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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第13話 浄化~2~

無言で息絶えた男を見て、アルトは珍しいものを見たという風に目を瞬く。彼の人生経験から、この男みたいな人間は大抵、死ぬ間際に命乞いをする奴らだと思っていたのだが、彼は違ったようだった。それとも、命乞いをする暇もなかったのか。


もし前者だとしたら、最後の最後で少し見直してやろう。アルトはそんなふうに思いながら、彼の命を絶たせた人物に目をやった。


トレイドは、男を殺したとしても、何の感慨も沸いていないようだった。ただ無表情に、剣にこびり付いた血糊を一振りして振り払うと、いきなり長剣が消滅する。パッと無数の煙となって消えていくのを驚きの表情で見た後、アルトは口を開いた。


「精霊使いってのは、そんなことも出来るのか? 便利なもんだな……」


「多分、この世界とはだいぶ違う魔法だろうからね」


ーーこの世界。その表現を聞き、アルトは顔をしかめる。トレイドは相変わらず無表情だった。だが、その表情には悲しみの色が僅かばかり表れている。それには気づいていたが、アルトは気づかないふりをし、


「まるで、いくつもの世界がある、と言わんばかりの表現だな」


「その通りらしいよ」


「……何?」


トレイドの頷きに、驚愕の色を濃くさせて聞き返す。しかし彼も、詳しくは知らないらしく、後ろを向いたまま首を横に振るばかり。


「それよりも、早くここから脱出した方が良さそうだ。直にアンタの同業者がーー」


ドスッ


やってくるんじゃないか、とは言えなかった。トレイドは訳がわからず、腹部に目をやった。そこに、後ろから突き刺さり、貫通していた刀が目に映る。


な……に……?


驚愕に頭が麻痺し、不思議と痛みは感じなかった。だが、次の瞬間突き刺さった刀が手荒く引き抜かれ、血がどばっと噴き出した。それと同時に、腹部に激痛が走り、床に片膝を突いた。


「かはっ……!?」


「くせ者だぁぁーーっ! 義賊に殺されたぞぉーーっ!!」


もう、何が何だかわからなかった。何故、アルトがそんなことを叫ぶっ! 頭の中は最大級の混乱に陥っており、痛みに耐えながら開いた口からは、


「な、にを……言ってっ!?」


「まだわからないか?」


その言葉を聞き取ったのか、アルトは小馬鹿にしたふうに鼻を鳴らすと、トレイドに歩み寄り、


「”ある人”に頼まれてね。……お前に、絶望を教えてやってくれ、と」


瞬間、彼が持っていた刀が宙に軌跡をしるし、パッと赤い鮮血が飛び散った。右肩を深く切り裂かれたトレイドは、その衝撃で吹き飛ばされ、床にたたきつけられるなりごろごろと転がった。斬られた右肩を押さえながら、腹の痛みも無視してよろよろと立ち上がる。


幸い、彼が叩きつけられた場所はこの部屋で唯一ある窓の近くであった。ちらり、とそちらを見ると、アルトもそれに気づいたのか、ふっと薄く笑った。


「ほう、運が良いな」


「何故だ……っ!」


ドアの向こうから、続々とこちらに向かってくる足音と、だんだん大きくなってくる怒声が聞こえてくる。だが、そのような事はもはや眼中になかった。只一言、何故、という二文字がトレイドの頭の中を駆け巡る。


「なんで、こんなことを……っ! 俺は、アンタのことを、信じて……っ!!」


彼にもわかっていた。この状況、あの動作から、アルトが自分を裏切ったと言う事は。ーーだけど、信じられなかった。


ずっと頼りにしていた、密かに憧れていた人物が、何故ーー。


初めて会ったとき、彼は不良達に襲われていた自分たちを助けてくれた、そして救ってくれた。


街の広場でお菓子を売っていたとき、何かと気遣ってくれた。


店を持つと決めたとき、資金の提供までしてくれた彼が、何故ーーっ!!


トレイドの中で、怒りの炎が再燃するーー!


「なんでだぁぁぁぁあああ!!!」


絶叫と共に立ち上がり、再び法陣を展開させ、そこから長剣を抜き放つ。真横に振るったその剣を、アルトは刀で受け止めるなりついっと受け流す。


あまりにも鮮やかに、そして軽やかに流され、勢い余って体勢を崩す。呆然としつつ、前のめりに崩れた体勢のトレイドを、アルトは見逃さない。


「……さらばだ」


刀身から、刀に含まれている魔力が噴き出し、勢いよくトレイドに向かって振り下ろされた。



ーーそこから先の記憶はない。おそらく、窓から逃げたのだろうか。あの状況で逃げられるのか甚だ疑問に思うが、それしか説明のしようがない。ただ、気がついたときには、


『……目が覚めたようじゃな、若者よ』


岩のような堅い肌をし、羽衣を纏った精霊ーー土の賢者がそこにいた。




「……ま、久しぶりに帰ってきたお前と、少し話がしたくてな」


トレイドに刀を持っている理由を聞かれたアルトは、肩をすくめて答える。しかし、その答えはいささか信用できない。傍らで聞いていたタクトでさえ、そう思う。緊張感と警戒感をあらわにした視線でアルトを見やる二人に、彼はふぅっとため息をつく。


「信用ないよな。それは仕方がないが……今回は本当にそうだ」


そう言って、アルトは刀を鞘ごと地面に突き刺した。ーーよく見ると、刀の顎と鞘には紐が巻かれており、抜けないようにしっかりと固定されている。


武器を手放したーー正確に言うならば、使えない武器を手放した、のほうが正しい。その思惑はどうであれ、少なくとも話がしたいというのは本当のようだ。アルトの意思を感じたのか、トレイドも大きくため息をつき、頭を抱えた。


「……話ってのは?」


とりあえず話は聞こうと思ったのか、こちらから話題を振ってやるトレイド。


「あのとき、お前を裏切ったときのことだ」


ーー場の空気が凍り付いた。彼は頭を抱えた姿勢のまま凍り付き、側に控えているタクトは驚いた表情でアルトを見やる。本人の表情も真剣みを帯びた顔つきとなっていて、どこか凄みを感じさせていた。


「お前は、さぞ俺のことを恨んでいるんだろうな」


「……アルト、俺は一時期、お前を本気で殺そうと思っていたさ。そしてそれは……多分、今も変わっていない」


頭を抱えていた手を外し、俯いたままの彼はそっと腹部にーーアルトの刀が貫いた場所を触れ、そのままぐっと力を込めた。答える彼の表情は見えず、声音の変化も見当たらない。


アルトを憎み、殺意を抱いているーーそれは事実だ。しかしーー


「だけどな……十年経って、人生色々経験して、いろんな奴にあって……落ち着いた今なら、見えてくるものがある」


俯かせていた顔を上げ、彼は真っ正面からアルトを見やる。その瞳には、確かに怒りや悲しみーーアルトに対する負の感情がある。だが、同時にこちらのことを思いやる優しさも混在していた。


「……あんたを殺せば……ライやサヤ……それに、”あんた達の子供”も悲しむ」


「……え?」


あんた達の子供ーートレイドは今、そういった。その言葉の意味を理解できず、首を傾げるタクトだが、視線を真っ向から重ねる二人はそれに取り合うことはない。


「好きだった人を……ユリアを失った悲しみを、あいつらに味合わせたくない。ましてや、”俺とユリアの名前”をついだ子供達には、特に」


「……っ」


取り合うことはなかったが、しかしトレイドの言葉を聞いて自ずと悟った。昼間出会った、少年トレイドと少女ユリア。あの二人は、今目の前に居るアルトの子供なのだ。


そういえば、記憶感応で見た感じ、幼い頃にアルトに助けられてから、サヤは彼に好意を抱いている様子だった。最初の頃は、その好意を流していたアルトだが、年を追うごとに、彼の方もさり気なく気にかけている節があった。もしそうならば、ライが叔父と呼ばれた事にも合点がいく。


「ーーーー」


アルトは、トレイドの口からそう言われたのがよほど意外だったのか、口を半開きにし、唖然とした表情で彼を見やる。


「……ククッ……ハハハハ、アッハハハハハッ!!」


やがて笑みを漏らし、次に肩を震わせながらくぐもった笑い声を上げ、最後に大笑いする。大笑いする彼を見て、馬鹿にされたとでも思ったのか、トレイドは若干むっとした声音で、


「笑うことはないだろう。折角人があのことは水に流そうと思うって言っているのに」


「ハハハッ! 悪い、どうも笑いが止まらんっ。……クク、そうだな。年月の流れってのは、すごいもんだな」


笑いを収めたようだが、完全に収めるまでには行かず、まだ肩を震わせている。どこか朗らかな表情で言う彼は、ついでとばかりに、


「それと、いくら何でもこんな大事なことを水に流しちゃいかんだろ。お前は相変わらず、変なところで抜けてるよな」


「うるせぇ」


アルトの至極真っ当な突っ込みに、憮然とした顔で突っぱねるトレイド。そのやりとりを傍らで聞いていたタクトは、思わず頬が緩むのを止められない。きっとこれが、トレイドにとってとても大事なことなのだろう。


「ーーで、紹介が遅れたが、そこの連れがお前の女か?」


そこでアルトはようやく、トレイドの傍らにいるタクトへと目を向け、ニヤリと笑みを浮かべながら小指をたててくる。ーーどうやら完全に勘違いしているらしい。タクトはにっこりと怒りの笑みを浮かべながら否定しようとするも、その前にトレイドが一歩前に出て、


「あのなぁ……いくら何でも歳が離れすぎてーーっうぅ!?」


「ひ・て・い・し・ろ」


ーーフォローするのかと思いきや、まさかの天然発揮。一音ずつ区切りながら、タクトは何の躊躇もなく彼の足の甲を踏みつける。


彼らのやりとりを見ていたアルトは、ぽかんとすると、


「……女じゃ、ない……?」


「そうです。ぼ……俺は男です」


一瞬僕と言いかけるも、すぐにトレイドのデコピンの痛さを思い出し、何とか踏みとどまる。性別を間違われるのは、そろそろいい加減にして欲しい。疲れたようにため息を吐くタクトに対し、アルトは頬を引きつらせながら、


「えーっと。……その……まぁ、若いときは色々経験するもんだぜ!」


慰めのつもりだろうか、そんなことを口走りながら親指を立てるアルト。まるでおじさんのようなアドバイスだ。ーー親指を立てるなど、その仕草からつい忘れがちになるが、彼はリアルにおじさんである。


「っ……まぁ、冗談はおいといてだ。この子は……タクト。訳あって、少し預かっているというか……」


思いっきり踏まれた足がまだ痛むのか、無事な方の足に重心を寄せるトレイドは、タクトのことをそう紹介する。ここでは、ファミリーネームがあるのは貴族や王族のみらしく、無用ないざこざを避けるために桐生の名前は伏せているのだ。


「なるほどな。まぁ、”知ってるけど”」


「……え?」


「何?」


ーーしかしアルトは、意味ありげに笑みを見せてタクトを一瞥し、確かにそう言った。その言葉は、トレイドでさえ意外だったのか、眉根を寄せて消えかけていた警戒感を呼び戻す。


「それは、どういう事だ?」


「………」


トレイドの鋭い視線と共に投げかけられた問いを、彼は笑みを浮かべたまま受け流し、後ろにある石で組まれた法陣を指さした。


「あの中央に乗れば、お前達の目的である……なんだっけ……あぁ、そう聖地。聖地に行けるらしい。……ま、俺が乗っても何も起こらなかったけどな」


「お前……」


何を言っているんだ、と言わんばかりの表情は、さらに険しく、そして厳しいものになった。


タクトも同じである。アルトに関しては、つい先程出会ったばかりだが、記憶感応で彼についてはある程度知っているつもりだ。さらに、彼がトレイドに対して行った仕打ちも知っているため、初対面ながらもその印象は良いとは言えない。


ーーもし先程のやりとりがなければ、もっと印象が悪かったに違いない。それが、たった一言で、再び不穏な空気が流れ始めることとなってしまった。


「何で僕のことを知っているんですか?」


つい僕と言ってしまったが、トレイドも気になる事柄だったためか、僕呼びに関してはスルーし、二人はアルトを見やる。共に猜疑心にまみれた瞳を受け、彼はガリガリと頭をかき、視線を背けた。


「……俺が馬鹿だった……言葉にすると簡潔なんだけど、そのせいで大勢の奴を傷つけてしまったな」


唐突に語り出すアルトに対し、トレイドとタクトは互いに顔を見合わせながら首を傾げる。彼らには全くわからないことだろう、それを理解しながらも、アルトは気にせずに続ける。


「トレイド、お前さっき言ったよな。何で俺がここに居るのか、と。……実は俺は……」


彼が浮かべる真剣な表情を真っ正面から見やるトレイドは、不意に彼から感じてきた不思議な気配に気づき、目を見開いた。トレイドの表情に浮かぶのは、驚き一色。


「……お前、まさか……っ!」


トレイドが問いかける。ーーその問いかけに答えるかのように、アルトの背中に”金の文様”が浮かび上がった。一振りの剣を象った、黄金の輝きを放つ文様を。


「……”理”……っ!?」


信じられない、という表情で、タクトは呆然と呟いた。だが、いくら信じられなくとも、目の前に確たる証拠がある以上、認めるしかない。ーー彼も、理をその身に宿す”神子”なのだと。


「…………」


トレイドとタクトの反応から、浮かび上がった文様のことを知っていると思ったためか、アルトは浮かび上がった文様のことについて、


「トレイド、俺とお前が持つ理は、本来一つだったんだ。それがある時を境に、二つに分かれた」


と告げ、トレイドに向かって一歩踏み出した。その途端、トレイドの背中に三対の羽を象った黒い文様が一瞬浮かび上がった。すぐさま文様ーー理は消えてしまったが、逆にそれが、まるでアルトの言葉に反応したかのようだった。


トレイドもそう感じたのかーーいや、理を身の内に宿す彼は、アルトが言った言葉が真実だと言うことを直感的に悟った。おそらく理の恩恵だろうがーーそして、何故二つに分かれたのかも。


「……理の力は大きすぎる。だから二つに分けて力を弱めた……俺やお前が、自我を保っていられるのはそのおかげか」


トレイドの脳裏に、タクトの友人であるコルダ・モランの顔が浮かび上がる。彼女の、あの二重人格じみた性格は、理によって自我を歪められてしまったから生まれたものだ。そうならないために、先人は理を二つに分けたのか。


トレイドの言葉に、タクトは初耳だったのか、目を見開いて驚きを露わにする。だが、今の彼の疑問に答えることはなく、目の前に居るアルトの話に耳を傾けた。


「その通りだ。理は二つに分かれたが、元々は一つ。意識を集中させれば、片割れがどこにあるのか察しがつくんだ」


「……それで、俺たちの目的と、居場所がわかったのか」


「あぁ、それに……今の”状態”もな」


「っ!」


トレイドは得心がいったとばかりに頷くも、続けられた言葉を受け、アルトを睨み付ける。しかし、彼はその眼力をどこ吹く風とばかりに流し、


「十年前、お前を斬った……”殺そうとした”のは、今の状態だからだよ、トレイド」


「………」


「それ、どういう……?」


先程から、彼らにしか分からない会話が続いているため、置いてけぼりになっているタクトは二人に向かって声をかけた。しかし、傍らにいるトレイドは何も答えず、ひたすらアルトを睨むのみで、対するアルトは、白いものが混じり始めた黒髪をかきむしり、


「……タクト、君はこいつから過去を聞いたか?」


「は、はい、ある程度は……」


「そうか、なら話はーー」


「ーーアルト」


彼の言葉を遮り、トレイドは首を振りながら一歩前へ出て、タクトを庇うかのように左手で制した。


「……ユリアが目の前で殺されたとき。……俺の心の中で、”ダークネス”が生まれて……そして、生まれたダークネスを”ユリアが渡してくれた理”で押さえ込んだ……そのことだろ?」


アルトが言おうとしていたことを、トレイドは自らの口で告げた。

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