表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
147/261

第14話 深淵の闇~6~

辛うじて均衡を保っていた局面は、タクトの疲労という形で崩れることとなった。


「っ……はぁ……はぁ……」


刀を手に持ちながら膝を突くタクトは、乱れた呼吸を整えるのに必死だった。やはりと言うべきか、精霊使いとしての力が戻って間もない今の体では、積み重なる疲労の度合いはとてつもなく大きかった。


体内にある魔力炉から魔力は生成されるが、炉を動かす動力源は持ち主の生命力。欠片を宿していたときのタクトは、欠片の影響により炉の動きが鈍り、魔力の生成量が平常時と比べると格段に少なかった。


ーーその状態になれてしまったためか。魔力の生成量も元に戻った今、炉の動きは欠片を宿していたときよりも遙かに活発に動き、結果生命力を酷使する結果となる。


そればかりか、体内で魔力を生成するために、肉体は常に魔力の恩恵を受け、身体能力も大きく向上するが、それも同じ理由により、いわば”鈍っていた”彼の体は、いきなりの全力戦闘にはついて来れなかったのだ。


『……末恐ろしい人の子よ。……お主、名は何という』


地面に膝を突いたタクトに、ダークネスは大剣を突きつけて名を問いかける。ダークネスも、目の前の少年に興味を抱いていたのだ。


”加護”程度の理の力だけを用いて、”精霊憑依”も行わずに、ここまで己に拮抗した彼。そんなことは、因縁深いトレイドでさえ不可能だ。下手をすれば、トレイド以上の強者になれる、なれる資質を持っていると、そう感じためである。


「……桐生……タクトだよ……」


『……キリュウ・タクト……桐生タクト、だな。その名、トレイドと同じく覚えておいてやろう』


光栄に思え、と言わんばかりの声音で伝えたと思いきや、ダークネスは手にしている漆黒の大剣を高く掲げる。このまま振り下ろすーー自然の加護を使わなくとも、この程度のことは読み取れた。むしろ、剣を習っているもので、振り上げられた剣がどうなるのか、分からない奴はいないだろう。


「………」


タクトは跪いたまま、自らを切り裂くであろう黒い凶刃を見やった。ーー疲労感が半端ない。鈍った体を動かし、魔力炉を働かしすぎたせいか、体全体が鉛のように重い。


だが、それでもーーこの一太刀ならば、切り抜けられる。タクトはそう確信し、凶刃を睨み付けーー


『ーー終わりだ、桐生タクト』


ダークネスの呟きと共に、高く掲げられた大剣が、一気に振り下ろされる。狙いは当然、タクト自身。


「ーーっ!」


ここだーーそう言わんばかりにカッと目を見開き、タクトは手に保持したままの刀を頭上に掲げる。峰に手を当て、振り下ろされる大剣からその身を守ろうとして。その防御姿勢を見て、ダークネスは口角をつり上げた。


例え証がいかに頑丈であろうとも、その証を持つ彼が疲労困憊なのだ。ーー証ごと、切り伏せられると、ダークネスは確信したのだ。


だがーー振り下ろされた大剣を受け止めようとしたタクトの刀は、大剣と触れ合った瞬間、ゆらりと傾きーー刀の反りを使って、”受け流した”。


『ーーっ!?』


力を乗せた大剣が、地面を砕く。しかし、受け流されたために大剣はタクトを斬ることは叶わず、その刀身は彼の隣の地面を砕いたのだった。


この技巧ーー一体この数時間で、どれほど煮え湯を飲まされてきたか。力を乗せた一撃は全て、この技巧を持って流されてきたのだ。ダークネスは忌々しげにタクトの少女じみた顔を睨み付け、すぐに追撃へと移る。


『ーーーーっ!!』


「なっ!?」


地面に食い込んだ大剣を、そのまま地面の岩ごと強引に振るいーー大小様々な石ごと、タクトを大剣の剣腹で殴り倒した。”線”の攻撃ならば流せるものの、”面”の攻撃は受け流せず、疲労困憊したタクトは避けることもままならずに、あっさりと吹き飛ばされた。


四、五メートルほど飛ばされ、地面に叩き付けられるタクト。その衝撃で手から証を手放してしまい、彼から大分離れた所に、飾り紐付きの日本刀が突き刺さる。


ーー流石にもう、限界だった。吹き飛ばされた衝撃で、最後まで残っていた気力やらが全て失われ、起き上がる事も出来ず、叩き付けられた姿のまま、ぐったりと横たわった。


「……つぅ……っ!」


叩き付けられた痛みは感じずーーむしろ痛覚でさえすでに麻痺しているのか、感じるのはただ果てしない疲労感。今も一撃の痛みが、疲労に取って代わったような気がする。


『……あがくな、桐生タクト。見苦しいだけだ』


「………っ」


もう完全に勝利を得たと信じているのだろう、ダークネスは最後まで抵抗したタクトに、近づきながら諭すように口を開く。だが、ダークネスの言葉を聞き、起き上がれずにもがきながらも、ダークネスを睨み付けるタクトの眼光は、さらに強まる。


「……っ!」


『………』


口は開かずとも、その視線が物語っている。ーーまだ負けていない、と。ダークネスはその視線に気づき、一瞬瞳を伏せたかと思いきや、その手に握った大剣を振り上げた。


『……この身を幾度となく切って捨てたお主の技量、感服するが……我との相性が悪かっただけ。主自身が強いわけではない』


ダークネスは地面に倒れたままのタクトを見下ろしながら、静かにそう告げる。そして、振り上げた大剣をくるりと逆手に持ち替え、切っ先をタクトに向けた。


『どちらにしろ、桐生タクト。主は危険だ。ここで……主の命、終わらせてーー』


逆手に構えた大剣、その切っ先にいる倒れた少年、タクトーーまるで先程の光景の再現だ。そのことに気づいた途端、彼の命を刈り取ろうとした大剣が動きを止める。


『………』


何となく嫌な予感がして、視線はタクトに向けたまま、周囲の気配を感じ取る。離れたところでは、あの神剣が鎧に包まれたままのトレイド相手に何かをやっているようだがーートレイドに宿っている欠片の反応を見る限り、あまり目立った変化は起きていない。


ーー流石に考えすぎか。そもそも、トレイドは完全に欠片に呑まれ、意識を失っている状態であり、神剣は暴走状態に陥りかけているトレイドを押さえるので精一杯なのだろう。


ちらりと、目の前で倒れている少年が手放した日本刀に目をやった。地面に突き刺さったままのそれは、何の変化もない。


ーー考えすぎだな。何を怯えているのかーーダークネスは思わず深読みしてしまった自分に呆れる。確かに、先程桐生タクトにトドメを入れようとした際に邪魔が二回も入ったために、疑り深くなるのも分かる。だが、流石に三度はーー


『フン』


面白くなさそうに鼻を鳴らすダークネス。それは考えすぎな自分に対する自嘲であった。だがーー


ーードクンッ!!


『ぐっ……っ!!?』


ーー皮肉なことに、悪神が手にかけようとしていた少年の故郷では、こんな諺がある。”二度あることは三度ある”。


一度目は、暴走状態に陥りかけたトレイドが。


二度目は、桐生タクト自身が。


三度目はーートレイドの中に潜む、”神の力”が。


『……ま、さか……っ!?』


驚愕に瞳を大きく見開くダークネス。その視線は、ある一点に注がれていた。


ーー自分の邪魔をした力。それは彼が、彼の理が、”本当の力”を取り戻し、自身の欠片を”逆に使って”、こちらの妨害をしてきたのだ。


つまり、彼の理を穢すために、欠片を使っていたのだがーー欠片は、全てダークネス自身でもある。それを逆に使い、理の力を、欠片を通じて本体に流し込んできた。


『馬鹿な……ありえんっ!』


そんなことがあるはずがない。なぜなら、ダークネスは目的のために、長い時間をかけて彼の”神の力”を穢していったのだから。さらには、その穢れを浄化させないために、この”聖地”で待ち受けていたのだ。それをーー


「……信じられねぇのはわかるが、これが現実だ、ダークネス」


ーーダークネスの視線の先には、黒い鎧を纏った騎士が居た。だが、その背中に広がる三対の翼の刻印は、金色の輝きを放っている。先程までは、確かに黒い刻印だったそれは、本来の姿に戻っていた。


金色の輝きを放つ、三対の翼ーーそれこそが、トレイドが持つ、本来の刻印。


ゆらりとその場で佇む黒騎士。やがて、黒い鎧に罅が入り、罅は全身に周りーー黒騎士が手に持つ、黒き大剣にも罅は伝わった。


「ーー人の心は二面性。正と負、二つの感情を常に持ち合わせている」


罅割れた箇所から、光が漏れだしてくる。その光は、徐々に強くなっていき、比例するかのように、黒騎士の全身に走る罅も大きくなっていく。


「……あ」


鎧が罅割れた黒騎士が言った言葉を、タクトはどこかで聞いた覚えがし、少しの間を持って思い出す。その言葉は、誰かが言ったのを耳にした言葉ではなく、自分の口から言った言葉だということを。


ーー「……トレイドさんの言うとおり、世の中には負の感情が多いと思う。でも、僕は負の感情と同じ数だけ、正の感情……喜びや楽しみ、幸福……そういったものもあると思うんだ」ーー


ーー「だって、人の心は二面性をなんだよ。正の感情と負の感情……光と闇、その両方を常に持っているんだ。どんな善人にだって、他人に対する恨みや妬みはあると思うし、どんな悪人にだって、他人を慈しむ心はあるんだ」ーー


トレイドが拠点とするログハウスで、彼の口から、ダークネスがどうやって生まれ、そして力を得ていくのかを聞いたときに、タクトが発した言葉。言った本人は忘れていたというのに、聞いていた彼は今までずっと覚えていたらしい。


改めて聞くととんでもなく恥ずかしいことを言っていたような気がするが、それでも意見は変わらないしーーなにより、状況が状況だ。恥ずかしいと思うよりもまず、その言葉を口にした黒騎士が気になった。


「ーー結局、どんなに性悪な奴の心を黒く染めても……そいつの心にも、一点の光ってのはあるんだぜ。真の意味で、一点の光もない黒に染めることは、例え神であっても、出来ないのさ」


鎧の罅割れは止まらない。そして、罅からあふれ出る光もまた、止まらない。


「ただたんに、正に偏るか、負に偏るか……その程度の違いなんだよ。どっちを選ぶかは、そいつの自由だし、俺たちがどうのこうの言えることじゃあ、ない。……けどよ」


今まで俯いていた黒騎士が、罅割れだらけのヘイムを持ち上げた。鎧甲の向こうにある”黒い瞳”は、まっすぐに呆然としているダークネスを見やる。そしてーー


「ーーけどよ」


もう一度、今度は力強く彼は呟きーーとうとう、鎧が砕けた。硬質な音を立て、あれほど頑強だった鎧が粉々に破壊されていった。鎧の下からは現れるのは、当然、鎧を着込んでいた、飲まれていた青年ーートレイドだ。


ーー不思議なことに、彼は左目からだけ、一筋の涙を流していた。一体、何があったというのだろうか。思いあぐねるタクトだが、彼の視線はすぐに彼が握る証へと吸い込まれる。


トレイドが持つ証は、未だ黒い大剣だった。だが、大剣にも、罅が入っており、しかし彼は気にせず罅割れだらけの大剣を持ち上げ、その切っ先をダークネスに向けた。


「お前の勝手で、心を負の感情で満たそうとさせるのは……俺はもう、ごめんだな。だからよ……」


切っ先を向けた大剣が、弾けた。黒い破片が、そこらかしこに飛び散り、中から一振りの長剣が現れた。自ら光を放っているかのような純白の刀身を持ち、トレイドの背中の刻印と同じ三対の翼を象った、金の顎を持つ長剣。


トレイドの証ーー細身の長剣と比べると、やや長く、そして太い。武器分けで言えば、バスタード・ソードになるだろう。言わば片手剣と両手剣の中間に位置する剣。きらびやかで、そして神々しささえ感じさせるその剣は、彼の、理の力を発動しているときの証であった。


彼は証を構えたまま、ダークネスを見据えて宣告する。


「ーーここで、お前をこの世から消してやる」


おそらくーー悪神とはいえ、神の座に連なるダークネスを相手に、ここまで真っ正面に宣言した人間はいないだろう。|神(お前)は俺が殺す、と宣言したトレイドは、ただ真っ直ぐにダークネスを見続けていた。


『……我を殺す、か。……身の程をわきまえろ、と言いたいところだが……生憎、我は一度、貴様に殺されかけたからな』


一方のダークネスは、真っ正面から睨み付けてくるトレイドに向き直った。もはやダークネスの側で倒れているタクトのことは、眼中にないようだった。その証拠に、こちらに突きつけていた大剣をトレイドに向け、


『退け。死にたいのならば構わんが』


タクトの方を一瞥することもなく、ダークネスは言ってのけた。どうやら完全に、彼のことはどうでも良いらしい。思いっきり舐められているーーそう感じるも、今のタクトに言い返せることは出来ず。


「さっさと退くぞ。はよせい」


「か、体が……っ、てか、痛いって……っ!」


トレイドの元からこちらに飛んできたクサナギがーー剣から人型へと戻っているーー、タクトの疲労で動かない体を無理矢理に引っ張り、洞窟の隅の方へ引きずっていく。当然、地面はごつごつとした石だらけのため、引きずられる際体に痛みが走る。


「クサナギ、もう少し優しく……」


「やかましい。それともなんだ、姫抱っこされたかったか?」


「なわけあるか……」


「そうか、それは僥倖。私も嫌だ」


過去に何度かされたことがあるお姫様抱っこ。男二人では、されるのも、するのも嫌だそうな。ある意味当然だが。


(それで? どうやらお目覚めのようだな、コウ)


(……むむ、私の声が聞こえるのか? 実体化していないというのに?)


脳裏に響くクサナギとコウの声。どうやら二人の間で念話が出来ているらしい。一瞬驚きに目を見開くも、クサナギとも仮だが契約を交わしているのだ。又聞きーーこの場合、又念話になるのだろうか。


(一応タクトと仮契約を結んだのでな、コウとも念話は出来るぞ。……それでコウ、実体化は出来るか?)


(……お主が契約を、か……。なかなか不安な組み合わせだな)


タクトとクサナギの契約について、コウはそれだけを言ってのける。口調が微かに震えーーその不安には、タクトも全力で同意している。時折、どうしてこいつと仮契約を、と思わなくもないために。感想を述べた後、コウは


(……無理のようだ。どうやら私の魔力炉も封じられていたため……実体化すれば魔力切れとなり、すぐに消滅するだろうな)


(身動き取れず……か。……まぁ、タクトにはちょうど良いかもしれないな)


どうやらクサナギはクサナギで、一人思案を巡らしていたらしい。一体何を考えているのか、眉根を寄せて真剣な眼差しをしたクサナギをちらりと見て思う。ーーだが。


(……俺には、ちょうど良い?)


ぽつりと、タクトも念話に参加する。途端、


(……”俺”? タクト、一体どういう風の吹き回しだ?)


と、コウが驚き一杯の口調で返して来た。無理もないだろう、今まで僕呼びだったタクトがいきなり”俺”と呼び出したのだから。


トレイドの課した”僕呼び矯正デコピン”を乗り越えつつある彼は、若干の違和感はあるものの、もう”俺”呼びにも慣れているのだ。ただ、コウはその事実と課程を知らない。ーーそして、そのことを話すような場合ではなくなってきていた。


『ーー全力を持って、貴様を潰す』


ダークネスの宣言。トレイドの宣言を受けての、返答がそれだった。大剣を片手に悠然と佇むダークネスから、黒く黒化した魔力が溢れ出す。


(……よく見ておけ、タクト。あれがーー)


クサナギの念話。それと同時に、溢れ出す黒い魔力は奔流のように周囲を巻きこんだ。それを見て、視界の端にいるトレイドが眉根を寄せた。


「……こいつは……」


訳知り顔の彼を見る限り、どうやらダークネスがやろうとしていることに察しがついているのだろう。だが、それでなお止めようとしないのは、あまり危険ではないからか、それともーー


(……あれが、心象術において、お前が会得するべき力の一つ)


「ーーえ?」


クサナギの念話に、つい口で呟きを漏らしてしまうタクト。次の瞬間、奔流のように溢れ出した黒い魔力が、視界全てを奪いーー



 ーー世界が変わったーー



「……? ーーーーーっ」


視界を埋め尽くす黒い魔力を前に、思わず目を覆ってしまったタクト。だが、すぐに周囲の空気が一変したことに気づき、恐る恐る目を開けてーーうっすらと開けた瞳を、すぐに見開かせた。


「……これ……いや、ここはーー?」


辺り一面黒い空。雲によって周囲が暗いのではなく、言わば青空の青が、あきらかに異質な黒に変わったような、おぞましい空である。夜空とも違う。夜空は言わば、青地に黒を塗ったかのような趣だが、こちらは黒一色。


黒地に黒を付け足しても、黒にしかならない。そんな空だ。そして足下はさらに異質。靴裏から感じる地面の感触は、何とも形容しがたい不気味さを持っている。ふと足下に視線を落としーータクトは絶句した。


「………なんだ、これ?」


目を見開き、顔色を青白くさせるタクト。足下には、多数の人間の顔ーー苦しんだ顔や恨みに歪んだ顔、辛そうに涙を流す顔、様々であるが、全てが”負の感情”を表した表情であることに変わりはない。


しかもその表情は、常に蠢いているのだ。これはーーただの絵でも、模様でもない。


「……”特定範囲の領域を異界と化す”……神様にとっては、十八番とも言える力だな」


驚きに声が出ないタクトの向こうで、トレイドがぽつりと呟きを漏らす。この風景ーー以前、ダークネスと戦った際にも同じものを展開していた。睨み付けるような鋭い視線を向けるトレイドに、ダークネスはうっすらと笑みを浮かべ、


『神というものは……いや、神でなくとも、存在というものは全て、”己の世界”でこそ、もっとも力を発揮するもの。ただ、我々神は……”己の世界”を、いとも容易く展開できる。何せ、我々を神たらしめる”理”が、”世界”そのものなのだからな』


ニィィッと口元に笑みを張り付かせるダークネス。”理”そのものが、程度の差はあれど一つの”世界”と同じ力を持っているのだ。それを使えば、”己の世界”を作ることは容易いのであろう。


そう、ここは今、元の聖地ーー洞窟からかけ離れた、異界と化していたのだ。それも、周囲の空気や地面の異質さ、そしてダークネスの言葉から推測するに、この異界ではダークネスの力がより強まるようだ。


「ーー我と契約を結びし神狼の精霊よ。我が指し示し器に宿れーー」


しかしーーだとしても、トレイドは臆することなくダークネスを見据えたまま、その手に握った三対の翼を模した顎を持つ長剣に、相棒である精霊ザイを宿した。


ーー精霊憑依。証が本人を表すということを逆手に取り、証に精霊を宿すという変化を起こさせ、本人の体を強引に変化させる秘術。


証に精霊を宿したトレイドは、瞬く間に頭部から狼の耳、尻尾、金の目、黒い毛ーー全体的に狼の獣人のような姿となる。だが、次には全身に浄化の炎を纏わせ、黒い毛が瞬く間に白く染まった。


「………」


タクトはこの光景に既視感を覚えた。精霊憑依をしたトレイドと、逞しい体つきをしたダークネスが、この異質な世界で対峙する場面を、どこかで見た気がした。対極のようにして向き合う二人を、ぼうっと見入ってしまうのはそのせいだ。


「……いくぞ」


『ーーあぁ』


向かい合う二人は互いに睨み合い、やがてトレイドが低い声音で呟いたのを合図に、同時に駆け出した。


ーートレイドとダークネス。因縁深い二人が、正面から激突するーー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ