第12話 語られるべき時~1~
どうもお久しぶりです、天剣でございます。
二ヶ月ぶりの精霊の担い手更新ですね。……本当に申し訳ないです(汗
そして何でだろうか、大分間が空いたというのに、執筆が進む進むw
これまで溜め込んでいたものが、一気に爆発したかのような執筆速度でした! しかし、もうすでに遅れ始めていますがw
さて、そんな前置きはどうでも良いとして、第12話、トレイドの過去編の始まりです!
ーー脳裏に流れるは、誰かの記憶。
ーー彼は己の無力さを嘆きながら、地面に這いつくばるしか出来なかった。ガラの悪い男達に殴られた、まだ幼い体に走る激痛によって、動くことすらままならない。それは、自分の隣で倒れている友人も同じだろう。
友人ーー赤毛が特徴的なその友人は、それでもなお立ち上がろうともがく。だが、自分と同じく幼い体は言うことを聞いてくれず、体を震わせるだけである。
体を動かそうと力を込めるだけで痛みが走るーーだが、構わなかった。捕まっている、友人と同じ赤毛の少女を助けられるのなら。
「ライ……っ! トレイド……っ!」
「サヤねぇを……離せ……よっ!!」
ライと呼ばれた赤毛の少年の、姉であるサヤ。彼女は今、ガラの悪い男共に手首をつかまれ、拘束されている。まだ十五に満たない少女であり、極貧生活をしてきたため、少々小汚い身なりではあるが、それでも十分美しいと言える少女である。
だからか、男共に目を付けられ、道を歩いている際に急に路地裏に引きずり込まれ、一緒にいたライとトレイドは殴られたのである。今も拘束されながらも周りにいる下卑た男共は、彼女の体を舐めるように見回していた。
ライは、そして彼とともに地面に這いつくばるトレイドは、男共の視線の意味を、まだ十にも満たない年齢であるが、理解していたのである。ーーだからこそ、猛烈な怒りがわいてきたのだ。
だが、男達に何度も殴られ続けた体は、もう言うことを聞いてくれない。それでもライは、男達を睨み付けるも、這いつくばった状態では何の効果もなくーーむしろ、相手に生意気だと思われ、無造作に蹴られる始末。
「がぁっ!!」
「やめてっ! お願い、やめて下さい! ライ、ライッ!?」
顔面をつま先で蹴られる場面を見たサヤは、男達に拘束されながらもじたばたともがく。だが、どんなにあがいても男達の握力から逃れることは出来ない。
「ライ……大丈夫か……!?」
一方トレイドは、顔にいくつものアザをこさえながらも、隣で力なく横たわる友人に呼びかける。するとライは、口を切り血を流しているというのに、諦めずに立ち上がろうともがく。
「サヤねぇを……返せよ!」
ライの叫びは、怒りと、恐怖を押し退けた強がりが含まれている。だが、その叫びにはどこか懇願するような響きがあった。
ーー自分たちは皆、孤児なのだ。親に捨てられたり、理由があって親の元を離れてきたり、親が横たわったまま動かなくなったり。そうして、親がいなくなった子供達は、大抵孤児院に拾われるか、もしくはその場でのたれ死ぬか、の二つであった。
トレイドもそうであり、サヤとライの姉弟もそうだった。彼らは、親に捨てられた形だ。ある日突然、何の前触れもなく姿を消したらしい。幼かったサヤとライは怖くて途方に暮れていたことだろう。だからこそ、この二人の姉弟の絆はとても強かった。
その絆を今、目の前で壊されようとしているのだ。しかもライが大好きな姉は、下卑た男共の餌食になりかけているのだ。到底、許せるはずがない。
ライの叫びに、男共はますます生意気な奴と感じたのか、先程よりも壮絶な笑みを浮かべて、地面に倒れている二人を取り囲んだ。
ーーやがて、男共は笑みを浮かべ、その場を去って行こうとする。当然、サヤも連れられて。必死に抵抗し、ライとトレイドに向かって手を伸ばす彼女の手は、空しく虚空を掴むだけ。
ライとトレイドも、存分に殴られ、動くことさえままならない。それどころか、呼吸するだけでも痛みが走るのだ。耳もいかれたのか、キーンと耳鳴りがしてサヤの叫び声も聞こえない。二人の胸中にあるのは、ただひたすらに無力感。
ーーーーーーー
「………?」
耳鳴りのせいだろうか。トレイドは、何か声らしきものが聞こえた気がした。もう一度耳を澄ますも、やはり耳鳴りに遮られてわからない。目を開け、左右を確認するも、やはり何もなく、何もいない。あるのはただ、無力感と、去って行く男達とサヤの向こう側に見える何かの影ーー
ーー影?
「ーーお前ら、何している?」
遠目に見える影が、そう小さく問いかける。すると、男達が口々に声を上げた。邪魔をするな、うぜぇ、良い気分が台無しだーー等々、常人なら、聞いた途端に萎縮してしまうような言葉が次々と吐き出される。
しかし、それらの言葉をどこ吹く風とばかりに受け流し、影はーーいや、トレイドと同じ黒髪の青年は、辺りを見渡して状況を確かめる。
殴られ、力なく地面に横たわるライとトレイド。口々に汚い言葉を吐き出している男達。そして、その男達に拘束され、今にも泣きそうな表情のサヤ。彼女が、横たわっている二人を助けようともがいているのに気づいたとき、青年はふぅっとため息をついた。
「……そういうことか。お前ら、悪いことはいわねぇ。その子を離してとっとと帰れ」
言いながら、彼は腰に差した曲刀ーー黒い刀身を持つ刀を引き抜き、目を細めて怒りを露わにさせる。
「俺は……こういうのが大っ嫌いだからな。……最低限の手加減はしてやるが……」
ーー五体満足でいられると思うな。その言葉を受け、挑発と受け取った男共は一斉に怒りを爆発させ、青年に襲いかかった。
男共は気づかなかったのだ。青年から向けられた殺意に。そして、その言葉が、挑発ではなく警告だということに。
青年の名はアルト。この時の一件によって、三人にとって大恩人とも言える人物であり、その出会いでもあった。
「ーーがっ!?」
場面は変わり、時が流れ、彼らが住む世界にあるとある屋敷の庭。夜が更けているも、盛んにかがり火をたいて周囲を明るく染めている中、いきなり腹部ーー鳩尾を激しく蹴られたかと思うと、そのまま後ろへ吹き飛ばされ、高く作られている塀の近くまで吹き飛ばされた。
地面に這いつくばる彼は、一瞬何が起こったのか分からないという表情を浮かべるも、一間を置いてこの身に起こった出来事、つまり蹴られ、吹き飛ばされた事を理解すると、顔をしかめてふらふらと立ち上がる。
どうやら鳩尾に膝蹴りを入れられたらしく、手に持った細身の長剣を手放さなかったのが奇跡に思える。黒衣を身に纏った彼は剣を片手に持ったまま、膝蹴りを入れた人物へと目を向ける。
「へぇ~、かなり頑丈な体してるみたいだな。ただまぁ、全然ダメージがないって訳でもなさそうだ」
膝蹴りを入れた男性は、驚きと称賛の表情を浮かべて黒い刀を肩に担ぐ。余裕そうだが、実際余裕なのだろう。何せ辺りを見渡すと、武装した兵達が自分を取り囲んでいた。
それもそうだろう、どこにのこのこやってきた盗賊を逃がす兵がいるだろうか。しかもこの盗賊は、今いる屋敷に、一ヶ月もの間に四度も忍び込み、四度捕らえられることなく逃走に成功し、散々屋敷の護衛達をコケにしてきたのだ。
今こそ雪辱をはらさんとばかりに、各々の得物を構え、その先をふらふらと立ち上がった盗賊ーーつまり自分へと向けている。
「もう諦めなって。囲まれているんだぜ、お前さんはよ」
「………」
やってきた兵達を見渡したのを、ここから逃げる算段を付けているのだと思ったのか、刀を持つ黒髪の男は諦めるように促してくる。しかし、盗賊は、”自分”の意思とは関係なしに口を開かない。
「………」
「………っ」
何も答えない盗賊を見て、やや表情を曇らせる男の事をやや不思議に思うも、彼の思惑など分からない盗賊は、今だとばかりに手にした長剣を男に向かって振り切った。
男はその一撃を余裕の表情で受け止めーーしかし即座に目を細めて受け止めた一撃を流した。それを期に一合、二合と剣を重ねていき、そのうち盗賊は悟る。
やはり、彼には敵わない、と。剣を習ったこともなく、ただ見よう見まねで剣を振るう盗賊の剣術は、剣術と呼ぶこと自体がおこがましいほどで、ただ子供が振り回す棒きれに等しい。
今は何とか剣を打ち合えているも、それはただ単に盗賊の類い希な身体能力ーー精霊使いとしてのーーがあってこそだ。現に、盗賊が放つ力を乗せた剣は全て流されてしまい、その威力を十分に発揮できていない。
やがて男は距離を取って刀を正眼に構え、探るような目つきで盗賊を見てきた。その構えを見て、盗賊も距離を取り、彼に悟られぬよう呼吸を整える。息つく暇もなく力任せに剣を振り回したのがたたり、息も切れ切れである。
これまでの戦いを目にしてきたためか、周囲にいる兵達は皆盗賊に近づけないでいる。今の剣のやりとりを見て、捕らえようとしたら巻きこまれると判断したからだろうか。
そのうち、黒髪の男は刀を握る右手を引き絞り、左手を前に伸ばす。その構えは弓を射る際の構えに似ておりーー同時に、”アレ”を幾度も見てきたことを思い出す。
剣を鏃に、自身を矢として撃ち出す剣技。直後、黒い刀身が光をーー魔力の輝きをともし、剣先を中心にして、円錐に広がり障壁となって展開される。それは、矢と言うよりも突撃槍だった。
「……少し、見くびってたよ。お前のこと。だからーーここでくたばれ」
先程とは打って変わった、低く真剣な声音で男は呟き、ダッと地面を蹴る。
放たれた突撃槍は、矢となって猛スピードで直進し、驚きに身動きできない盗賊を跳ねた。身を捻って何とか切っ先は逃れるも、展開された障壁が壁となって盗賊に衝突し、彼を吹き飛ばしたのだ。
盗賊は背後にそびえ立つ塀に打ち付けられ、肺の中の空気を吐き出すも、首を振って飛びかけた意識を繋ぎ治し、素早くその場から逃れるように遠のいた。
ーーそこで、何故か意識が遠のいていく。視界が暗転し、暗闇に飲み込まれる。だが、まだ暗闇に飲み込まれる寸前まで、光景を見ることが出来た。
その後も盗賊は抵抗を続け、最終的に塀の上へと逃れるも、男の捨て身の追撃を受けて深手を負い、そのまま高い塀の上から地上まで真っ逆さまと言うときに見た光景。それは、神狼の毛並みだった。どうやら勝手に精霊召喚を行い実体化し、盗賊を助けたのだろう。
そのまま盗賊は意識を失い、それと同時にーー
ーー記憶感応も終わる。
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高く険しい山々。激しく切り立ったそこは、遠目から見るとまるで研ぎ澄まされた刃のように鋭く尖り、とても人がいる場所とは思えなかった。当然、危険地帯として山の麓の住人は誰一人進もうとはしない。
時折、この山を制覇しようと登ろうとする大馬鹿ものがいるのだが、大抵途中で無謀さを悟り引き返すか、もしくは途中で足を踏み外し、そのまま転落死かのどちらかである。
そのため、山の中腹よりも下の辺りに、小さな穴が空いていることを知るものはほぼいない。
ーーその穴の存在を知っているのはーー
穴の大きさは、人がようやく立つ事が出来るほどの狭い空間。その奥には、なにやら自ら光る杭が落ち込まれており、突然その杭が光り出したーーと同時に、杭の前方の空間に半透明の魔法陣が表れ、そこから光が溢れ出す。
やがて光は収まりーーそこから表れたのは、フード付きのローブに身を包み、長めの黒髪を青い髪紐で一つに纏めた、一見少女と見間違える小柄な少年。その背後には、この狭い洞穴ぎりぎりの背の高さを持つ、こちらも同じ黒髪の青年。彼も、前述の少年と同じような格好をしている。
「到着だな。しっかし、ここは相変わらず寒いなぁ……どうした、少年?」
「い、いやその……なんですか、ここは?」
狭い洞窟の中、青年の方は頭上を気にしながらも眼前に見える光景に驚く様子を見せずに、あくまで飄々としている。だが、一緒にいる少年の方はそうではないようで、顔を青ざめながら表情を引きつらせている。
「……なんで、こんな絶壁の所にこんな小さな洞窟が……」
「なかったから、俺が作った」
「作った!?」
あっけからんと言う青年に対し、少年は素っ頓狂な声で問い返す。帰ってきたのは無言の頷きで、彼の相変わらずなその天然さに、少年は二の句が継げなかった。
絶句する少年とは違い、彼の頭上で胡座をかぐ銀の子人は、それでも苦笑を浮かべている。
「お前さんは精霊使いと言うよりも錬金術師だな。まぁ、土の属性魔法は錬金術に似通っているから、あながち間違ってはいないのだが……」
銀の髪に銀の瞳、そして白い和風の衣を着た子人は、言葉を口にしながらちらりと青年の背後にあるそれに目を向ける。
「して、トレイドよ。一気にここまで転移してきたが、もしや後ろにあるもののおかげか?」
「ん? あぁ、そうだ」
後ろにあるもの、それは仄かに光を放つ石碑ーーいや、杭だろうか。その表面にはびっしりと文字らしきものが刻まれていて、さらにその杭から漏れる光は魔力の光である。おそらくこれはーー
「設置型のポータル。これを置いとけば、一瞬でこのポータルがある場所へ転移できるんだぜ」
「なるほど。そういえば、お主が拠点としているログハウスにもあったな」
黒髪の青年ーートレイドは、口の端をつり上げて自慢げに石碑ーーポータルを叩き、それに子人ーークサナギは納得したように頷いている。
頭上で行われている二人の会話に、ようやく茫然自失から抜け出せた少年ーー桐生タクトはふぅと息を吐き出して再び洞窟の外へと目を向ける。
断崖絶壁ーー激しくそびえ立つこの山に、無理矢理人が入れるぐらいの大きさで切り抜いたかのようなスペース。一歩足を踏み外せばそのまま転落死してしまいそうなほど傾斜がある。
「………」
ゴクリと唾を飲み込み、ものは試しと手近な石をつま先で蹴る。すると、当然とばかりに小石は落ちていく。小石が転がることはなかった。
「……別の場所に転移できなかったんですか? というか、別の場所にポータルを設置できなかったんですか?」
顔を持ち上げた彼は、先程よりも青ざめた表情で至極当然な事を問いかけるも、トレイドは仕方がないのさとばかりに肩をすくめるのみ。何でも、ポータルは魔法石で作られているため、道ばたにあったら誰かに持って行かれてしまうのだとか。
「それに、この世界には魔法文化はあるけど、少し毛色が違っていてな。フィーリグ式っつう、少し変わった魔法で、しかも転移の魔法がねぇんだよ」
「あ……そっか」
一言で魔法と言っても、その形体は世界によって変わってくる。この世界の魔法がどんなものかは分からないが、しかしこの世界に関して詳しい知識を持つトレイドが言うのだから、そうなのだろう。
それに転移魔法がないということは、転移する前と後のどちらかを見られるとかなり不味いことになる。
それを防ぐために、こんな人がいない、人が来ない場所を選んで転移用の場所にしたのだろう。しかしーー
「……何となくわかったけど……どうやって降りるんですか?」
「普通にだが?」
「………」
何言っているんだ、とばかりに首を傾げてくるトレイドに対して、タクトは呆れを通り越して生暖かい瞳で彼を見やる。
「……なんだよその目は」
その瞳に対し、やや居心地の悪さを感じ取ったのか、トレイドは肩をすくめて前に出るなり、手本を見せてやると言い残して、何と縁から飛び降りた。
「は、はぁっ!?」
「マジか!」
タクトとその頭上でどかりと座り込んだクサナギは、そろって驚愕の声を上げ、慌てて飛び降りたトレイドを探すも、その姿はすぐに見つかり、まずは安心する。
どうやら彼は、絶壁であるこの山を、滑る形で下山しているらしい。確かに絶壁に近いも、所によってはやや起伏がある場所があり、どうやらそこだけを通ってズザァァァと山を滑っているようだ。確かに、これならば下山できなくはないだろうがーー
「……絶対、精霊使い専用の下山ルートだよね? ……てか、素人にここを滑らせる気か、あの人?」
「いや、精霊使いでも厳しいだろう……」
片頬をぴくぴくと引きつらせながら、一人颯爽と下山していくトレイドに対して、怖くないのかと疑いに掛かる。同時に、僕もここを通らなくてはならないのだろうか、という疑問に沸いてくる。
ーーふと、頭上にいる現在の相棒クサナギに視線を移し、ぽつりと呟いた。
「……クサナギってさ……飛べるよね」
「うむ、飛べるぞ。だが、親は子を千尋の谷に突き落とすと言うだろう? と言うわけで先にーー」
「行かせるかーー!! あっ………ーーーー」
その視線の意味に気づいたのか、ふわりと頭上から飛び立ったクサナギは良い笑顔を浮かべるも、即座にがしっと掴みーーそこでバランスを盛大に崩す。
ーー終わった。
脳裏によぎったのは、その一言のみである。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」
「私まで巻き添えかぁっ!!」
そんな叫び声を上げながら、クサナギをしっかりと掴んだタクトは滑り落ちていった。