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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
137/261

第12話 語られるべき時~6~

「……」


昼食を食べるために入ったその店に飾られた数枚の絵。その絵に注釈のように刻まれた”物語”を読み終え、タクトはふぅっとため息をついた。


ーー彼は、街の人からは英雄扱いされているようだ。でなければ、絵本の原型じみたものが飾られているはずがない。


「……すみません。この絵に描かれている物語は……事実なんですか?」


それでも、確かめたいことがあったのか、タクトは注文した昼食を食べ終えた後、店の主人であるライに尋ねた。ちなみにこの店で出される料理の味は、トレイドのそれと同等か、あるいはそれ以上であった。流石は、彼の師匠的存在が経営する飲食店である。


店に飾られた絵と、物語を読みながら昼食を食べていたら、いつの間にか相当の時間が経っていたらしく、気がつけば人は疎らになっている。


看板を掲げていない以上、ここに入ってくるのはほとんどが常連か、もしくは自分のように運良く入ってきたような者だろう。おそらく、この店を利用する客の上限は限られているはずだ。とはいえ、出された料理の味を考えると、その上限もかなり多いと思うが。


そう考えると、今日はこれ以上人は来ないだろうーーそう考えた彼は、思い切って聞いてみたのであった。この物語は、本当なのか、と。


「え? あぁ、はい、そうですね。十年ほど前に起こったことを元にして作られた話です」


厨房で洗い物をしていたライは、いきなり問われたことに驚きつつも、すぐに笑みを浮かべて肯定する。


例え彼が否定しても、タクトからすれば答えはもうすでに知っているのだが。


「そうですか……その、この話だと義賊は死んでしまったとあるんですけど……それも、本当のことですか?」


タクトは食器を洗うライに重ねて問いかけーー赤毛のコックの手が、一瞬止まった。食器が重なり合うカチャカチャという音が一瞬途切れ、水が流れる音のみが木霊しーー


「……私は、そう聞いています」


ーーすぐに音は再開する。だが、その硬直と、僅かに沈んだ声音から、タクトは踏み込んでは行けないところに足を踏み入れたと後悔する。


だが、今の一言で、タクトは理解した。彼らは知らないのだ、トレイドが生きていることを。彼らの中では、トレイドはすでに死んだことになっているらしい。


(……これか?)


これが、この理由が、トレイドが故郷を避けていた理由なのだろうか。故郷で愛した女性を失い、そればかりかすでに死んだことにされている。避ける理由になっても、おかしくはなかった。


「……すみません」


その詫びは、一体誰に対するものなのだろうか。辛いことを安易な気持ちで聞いたライに対する謝罪か、それとも、故郷に帰ってこさせる理由を作った、ここにいない、黒髪の青年に対する謝罪か。ーーおそらく、二人共なのだろう。


一方、目の前にいるライはタクトの謝罪が意外だったのか、食器に落としていた顔を上げると、やや驚きの表情を浮かべたまま、


「えっと……それは、何に対するーー」


「叔父さん」


不思議な子だ、と言わんばかりの表情でタクトに問いかけるライだが、その声は彼の背後から聞こえる可憐な声音が遮った。


ライのことを叔父と呼ぶ、彼や店先でぶつかったトレイド少年と同じ赤毛であった。肩に垂らすようにして一つに纏め、肩にはシュールを羽織っている。そして、全体的にやや厚着だ。


「”ユリア”、だめじゃないか。ちゃんとベッドで寝ていないと」


ーートレイド、そしてユリア、か。トレイドは感慨深げに内心で呟いた。名前と、そしてトレイドは双子の弟と聞いていたことから、彼女が彼の姉であろう事は推測できた。


誰が名付け親なのだろうかーー事情を知っている実としては、口元の緩みを押さえられなかった。そして、僅かな切なさも。


「だ、大丈夫。それに、少しは動かないとっ……コホッコホ」


「いわんこっちゃない。……あぁ、そっか。ごめんね、今サヤもアルトもいないから、寂しかった?」


「……うん」


ライの言葉に、今にも泣きそうな表情を浮かべて頷くユリア。今彼女は風邪気味なのかーーいや、違う。精霊王の血の力に目覚めた今のタクトならわかる。彼女の体は、元から弱いのだ。虚弱体質、とやらだろうか。


「そっか、ごめんね。……しっかし、あの馬鹿坊主何してるんだぁ? 昼までには戻って来いって、俺言ったよなぁ?」


ユリアの頭を撫でながら、やや怒りを露わにするライ。馬鹿坊主というのはおそらく、トレイド少年のことだろう。そのうち、「全く、だんだんとあいつと似てきてるじゃないか」とどこか忌々しげに、しかし懐かしげに呟いた。それには、思わずタクトも笑ってしまう。


「名は体を表すって言いますし、仕方ないんじゃないですか?」


「は?」


「あっ……い、いえ! それより、何か大変そうですね? あの子探しに行きましょうか?」


訝しげな表情がこちらを向いたため、タクトは慌てて話をすり替える。ーーだが、すり替える以前の問題だった。


「叔父さん、今帰ったぜ!」


ーー当の本人のご帰還であった。元気いっぱい、上機嫌な様子のトレイド少年を見て、ライはため息を吐き出し、


「トレイドなぁ……昼までには帰ってこいよって、言っただろ!?」


「あははっ……まぁ、ちょっと遅くなっちまってね」


えへへ、と悪戯が見つかった子供のように、苦笑いを浮かべながら頭をかくトレイド少年。片手を後ろに回したその姿はひどく汚れており、ライは彼が着ている服の汚れ具合を見て頭を抱えた。


「……今日は何をやって汚してきたんだ? 母さんの雷がひどいことになるだろうに……」


「き、今日の汚れはそんなにひどくないだろ!?」


今日の、ということは、いつもはこれ以上にひどいのか。彼の服の汚れ具合はかなりひどく、洗濯してもなかなか落ちそうにないほどだ。叔父と甥のやりとりを見ていたタクトは、苦笑を隠せない。


「えっと……叔父さん、お客さんが困ってるよ」


「はっ! す、すみません」


一方、ユリアはタクトの様子に気づき、控えめにライに言うと、彼は今思い出したかのように目を見開いて即座に頭を下げてきた。下げられたタクトとしては、何も困っていないので、別に良いのだが。


「大丈夫ですよ。それより、トレイド君……だっけ? 何か隠してるみたいだけど、良いの?」


「え? な、何のこと……?」


いきなり話を振られたからか、トレイド少年は驚いた表情を浮かべ、視線を露骨に逸らして口笛を吹く。あからさますぎる誤魔化しに、ライはにっこりと笑みを浮かべると、


「ライ? 叔父さんは怒らないから言ってみなさい?」


「う、うぅ……ま、良いか」


ライが浮かべた笑みに対して呻き声を漏らすも、やがて諦めたのか、あっさりと背中に回していた手を正面に持ってきた。その手に握られていたのは、一輪の白い花。その花を見て、ユリアとライは驚きの表情を浮かべた。


「ユリアの花……!」


「えっと……?」


生憎、この世界の花に関する知識が全くないタクトは、彼が差し出した花を見ても全くわからない。首を傾げる彼を見たライは、すぐに柔らかい笑みを浮かべて、


「この辺りに咲いている花ですよ。白くて綺麗な花なので、結構人気があるんですよね。この子の名前もそこから取った……正確には、違うんですけどね」


そう言って、彼は姪っ子であるユリアの赤毛を撫でてやる。昔を懐かしむような穏やかな表情を浮かべながらユリアを見やる彼を見て、何となく察しがついた。


ライの友達であり、トレイドの恋人であったほうのユリアの名前は、その花の名前から取ったのではないか、と。彼の姪であるユリアは、彼女から取った名前なので、間接的にはそうなるのだろう。


驚きと喜びの顔を浮かべる姉を見て、弟であるトレイド少年は得意げに鼻をこすり、


「へへ、森に入ったっけ、ユリアの花を偶然見つけてさ。姉ちゃんにやる!」


「良いの?」


「うん!」


恐る恐る尋ねたユリアは、弟が満面の笑みで頷き、渡してきたその花を受け取った。ぱぁっと輝くような笑顔を見せて、彼女もまた頷く。


「ありがとう!」


仲睦まじい姉弟を見て、タクトもライも思わず微笑みを浮かべる。だが、ライは何かに気づいたかのようにあっと声を漏らした。


「どうしたんですか?」


「いえ……あの子が服を汚してきたことを怒ろうとしていたんですけど……アレを見たら、叱るに叱れなくなってしまいまして……」


タクトが尋ねると、ライは一本取られたと言わんばかりにため息を吐き出して、がくっと項垂れてしまった。そんな彼に、タクトはただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。ーーそして、何かに気づいたように、視線を店の出入り口へと向けた。


 ~~~~~


「……あいつどこに行ったんだ?」


その頃。宿に戻ってきたトレイドは、部屋にタクトがいないことに気づき、街まで探しに来ていたところであった。ここ数年でアウストラは急成長を遂げたらしく、十年前とは比べようもないほど人が増えており、人一人捜すのにもかなり手間が掛かる。


そのため、こういうときに使うんじゃないんだけどなぁ~、と内心思いつつも、トレイドは王の血の力である自然の加護を持って、タクトの捜索に乗り出した。そうでもしないと見つけられそうもない。ーーまぁ、きっと夜になればあの宿で合流できるだろうが。


「……ったく、寝不足でふらふらかと思いきや、ちょっと目を離した隙にどこかに出かけるって、あいつは不良少年かっつうの」


タクト自身、誰が見ても不良少年ではないのだが、奇しくも彼の行いはそう言われても仕方のないことである。だからか、普段は大抵タクトのフォローに回るはずのザイも、苦笑いを浮かべるのみ。


「……だけど、すっごい変わったな……」


そのまましばらく歩いていたトレイドは、視線をさり気なく辺りにやって周りを見ていた。故郷には思い入れがあるのか、少しばかり感傷に浸っている表情である。


彼の独り言を聞き、ザイは思う。ここは、彼にとっては幸せが詰まった場所であると同時に、悲しみを味わった場所でもある。だからか、彼は常にこの世界を避けていた。


しかし、避けるわけにはいかなくなった。この世界でやるべきことは、このアウストラの地下にある洞窟ーーそこにある”聖地”にて、理の汚れを清めるのだ。そして、この世界のどこかにいるダークネスの本体を倒す。


そうしてやっと、己の憎悪によってダークネスが力を持ったことに対するけじめがつく。だが、それとは別に、この地にはもう一つ、けじめを付けなければならないことがあった。


(……トレイド。”アルト”のことはどうするのだ?)


問うた瞬間、トレイドの足がぴたりと止まった。すぐに彼は歩き出したものの、止まったこと自体は隠せるはずがなかった。


「………」


トレイドは答えない。ややあって、ザイはため息をつく。


(自分がどうしたいのか、わからないのか?)


「………」


やはりトレイドは答えない。ーーしかし、彼が内心抱いている感情は、ザイにとっては手に取るように分かった。トレイドの心情は、あきらかに迷っていた。


彼がこの世界から姿を消す原因を作り、この世界から追い出したアルトに対する恨みは当然ある。だが、恨みのままに彼を殺せば、ライはもちろん、サヤも悲しむことが目に見えていた。


大切な人を失う悲しみをよく知っている自分が、その悲しみを、大切な友人に味あわせるような真似は出来なかった。当時ならば本人のことを怒り狂うほどに憎んでいたが、十年経ち、落ち着いた今なら少々冷静となって周りを見ることが出来るようになっていた。


ーーいくら契約を交わした精霊とは言え、宿主の思考や思いまではわからないのが普通である。だが、トレイドとザイの結びつきは、”とある事情”により、普通の精霊使いのそれを遙かに凌駕していた。


だからか、言葉を交わさなくとも、集中すれば相手が何を考えているのかはお見通しなのである。


「……何をすれば良いのかわからないのは本当だが……それにしても、一体何の冗談だ?」


(……?)


しかし、それでも時に分からないときもある。今まで無言だった彼が、急に皮肉めいた口調で呟いたときもそうである。


(どうしーー)


そして気づく。彼が今立っているその場所はーー


「……なんで少年はこの中にいるんだ?」


ーーかつて住んでいた、幸せが詰まった場所だった。




「それじゃ、ご馳走様でした」


この世界にやってきた際、トレイドから渡された通貨で勘定を済ませたタクトは、やや物憂げな表情で店を後にする。その足取りで物陰に隠れていた彼の元まで近づくと、彼は自分から表れた。


今のトレイドの表情はお世辞にも良いと言えず、見方によっては怒っているようにも見える。小柄なタクトよりも、背が一つ分以上は離れている長身のトレイドは、自然と彼を見下ろすようになるのだからなおさらだ。


そんな彼に、タクトは恐る恐る声をかける。


「えっと……どうかしたんですか?」


「……いや」


そう言って彼は首を振り、その視線を店の方へと向ける。何も語らないが、その瞳に郷愁の色を浮かべたトレイドを見て、タクトは申し訳なさそうに俯いた。


「その、ぼ……俺がここに来たのは、記憶感応でここでの出来事を見たからで……それで、少し気になって……」


「………」


言い訳のように言うタクトに、トレイドは何も言わない。俯いている彼には分からなかっただろうが、トレイドはなるほど、と言わんばかりに頷いて見せた。


「その……ごめんなさい」


「謝る必要はないだろ」


無言を続けるトレイドに対して、どう言葉を返せば良いのか分からないタクトは、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする以外出来なかった。だが、帰ってきたのは謝罪は不必要だという言葉。


顔を上げると、そこには苦笑いを浮かべたトレイドの姿がある。その表情を見て、謝ったのは、あんたが怖い顔をしていたからだよ、と突っ込みたくなるも、言わぬが花という奴だろう。


苦笑を浮かべるトレイドは、再び店の方へと視線を戻す。そして、タクトにあることを聞いてきた。


「……中にいる奴らは……元気か?」


ーー聞かれるだろうな、とは思っていた。まぁ、聞かれなくとも、タクトとしては言うつもりだったのだが。そしてこの場で言う中にいる奴らは、当然のことながら、お店にいるライ達のことであろう。


「元気ですよ。ライさんにはあって、ライさんの甥っ子と姪っ子に会いました」


「甥と姪? 息子、娘じゃなくて?」


タクトの言葉を聞き、トレイドは目を瞬かせて問い直す。あまりにも以外だといわんばかりの表情に、一瞬タクトは間違えたかなと思うも、しかし事実は変わらない。


「甥と姪です。その二人は、双子なんですけど……」


そこでタクトは、トレイドの表情を見計らう。このことを言って大丈夫だろうかと逡巡するも、彼には伝えるべきだと思い、双子の名前を彼に教えた。


「その双子、お姉さんがユリア、弟さんの方がトレイドって言う名前なんです」


「っ!」


ーー予想通り、反応は劇的だった。息を呑み、目を見開いて、これ以上ないほどの驚きを漏らすトレイド。彼は俯き、何かに耐えるような厳しい瞳をして、ただ一言を絞り出すようにして呟いた。


「……そうか」


「……大丈夫?」


問いかけるも、彼は首を振る。本当に大丈夫かどうか気になるも、しかしこれだけは聞かねばならないだろう。そう思い、タクトは彼を案じながら口を開いた。


「……その……一度、会った方が良いんじゃ?」


彼の視線は、店の方に向けられている。あの扉を開けば、トレイドの幼馴染みがいて、その幼馴染みの甥っ子と姪っ子がいてーー


「……無理だ」


しかし、何かに耐えるような震える口調で、彼は首を横に振った。本人も、今すぐにでもあの店の中に入りたいのだろう。一文字に結んだ唇や、震える拳から、彼の思いは伝わってくる。


耐えるのに必死な彼を見て、言わなければ良かったと後悔するも、時は戻らない。


「……何で会わないんですか?」


ーー気づけば、そう口に出していた。


「ライさんだって、ずっと悲しんでいたんですよ! 今もですよ! なのに……」


「……気持ちは分かる。俺だって、すぐにライに会いたいさ! ユリアちゃんや、トレイド君にも会いたいさ! でも、俺は……っ」


拳をプルプルと握りしめる彼は、もうその場にーー思い出深い店の近くにいたくなかったのか、離れるように雄々しい足取りで歩き始めた。タクトはそんな彼を慌てて追い、非難するように声を荒げようとして、


「俺は、あいつらと同じ時間を生きられない……っ!」


「……え?」


彼が言い放った呟きに、思わず足が止まってしまった。同時に、脳裏にある言葉が蘇る。


ーー精霊人


先を行くトレイドの、今までは大きく見えていた背中が、この時ばかりは、脆く、儚く見えた。

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