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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第14話 深淵の闇~4~

洞窟の暗闇の中、大剣が宙に軌跡を走らせる。それは太く、力強くーー触れれば呆気なく潰され、砕かれてしまいかねない必殺の一撃を、対する刀は静かに変える。


大剣が宙を走ると同時に、刀も軌跡を描く。当然、剣と刀はぶつかり合い、しかし耳障りな金属音を発することなく、ツィンっと流れた。


刀の反りによって大剣は本来描くはずだった軌跡を大きくずらされーー結果、本来叩き切るはずだった刀の持ち主は、無傷でやり過ごした。


相手の攻撃に対して迎撃し、その軌道を変える、攻防一体の剣技。刀の持ち主、桐生タクトはその技を持ってして、対するダークネスと渡り合っていた。いや、渡り合うどころかーー


『ぬ、うぅっ……っ!』


「ーーっ」


再度ダークネスの大剣を斬り流し、軽い呼気と共にタクトは一歩踏み込みーー


「ーー参之太刀、瞬牙」


ーー瞬歩と瞬牙を同時に使った。ダークネスの脇を猛スピードで駆け抜けていく小柄な影が刀を一閃。


『がっ……!?』


視認さえ出来ないほどの速さで振るわれた一刀は、ダークネスの大柄な体を見事に切り裂き、苦悶の声が上がる。タクトの刀ーー証は今、彼の相棒であるクサナギの加護を受けているため、神に連なるものであっても手傷を負わすことが出来る。


『ーーぬぅっ……っ』


ーーしかし、あくまで加護であり、負わせることが出来る手傷も、たかが知れている。今のように、大柄な体の約半分を切り裂いたとしてもだ。即座に再生されてしまう。


「………っ」


切り裂いたはずの傷が、瞬く間に言えていくのを見届けて、タクトは顔をしかめる。先程のを含め、すでに二十以上の手傷を負わせたはずなのだが、ダークネスの漆黒の体には傷一つない。


加護を受けた証でも、与えることが出来るダメージはごく僅かでありーーその傷も、再生されてしまうとあっては、彼に出来ることはなかった。せいぜいが、時間稼ぎだ。


それでもーーそれでも、彼は諦めずにダークネスに立ち向かう。ほんの数分前と同じ時間稼ぎしか出来ないのを理解しながらも、それが自分の使命なんだと言わんばかりに、持ちうる力の全てを持ってして。


精霊王の血の力である、自然の加護。ようやく取り戻した、飾り紐が新しくついた日本刀型の証。完全に動き出した魔力炉。そしてーー久しぶりに再会した、大切な相棒。


(……お前、しばらく見ないうちに大分強くなっているな……)


タクトとダークネスの切り結びを見ていた不死鳥の精霊であるコウは、ややぽかんとした口調でそう呟きーーしかし、タクトにはその呟きに返している暇はなかった。目の前のダークネスが大剣を振るってきたからだ。


「……っ!」


その動きを自然の加護によって先読みし、刀を振るい迎撃、斬り流す。でたらめな方向へ流されたダークネスは、大剣を取り持たせるのがやや遅れーー一方のタクトは、即座に刀を返した。それは追撃の準備が終わったことを表し、再びダークネスの体を襲うタクトの一刀は、難なく胴を切り裂いた。


どれだけ斬りかかっても、どれだけ力を込めた一撃でも、タクトは寸分の狂いなく大剣を斬り流す。軌跡を変えるのに、必要以上の筋力はいらない。ただ刃を当てる角度と、それを保ちながら刀を振るう力があればそれでいい。


端から見ればタクトが優勢だが、実情としては決定打がなくーー今のところは拮抗している、という形である。前のような、”時間を稼ぎたいが稼げない”状態ではないだけはるかにましだ。


自然の加護を持って、自身の背後で行われようとしている”それ”の気配を感じながら、タクトは頷き、再びダークネスと対峙する。


『貴様……一体、どこからそれほどの力を……』


やがてーーこのままでは決定打を与えられないと理解したのか、ダークネスは追撃の手を緩めて問いかける。問いかけられたタクトは、肩をすくめるだけで。しかし、内心で問いに返していた。


ーー背後に、”あの人”がいるからーー




ーーダークネスの右腕を切り飛ばした際に意識を取り戻したタクトは、自分の状況を理解すると同時に、クサナギから一つ頼まれごとを受けていた。


クサナギ曰く、「しばらくの間ダークネスを押さえて置いてくれ」と。その指示に従い、タクトは奴を押さえており、クサナギは自らの行動に集中して取り組むことが出来た。


タクトの中から取りだしたーー正しくは、心象世界から共に戻ってきたーー、トレイドの理の一部、”彼女”の意識が宿ったダークネスの欠片。剣型から人型に戻ったクサナギの右手には、欠片がフワフワと浮かんでいた。


「ぐっ……るうぅぅっ……っ!」


『……辛うじて持ちこたえているか。何とか間に合ったか』


黒騎士の鎧に覆われ、鎧に拘束されているトレイドは、まるで獣のようなうなり声を上げている。しかし、その様子からでも、必死に欠片に抗い、己を保とうとしているのがわかった。クサナギは一つ頷いて、手の上にある欠片をトレイドに向けて飛ばす。


風に飛ばされるがごとく、掌からトレイドに向かって進むダークネスの欠片。その欠片は、トレイドの鎧に触れるなり、すぐに吸収されーートレイドは、欠片を取り込んだ。


これで、累計667個の欠片をその身に宿したことになる。だが、最後に宿した欠片には、”彼女”の意思が宿っている。


「るるぅぅぅ……ーーーーー」


ーーうなり声が止む。体の震えが収まる。まるで、見えない何かによって固まったかのように。


トレイドの背中に、漆黒の刻印が浮かび上がった。


 ~~~~~


上下左右どこを見渡しても真っ暗な空間。一遍の光さえ届かぬそこで、トレイドはいくつもの声を聞き続けていた。



ーー何でお前が私よりもーー


ーー俺の方が優れているのにーー


ーーあいつうざいーー


ーー死ねよカスーー


ーー消えねぇかなーー


ーー欲しかったのに……ーー


ーー死んでよ、お願いだから!ーー



嫉妬、蔑み、殺意、怒り、欲望。これが人の本性だと言わんばかりに、いくつもの醜い声がトレイドの頭を駆け巡る。


「うっ……ぐぅ……っ」


正直、これ以上は聞きたくなかった。これ以上聞いてしまえば、自分の心も、そういった物に汚染されてしまいそうな気がして。自分は自分だ、という自己認識があやふやになってしまいそうな気がして。


いくら耳を塞いでも、声は頭の中に直接響き、語りかけてくる。いや、語りかけてくるのではなく、好き勝手に話していく。ーーその話も、やはり醜いものでしかない。


ーー…………ーー


次第に、トレイドの心にも薄暗い物が象られはじめて来た。いくつもの怨嗟の声に、トレイドも揺らぎはじめてきたのだ。


彼は一度、心にダークネスを生じさせたことがある。彼が愛した女性、ユリア。彼女がトレイドを庇って殺された際に、心にダークネスが生まれたのだ。だからこそ、その怨嗟の声に誘発されーー心に、闇が生じ始めてきた。


ーー…………ぃ……ーー


一度生じた闇は、次々と脳裏によぎる怨嗟の声により、次第に大きくなっていく。それと同時に、トレイドの周りの景色が一変していた。


「……っ!?」


気がついたら、その場所にいた。とある街外れにひっそりと佇む孤児院。その孤児院は今大勢の傭兵ーー荒くれ者達によって囲まれており、やがて彼らは示し合わせたかのようにして、一斉に火を付けた。


「ーーやめろっ!!」


火が一気に燃え上がり、孤児院を包み込んだのを見て、彼は思わず叫んだ。


理性ではわかっている。これが幻覚だと。しかし本能では、再び行われようとしている非情な光景に、ただただ声を張り上げて悲鳴に近い声を上げるしか出来なかった。体が動かない。まるで、あのときと同じように。


ーーあの日の再現。目の前で行われようとしているのは、まさにそれだった。


火事になり、孤児院にいた子供達が次々と外に出る。だが、外に出た瞬間、下卑た笑みを浮かべた荒くれ者によって捕まり、殺されていく。


「っ………っっ!!」


体は動かないが、腕は動く。咄嗟に目を瞑り、耳を塞ぎ、彼は目の前で行われようとしていた光景から目をそらした。何も見えない、何も聞こえないと、彼は態度で示す。


「幻覚だ……っ、これは、幻覚なんだっ……っ!!」


必死に自分に言い聞かせる。だが、それは自分に言い聞かせると言うよりも、むしろそうであってくれという懇願に近かった。もはや何が現実で、何が幻覚なのか、もう彼には分からなくなっている。


ーー…………い……ーー


「ーー、ーーーーっ!?」


「っ!?」


耳を塞いでもなお、微かに聞こえた覚えのある声に、トレイドは思わず目を開けて声の主をーー”彼女”を見た。


そして見つけた。すでに血の海と化していたその場所で、傭兵の男に拘束された、栗色の髪をサイドポニーにして纏めた少女。かつて自分が愛した少女であり、そして向こうも、こちらを愛してくれていた。


「……ユリア……」


久しぶりに彼女を見た。だが、こみ上げてきたのは懐かしさでも愛おしさでもなく。この後に彼女を襲うであろう悲劇。ーーもう幻覚だろうがなんだろうが、どうでもよかった。


「っ………っっ!! 動けよッ!!」


ーー……く……い……


必死に体を動かそうとする。だが、やはり体は動かず、唯一自由なのは腕だけだ。かくなる上ははってでも彼女を助けようとして。


燃えさかっていた孤児院が、音を立てて崩れ落ちた。


「……っ……!


もしこれが、あのときの再現ならば。崩れ落ちた孤児院、その入り口に目を向けてーーそこに、黒髪の少年が崩れた木材の下敷きになっていることに気がついた。


あの黒髪の少年ーーアレは、俺だ。


「……はやく……っ!! 動けよ、動けっ!!!」


早く彼女を助けなければ。彼女を拘束している男を”殺して”、ついで周りの傭兵共も、こんな事になってしまった原因を作った、”かつての自分も殺して”ーーッ!!


ーー憎いーー


「ーーーーー」


時が止まる。ようやく、先程から脳裏で出かかっていた言葉がはっきりとした形になる。そうだ、自分は憎いんだ。子供達が、先生が、そしてユリアが死んだ原因を作っておきながら、今もこうしてのうのうと生きている自分が。


「……………」


ようやく、はっきりとわかった。同時に、心の中で膨れあがっていた”闇”は、ダークネスとなろうとしている。


あのときーーつい数日前に呪い人形と戦ったことを思い出す。精霊憑依という大技まで用いて完膚無きまでに浄化、消滅せしめた。それはやはり、あれが”当時の自分の姿をしていた”からという理由が大きい。


どれだけ時が経とうとも、かつての、義賊だった頃の自分が到底許せないのだ。そしてーー今頃になって、当時の悲劇を回避できる力を得た”今の自分”でさえも。


過去の出来事に、”もしも”はない。だがそれでも彼は思ってしまうのだ。もしあのとき、自分がああしていれば。この時、この力が使えれば。悲劇は起こらなかったのではないか、と。


ーーあぁ、俺が居なければ……俺が義賊になんてならなければ……ユリアはきっと、今も生きていたんだ……ーー


ーー彼女を殺したのは、俺だ……ーー


そんな後悔が己を責め立て、ついには自分自身を憎むまでに至った心。ダークネスが生まれる温床になるには、十分すぎる心情だった。


トレイドがその身に宿す666個の欠片が、彼の心を刺激し、ダークネスを生み出そうとしているーーそんな中。彼の身に宿った1個の欠片が、光を放った。


ーートレイド……ーー


いつの間にか幻覚は消え、元の暗闇の中に戻っていた。だが、心に生まれた憎しみまでは消えることはない。そんな中で、ようやく体の自由を取り戻したトレイドは、突如聞こえ、感じたその光に顔を上げた。


「……ゆり、あ……?」


顔を上げたトレイドは、光を見上げながらぽつりと呟く。今の声は、間違いなくユリアのものだ。


幻覚か現実か。その判断さえつかないほど精神的に疲弊した彼だが、聞き慣れていた少女の声に、心が揺さぶられる。


「ユリア……俺……」


俺は何を言いたいのか、それさえ分からない。いや、聞こえてきたユリアの声だが、もう彼女は居ないのだ。どうやら幻聴を聞いたらしい。もしくは、これもダークネスの欠片が聞かせたものか。


ーートレイド!ーー


「……俺も大分来てるな……」


疲弊しているのが丸わかりな心情で、トレイドは呟く。どうやら精神に異常を来したらしい。だが、彼女の声を聞いて、僅かに活力を取り戻したことに気づいた。幻聴でも、愛しい人の声を聞いただけで活力が戻った現金な自分に苦笑する。


ーーねぇ、トレイド!ーー


どうやら欠片は、上げて落とす作戦に来たようだ。喜ばしておいてから、どん底に突き落とす。そんな邪推が脳裏をよぎり。


『ーーいつまでそこでうだうだやってるのよっ!!』


「……へ……っ?」


ーーその邪推を吹き飛ばすがごとく、思いっきり怒鳴られた。もちろん、声音はユリアのものである。だが、今のはーー


幻聴とは思えないほどリアルで、そしていかにも、今の自分を生前の彼女が見たら言いそうな言葉だった。


「ーーーーー」


言葉が出ない。トレイドは呆然としたまま、光を見やりーー光が、ある姿を象っていく。やがて光が弾け、そこから一人の少女が姿を見せた。


栗色の髪に、小綺麗なスカートとブラウス。”あの店”の経営が安定してきた際に、制服として取り入れた衣装でありーー確か、自分が直接選んだはず。制服だというのに、彼女はあれを普段でも来ていることが多く、半ば私服とかしていたのを覚えている。綺麗で整った顔立ちは、今は瞳を半眼にさせてこちらを見やっていた。


先程の幻覚でも現れた少女、ユリア。彼女が、光に包まれながら現れたのだ。


「…………ユリア……なのか?」


両者はしばし視線を合わせ、やがてトレイドがぽつりと、驚きと困惑を混ぜた表情と声音で問いかける。


『えぇ、そうよ。……全く、あなたってかわらなーー』


「ユリアッ!!」


『ーーへ? って、きゃっ!?』


ふぅっとため息混じりに肯定し、次いでお小言を言おうとしたユリアだが、その前に猛烈な勢いで起き上がったトレイドが彼女に抱きついた。いきなり抱きついてきたかつての恋人に、ユリアは顔を真っ赤にさせてあたふたと腕を振り回す。


『ちょ、ちょっとトレイド! は、離しなさいって!? 苦しい……!』


「…………」


『ちょ、トレイド、聞いてるの!?』


「……相変わらずの、感触が、ある……?」


『ーーー』


彼が耳元で呟いたその一言に、ユリアは固まった。いきなり抱きつかれたことによる恥ずかしさはすぐに消え、かわりに寒風が吹き荒れる。相変わらずの感触ーー当然、抱き合っていると言うことは、彼女の母性の象徴が当たっていると言うことでーー


「……この小ささは、幻覚じゃ真似できないよな……」


『ーーエッチッ!!』


「ぶっ!?」


ーー久しぶりに意思疎通を図ることが出来たと思ったら、いきなりのセクハラと、己のコンプレックスを指摘される発言に、ユリアは先程とは違う理由で頬を赤く染めた。気がついたら右の平手が飛び、トレイドの頬に紅葉を作り上げていた。

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