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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第14話 深淵の闇~5~

ーー久しぶりに会ったというのに、外見はともかく、中身はすっかりおっさん化していたトレイドに、ユリアは大きくため息をつく。まぁ、彼の実年齢を考えれば仕方のないことなのかも知れない。


『……ちょっと幻滅。あなたすっかりおっさんね』


「……三十近いからな、勘弁してくれ」


『世の中の三十代の男性に謝りなさい。三十代でも紳士な人は紳士よ』


片頬に出来た真っ赤な手形の紅葉をさすりながら、トレイドは肩をすくめた。ーーその仕草は、十年前から変わっていない。嬉しいやら悲しいやら情け無いやら。ユリアは重々しいため息を一つ吐く。


本来ならば、折角の感動の再会になるはずだというのに、彼の行いのせいで台無しだ。若干鬱になりながらも、ユリアは平手の衝撃で座り込んだトレイドに向かって、


『……でも……また会えて嬉しい』


そう呟く。しかし、当然というか必然というか、彼女の呟きは小声で、しかも視線を逸らしがちであった。幸いというべきか、トレイドはその言葉が耳に入り、一瞬きょとんとするものの、すぐに相変わらな彼女に微笑みを浮かべた。


「……照れ屋な所も相変わらずだな、お前は」


鋭い彼の指摘に、ユリアは視線を背ける。ーーその頬は微妙に赤らんでいた。


トレイドが立ち上がる。まだ頬は痛いが、デリカシーゼロ発言をしたのだ、これぐらいの痛みは甘んじて受け入れよう。そしてーー


「……もう一回、いいか?」


『……………うん』


ユリアを引き寄せ、問いかけると、しばしの沈黙を持って彼女は頷いた。了承を得たトレイドは、彼女をしっかりと抱きしめる。


先程の抱擁は、驚きと困惑と、そして幻覚かどうかを確かめるためのものであり、純粋な抱擁とは違っていた。しかし、それではっきりしたことがある。どういうことかはわからないが、今腕の中にいる彼女は”本物”だ。


薄くて小さく、そして軽い彼女を、壊れ物でも扱うかのように優しく抱きしめるトレイド。その彼に、ユリアも幸せそうに微笑みを浮かべながら彼に腕を回した。


ーーこの先に何が待ち構えていようと、それも甘んじて受け入れよう。それでも今は、この幸福な時間に浸らせて欲しかった。




「……今更だけど……何で、お前がここに居るんだ?」


『本当に今更ね。でも良いわ、教えてあげる』


しばらくしてから、お互いに満足したのか体を離し、真っ正面から向かい合いながらトレイドは問いかける。ユリアは肩をすくめて、彼の手を取り、その手を優しく包んだ。ーー教えてあげると言いながらも、若干口調は不明瞭だったが。


『あの日、私は死んだわ。てもその……その時に……その、キス、したでしょ?』


「……俺の人生の中で、一番嫌なキスだったな」


ーー血の味がしたし、とまたもやデリカシーゼロ発言をし、今度は足を思いっきり踏みつけられる。息を詰まらせ、踏みつけられた足に手をやる彼に、ユリアはふんと鼻をならしつつも、


『……全くっ。でも、その時にしたキスが原因で、私の中にあった理が、あなたの中に流れてしまったのよ』


「つぅ……そうか、アレが原因か」


今宿している理、それが自分を宿主に選んだ理由ーーというよりも、事故のようなもので流れてきたことに納得する。ーーしかし。


「なぁユリア。あの頃はお互い隠し事はなしにしようって言ってたよな? 何で理を宿していることを黙っていたんだよ」


もう十年以上も前の約束を引っ張り出し、トレイドはジトッとした目を彼女に向ける。彼女がこの理を宿していたことは全く知らず、トレイドが理を宿したときにようやく分かったのだ。そのことに当時から言ってやりたいことがあったのだ。しかしユリアは、逆にフンと鼻を鳴らして、


『私はそんなものを宿しているなんて全く知らなかったの! あなたの方こそ、義賊だってことを隠してたじゃない』


「うぐっ………」


そのことを突っ込まれると弱いトレイドである。この話題に関しては、彼には勝ち目はない。今度はジトッとした視線を向けられる立場に陥ったトレイドは、ため息と共に肩を落として、


「……悪い。このことと、義賊のことに関しては俺が全面的に悪い。……ごめんなさい」


あっさりと頭を下げて謝った。低頭したトレイドに、ユリアはぽかんとし、次いでじわじわと頬が綻んでいく。やがて控えめに声を上げて笑うのだが、そんな彼女にトレイドは顔を上げて、やや傷ついた表情を浮かべた。


『あ、あなたって………!』


「そ、そんな笑うことないだろ……」


頭を下げるときの情け無い声音がツボにはまったのか、ユリアは笑い続けていて、トレイドに至ってはショックを受けた表情で肩を落としている。もし彼女と話しているときのトレイドをタクトが見れば、ぽかーんとした表情のまま固まってしまうだろう。


いつもは大人びた頼れる兄貴オジサンだが、今の彼は外見年齢よりもさらに幼い、15、6歳ーーユリアやサヤ、ライとともに暮らしていた頃の精神年齢に逆戻りしていた。口調も、普段のものから少しだけ変化している。


現在の、トレイドの普段を知らないユリアからすれば、違和感がないーー最初の方は違和感があったのだが、今となれば完全になくなっている。今のトレイドが、ユリアからすれば普通なのだ。


『ご、ごめんね。それで、どこまで話したっけ?』


何とか笑いを引っ込めるが、自分たちが一体何について話していたのかをすっかり忘れてしまうユリア。久しぶりのトレイドとの会話は、それほどまでに楽しいのだ。


「……えっと、アレだ。お前のキスが原因で、理が俺に宿ったって所だ」


問われたトレイドも、一瞬思い出すように訝しげな表情を浮かべてそう答える。だがその答えはーー何というか、私がせいみたいな物言いじゃないか、と少しばかり不満に思う。


目を細めていかにも不機嫌という表情でトレイドを見やるも、彼はその視線にきょとんと首を傾げるだけ。悪気はないということは、すぐにわかる。そのため、ユリアはため息に不満を混ぜて吐き出し、


『そう、それでね。あなたの中に流れるとき、私の意識が理に引きずられて……気がついたら、理に宿っていた、みたいな感じなのよ』


私もよくわからないんだけど、と付け足した彼女の言に、トレイドは思い当たる節があったのか、得心がいったように頷いた。


「意識を引き寄せる、か……」


脳裏に浮かび上がるのは、曇天空の荒野。ここ最近、行動を共にしてきた少年の心象風景を思い出した。はじめて心象風景という存在を知ったのは、当の少年であるタクトが欠片に飲まれ、黒騎士となったときだ。


彼の中にある欠片を取り除こうとしたときに、体感では数分間だったが、現実では一秒にも満たない時間、確かに意識だけが心象風景に招かれていた。おそらく、アレと似たようなものなのだろうか。


『その後は……まぁ、あなたがダークネス退治をはじめて、欠片を取り込むごとに理が汚染されていったでしょ? ……このままだと不味いって時に、タクト君の欠片に意識を移したの。彼の欠片は、半ば封印状態で、ほとんど力がなかったの。あっちに移れば、何とかあなたに不味いよってことを、伝えられるチャンスかもって思って……』


ユリアの言葉に、トレイドは目を見開いた。元々理に宿っていた彼女は、自分の身に迫る危険に気づき、何とかしようと一人でタクトの欠片へと移ったのだと。おそらくダークネス同士の繋がりを使って移ったのだろうがーー


「その……大丈夫だったのか?」


『ん、まぁね。でも、タクト君の方に移ったからって、何かが出来たわけじゃないの。……ただ、”あの人”の協力のおかげで、私は今ここにいるの』


ーー理の中にいても、こうしてトレイドの前に姿を現すことも、会話をすることも出来ない。だが、彼女がトレイドを救おうとダークネスに移ったことにより、きせずしてダークネスが媒体となり、こうして姿を現し、会話をすることが出来たのだ。


二人が死別という形で別れた際に生み出された欠片ーーそれがこうして話をする媒体となっているというのは皮肉以外の何物でもない、がーーこうして、十年越しに彼らは向かい合って話をすることが出来たのである。


そうか、と理解したように頷くトレイド。この辺の理解は、おそらくユリアよりも彼の方が高い。うんうんと頷いた彼は、ふと首を傾げ、


「……そういやお前さん、理に宿っている間、何していたんだ?」


ーーふと、嫌な予感がした。まさかとは思うが、タクトのように心象風景、つまり心の世界に招かれていたりしないだろうか。


自分の心の風景……一体どんなものなんだろうか。そんな、興味はあるが、出来れば聞きたくない疑問が浮かび上がる。彼女はえぇっと、とどこか言いづらそうに視線を逸らしていた。


結論から言えば、トレイドの危惧は当たらなかった。だがーー


『その……トレイドが何をしていて、何を見ていたのか……わかっちゃうっていうか……その……ずっと、あなたがしてきたことを見ていた……見て、いました…………』


「…………」


ーートレイドの危惧は、方向性としてはあっていた。主に、プライベートが筒抜けだった、という事においては。下手をすれば、心の中にいた、よりも重大な問題かも知れない。


つまり、ここ十年間の間に自分が何をしてきたのか、彼女は知っているのだ。ユリアも、言っている内に恥ずかしくなったのか、だんだんと声が尻すぼみになっていき、終いには顔を赤らめて俯き、何故か口調を改めていた。


一方のトレイドも、「俺、何か恥ずいことやったっけ?」と不安になり、自らの記憶を検証する。ーー検証して、すぐに頭痛がすると言わんばかりの表情で首を振った。該当事項がありすぎる、やめよう。


『でもその……少し、嬉しかったり……』


「……は?」


フォローのつもりか、ユリアは顔を赤らめながら呟いた。何が嬉しいというのか、こっちは全く嬉しくなく、逆に恥ずかしいやら情け無いやらと半ば諦めているというのに。


そう思うトレイドだが、彼女の口から出た言葉を聞いて、目を軽く見開いた。


『……トレイド、私を気遣って……その、女の人と関係を持ったりは、しなかったでしょ?』


「……………」


ーーどうやら本当に見られていたらしい。しかも、女性関係についても、理由までも言い当てられて。トレイドはぷいっとそっぽを向いた。


「……べ、別に、その……俺は……」


視線を逸らしながら言い淀む彼に、ユリアは微笑みかける。トレイドはちらりと彼女の微笑みを見てーー何かを決意した目をしている事に気づき、表情に真剣さが戻った。


「……お前……」


気遣わしげにトレイドは呼びかけ、ユリアはこくんと頷く。


ーー伝えなきゃ行けないことを、伝えるべきだ、と。微笑みの中に、微かな寂しさを宿しながら、彼女は口を開いた。


『私、嬉しかったんだ。でも、同時になんて醜い女なんだろうって、少し思っちゃったりして……。でね、私決めたの。私は……あなたに、幸せになって欲しいって。辛いことや悲しいことも、それに”あなたの体”のことも理解して、支えてくれる人が、きっと現れる』


ーーそんな人と一緒になって……幸せになって。


ユリアはそうして、死別ではない”本当の別れの言葉”を彼に送った。ーーその言葉は、彼女がトレイドの理に宿っている間、ずっと考えていた言葉である。


ーー私は、死んじゃったんだ。理に宿っていても、その事実は変わらないから……だから……ーー


トレイドは彼女の言葉に目を見開き、しかしすぐに厳しい顔を浮かべ、彼女を抱きしめた。腕の中にいるユリアの耳に、そっと息を吹きかけるように囁いた。


「……なかなかハードルが高いな。……”俺の体”はもう、”人の時間”は歩めない。例え支えてくれる女性が現れたとしても……一緒の時間を過ごすには、無理がある」


ーー俺の体その言葉を聞いたユリアは悲しそうに表情を歪ませた。力を欲し、手に入れたその代償。それが今の彼、フェル・ア・ガイーー”精霊人”。


福音とも、呪いとも受け取れる彼の体は、もう人の時間は歩めない。


「……お前も知っていると思うけど、サヤさんに双子が出来たんだぜ」


『うん』


「ライはかなり有名な料理人になったみたいだし……アルトさんも、アルトさんなりの苦しみがあったみたいだ。……成長していた古巣のみんなを見て……俺だけ、時が止まっちまっているのを見て……」


直接会っていないが、サヤやライの外見は、年相応のはずだ。現にアルトも、見た目だけでそこそこの歳を喰っているのがはっきりとわかるほど。一方トレイドはーー外見年齢だけならば、19歳。実年齢との差は、8歳ほど。この差は、あまりにも大きかった。


ぎゅっと、ユリアを抱きしめる腕に力が入る。あくまで苦しさを感じさせないように加減しながらだがーー若干、きつめの圧迫感を感じる彼女は体を強ばらせる。


『……トレイド……』


「……ごめん、久しぶりに君を見て……君と会って……俺、弱くなっちまった……」


今にも泣きそうな、震え声。その中に、戸惑いもあった。何でこんなことを言っているのだろうと、トレイド自身不思議に思っているように。


ーーだからーー


「……そんなことは言わないでくれ。……君が、この背中の文様にいるって分かっていたら、それでいい……っ。……こうして、話をするだけで、それだけで言いっ……!」


確かにトレイドも、仕方がないとは言え、フェル・ア・ガイとなったさいには、かなりの苦悩があった。何より、人として生きることが出来なくなったと、思い悩んだりもしていたのだ。


ーーユリアは知っている。今行動を共にしているタクトも、いずれ自分と同じぐらいの歳に成長し、やがては追い越し、そしてーー


自分よりも先に、老いて死んでいくのだと。自分よりも年下の友人が、自分よりも先に逝ってしまう。まだ27歳の彼だがーーそんな恐怖を感じてしまうのだ。


だが、皮肉なことに、フェル・ア・ガイとなった彼は、”恐怖”を感じることが出来ない。正確に言えば、”恐怖がわからない”のだ。これは精神的な問題ではなく、精霊人となった”罪”ともいえる現象。だからこそ、本当に恐怖が分からない。恐怖という感情が、欠落してしまっているのだ。


ーー神様は、本当に皮肉が大好きね、と神の力の一部となったユリアは、文字通り皮肉を呟いた。


友人や、大切な人が死んでしまう、先に逝ってしまうことを誰よりも恐れているのに。恐怖が分からない彼は、その感情に名前を付けられない。恐れることが出来ない。そもそも、恐れを感じることが出来ない。


そんな彼にとって、ユリアは大きな心の支えになるのだろう。彼女は確かに、”ここにいる”のだから。


「ただ……側にいてくれ……っ!」


必死に、もう離さないと言わんばかりにトレイドはユリアを強く抱きしめる。彼の必死なその呟きに、心が揺らぐ。


『私は……』


強く抱きしめてくるトレイドに、ユリアは彼に腕を回しかけーー寸前で留まった。ここで彼に腕を回してしまえば、もう引き返せなくなる。決意したあの言葉が、嘘になる。


死者がいつまでも、生者の幸せを阻害するようなことはーー



ーー出来ることを、したいことをするといいさ。でも……君も、少しだけ素直になっても、良いと思うよーー



『ーーーー』


途端に脳裏に蘇る、あの言葉。同行者である桐生タクトの欠片に宿っていたとき、曇天空の荒野の元で出会った、一人の男性。ユリアと同じ意識体であったためか、妙に親しみを感じたのを覚えている。


『……私は……私は、側に居るよ……』


彼が言ってくれたアドバイス。そのアドバイスに従って、少しだけ本音を打ち明ける。


ユリアは抱きしめてくれるトレイドに腕を回し、彼と同じように腕に力を入れた。ーーだけど、決意が揺らぐことは、なかった。逆に、これで良いんだという思いが、さらに強くなる。



ーー私がしたかったことは、彼に……愛する人に別れを告げるためーー


ーー本音は……ずっと、側に居たいと言うことだけーー



矛盾する彼女の思い。だが、その二つの思いは、遂げることが出来る。


『ううん、ずっと側に居るよ。あなたの、背中の文様の中に。だけど私たちは、もう会うことは出来ない』


「でも、今こうして……っ!」


『こうして話していることは、奇跡なの。本当なら、出来ない事なのよ。……あなただったらいい顔はしないでしょうけど、私は……少しだけ、神様に感謝しているのよ』


そう言って、ユリアは頭を上げてトレイドの顔を見る。ーー今にも泣きそうなほど、顔の造形が崩れている彼に、ユリアはそっと微笑みかけた。だけど、目元から流れ落ちる水滴に気づきーーいつまでも、微笑みを保っていられる自信はなかった。


『だから……だからね、トレイド。そんなに……自分を、責めないで』


ーー本当に、神様は皮肉が大好きね。二度目となる、彼女の神様に対する思いを心の中で囁いた。本当に、神様は皮肉が大好きだ。



ずっと彼の側に居たいと願う私に、神様は私を彼の側に居させてくれた。


だけどその場所は、彼と触れることも、話すことも出来ず、ただ彼が苦しむ様を側で見続けるしか出来なかった不遇の居場所だった。


常にもどかしさで一杯だった。何でこうなってしまったんだろうと、己を悔や、憎む彼を慰めたかった。人間ではなくなったと知って、驚き、困惑しーー恐怖という感情をなくしてしまった彼の支えになりたいと思った。


でも、なることはできず。むしろ足かせになっている始末。ーー足かせ役は、もうやだった。


私が望んでいるのはーー彼の、幸せだけ。


だからーー



「っ! ユリアッ!?」


強く、もう二度と離さないとばかりに強く抱きしめていた少女の体から、急に光が零れだした。光の正体は、ユリア自身。彼女の体が光り出しているのだ。ーーそれと同時に、彼女の体が、光の粒子となって消滅しようとしていた。


こうしている間にも、彼女の体はどんどんと薄くなりーー


「だめだ、ユリアッ! 消えちゃーー」


『私は、消えないよ』


彼女が消滅しようとしているのを見て叫ぶトレイドだが、ユリアは彼の唇にそっと人差し指をやり、彼を押しとどめた。


『ただ、あなたの刻印の中に……元居た場所に戻るだけ。そこから、あなたをずっと見守っていく』


「……ユリア……でも、俺は……っ!」


『ーー幸せなあなたを、私に見させて? それが、私の、今の唯一の願い……』



ーー私はもう、一緒には居られないからーー


ーーだからせめて……幸せなあなたを、見させて欲しいのーー



「………っ!」


何も言えず、ただ押し黙ったままユリアを強く抱きしめるトレイド。背の高さから、必然的にユリアは彼を見上げる形となる。そのためーー彼が泣いているのが、よくわかる。


『ーー……っ………っ……ぅ……』


ーーユリアも、彼の涙に釣られて、今まで堪えてきたものが一気に決壊した。堪えていた涙が、一気に溢れ出す。


『……っ……ぅぅ……っ!』


堪えきれず、包み込んでくれている彼を力強く抱きしめる。対して、彼女を抱きしめているトレイドは何も言わず、ただ腕の中で泣いている彼女を見下ろしてーー右手を彼女の肩から外し、持ち上げて綺麗な栗色の髪を触った。


ーーもう、ユリアの体は大半が光の粒子となって崩壊している。彼女の体を構成していた粒子は、トレイドの体内へと流れ込んでいくが、彼はそのことに気づかず、ただひたすらユリアを抱きしめ、頭を撫でていた。


足先から光の粒子となっていった彼女は、もう肩から上しかない。それは、時間がないことも意味していた。


「……ユリア……」


嗚咽を堪え、トレイドはそっと彼女の名前を呼び、見下ろした。名を呼ばれた彼女も、顔を持ち上げてトレイドを見上げるーー泣きじゃくったその顔を、とても綺麗な微笑みに変えた。


ーーもう言葉はいらない。二人の影が、重なったーー




ーー三対の翼は、金色の輝きを取り戻すーー

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