第14話 深淵の闇~1~
ドシンと地響きがするかのような鈍い動作で、しかし確実にダークネスは一歩歩み寄る。ーーそれだけで、二人の中にあるダークネスは、ようやく本体に出会えた歓喜に震え、二人を苦しめる。
特に、トレイドの苦しみはタクトのそれ以上である。タクトの場合、ダークネスの力のほとんどを封じているためか、顔をしかめるほどの違和感と全身の震えを感じるだけ。しかし、トレイドの方は、すでに膝をつき、表情が青ざめている。
タクト以上に胸の辺りを掴み、力強く握りしめるほどだ。息も荒く、焦点も微妙にあってない。欠片によって穢れた彼の理を浄化するためにこの聖地に来たというのに、その聖地に、ダークネスの本体がいるとは、まさに想定外であり、最悪の状態である。
ーー『ーー本来、純粋な力であるはずの理が、ダークネスに汚染されかけている。ユリアからお前に移った理が、危険な状態にあることに気がついたんだ』
ーー『……あぁ、危険さ。トレイドは、いつダークネスに……いや、”ダークネスと穢れた理、二つの負の方向性を持った神の力”に、飲み込まれてもおかしくない状態なんだよ』
聖地に入る前、アルトから聞いた話を思い出し、タクトは背筋に氷柱が生じたかのように凍える。そうだ、彼は体内にダークネスをーーそれも、本体を見つけるために”666個”もの欠片をその身に宿している。
その欠片達が、タクトのように歓喜の震えをーートレイドからすれば体内で暴れているような感覚ーーを上げているのだ。つまり、アルトの言ったとおり、いつ”負の方向性を持った神の力”とやらに飲み込まれてもおかしくない状態。
今の彼を見る限り、必死になって押さえているようだがーー
(……っ、クサナギ、トレイドさんの手助けを!)
(……そうしたい所だが……奴とは何の繋がりがない。繋がりがなければ、私の力で助力を行うのは難しい)
自らの腰にあるクサナギに語りかけるも、返ってきたのは出来ないと言う言葉。彼もそう告げるのは本意ではないためか、口調から滲み出るような悔しさがある。ーー出来ることなら、助けたい。それが、クサナギの偽らざる本心だろう。
「……っ」
『ふむ。どうやら見知らぬ人の子にも、我が欠片を宿しているようだな。……しかし……』
ぞくりという感覚と共に、ダークネスの本体ーーダークネスに見られていることに気づき、タクトは息を呑み半歩下がった。その視線は、まるで不可視の力を宿しているがごとく、ただ見られただけで、タクトは気圧されてしまったのだ。
だが、当のダークネスは、そんなことはどうでも良いのか、タクトを見ながら訝しそうにふむと呟いた。
『……どうやら、我が欠片を封じておるらしい。なるほど、これがあ奴の言っていた特異性か……だが、その程度の封じ……』
ーー破れぬ訳がない。そう呟くと同時、ダークネスはその真っ黒な瞳を僅かばかり細めた。つまり、タクトを睨み付けるようにして見やり、
「あぐっ……!」
(タクトッ!)
ドクン、と一際大きい鼓動が自身の内から響き、タクトは胸を押さえながら顔をしかめて跪く。自身の中で何かが暴れ回る感覚。一瞬、誰かが名前を呼んだような気がしたが、それさえろくにわからず、ただ必死にこの苦しみを押さえようとしーー
ーーガーディアン・フォース
心象術ーー心の風景を元にして行う、人の潜在能力を引き出す魔術であり、一種の自己暗示。だが、自分の心象風景に気づきつつあるタクトならば、わかる。
呟いた鍵の呪文。それが意味することを。
呟いた瞬間、苦しみが嘘のように消え、脳裏に自らの心象風景が浮かび上がる。荒れ果てた荒野、空を覆い尽くす分厚い雲。だが、雲の隙間からは太陽の光が差し込み、荒野を明るく照らしている。
風景のちょうど真ん中には、枯れてしまった桜の大木がぽつんとありーーその大木の根元に、”彼”はいた。
『大丈夫。ここは私が押さえておく』
”彼”は、大木の根元にある黒い泡の塊ーーダークネスの欠片を必死に押さえ込んでいる。欠片を押さえ込むのに集中しているのか”彼”はこちらを一瞥することなく、しかし声は荒げずにタクトに言いーー彼も、その言葉に頷いた。
ーー目を開けると、そこは聖地。心象風景に旅立っていた意識が戻ってきたのだ。今まで感じていた苦しみは嘘のように消えたままでありーータクトは、腰に吊ったクサナギを引き抜きながら立ち上がる。
『……何?』
「……タクト……っ?」
苦しみを感じ、跪いたはずの彼がすぐに立ち上がり、剣を引き抜いていたことにダークネスは眉根を潜める。一方、未だに体内で暴れ回るダークネスの欠片に苦しんでいるトレイドは、同じように隣で跪いていた彼が立ち上がったことに、驚きを禁じ得ない。
「……クサナギ……お前は、ダークネスを……斬れる?」
『……全く。我が主は、神を殺そうというのか? ーーその意気や良し! やるがいい!』
クサナギを中段に構えながら問いかけると、当の剣は呆れたように言いながらも、タクトの意思を組み、激励の言葉をかけた。ーーそして、それがタクトの問いかけへの答えだった。
『………』
「バカ、お前……無理にっ!」
タクトとクサナギのやりとりに、ダークネスはぴくりと眉を動かし、隣にいるトレイドは必死にタクトを思い留まらせようとする。
「……勝てるなんて思いません」
「っ!?」
思い留まらせようとした結果、タクトはとんでもないことを口にした。それに驚愕の意を示すトレイドには目もくれず、
「……時間を稼ぎます。そのうちに、早く理の浄化を!」
ーートレイドにだけ聞こえるように彼は呟き、体内の魔力炉から生み出される魔力。それを足に流し、一歩踏み込んだ。
タクトが振るう剣は霊印流。そして、たった一歩の踏み込みから発動する、霊印流の歩法瞬歩。
「霊印流一之太刀ーー爪魔!」
瞬く間にダークネスの間合いへと飛び込んだ彼は、肩口狙いの袈裟斬りに、魔力を纏わせたクサナギを振り下ろす。身長差があるため自然と飛びかかり、その結果、タクトの体重を乗せた一撃と化す。しかし相手は微動だにせず、またその手に持った大剣で受け止めることもしない。タクトの爪魔を、その身で受けたのだ。
「ーーーっ!?」
しかしーー何も起こらない。本来ならばダークネスの分厚い筋肉を断ち、手傷を負わせる目算があったのだが、クサナギはダークネスの体を断ち切ることが出来ず、その肩に、逞しい筋肉によって受け止められていたのだ。目の前の光景が信じられず、クサナギを振り下ろした姿勢で驚愕の表情を浮かべるタクト。
一方のダークネスは、自らの肩で受け止めた長剣には目もくれず、ただじっとタクトを見やっている。
『……ふむ。どうやら、今度は完全に我が欠片を封じ込めたようだな。……これが人の持つ力か。あながち無下にも出来ん』
どこか感心したように、見直したように呟き、タクトは我に返る。ダークネスが言うとおり、今タクトは自身の中にある欠片を封じているのだ。だが、心象術ーー自己暗示によって一時的に封じただけであり、いつまで封じていられるかはわからない。
できる限りダークネス相手に時間稼ぎをするつもりだが、それもいつまで続くことか。ーーだから、出来るだけ急いで下さいーー
祈るような思いでタクトは地面に着地、そのまま距離を取ろうと離れようとしてーー
『ーーそれにしても、舐められたものだな。ただの人の子一人に、後れを取る我だと思ったか!』
「っ!?」
ーー離れることが出来なかった。距離を取ろうとしたタクトに対し、ダークネスは逆に大きく踏み込んだ。その見かけによらず、かなりの素早さを持っていた。ただ手に持っていただけの黒い大剣も、いつの間にか持ち上げられている。
軽々と頭上へ持ち上がった大剣を見て、タクトは驚愕の表情から瞬時に顔をしかめ、振り下ろされようとする大剣の切っ先を見やった。
『ーーー』
振り下ろした大剣の一撃で、岩の地面に切れ込みが走る。手応えがないーーそう感じたときにはすでに大剣を持ち直し、左側へと飛び込んだ。大剣が振り下ろされた瞬間、”タクトが避けた”方向へと。
「うそっ!?」
案の定、あの直線型の高速移動をもちいて大剣を躱したタクトは、迫り来るダークネスを見て驚愕の表情で叫び。
続くダークネスの第二撃、横薙ぎ。それを彼がまだ瞬歩の途中ーーつまり、足が地面に”設置していない”ときに繰り出したのだ。
彼はクサナギの剣腹でその一撃を受け止めーーしかし地面に足を着いていないため、その一撃に抵抗することは敵わず、為す術なく吹き飛ばされた。
一気に数メートルほど吹き飛ばされ、地面を転がされるも、途中でクサナギを地面に引っかけ、その反動でうまく立ち上がるなり相手の確認もしないまま、すぐさま距離を取った。
『………』
続く第三撃。今度はタクトの最初と同じ袈裟斬りであり、距離を取るのが半秒遅かったならば、あの大剣で今頃真っ二つになっていただろう。
「はぁ……はぁ……」
『……ほう』
タクトは息を荒げながらも、クサナギを握る手をゆるめはしない。対するダークネスは、タクトが構え、その眼光の鋭さが変わったのを見たためか、意外そうな声を漏らし、追撃の手を休めた。
一瞬の間に過ぎ去った戦闘ーーとはいえなかった。どちらかというと、一方的な蹂躙である。
爪魔を受けてもものともしない堅さ。大剣を軽々と扱い、こちらを難なく吹き飛ばす怪力。そして、瞬歩に着いてこれるスピードと、瞬発力。そのどれもが、タクトよりも圧倒的に勝っているのだ。
たった三合しか剣をあわせていないにもかかわらず、このままでは勝てないと言うことをタクトは身をもって理解した。ーーそう、”このままでは”。
「はぁ…………はぁ………」
だんだんと落ち着いてきた呼吸を整えながら、タクトは意識を深いところへと向けーー己の中に眠る力を呼び覚ます。精霊王の血筋に宿る、自然の加護。その力を発動させ、中段に構えたクサナギ越しにダークネスへ視線を向けた。
ダークネスも、眼前にいる人の子が放つ気配が急激に変化したことを感じ取ったのだろう。ぴくりとこめかみを微かに振るわせ、真っ黒な手で大剣を握り直す。
常人では持つのも苦労しそうなほどの黒い大剣を片手で持ち、その切っ先をタクトに向けて構えたダークネスを、彼はじっと見やる。互いに視線を交わせあう中で、タクトは次第に顔をしかめていく。
ーーまずい……。
ダークネスの真っ黒な瞳に見つめられていると、自身の中にあるダークネスの力が強まっていくような気がする。ーーいや、気がする、ではない。確実に、強くなっているのだ。自然の加護の力を使っているため、そのことがはっきりとわかった。
(いざとなれば、欠片を封じるために力を貸そう)
(……ありがとう)
クサナギがタクトの意思を読み取ったのか、そう言ってくれた。おかげで、多少の安心感が出来たとタクトは礼を告げる。
(だがーー)
ーーそれも”いざとなれば”、だ。そうタクトに釘を刺す。あの大剣と、そしてダークネスの体に直接打ち合ってわかったのだ。どうやらダークネスは、視線だけでなく大剣や体に触れただけで、タクトの中にある欠片の力を強めようとしていた。
欠片を強めようとする意思は、クサナギが打ち込むたびに無効化しているものの、タクトの中にある欠片を封じるのに力を貸すと、今度はそちらの力が使えなくなる。ーーそのことを告げると、タクトは先程よりもさらに顔をしかめた。
(……これは、不味いどころの話じゃないね……)
剣で打ち合っても、視線に晒されても、近くに居るだけでも、体内にあるダークネスの欠片は強まっていく。理不尽な上に矛盾した話だ。トレイドのために時間稼ぎをしなければならないのに、こちらとしては時間をかけられない。
(……僕の中にいる”彼”が持つか、それともトレイドさんの方が早いか……)
トレイドの方へ視線を向けたいが、今視線を外せば必ず目の前に居る漆黒の神は襲いかかってくる。そのことを感じ取っているタクトは、ダークネスから視線を外せない。
このまま見合っていても、何も始まらない上に、こちらのダークネスが強くなっていく一方だ。ーーならば危険を承知で、こちらから切り込むほかにない。幸いこちらの手元には、ダークネスと同じ神の力を宿した神剣クサナギが居る。こちらの攻撃は、一応通るはずだ。
「ーー二之太刀、飛刃!」
正眼に構えた長剣の切っ先を僅かに下げ、次の瞬間には切り上げた。さらにそこから手首を返し、間髪入れずにクサナギを振り下ろす。すると、切り上げと振り下ろしの二閃の軌跡に反って、クサナギから魔力斬撃が二つ放たれる。
ダークネスに向かって放たれた二閃の魔力斬撃は、一直線に走り、ダークネスの漆黒の体に届ーーかなかった。ダークネスに当たる直前で、まるで時が止まったかのように固まり、そして砕け散った。魔力硬化現象、ダークネスが持つ力の一つであった。
砕けた魔力はダークネスの全面に漂い、霧散してーーそこから、瞬歩を持って間合いを詰めてきたタクトが、クサナギを振り上げる。
『ーーーー』
彼は飛刃を放っただけではない。放った後、飛刃を通り過ぎないよう、そして隠れるように瞬歩を発動させたのだ。彼もつい失念していた魔力硬化現象だが、結果的に砕けて霧散した飛刃によって、思っていた以上に彼の姿を隠したのだった。
ダークネスの瞳が僅かに揺れるーー上段に構えたクサナギが、凄まじいスピードで振り下ろされる。
「参之太刀、瞬牙!」
クサナギの刀身から魔力が吹き出され、剣速が加速する。後退しようとしていたダークネスの巨体を逃がさず、振り下ろされたクサナギは、その分厚い筋肉を僅かながら切り裂いた。
『ーーっ』
「っ!!」
僅かに苦悶の声が漏れーー今が好機、とばかりに僅かに切り裂いたその箇所を狙い、瞬牙を持って突き刺した。一番最初の爪魔は、魔力硬化現象に阻まれたために有効打になり得なかったのだ。だが瞬牙は、魔力を吹き出し加速に用いるもの。つまり、爪魔と違い瞬牙は刀身に魔力は纏っていないのだ。
その結果、魔力硬化現象に阻まれることなく、狙い通りにクサナギの剣先が突き刺さる。瞬牙の加速により、タクトが思っていた以上に深く、だ。
「四之太刀、爪破!」
『がっ……』
さらにタクトは、突き刺さった剣先に魔力を集わせ、破裂させる。それによって、ダークネスの内部で衝撃波が発生し、その巨体をよろめかした。本来、爪破の衝撃破の直撃を喰らえば、相手を軽く吹き飛ばすことが出来る破壊力を有しているというのに、流石にダークネス相手ではそれが精一杯だった。
だがーー衝撃波の破壊力は、ちゃんと通じていたらしい。誰の耳にもはっきりと届く声で、黒き神は呻く。流石に体内で生じた魔力は硬化させられないようだ。
誰の目から見ても、完全に体勢を崩した今がチャンスである。よろめいたことによって抜けたクサナギを構え直し、タクトは瞬歩を持ってダークネスへ肉薄する。
「ーー五之太刀、残刃」
そして、すれ違いざまにクサナギを一閃。しかしその一閃は、クサナギ本体の斬撃を含め、計五つの斬撃へと分裂し、ダークネスの体を切り裂いた。
『ーーーーっ』
瞬歩のスピードを乗せた残刃の五閃は、ダークネスの巨体を後ずさりさせる。しかし、倒れはしない。
(まだか……っ)
タクトの目的は時間稼ぎーーしかし、あまり長い時間はかけられないという不利な、そして矛盾を持った条件の中で取ったのは、クサナギによる攻撃。
同じ神の力を宿しているクサナギならば、ダークネス相手にも通じるだろう、という考えはあたりだったらしい。背後から苦悶の気配を感じるのがその証拠だ。
クサナギの力で、せめてダークネスが持つ、こちらの欠片に干渉する力だけでも弱めれば、と思ったのだがーー
(……もう、時間は残っていないか……)
ーー心奥で震える欠片が、強まっていくのを感じていた。今にも封じの力が破られ、震えだしそうなダークネスの欠片を意識し、タクトは表情をしかめている。
一方のダークネスは、残刃の直撃を全て受けた後、ゆっくりとした動作で後ろを振り返り、タクトへと視線を向けた。ダークネスが振り向いたことを感じ取り、タクトも振り向き、お互いの視線が交錯する。
そんな中、俯いたダークネスがぽつりと呟く。
『……その剣も、我と同じ神なのか』
「………」
タクトは答えない。ここで問答をするつもりはなかったし、否定したり誤魔化したりしても、ダークネスの口調から、それが断定であると言うことが理解できていた。
何も答えないタクトに対し、ダークネスは顔を持ち上げ、その瞳でタクトを射貫いた。
『”神が神を殺す”……そんなことが、許されると思っているのかッ!』
ーーいや、違う。ダークネスの視線が射貫いたのは、タクトが持つ神剣クサナギの方だった。
『……フフ』
『……何がおかしい』
クサナギは刀身を振るわせて声をーー正確には、笑みを漏らした。微かに笑い声を上げたクサナギに、持ち主であるタクトは目を丸くし、ダークネスは眼光を鋭くさせ、クサナギを睨み付ける。
『いや、すまない。なんだか懐かしいと思ってな』
漏らした笑みは、苦笑の笑みであり、決して、ダークネスを嘲るような笑みではなかったようだ。
『私は遙か昔、実の姉上に弓を引かれたことがある。まぁ、それは姉上の誤解で、私が潔白を証明したために、大事にはならなかった』
どうやら、クサナギにも色々とあるーーあったらしい。不覚にも、タクトはそう思い、いつか話を聞いてみたいと思った。彼の長剣の話は続く。
『だがーー姉上が誤解したのは、その頃の私の素行があまりにも悪かったせいだ。姉上は悪くない。当時は納得できなかったが、今となっては、誤解しても仕方がないことをしていたという、自覚がある』
そう言い切ると、クサナギの切っ先に光が集い、そこに人型がーー銀の子人が浮かび上がった。どうやら魔力で作り上げた虚像のようで、所々かすみ、ぶれているが、その虚像はクサナギに間違いなかった。
生み出された虚像のクサナギは、逆にダークネスを睨み付け、
『ーー我々神々の役目は、人間を見守り、時に力を与え、時に試練を課すことだ。愚かで野蛮な……しかし、愛し、信じるに足るちっぽけな人間を。人心を乱し、人に害をなす悪意の化身……しかしそれは、人々に対する”戒め”としての化身だろう?』
タクトでさえ見たことがないほど、厳しく、険しい瞳をした彼の眼光に、ダークネスは押し黙った。
『貴様は我々神の役目を果たそうとしているつもりなのだろうが……しかし、ものには限度という物がある。己の力を強めるがために、見守ることもせず、本来見込みのある者にしか与えないはずの力と試練を所構わずまき散らし、結果、人々に害を与え、破滅に導く……そんなだから、貴様は”悪神”と呼ばれるのだ』
呆れも、嘲りも、諭すこともせず、ただ淡々と事実のみを伝えるクサナギの言葉に、ダークネスは反論せず、押し黙ったまま聞き入っている。
『何が”神が神を殺すことが、許されると思っているのか”だ。……貴様はすでに、我らから弓を引かれても致し方ない行いを十分にしているのだぞ? そのことを理解してから物言うことだ』
そして最後に、と彼は付け足す。
『そしてもう一つ。私は私の意思で、貴様に傷を付けたのではない。私がこの者に力を与え、この者の意思で、貴様に傷を付けたのだ』
ーーうん? 話が変な流れになったぞ、とタクトは感づいた。クサナギの言葉通りなのだが、その物言いだと、なんだか僕に責任をなすりつけられたような……。
クサナギのご高説に聞き入っていた彼は、場違いにもそう思い。そして、タクトの危惧は物の見事に的中する。
『……そうか。結局、神に仇なすのは、人なのだな』
「……」
タクトは手に持つ剣の切っ先に佇むクサナギを睨み付けた。普段なら、人に押しつけるな、と言いたいところだが、ダークネスが放つ冗談抜きの殺気に、軽口を叩く余裕を失った。
それに、クサナギの言うとおり、ダークネスに弓引く覚悟をしたのも、弓を引いたのも、全て自分の意思だからだ。クサナギは嘘は言っていない。嘘は言っていないがーーもう少し、言い方という物を考えて欲しかった、と言うのがタクトの本音である。
漆黒の大剣を構え直すダークネス。その瞳が、ぎらりと輝き、タクトを射貫く。対する彼は、負けじとダークネスの視線を返し、クサナギを構える。
いつの間にか切っ先に佇んでいた虚像のクサナギは、刀身に吸い込まれるようにして消えていた。だが、そのことを意識する暇もない。こうして、ダークネスに見つめられているだけで、心の奥から恐怖が湧き出し、同時に自身の中にある欠片が暴れだそうとしている。
だがーーだからといって、ここで引くという選択肢はなかった。暴れようとしている欠片は、”彼”が押さえようとしているのだ。後は、自身の問題。
恐怖に打ち勝つには、恐怖している自分に打ち勝つ。クサナギが押してくれたことを思い浮かべて、タクトは構えた剣越しにダークネスを見る。仕切り直しーーここから、再戦が始まる。