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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
133/261

第12話 語られるべき時~2~

「なんだ、えらく早い到着じゃないか?」


「……いっそのこと、殺して下さい……」


「し、死ぬかと思ったぞ……」


先に山の麓まで滑り降りていたトレイドは、後から転がるような速さで滑ってきたタクトと、その手にしっかりと握られたクサナギを危ういところで受け止めた。


タクトは顔を真っ青にしてその場に蹲り、彼にしっかりと握りしめられていたクサナギはぜぇぜぇ息を吐き出している。おそらく一番重傷なのはクサナギだろう。タクトが滑り降りる際、彼は潰されるかと思うほど強く握られていた。それに加えて、あの崖のような山を猛スピードで滑り降りてきたのだから。


潰されかねない圧迫感と、絶叫系アトラクションを同時に味わったような感覚である。もはやそれはアトラクションではなかったが。


「な、何であんな危ない道……」


「いや、通ってきたルートは唯一と言っていいほどの安全地帯なんだが……」


「じゃああそこにポータルを建てるな!!」


「……わりぃ、アレ俺しか使わねぇだろうなという思いから作ったものだから」


つまり、他人が使うとは夢にも思っていなかったのだろうか。タクトの至極真っ当な突っ込みを、トレイドはあっさりと真顔で返す。そう言われれば、タクトとしては黙るほかないがーーしかし。


「……人に見られないような場所なら、あそこ以外にもありますよね?」


「……もう作っちゃったし。どうしようもない」


「どうしようもなくないですよ!!」


よほどあの道を滑り降りてきたことが怖かったのか、タクトは半泣き気味になりながら怒鳴りつける。だが、トレイドは肩をすくめるのみで、まともに取り合うことはなかった。


「まぁ良いだろう? あそこを滑り降りるのだって、十分鍛錬になるさ。それに……」


彼は半泣き気味のタクトに近寄ると、ぽんと長めの黒髪に手を置いて、


「無事滑ってこられたって事は、ちゃんと自分の意思で自然の加護を発揮できたって事じゃないか」


そう言って微笑んだ。




ーー親友達と思わぬ再会を果たしたあの日から、早一週間が過ぎていた。


黒ずくめの男達ーートレイドによると、呪いの人形なのだそうだがーーを消滅させた後、マモルやアイギット達は所々に怪我を負いながらもフェルアントに戻っていった。ミューナなどは重傷を負っていたようだが、レナやコルダの尽力で何とか傷は癒えたらしい。


しかし、いくら生徒会のメンバーで、自主的に神霊祭の時に起こった事件を調べる、という建前があっても、今回の騒動は流石に行き過ぎであった。きっと学園に戻った頃には、教官達にこっぴどく叱られていることだろう。


今回の騒動が教官達に伝わっているとは思えない。おそらく、傷を負った彼らを見かねて、安全面などについての話を怒りの雷と共にするのだろう。


そう思うと、学園にいた頃がひどく昔のように感じられる。実際には、まだ一ヶ月経つか立たないか、という間しか離れていないのだが。


少しばかりの郷愁を感じるも、それは少しだけ置いておく。


この一週間、人形達との戦いの中で芽生えた自然の加護ーー精霊王の血筋を任意で発動できるかどうかの鍛錬を行っていた。


発動自体は、何度かタクトの脳裏で行われた記憶感応によって体験しており、比較的楽に発動出来るだろうと思っていた。しかし、それはあくまで記憶ーー夢の中での再現に過ぎず、実際に現実世界で行うとなると多少のズレが生じてしまい、うまく扱うことが出来なかった。


この一週間は、任意で発動させるための鍛錬に費やされ、結果何とか発動させるコツは掴めた。ようは、耳を澄ますようなものである。自然が語りかけてくる声を、逃さず聞き取ろうとするのが良いらしい。


とはいえ、これには個人差があり、例としてあげると、トレイドの発動のしかたは、まず己の心を無にして、ぱっと切り替える感じらしい。何に切り替えるのかよく分からないが、本人がそう言っているのだからそうなのだろう。


もっとも、天然だという自覚がない人から、感覚的なことを聞く方が間違っている。タクトはここ一ヶ月間でそのことを学んでいた。


あの山を滑り降りる際、タクトは無意識のうちに自然の加護を発動させ、滑り降りるのに安全な斜面を選んで滑っていたのだ。当然それも、地面からの声なき声を耳にした結果である。


おかげで怪我一つすることなく、無事麓まで滑り降りてこられたのだ。ーーだが、それとこれとは話が別である。何であんな危険な道を行かなくてはならなかったのか。鍛錬にはなるだろうがーー一歩間違えれば、大けがではすまされない。


例え安全なコースが分かったとしても、そのコースを辿れるかどうかは別問題だ。体の裁き一つ、もしくは不慮の出来事によって、安全コースを外してしまうことだってあり得るのだ。最悪、そのまま死んでしまいかねない。


ーー怖くはないのだろうか。タクトはふと、トレイドに対してそう思った。


『ーー□□□・□・□□は、□か□のどちらかが”壊れている”』


「っ……?」


脳裏に突如よぎった、ノイズ混じりの誰かの声。聞き覚えのあるようなないような、そんな声が木霊した。それと同時に、頭に軽い頭痛が走り、心臓がどくんと飛び跳ねた。


(……なんだ、今の……?)


謎の声と、それによって起こった頭痛と心臓はすぐに収まるも、まるで全身に冷や汗をかいたような嫌な感覚はまだ残っている。


急に押し黙り、大人しくなったタクトを見て、トレイドは首を傾げる。そして、何故かニヤリと顔に似合わないオヤジっぽい笑みーー実年齢を考えると似合わなくはないがーーを浮かべて、うんうんと頷いている。


「ははぁ、お前さては、恋人の幼馴染みのことを考えていただろ?」


「こ、こい……っ!!?」


その言葉に、タクトは思いっきり目を見開き、トレイドを見やった。その顔がすぐさま赤らんでいき、ぶんぶんと首を振る。


「い、いや、まだ恋人とかじゃ!!?」


「まだ、ねぇ? そうか、まだかぁ~」


「……あっ」


自らの墓穴発言に、タクトは押し黙り、頭から湯気が出そうなほど顔を赤らめる。その赤さは、先程とは比べるまでもなく異様なほど濃かった。


うんうんと頷くトレイドは、しかしすぐに怪訝そうな表情へと打って変わり、何を思ったのか、駄目な物を見るような目でタクトを眺める。


「しっかしお前……幼馴染みの懐で泣いたっていうのに……そのことが原因で幼馴染みの顔が見れなくなるって、どんだけ純情少年よ」


「い、言わないで下さいよ!」


いつぞやも陥った症状である。ちなみに、トレイドと初めて出会った際も、そのことについて多少相談していたりする。


こればっかりはどうしようもないんですよぉ~と情け無い声を出して耳を塞いでしまった彼の代わりに、ようやく復活したらしいクサナギが、


「ふふ、純情なのはレナもだぞ? あいつも今頃思い出すなり赤面して、ベットの上を転がっているのではないか?」


「……純情同士か……なんか、良い予感がしねぇな」


「だからこそ面白いんだぞ? 二人が熱い夜を迎えたとき、どうなるか見物だな。……タクトは無事狼になれるのかな?」


「狼なら、俺の相方だけどな」


神狼の精霊と契約を交わしたトレイドは、苦笑を浮かべながら言うも、クサナギはそうじゃないと力強く宣言する。


「何でお前は話を逸らすのだ! しかも、自分から振っておいて! この天然め!」


「え……そうか? 後、俺は天然じゃない」


「そうだ!」


自覚がなかったのか、きょとんとした様子の彼は、黒髪をかきながらさも心外そうに言うが、鏡を見てから出直してこいとクサナギは思う。


「全く、男のロマンが分かる奴が身近にいると思ったのに、こいつ食いつき悪いからな! えぇい、当てにならんやつめ」


ぎぎいぃぃぃっと歯ぎしりをするクサナギを、不思議そうな、扱いに困ったような表情で首を傾げるトレイド。一体、どうすれば良いのだろうか。こいつの相方であるタクトは、未だに顔を赤らめたまま、「だって、僕たちまだ付き合ってさえ……」などとぶつぶつ呟いており、当てにならない。というか壊れてる。


とりあえず彼の額に久しぶりのデコピンを喰らわし、悶絶させて呟きを中断させたあとに、フフフフッと何やら悪く、奇妙な笑みを浮かべ始めたクサナギを見て、一歩後ずさる。


「だが……もう少しだ……もう少しで、人里……若い……女の子達……っ!」


「…………」


どうやら女性との触れあいがほとんどなかったためか、少々ーーいや、かなり、危ない人になっているようだった。つかの間、こいつは置いておくべきかと逡巡するも、タクトの相方であるためにどうしようもない。


まぁ、タクトが手綱を握ってくれるだろう。ーー一方的にそう信じ、トレイドはようやく立ち上がったタクトに声をかける。


「さて、行くぞ。このまま目的地までは歩きで二日と言ったところだ。運が良ければ、半日でつくけどな」


「? 運が良ければ?」


トレイドが言った一言を耳にし、タクトは首を傾げるも、当の本人は口にする気はないのか、鼻歌交じりに先に歩いて行く。


あまり多くは語りたがらない人、というのはもうすでに承知しているので、何も言わないがーーせめて、少しぐらい反応しても良いではないか、と思わなくもない。


「可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子ーーーーーーー」


「…………」


ふぅっとため息をついたタクトは、自分の相方に視線を送ると、何やらぶつぶつ呪詛のように呟いているのを目にする。そんな相方を見て、タクトが思ったのは、奇しくもトレイドが思ったのと同じ事であった。


ーーこいつ、壊れてる。


凄まじく冷たい瞳でクサナギを見下ろす彼の背後から、トレイドが首を傾げつつ彼らには聞こえないように呟きを漏らしている。


「……なんだろうな、いきなりお前が言うなと言いたくなったんだが……どういうことだろうな?」


変なところでシンパシーをしているこの二人。いろんな意味で、この三人は駄目かも知れなかった。


 ~~~~~


ガタゴトガタゴトと揺れる馬車に腰掛けながら、タクトは目の前の光景に見入っていた。あかね色に染まる夕焼けに照らされて、切り立った山が遠くに見える。つい三時間前にあの山を滑り降りてきたという思いと、たった三時間でこれほど遠くに見えるのかという思いに、彼は表情を輝かせていた。


「……実を言うと、ぼ……俺、初めてなんです。馬車に乗るのは」


「なるほど、それで物珍しそうにしているわけか」


隣に腰掛けているトレイドは、およそ二時間ぐらい前に馬車に乗ったときから、タクトがずっと落ち着かない様子でいることを不思議に思っていたが、その一言で納得する。


彼が生まれたのは地球。何度か言ったことがあるあの世界では、馬車の代わりに自動車というものが走っている。おそらく、馬が荷車を引くというのは、時代錯誤だというのはトレイドでも分かる。


言わば現代人ーーだからこそ、馬車というのを余計新鮮に感じるのだろう。


トレイドが言った、「運が良ければ」。その正体が、この馬車である。


この馬車は、正確にはこれから向かう先である街ーー地球のそれとは比べものにならないが、この世界では都会に位置づけられる街だーーに荷物や商品を運ぶ言わば運搬馬車である。運転手に金を払えば、馬車に乗せて貰えたりする。


一応都会なので、この運搬馬車は比較的良く通るがーーそれでも、やはり通らないときだってある。だからこその、運が良ければ、だ。


おかげで早く着くし、余計な疲労もせずにすむ。しかし、時間が悪いのか、今夜は野営と言うことになりそうだ。おそらくこの馬車の運転手にとっては、最後の野営だろう。


運良く馬車と遭遇し、乗せて貰うように頼みに言ったとき、スキンヘッドの年嵩の男は笑みを浮かべて頷いてくれたし、おまけとばかりにリンゴを二つほど分けてくれたりもした。


どこかの、食料系の商人だろうか。見た目からはそう見えないが、おまけのリンゴと、積み重ねられた果物や穀物、麦といった品物から、そう見える。


しかし、馬車の数が一台と少ないところから、おそらく近隣の町からの出稼ぎだろうか。最終的にそうあたりをつけた所で、トレイドはふと我に返り、苦笑を浮かべた。


ーー昔の癖ってのは、中々治らないものだな。


昔、これから向かう都市で料理人をやっていたからこそ分かったのだ。料理人をやっていれば、食材の出所などに詳しくなるし、その手の調達方法も商人から聞いたことがあるためだ。


ーー戻ってきたんだなぁ……。


まだ目的地が見えていないというのに、もう故郷に戻ってきたのかという郷愁にかられていた。


「……不思議なもんだなぁ……」


「はい?」


ぽつりと漏らした独り言に、タクトが反応し首を傾げる。口調、特に「僕呼び」は改善されつつあるものの、こういった仕草は相変わらず小動物っぽく、保護欲をかき立てられるのだろう。ーートレイドにしてみれば、なぜそうなる、と頭を抱える問題だが。


「……いや。ただ……」


タクトに対して言いたいことがあるものの、それをぐっと堪え、トレイドは彼に向けていた視線を夕焼けへと向ける。


「……変わった、ていう自覚があったんだけどな。こうして故郷に戻ってきてみると、根本的にはかわらないのな、て思ってよ」


ーーもう戻れないぐらい変わっちまったのにな。その一言は口にはせず、ただ心の中で呟くのみ。呟き、その皮肉さに笑みを浮かべた。


そのことはつゆ知らず、タクトからしてみれば自嘲気味に笑うトレイドを見て、心配そうな表情で彼を見やった。ややあって、遠慮がちに彼は問いかける。


「……その……話したくなかったら良いんですけど……トレイドさん、故郷で一体何があったんですか?」


「はは、直球だな」


そのストレートさに、トレイドは苦笑を浮かべる。


「ご、ごめんなさい」


「何も謝らなくて良いぜ。……そうだな、俺も何も言ってねぇし……けど、お前確か記憶感応で俺のこと知ってるんじゃないのか?」


申し訳なさそうに頭を傾けた彼にそう言い、すぐに思い出したように記憶感応のことを問いただす。タクトとトレイドは、共に王の血筋であり、二人とも体内にダークネスを宿している。そのためか、ダークネスを媒体として、トレイドの記憶がタクトに流れ込んでいるのだ。


だが、彼はふるふると首を振って、


「ぼ……俺が見たのは、トレイドさんが精霊使いになったときと、義賊として活動していたとき……小さい頃のこと……かな?」


思い出すように視線を上空へと向けるタクト。彼が言った言葉に引っかかる物があったのか、トレイドは眉根を寄せて尋ねる。


「小さい頃か……どんなときのことだ?」


「えぇっと……確か、トレイドさんの友達……なんでしょうか? 親しい赤毛の姉弟の事と……黒髪の男の人が、助けてくれたって場面です」


「……あのときか」


タクトの答えを聞き、彼はふむと頷く。しかし、ほんの一瞬、その瞳が険しくなったように見えた。ほんの一瞬の出来事だったため、タクト自身も見間違いかと思うほどだ。何せ、えっと思った次の瞬間には、その険しさは綺麗になくなっていたのだから。


見間違いか、と首を傾げるタクトに向かって、トレイドはその頭にぽんと手を乗せて。


「……そうだな、かなり重要な事だし……なにより、あの一件があったせいでダークネスが生まれたんだ。……夜は長いんだ、暇つぶしがてら、語るとしようかな」


どこか儚げに、そして悲しげに、そう呟いた。


「これから向かうのは、ディアヌーンっていう国にある首都、アウストラ。その地下に用があるんだが……まぁ、記憶感応で知っているだろうが、俺は昔、そのアウストラで一番有名な盗賊だったんだよ」

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