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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第14話 深淵の闇~2~

ーー……時間を稼ぎます。そのうちに、早く理の浄化を!


そう告げて、クサナギを手にダークネスへ飛び込んでいったタクトを、トレイドは無茶だと言わんばかりの表情で止めようとしーーしかし、出来なかった。


体内で暴れ回るダークネスを押さえ込むのに必死だった、ということもある。彼が瞬歩を使い、すぐに距離が離れてしまったということもある。だがそれよりも、彼を止められなかった一番の理由は、それしかないとトレイドもわかっていたからだ。


今の自分はポンコツだ、ダークネスの影響で戦うことは愚か、立ち上がることさえ出来ない。切り札たる理も奴の力に汚染されており、むしろ使わない方が良いと言う状態。一方のタクトは、ダークネスの影響を受けているが、その影響はトレイドと比較して軽度。おまけにクサナギという神器を武器にしていた。


総合的に見て、いや、客観的に見ても、タクトの方が大きな戦力になる。しかしーー神器を持つ者と理を宿す者とでは、行使できる神の力に差があり、当然その身に宿す者の方が行使できる力が大きい。


いくらタクトが神器を手にしていようと、相手はダークネスーー神座に連なる存在なのだ。神器では、ダークネスを退けることはおそらく不可能。だが、抵抗、つまり時間稼ぎは出来るのだ。


「…………っ!!」


拳を握りしめ、トレイドは己の中にある理へと意識を集中させる。今決死の思いでダークネスを相手に時間稼ぎをしているタクトに報いるためにも、ここは手早く浄化を終わらせるしかなかった。


「……っ…………っ!」


己の中へと意識を集中させるたびに、暴れ回るダークネスに妨害される。瞳を閉じ、表情は歪み、きつく結んだ唇から耐えようとする呟きが漏れだしていく。


それでも、浄化を終わらせる一心で暴れ回るダークネスに耐え、自身の中にある理の力を目覚めさせようとしてーー


「……がっ……!?」


全身に軽い衝撃が走る。衝撃と言ってもほんの些細なもので、痛みはない。だが、その驚きはかなりものであった。


ーー”拒否された”


驚きの最中脳裏に浮かび上がったのは、その一言。理の力を使おうとした際、まるで理に拒否されたがごとく、全身に衝撃が走ったのだ。これはおそらく”警告”。次に同じ事をしようとしたら、おそらくーー


「……どういう、ことだ……?」


意味が分からず、ただただ呆然とするトレイド。体内で暴れるダークネスのことなどすっかり忘れて、驚きのあまり目を丸くする。


今まで普通に扱えていたはずの理の力が、ここに来て何故かいきなり扱えなくなってしまっている。これは一体どういうことなのだろうか。理の力ーー神の力に拒否された。ということは、神に捨てられたということなのだろうか。一体何故ーー


ーードクンーー


「っ!? ぐぅっ……!?」


体の中のダークネスが暴れ出した。理に拒否されたという驚きに、ついダークネスの事を失念していたためか、より一層激しく暴れ出したように感じられ、トレイドは胸を強く押さえつける。


「……つっ………ぐ……そぉっ……!!」


何故ここで理が使えないのか。理を使うことが出来ないのか。己に自問するも、答えが出るはずもなく。ただ先程よりも激しく暴れ出したダークネスの影響により、だんだんと意識がかすみかけてきた。


「くっ……ーーーー」


意識と共に視界もかすみ、途切れそうになる意識を必死につなぎ止めながら、つい片手で目を拭おうとしーーそこで気がついた。目元を拭おうと持ち上げたその左手は、”黒い鎧に覆われていた”。


「……な……んだ、これ……?」


先程の、理が使えなくなった時の驚きを上回る驚愕が、トレイドを襲った。指先にはかぎ爪、鎧の節々にはエッジが立ち並び、見るからに凶悪そうな鎧ーー手甲だった。この手甲は、ダークネスの力によって生み出される黒騎士のそれそのものだ。


「ーーーーー」


黒騎士の手甲を見て、トレイドは本能的に理解する。先程、何故理が自分を拒否したのかを。


今の自分は、ダークネスに犯され、そしてダークネスに”飲まれかけている”。自身でも気がつかないうちに、黒騎士の手甲が表れたのはその証拠だ。そんな状態で、ダークネスの力に汚染された理を使えばどうなるか。


ーー今必死に自我を保とうとしているが、その自我を呆気なく吹き飛ばし、自分がダークネスの欠片に飲み込まれる。黒騎士となり、必死にダークネスを相手に時間稼ぎをしているタクトに襲いかかるだろう。


「……最悪だな……」


彼は苦々しげに呟いた。状況は彼の言うとおり最悪。ダークネスの本体によって力を強めた多量の欠片の影響で意識を失いそうになり、知らぬ間に黒騎士になりそうになり、そして何よりもーー理の浄化が出来ない。


浄化を無理にでも行おうと、理の力を僅かにでも使えば、次の瞬間一瞬で黒騎士と化すだろう。


ちらり、と自らの左手に視線をやる。黒騎士の鎧は現在二の腕あたりまで迫っており、さらにその下側の左足は、膝から下が黒い鎧で覆われていた。そしてどちらも、徐々に体の方へ迫ってきている。


ーー時間がない。奇しくも、ダークネスを相手に時間稼ぎをしているタクトも、同じ事を考えていた。


トレイドは、多量の欠片を理の力で封じているが、本体の出現により欠片の力が強まり、ついに封じきれなくなった。徐々に欠片に飲み込まれようとしている。その証拠に、意識に掛かる霞がより一層ひどくなってきた。


タクトは、身の内にある欠片を心象術によって封じ込めているものの、本体と幾度も接近し、刃を重ねているためか、欠片の力が強まっている。今のところ兆候は見られないが、それでも気を抜けばすぐにでも欠片に飲み込まれかねない状況下にある。


二人して時間がない状況。だというのに、片や手詰まり、片や時間を稼がなければならないというどん詰まりの状況。今まで何度も絶体絶命という場面に巡り会ってきたが、ここまで状況が悪いのは初めてのことだった。顔をしかめ、トレイドはただ胸を強く掴みながら、タクトとダークネスの戦いを見続けるしかなかった。その間にも、黒騎士の鎧は徐々にトレイドの体を覆っていく。


タクトがクサナギを振るい、ダークネスの大剣を逆に”弾いていく”。奴は常に魔力硬化結界を展開しており、魔力を纏わせる爪魔は使えない。またダークネスの怪力を乗せた一撃は、タクトには弾くことはおろか、受け止めることさえ出来はしないだろう。


「ーーーっ!」


タクトは常にダークネスに一歩近づき、トレイドから教わった踏み込みによる轟撃、そしてクサナギの切っ先で、ダークネスの振るう大剣の”鍔元”を狙っていた。どんな武術でも、最も力が乗るのは切っ先の部分のみ。いくら怪力とは言え、間合いを計り、鍔元目がけて切っ先で轟撃を放てば弾けないことはなかった。


無論、いつもならこれほどの技術は使えないだろう。常に相手の間合いに入るという恐怖に加え、狙いを外したりしてしまえば、大剣によって一瞬で真っ二つだろう。


タクトがこれほどの技術を躊躇いなく扱えていたのは、ひとえに自然の加護ーー先読みの恩恵であった。加えてダークネス自身、剣の達人と言うほどの使い手でなかったのが幸いした。相手は悪神であり、武神ではない。達人ではないことに、妙に納得した気分である。


『ぬぅ……!』


何度タクト目がけて振るっても、逆に弾かれる大剣にダークネスの苛立ちは募るばかり。振るった大剣を弾き、その際に出来たダークネスの隙。そこを突くことはせず、ただタクトは次の一撃にのみ備えていた。


「っ……」


ーー正確には、隙を突くことが出来なかった。つかの間に出来た隙、その際にちらりと自らの両腕に視線を落とした。クサナギを両手で、正眼に保持する腕には、両方とも僅かな痺れが残っている。


この痺れが、彼が攻撃しない理由だった。奴の怪力が、こちらの技量を超えている証拠だった。


(弾いてこれか……直撃したら、吹き飛ぶどころじゃないな……)


もろに奴の大剣を受け止めたら、それこそ腕ごと持って行かれかねない。手に握るクサナギを構え直し、タクトはダークネスへ視線を戻す。幸い、自然の加護のおかげで先読みが出来、一手も二手も先を行くためそう簡単には遅れは取らない。


上段から振り下ろされるダークネスの大剣。怪力を生かした、巨体には似合わぬ剣速で落ちてくるそれに、彼は目をカッと見開いてーー


『ぬんっ!!』


ダークネスの目から見て、ついにタクトの小柄な体を捕らえた。彼の体を頭上から真っ二つにし。しかし、大剣越しに伝わる手応えはまるでなく、伝わってくるのは地面を砕く感触のみ。


『ーーーーっ』


そして、真っ二つにした彼の体が虚像のようにかき消えーーその一歩横に、タクトが表れる。その様を見て、ダークネスは驚愕に目を見開いた。


ダークネスが両断したのは、タクトの”残像”だった。


霊印流歩法、瞬歩”零”。たった一歩分、数センチ分の移動しか行わない超短距離瞬歩。速さ自体は通常の瞬歩と変わらないが、なにぶん移動距離が短すぎる。そのせいで、今のように残像が映ることがあるのだ。


本来この瞬歩は、相手の間合い内で相手の一撃を躱し、さらに相手に残像を見せて惑わし、反撃の一撃を入れる際に使われる。そしてそれも、今のタクトのように自然の加護を用いていれば、ほぼ確実に相手の一撃を躱してしまえるのだ。


(これを……この時を……っ!)


ダークネスの一撃を躱し、さらに残像によって惑わしたこの瞬間。決定的な隙を作り出し、さらにこちらにはもう、手の痺れはなくなっている。


この時を待っていたーーそう言わんばかりに、タクトはクサナギを下段から振り上げる。


「参之太刀、瞬牙!」


魔力を吹き出し、剣速を加速させた切り上げは、ダークネスの隙だらけの腹部をいとも簡単に切り裂いた。


微かに揺らぐダークネスの巨体。瞬歩零を持ってして、ようやく生まれた隙を見逃さないとばかりに、タクトは切り上げたクサナギを翻し、縦一文字に振るう。


しかしーー


『ぬぅ……!』


「っ!?」


カッと目を見開き、ダークネスは揺らいだ巨体を瞬時に立て直し、タクトがクサナギを振り下ろすよりも先に、彼の喉を鷲掴み、締め上げる。


ーーしまった、瞬牙で放てば……っ!


そんな後悔も、もう遅い。しかし、この動きは予想外だった。自然の加護による先読みで、鷲掴みの動き事態は読めたのだがーー読めたときには、すでにクサナギを振るった瞬間だった。


おそらくダークネスは、クサナギの一撃にダメージをくらい、動けなかったのだろう。その時に斬りかかってきたタクトを見て、咄嗟に腕を伸ばしたのだろう。”体を動かそうとする意思”と、”実際の体の動き”が同時だったのだ。


ーー”反射”。熱い物に触れた際、手を引っ込めたりする、特定の動作に対して体が無意識のうちに動くこと。おそらくダークネスはその反射が起こったのだろう。反射を行われれば、意思と動きが同時になるために、先読みが効かなくなる。


しかし、反射というのは自発的に行える現象ではない。それが常識である。ーーだが彼が相手にしているのは”神”。不可能を可能にしてしまっても、何の問題もない。


「ぐっ……あ……っ!?」


喉を鷲掴みにされ、締め上げられるタクトの体は、ダークネスの怪力によって呆気なく持ち上がる。それによって、彼自身の体重が首に掛かり、余計に息が苦しくなる。咄嗟に奴の腕を掴むも、あまり効果はないだろう。そればかりか、両腕で掴んだため、クサナギも落としてしまった。


カランとクサナギが地面に落ちる音がする。その中で、ダークネスは鷲掴みにしたタクトの苦しそうな表情を見ながら、


『……ふん、貴様、特異性と神器を持ちながらも、王の血筋であったか。……あの男も大概だが、貴様も”力”を持ちすぎているようだな』


「かはっ………っ!!」


だがーーぎゅっと絞められている首に圧が掛かり、掠れた吐息だけが漏れだした。苦しいーーそんな彼の心情などお構いなしに、ダークネスは彼を睨み付ける。


『もうおしまいのようだな、お主”も”』


ーー……”も”……?


苦しみにあえぐ思考の中で、その一文字が異様な響きを持っていた。今の鷲掴みにされている状況から、自分の立場の悪さは認めざるを得ないがーー


ーーま……さ、か……?


異様な寒気が背筋を襲う。それはきっと、息苦しさから来るものだけではない。先程までは戦闘だったために気づかなかったが、タクトは”背後から感じるいやな気配”にようやく気がついた。


必死に背後を見ようとするタクトを見てか、首に掛かる圧力が若干弱まった。おかげで、ようやく気配の主が見えーー絶句した。


「………っ!!」


そこに居たのは、黒騎士。いや、正確に言うのならば、体の左半分が黒騎士と化したトレイドだった。跪き、力なく頭を垂れるその姿に、とうとう、彼が欠片に屈した、ということを悟る。


体からあふれ出る黒い泡は、瞬時に固まり、次々と黒い鎧になって彼の体を覆っていこうとする。そのスピードは極端に遅いが、しかし確実に彼は黒騎士になっていようとしていた。


「……と、れい……ど………さ……っ」


「っ………っっ……っ!!」


悶えながらも必死に欠片を押し込めようとするのが、気配から伝わってくる。しかし、それでも押さえきれないのだろう。徐々に覆われていく黒騎士の鎧がその証拠だ。


『……わかったか。主らの敗北だ』


タクトの耳に聞こえるようにダークネスは呟き。そしてーー


『主ら人の子は……我が血肉になれば良い』


ーードクン、とタクトの中で押さえていた何かが、決壊した。封じていたダークネスの欠片が、彼の体から溢れ出した。

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