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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第13話 浄化~1~

「ーーあの愚か者が帰ってきたか」


どことも知れぬ闇の中。その闇の中で一人佇む大男は、何かを感じ取ったか、閉じていた瞳を開き、口元に笑みを浮かべた。


その大男の肌色は黒。褐色でも、浅黒いでもなく。墨を全身に塗りたくったかのような漆黒であった。鍛え上げられた筋肉で覆われた腕を持ち上げ、拳を握りしめる大男。


「今こそ、八年前の雪辱を晴らすとき」


八年前ーー男の元を尋ねてきた一人の青年がいた。その青年は、男の正体を知っており、出会うなり戦いを挑んで来たのだ。


そんな彼に、大男は鼻で笑いながら軽くあしらおうとした。この人間は、自分には絶対に勝てないという自信があったのだ。ーーしかし、その自信は崩壊した。同時に、人間の愚かさを改めて認める結果となってしまったのだ。


その青年は精霊使いであったが、それ以前に人である。だが、自らの分をわきまえず、青年は”禁忌”を起こしたのだ。その結果、自分は倒れることとなった。


大男はそのことに対し、驚愕していた。例え青年が禁忌を起こしても、自分は理ーーつまり”神”。倒せるはずがない。しかしそれでも、青年は自分を倒してしまった。


ーー青年は精霊使いであり、禁忌を犯しただけにもかかわらず、身のうちに理、すなわち自らと同じ”神の力”を宿していたのだ。その事実にこそ、彼は人の愚かさを知ったのだ。


青年の持つ理は、大男のそれとは違い純粋な力。故に、正か邪かを判断しない。その判断は、力の持ち主によって左右される。


ーー神の力を持つものが、神を殺すーー


この体がバラバラにされる瞬間、大男はーーいや、大男の姿をした”神”は思った。そんなことが、許されるはずがない、と。


青年が行った行為は、言わば恩を仇で返す行い。力を分け与えたにもかかわらず、分け与えた存在を滅ぼしたのだ。その愚かさに、神は怒りを見せた。しかも青年は、禁忌を行っていると来た。もはや、許す余地や、恩赦を与える余地はどこにもない。


ーー身の内にある”神”が裁かないというのであれば。この私が、奴を裁いてくれるーー


「……」


無言で自らの拳を見やる神は、ただじっと拳を見やり、やがて視線を右側へと向ける。


「……何のようだ?」


「いえ。ただ、ずいぶんと殺気立っていると思いまして」


先程まで誰もいなかったそこには、いつの間にか、一人の少年が佇んでいた。長い金の髪を束ね、朗らかに微笑むその少年に、”神”は苛立ちをぶつけるかのように睨み付ける。


「用がないのなら帰るがいい。私は、そなたが嫌いなのだ」


「私が、ではなく、私や彼のような理を宿した人、でしょ?」


「同じ事よ」


きっぱりと嫌いと言われたにもかかわらず、少年は笑顔を浮かべながら黒い神の揚げ足を取るも、きっぱりと両断された。そのやりとりが面白いのか、少年はクスクスと笑っている。


「フフ、やっぱり神様とのおしゃべりは楽しいな。何を言おうとしているのかわからないんだもん」


「私は楽しくとも何ともない。その笑いをやめろ、不快になるだけだ」


未だにクスクスと笑う少年のことを、黒い神は今すぐにでも切り裂いてやりたいと思うものの、それを押しとどめる。


この少年も、先程まで思い浮かべていた青年と同じ、理をその身に宿すものであり、そしてその身に宿した理の力は、青年のそれよりも遙かに大きい。


この少年の持つ理は、未来視ーー文字通り、未来を見ることが出来る力だ。そんな力、いくら神たるこの身でも、持ち得ることが出来ない力であった。この少年とは、一応協力関係にある。理がなければ、己の配下としているのだが、流石にそうはいかない。


そして協力というのも、例の青年に対しての協力であった。


「まぁ、トレイド君も久しぶりの帰郷に、何か思うことがあるんだろうね。それにしても、まさか僕が作った呪い人形を”浄化”させるなんてね。ある意味、君との相性は最悪なんじゃない?」


「……浄化の力はあくまで精霊の持つ力。神である私には効かない」


「神様、ねぇ。良く言うよ、”悪意の化身”のくせして」


「貴様とて人のことは言えまい? その性根、真っ黒だろうに」


黒い神が言った皮肉に、少年は楽しげにクスクスと笑みを浮かべる。それが余計に腹立たしい。


「ふふ、まぁあなたがトレイド君を始末してくれれば、それで良いんだよ。あの人の未来もよく見えないけど、でもきっと大きな障害になるだろうから」


「………」


ーー一体何を企んでいるのか。問いかけはしなかったが、少年の言から何かを企んでいるのは明白であった。


「それじゃあね、”ダークネス”。彼のこと、よろしく頼むよ」


少年はそう言ってその場から消えた。黒い神ーーダークネスの本体は、彼が消えたその場所を睨み続けていた。まるで、二度と来るなと言わんばかりに。


 ~~~~~


日は沈み、月が昇る。月は夜の訪れを告げる証。その証を、街外れの森から見上げていた黒髪の少年は、傍らに浮かぶ銀の子人へ視線を移した。


「……ねぇ、クサナギ」


「なんだ?」


クサナギーーそう呼ばれた子人は、先程の少年と同じように月を見上げている所だった。その横顔を見ながら少年、桐生タクトは目を伏せる。


「……その……」


「……どうした、一体?」


珍しく口ごもった彼に気づき、何かを言いづらそうにしているタクトを見て、クサナギは苦笑混じりに問いかける。だが、それでもタクトは言い出しづらいようだ。しばし迷っていたが、やがて首を振り、何でもないと答えた。


「こんな大事なときに何でもないと言われるのが気になるんだが。ここで言った方が楽ではないのか?」


「大丈夫だって、うん」


ここで言うように催促されるも、タクトは笑顔で首を振り否定する。流石に彼に、これまでの相棒に聞けるわけがなかった。


『もし僕に精霊使いの力が戻って、コウが戻ってきたら、クサナギはどうするの?』


ーーそんなの決まっていた。あの日、クサナギと契約をーー正確には”仮契約”を結んだときから。


契約ではなく、仮契約ーーその言葉はどう捉えても一時的に契約を結ぶと言うことでしかない。そして、その一時的というのもタクトに精霊使いとしての力が戻るまでだ。つまり、この一件でタクトに力が戻ればーー


(……これ以上考えるのはよそう。それに、まだ力が戻ると決まったわけじゃないんだから)


トレイドの言葉によれば、タクトに精霊使いとしての力が戻らないのは、体内にあるダークネスが原因であり、そして自分自身の”体質”故にダークネスを取り出せなかったのだそうだ。


原因は判明し、解決方法もあるが、それが彼の体質によって出来ないだけ。だからこそ、トレイドは根本的解決法を提示してきた。それが、ダークネスの本体を倒すこと。


ダークネスは、人の悪意が”神”となって現れた姿。人の悪意、つまり負の感情は、それこそ人の数だけあり、故にダークネスを完全に消滅させるのは不可能である。ーーだが、ダークネスの本体を倒し、その力を弱めれば、後は何とかなるのだそうだ。


その考えは正しい。ダークネスを倒し、その力を弱めれば、体内にあるダークネスは”タクト自身”で何とかすることが出来るだろう。タクトの体質ーーそれは心象世界から来るものであり、現在彼の中にあるダークネスの動きが弱まっているのはそのおかげだ。


この状態で、さらにダークネスの力が弱まれば、後は自力で体内にあるダークネスならば消滅させることが出来るはず。それに、おそらくクサナギも力を貸してくれるだろう。


とにかく、体内にあるダークネスは消滅させることが出来る。ーーその前提として、ダークネスの本体を倒すことなのだが。


ーーその前提条件が、タクトの一番の懸念していることだった。ダークネスの本体、つまり人の悪意が生み出した”神”なのだから。


トレイドが強いことは知っているが、それでも不安になる。人の意思が生み出したのだから、ダークネスは分類上”創造神”になる。


タクトも叔父の手伝いのため、創造神器に関わったことが数度あり、その際に神器の厄介さを身に染みて思い知った。ーー正直に言って、有事の時以外ならばあまり関わり合いになりたくはない。


とはいえ、こちらには手も足も出ない自分を除いて、一応神器に当たるクサナギ、そして”理”をその身に宿すトレイドが一緒なのだ。つまり、こちら側には神の力が二つある。単純に見れば、こちらが圧倒的に有利なのだがーーしかし、何故か不安が拭えない。


焦燥感を感じながらその場で黙っていると、やがて森の影から人影がすっと現れた。月明かりに照らされた、長身痩躯の黒髪の青年だ。


「おう。少年、こっち来い」


唐突に表れたトレイドは、タクトに向かって手招きする。彼の姿を見て、タクトはふぅっと息を吐き出して彼の所まで歩いて行く。


「どう? 見つかった?」


「あぁ」


タクトの問いかけに、トレイドは頷き、久方ぶりに笑みを浮かべた。




ダークネスを倒すーーその目的を達成するために、やらなければならないことがあった。その一つが、ダークネスが潜む場所を探すために、666個の欠片を集めること。


何せ相手は悪意の塊。人がいる場所に必ずいるとは言え、候補が多すぎて探しきれない。だからこそ、欠片を集め、欠片の集合体とダークネスとと共鳴させることによって、その居場所を突き止めるのだ。


突き止めた居場所によれば、今いるこのディアヌーンではなく、隣の国の地下。その場所は、トレイドにとってはあまり縁がある場所ではないーーが、この世界にいるという時点で、縁があるようにしか感じられない。


そしてもう一つ、トレイドが宿す理を浄化させるためだ。


ダークネスの場所を探るために666個の欠片を集めた。だが、集めた欠片は一つ一つが人の悪意の塊。普通なら押さえることなど出来ず、欠片の悪意に飲まれて暴走状態に陥る。ーー黒騎士、あの黒い鎧はそれの現れだ。


その暴走を押さえるために、トレイドは己の中にある理を使って欠片を押さえ込んでいたのだ。ーーしかし、押さえ込んだ数があまりにも多く、トレイド自身も気づかぬうちにダークネスの影響を受けている。


故に、一度”世界の中心点”である聖地に赴き、理の汚れを清めるのだ。そうしなければ、おそらくダークネスには勝てない。理を汚したのはダークネスなのだ。下手をしたら、こちらを操ることも出来るかも知れない。


ーーその聖地は、ここディアヌーンの首都、アウストラに近い森の中にあった。


「この森のだいたい中心部分に、石で囲まれた場所があって、そこが聖地だ。……昔来たときは、それが何なのか分からなかったんだけどな」


森の中、彼の言う中心部分に向かう道すがら、トレイドは苦笑混じりにそう漏らす。普通はそうだろう、一般に人達にとっては、聖地など全く知らないはずだ。ーーそれは精霊使いにとってもそうだろうが。現にタクトも、聖地という言葉すら知らなかったぐらいだ。


「………」


トレイドの呟きを耳にしたタクトだが、しかし何も言えずに押し黙ってしまう。脳裏の思い浮かべるのは、昼間の出来事と、今までずっと感じている不安。


昼間の出来事というのは、トレイドが昔コックをしていた料理店で聞いたこと。ーーアウストラでは、トレイドはすでに”死んだこと”になっており、友人でさえもそう思っているのだ。そしてその友人は、トレイドと、彼の恋人であったユリアの二つの名を、次の世代に渡していた。


タクト個人としては、その行いを良しとする一方、駄目ではないかと思う心もあった。他人であるタクトでさえこんなにも複雑な心情なのだ、当人であるトレイドは一体どう思っているのだろうか。


ちらりと彼の方を見やると、トレイドはその視線に気づいたのか、振り返り彼の様子を見やった。ーー沈んだ表情で思い詰めている彼を見て、トレイドは首を傾げる。


「どうした、少年。そんな辛気臭い顔して」


「……その……っ」


言おうか言わないか迷っていたが、その機会は頓挫された。なぜなら、急に森を抜け、先程トレイドが言っていた石で囲まれた場所が見えたからだ。


ぱっと見は旧世代の遺跡か何かのように思える。石で囲まれていると聞いて、その中央には怪しげな法陣が書かれているのかと思ったが、そこには何も描かれていない。


ーー代わりに、その中央には、一人の男性が剣を携えながら直立していた。


見た目三十をいくつか超えた年齢か。男の短くそろえた黒髪は、おそらく普通なら気づかないだろうが、月明かりに照らされた今なら僅かばかり光る物があるーー白いものが交じってきているのだろう。


左手に携えた剣は、よく見るとなだらかに湾曲している。剣ではなく刀だったらしい。



『ーーお前ら、何している?』


『……そういうことか。お前ら、悪いことはいわねぇ。その子を離してとっとと帰れ』


『俺は……こういうのが大っ嫌いだからな。……最低限の手加減はしてやるが……五体満足でいられると思うな』



彼が持つ刀を見た瞬間、脳裏にそんな言葉が蘇る。記憶感応で見た、その人と出会ったときに言っていた、その言葉が。


「ーーーっ」


瞬間、目の前にいる男性の正体に察しがつき、タクトは隣にいるトレイドへと視線を移す。彼も、男性の事に気づいたのか、目を見開き、驚きを露わにさせた表情を浮かべている。


ーーその表情は、すぐに怒りと憎しみ、悲しみが混ぜ合わさったような、何とも言えない複雑な表情へと移り変わる。


「……あんた、何でここに……?」


「居てはいけないか? トレイドよ」


男性は、トレイドの名前を呼んだ。そして、にこやかな笑みを浮かべる。彼の笑みは一件、久しぶりに共に会ったと言わんばかりに喜色の色を滲ませている。しかし、トレイドの方は苦虫を潰したような顔つきで男の事を見やるのみ。


「しっかし、お前今いくつよ? ライと同い年だろ、何で見た目あいつよりも下なんだよ?」


「まぁな、良く言われるよ。そっちこそどうなんだ? ……傭兵家業から足洗ったって、噂で耳にしたんだが」


男の言葉に、トレイドは適当に返し、逆に問いかけた。すると、男は苦笑いと共に肩をすくめて、


「ま、サヤの奴にうるさく言われてな。……お前とユリア嬢ちゃんを失ったのが、よっぽど怖かったみたいだ」


「………」


ライ、サヤ、ユリアーートレイドと男の間で交わされる話の中で出てきたその名前。男の様子から彼らとは知り合いであり、そしてきっと、幼いときのトレイドとも知り合いのはずだ。


この男はーー


「……なぁアルト。傭兵家業から足を洗ったお前が、何で刀を持っているんだ」


トレイドは、微かに剣呑な雰囲気を醸し出して、アルトと呼んだ男性を睨み付けた。


ーートレイド達が幼き頃、その窮地を救った剣士にして。


ーートレイドが”死んだ”という話が広まった原因を作った人物であった。

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