶコウがため息混じりで正論を突く。まあ確かに、と苦笑いしつつそれでも、と彼は言う。
「事情を知ったら多分、てか絶対付いてくるよ。もし乱闘騒ぎになったらって事を考えたら…」
「なるほど。”あの力”を使わせたくないということだな」
タクトは頷き、
「そういうこと。それよりも、今はマモルの方を助けないと」
そうだな、とコウが呟き二人はマモル達が向かっていった場所へと駆け出す。
まだ乱闘騒ぎになるかどうかわからないのだが、あの取播き連中と陰険な雰囲気を見れば、用心するに越したことはない。
瞬歩も織り交ぜながら走るので、偶然いた見物人からはいきなり消えて、離れたところにフッと現れたかのような錯覚を感じさせた。
生徒達が「なんだ?」と疑問に思う中、その光景を見た一人の生徒が驚きを持って見つめた。
やがて彼の視界から消えると、その生徒はへぇーと面白そうな笑顔を浮かべる。
「今年は生きの良い奴が入ってきたな~」
クックックッと笑みを浮かべるその生徒は、タクトが消えていった方向をしばらく見つめ。
傾いてきた太陽が、彼の赤髪を明るく照りつけた。
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「………」
「そうブスッとするなよ」
アイギット達に連れられて第二アリーナにまで来るとマモルは終始無言だった。双方はにらみ合う形で対峙しており、彼の無言を怯懦と見なした彼らは、唇をニィッと歪めマモルに凄みをきかせる。
だが、それらには一切関わらずに憎らしいほどの落ち着きを見せる彼が気にくわず、
「てめぇ、余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ」
「………」
取播きの一人がヤジを飛ばす。だが、それさえも無言を返す形で応じ、彼らの怒りを高める。怒りが絶頂に達する寸前、不意にアイギットが声をかけた。
「随分と余裕そうだな。流石は入試の時高評価だった奴だ」
その言葉に、ようやくマモルは反応した。
それまで俯き加減だったのが、急にアイギットの方を見やり、眉をひそめた。彼ーーアイギットは、こちらに背を向ける形で立っており、それを見たマモルはフンと鼻を鳴らし素っ気なく言い放った。
「そうみたいだな。それがどうした?」
「実を言うと、俺も高評価だったんだ」
それを聞いて、マモルは再び眉をひそめた。
(こいつ、何が言いたい?)
その心の声に応えるように彼は続ける。
「まぁ当然だよ、あれだけ苦労したんだし。……日頃武術を習い、魔術を習い、勤勉に励み。それでようやく高評価をとった」
最初は自慢話がしたいのかと思ったがーーどうやら違うようだ。
彼の一言一言には棘があるように感じられる。また、「あれだけ苦労した」のあたりで、当時の事を思いだしたのかどこか遠くの方を見やった気がした。後ろを向いていても、それぐらい感じ取れる。
彼の独白は続く。
「ようやく……ファールド家に恥じない高評価をとったんだ。だけど」
そこでやっと、彼は振り返りこちらを見た。
目を見た。彼の憎悪に満ちた目を。
その目を見て、マモルは悟った。
(そういうことか)
なんちゅう甘ちゃんだーー心の中でため息をつく。
そこでマモルはようやく彼らしい行動を見せた。つまり、ニィッと笑ったのだ。
「なんで、無知な世界から来た君が、”君たち全員が”俺と同等なんだよっ……!」
ーー彼は許せなかった。
何も知らない世界から来た奴らが、何も苦労もなしに自分と同等になると言うことが。そしてそれは、彼の取播き達も同じであった。
身分の差はあれど、やはり彼らにもプライドがある。それを、ひどく踏みにじられた気がしたのだ。
だからーー
「俺達はーー」
「愚痴は終わりかい?」
アイギットの言葉を遮って、マモルはイライラしげに言い切った。
愚痴ーーそう言い切ったマモルはため息をついた。
「な、何だと……?」
目を白黒させてそう呟く彼らに、マモルは頷きながら答えた。
「お前らの言ってることはただたんの愚痴だ。甘ちゃんだよ、おまえらは」
その言葉に、マモルを睨みつけてくる取播き達。だが、それらの眼光には一切関わらず、それどころか逆に睨みつけたりする。
「確かに俺達は精霊の事を知らない世界から来た。…俺だってガルと出会ってなかったら、精霊の事なんて一生知らなかっただろうしな。だけどーー」
マモルの脳裏に浮かぶのは、十年近く前に起こった出会い。もしあのとき出会わなければ、マモルは今とは違う道を歩んでいただろう。
だが、あのときのことを悔やんだことは一度もないし、それどころか今の道で満足している。
「ーーいや、だからこそ、知ろうと思ったんだ。精霊のこと、魔術のこと、異世界のこと。それらのことを知って、鍛えられて、それで今の俺がある」
取播き達を順繰り順繰り見やりながら、最後にアイギットに目を移す。
彼らはマモルの言葉を聞いていくと、様々な反応をしてきた。
いぶかしむような目つき。疑いの眼差し。ーー目を見開いた、共感。様々な感情が目に表れるなか、アイギットだけは無表情だった。
何を考えているのかよくわからないーーこんな目つきをする奴は、大抵危険だ。思わず目を細め、マモルはアイギットの様子をうかがう。
「……そうか、お前はそう思っているんだな。ならーー」
彼は一度目を閉じーー次に開いた時は、こちらを睨みつけていた。腰のあたりに魔方陣を展開させ、そこから証を取り出す。
手を保護するナックルガードを取り付けた細剣ーーレイピア型のそれを構えるなり、その切っ先をビュッと突きつけた。
それにならい、彼の取播き達も一斉にそれぞれの証を出現させ、思い思いに構える。しかしマモルも黙っていない。武器を取り出した取播き達を見るなり、すかさず己の証ーー二丁銃を取り出し周りに目を配る。
彼らとは違い構えこそしないが、それでもいつでも動けるよう楽な姿勢をとるさまは、中々どうに入っていた。
「共に苦労した者同士、どちらが上か」
アイギットが呟いたその時だった。シュインと微かに何かを引き抜くような音がしてーー
「ーー雌雄を決しようではないか」
ーー取播きの一人が吹き飛んだ。
「な……!」
突然の出来事に呆然となる取播き達。彼らがその一人を吹き飛ばした方を向いた。顔を俯け、誰かはわからない。しかし、二人にはわかったようで、マモルはハッと鼻で笑い、アイギットは目を再び閉じた。
「ーーそこにいる、君の友人と共に」
取播きの一人を吹き飛ばした少年ーータクトは、刀を片手にゆっくりと顔を上げた。