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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第13話 浄化~4~

強烈な光に包まれ、どことも知れぬ場所に転移された。タクトは転移の際に起きる僅かな体調不良を感じながら、たどり着いたその場所に眉根を潜める。


「……ここは……?」


「聖地……の、はずなんだが……正直、自信はないな」


隣にいるトレイドも、この場所を見て困惑していた。なぜなら、二人が居る場所は、一面真っ黒なのだ。上下左右、床や壁の区別が出来ないほど見事に統一された黒。暗闇というわけではないため、隣にいるトレイドをはっきりと見ることが出来るのだが。


「……いやな感じですね」


「奇遇だな。それとも、これが聖地なのか……?」


タクトもトレイドも、もちろん他の聖地を訪れたことがないため何とも言えないのだが、ここが聖地というのは少し変な感じがする。それは、トレイドも同様なようだ。


ーー人は本能的に闇を恐れる。それは、そこに何があるのかわからないためだ。分からないがために、闇の向こうにあるものを勝手に想像を巡らし、結果、より恐怖を感じてしまうからだ。


想像ーー知性があるが故の自爆と言えるだろう。それはタクトにも言えることであり、彼が心の奥底でじっとりとした恐怖を覚えている。


『……タクト。以前私が教えたこと、覚えているか?』


先程までずっと黙りを決め込んでいたクサナギが、ようやく口を開いた。クサナギはトレイドお手製の鞘に入ったまま、主人の腰に吊られている。アルトとの会話の時は一言も発しなかったが、クサナギ曰く「いきなり剣がしゃべったら驚くだろうが」とのことである。


クサナギの言葉に、タクトは一つ頷き、


「……恐怖していることから目を背けるな。恐怖を受け入れて、前へ進め……だっけ?」


『だいたいそんな感じだな。覚えているんなら、それで良し』


そう告げて、クサナギは再び押し黙った。そんな相方の反応に首を傾げるタクト。クサナギも、この闇に何かを感じ取っているのだろうか。ふと視線を感じ、顔を上げて視線の主であるトレイドを見やった。


「……恐怖を受け入れろ、か……良い言葉だな」


「あはは……まぁ、ある意味ではとんでもなく恥ずかしい言葉かも知れないけどね」


どこか感心したように言うトレイドに対し、タクトは自分の台詞でもないのにどこか恥ずかしげに苦笑し、頬をポリポリとかいた。


クサナギが言っているのは、恐怖の対象を克服するのではなく、”恐れている自分”を克服する。辺り一面の真っ暗な景色、それを恐れる自分を認めるーーそれだけで、”怖がっている自分”を後押し出来るかも知れない。


その思いを秘めて、タクトは足を踏み出した。自然と、トレイドよりも一歩前へ行くことになり、彼はトレイドの方を振り向いて、強ばってはいるものの、笑みを浮かべて見せた。


「……行きましょう、トレイドさん」


「……あぁ」


一瞬、きょとんとした表情を浮かべる彼だが、すぐに気を取り直し、こちらは全く恐れていない様子でニヤリと笑みを浮かべた。ーーそのニヒルな笑みが、今は心強かった。




ーー恐怖を受け入れて、前へ進む。タクトとクサナギの会話から出てきたその言葉を聞き、トレイドは感慨深げに頷いていた。


ちらりと後ろを振り返り、遅れて進むタクトを見やる。歩き出した当初はトレイドよりも先を歩いていたが、小柄なタクトはあっという間にトレイドに先を越されてしまった。


もっとも、彼の歩みも平時と比べるとやや遅いように思える。それはきっと、気のせいなどではない。気丈に振る舞っているが、内心に潜む恐れを拭い切れてはいないのだろう。


だが、それでも良い。恐れている自分を認め、そんな自分の背中を後押ししてやる勇気、それが大事なのだ。人はそうやって、成長していくのだ。


トレイドが感慨深く感じていたのは、そのことである。もっとも、クサナギの言葉に感銘を受けたと言うことではない。ただ単純に、そうなのか、と理解したーー”知識として知った”感じなのだ。


「…………」


視線を落とし、自らの拳をぎゅっと握りしめるトレイド。自分の手を見やるその瞳には、自身を自嘲する色が多分に含まれていた。


ーー改めて思うと、俺ってぶっ壊れてるよな……


自分には、クサナギの言葉を実践することは出来ない。その理由を脳裏に浮かべながら、トレイドは握っていた拳を開いた。うっすらと爪の後が残る掌に視線を落とした後、彼は前を向く。


日常生活に支障はなく、狂人のように狂っているわけでもない。いや、ある意味では狂ってはいるが、それもせいぜい、今のように他人とは感じ方が違うといった感じであった。


『感じ方なぞ、人によって千差万別。気にすることはない』


昔、このことを教えた際に、ある人が言ってくれた言葉。それはきっと、本心からの言葉であり、励ましの言葉でもあったのだろうが、それでもと、トレイドはあのときと同じ答えを紡いだ。


(俺のはそんなのじゃない。根本的なところで、”壊れて”いるんだ)


そう、感受性が異質というわけではない。もっと根本的な、もっと大事な部分で、彼はそうなってしまったのだ。


それが罪。それが罰。人には過ぎた力を求めた、その代償である。


(………)


彼の中にいる相棒ザイは、トレイドの胸中を感じ取ったのか、思案する様子だ。一般の精霊使いと比較すると、精霊と強い繋がりを持つトレイドは、相方のそんな心情に気づいたのか、どこか苦笑混じりで思念を交わす。


(大丈夫だ。それに……ある意味では、”これ”は良いものでもある)


少なくとも、戦いの場面においては有利に働くだろう。”それ”がないために、思い切った行動を躊躇なく行うことが出来るのだから。ーーただし、人としてはあきらかにおかしいことなのだが。思わず苦笑を漏らし、苦笑に気づいたタクトは背後から声をかける。


「……トレイドさん?」


「何でもない。……気を引き締めろよ」


トレイドの言葉に、彼は訝しげな表情をするも、それに気づいたのか、問い詰めることはせずに頷いた。


二人が歩く進行方向、その先には光があった。ちょうど、人一人分はくぐり抜けられるような大きさの光。ーー上下左右どこを見ても同じ黒に覆われ、方向感覚もあやふやなこの空間も、終わりを告げていた。




トレイド、タクトの順に光をくぐり抜けると、洞窟ーーホール場の広間に出た。ごつごつとした岩肌だらけの広間を見て、トレイドは一つ頷く。


「……どうやら、ここが聖地のようだな。あの法陣は地下に繋がっていたのか……ん?」


見た目は普通の洞窟だが、どことなく神々しい雰囲気を持ったこの場所を見て、トレイドは目的地にたどり着いたとばかりに表情を和らげる。もっとも、ここが聖地だという確証を得たのは、彼が宿す理を通じて、だが。


しかし、彼は聖地を見渡して、眉をひそめた。ーーこの場所と似たような所を、以前見たーー訪れたような気がするからだ。軽い既視感を覚えているトレイドの背後で、遅れてやってきたタクトから息を呑む気配がする。


「……この場所っ!?」


何か知っている雰囲気を醸し出す彼に気づき、トレイドは慌てて彼へと振り返り、何やらすごく驚いた様子を見せる彼に問いかけた。


「どうした?」


「……去年の、あの場所……?」


彼が呟いたその一言に、トレイドは首を傾げるほかない。去年、何があったのか。去年ーー一番印象に残った出来事と言えば、ダークネスの回収。その際に、何でも斬れる神剣に宿ったダークネスを回収したさいのーー


「……あ」


そこでようやく、トレイドも合点がいく。ようやく思い出した、確かこの場所はーー


「フェルアントの、あの場所かっ!」


タクトにとっては、苦い思い出ばかり残る因縁の地。あの場所でダークネスーーダークネスに飲まれ、暴走した黒騎士と戦い、さらわれたコルダを助けた場所。ダークネスに飲まれた人を、自分の従兄であるセイヤが切り捨てた場所。そしてーー当時のフェルアント本部の本部長が起こした事件、その中心となった場所である。


あの一件は、厳重な箝口令が布かれ、関わったタクト達は皆その旨を告げられた。確かに本部長であり、十七年前に起こった改革に深く関わった人物が、エンプリッター(精霊使い至上主義者)と手を組んだ。そのことを、やすやすと口外できる訳がなかった。


ともあれ、トレイドにとってはそんなことは露知らず、単純に厄介なものに取り憑いたダークネスを回収したあの場所と、同じ雰囲気が漂っているということしか感じなかったが。


あのときは、今のように理が教えてはくれなかったので気づかなかったがーー思えば、あの場所はフェルアントの聖地なのだろう。


辺りを物珍しそうに眺めていた二人は、どこに行けば良いのか分からず、とりあえず前へと足を進める。すると、広間の中央に近づくにつれ、トレイドの中にある理がざわめいていくのを感じ取った。ーーどうやら、目的地はこの広間の中央らしい。


「あまり離れるなよ」


「はいっ」


何があるのか分からないため、トレイドは隣にいるタクトにそう告げ、即座に返ってきた、気丈な声音にいらない心配だな、と内心で苦笑した。タクトはもう血筋の力に目覚めているのだ、あまり心配する必要はないらしい。


もっとも、ここは聖地だから辺りを警戒する必要はーー


ーードクン、と波打つ音が聞こえた。


「………」


トレイドが立ち止まる。それとほぼ同時に、タクトもその場で立ち止まった。どうやら彼も聞こえたらしく、二人は必死に辺りの音を聞き逃すまいと耳を側立てる。


ーードクン、と再び、先程よりも強く、音が響く。


立ち止まった彼らは、さらに警戒心を高め、辺りを見渡す。二人のこめかみから汗が流れ落ちた。気づいたのだ、この聖地に立ちこめる圧倒的な気配に。


「……まさか」


タクトが表情をしかめ、信じられないとばかりに目を見開いて呟く。この圧倒的な気配、その主に察しがついたのだ。気づけば、彼は右手で自らの胸の辺りを押さえている。疼くのだろう、彼の体内にある”アレ”が。


それはトレイドも同じだった。ーーいや、彼の方がタクトよりもひどい。表情はしかめられ、顔中びっしりと汗をかいている。そしていつも真っ直ぐ伸びていた彼の背中は老人のように曲がり、今にも手をつきそうなほど、全身が頼りなく震えていた。


体が寒い。極寒の地にいるかと思うほどだ。かと思えば、体の奥底は暑い。まるで煮えたぎった油が体内にあるのかと思うほどに。



ーー憎しみ、怒り、憎悪、妬み、孤独、死ーー


様々な感情がトレイドの中を暴れ回る。脳裏にフラッシュバックする誰かの記憶。


家族を殺された者の視点で、その家族の死体を眺めている風景。


大事な作品を作り、しかし何者かによってそれを壊され、呆然としてそれを見ている者。


誰かの視点で、自分よりも優れた人が、自分よりも裕福な暮らしをしている。一方の自分は、その日の食事すらまともに採れない生活をしていた。


夫に先立たれ、息子は戦地に赴き返らぬ人となった寂れた家で、一人暮らす婦人。


死にたくないーーそんな思い空しく、苦しみの中息を引き取った者。



「ーーーーっ!!」


脳裏に様々な光景が浮かび上がり、トレイドはついに地面に跪く。今上がったものだけではない、今も様々な場面がめまぐるしく入れ替わりながら、トレイドの脳裏を過ぎ去っていく。


ーー最悪なのは、記憶感応と同じく、まさに絶望を感じた出来事を瞬間的に追体験されることだ。おかげで当人達と同じ”絶望”を味あわされることになった。


「とーいーーん!?」


誰かの声が聞こえる。だが、その声の主さえわからない。もはや頭の中はその光景で一杯だ、何かがわかるはずがない。


「やめっ……!」


頭を押さえ、思わず口から言葉が紡がれるーーだが、呟いた当人は、そんなことを口走ったことさえわからない。あまりにも多くの情報が頭の中を過ぎていくため、そんなことを認識する余裕がないのだ。


次々と流れていく追体験を繰り返していくうち、”自分”という存在さえ見失いかねない。いや、もうすでに見失いかけている。このままではーー


『ダメェ!!』


「ーーーー」


ーー様々な追体験がなされる中でも、その少女の声だけははっきりと感じ取りーー唐突に、全ての追体験が終わりを告げた。



トレイドは、気づけば岩肌をじっと見ていた。しかも左右に揺れている。動きが鈍すぎる頭では、自分が何をしているのか理解できず、思わず脳裏に閃いたことを呟いていた。


「……何で壁が……?」


「トレイドさん!? 良かった、気がついたんですか!?」


何で壁が揺れているんだーーその呟きに答えたのはタクトだった。最も、トレイドの疑問に対する答えではなかったが。彼の方を見やると、彼の手はトレイドの肩に置かれておりーーそこでようやく、自分はずっと揺すられていたんだと気がついた。


同時にようやくわかった。今まで見ていたのは壁ではなく地面の岩肌ーー自分は今、四つん這いの状態になっている。


「だい……丈夫……とは、言いづらいな……」


顔を思いっきりしかめながら上体を起こし、鈍器で殴られているのではないか、と思うほど激痛が走る頭を抱えた。珍しく気丈な言葉は出ず、全身から大量の汗が流れていた。


ーー助かった。それが今の偽らざる気持ちだった。もしあそこで記憶感応ーーらしいものが止まらなかったら、今頃自分の頭はいかれているだろう。かなり強烈な精神攻撃、下手をしたら自我をなくしかねないほどのものだ。


危険きわまる攻撃をしてきた相手ーーもう相手はわかっていた。今の追体験、その全てに”人の悪意”があったことから、もう考える必要がないほど、あっさりとわかる。それこそ、激痛が走り回転が遅すぎる頭でもわかるぐらいだ。


しかし、問題はーー


「……何でこんなタイミングで?」


「トレイドさん?」


頭を抱えながら、トレイドはそうぽつりと呟いた。何故聖地にいるときにこんな攻撃を? と。そんな彼の呟きに、隣にいたタクトが声をかける。


「……タクト?」


彼の方を見て、思わず声が漏れる。なぜなら、彼の表情はしかめられ、あきらかに苦しそうだ。右手で胸の辺りを掴む彼をみて、トレイドも合点がいく。


彼も、体内に”アレ”を……!


「お前、大丈夫、かっ!?」


「……多分、トレイドさんよりは大分マシです。クサナギも助太刀してくれましたし……。でも、そんなことよりも、あっちを……!」


苦しそうな表情ながらも、気丈に大丈夫というタクトは、広間の中央ーー先程まで彼らが目指していた方向へ指を向ける。トレイドはその動きに吊られて視線を向けーー固まった。


「……何で、お前がここに?」


信じられない、という表情と声音で、トレイドは呟き、尋ねる。それはタクトも同じであった。


「そんな……ここには、いないはずじゃ……!?」


ーー逞しい筋肉を持った男の大柄な体は、墨をぶちまけたかのような黒さ。だが、所々光を反射しているのか、常に揺らぐようにして黒の濃度が変わる。


まるで漆を塗ったかのようなその姿に、タクトは見覚えがあった。実際に見たことはないが、見たことがある。そうーー”記憶感応の中で”。


ドクン、とタクトの中に潜む”アレ”が震えた。子が、何十年も探し続けた親をようやく見つけ出したかのような、歓喜の震え。


『あぁ……久しいな、トレイド……人の子よ』


男の声と共に、長く垂れていた髪の毛が逆立ち、燃えだしたかのように揺らぎはじめる。男は手を突き出し、一瞬”黒い泡”で包まれたかと思いきや、次の瞬間には見覚えのある大剣が握られた。


巨大な刀身には所々ギザギザが刻まれ、どう見ても切れ味は鈍そうだ。ーーその代わり、重量で相手を圧倒するのだろう。二メートルを超える黒い男の、胸の辺りまで長さがありーーしかもそれは、刃渡りだけだ。柄も含めた全長は、男と同じ程度であろう。


「……あぁ。出来れば、もっと後に再開したかったぜ……”ダークネス”」


忌々しそうに、トレイドは返した。


ーー最悪の邂逅であった。まだトレイドの中にある理の浄化を行っていないにもかかわらず。世界の中心地たる聖地で、ダークネスの本体と遭遇した。

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