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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第11話 歩みを進める二人の剣士~9~

「白い火柱……!?」


「てか、あの白い人、誰だ……?」


タクトと黒服の戦いに目が行っていたアイギットとマモルは、突如発生した白い火柱と、その頂点にいる白く光っている男を見つけ、お互いに狼狽の声を上げる。


火柱の規模から考えると、相当の熱を持っており、この距離だと熱さを感じるはずである。なのに、熱くない。これは一体ーー


「……もしかして、あの白いの……!?」


全身に隈無く負った傷口から血を流しつつ、アイギットは火柱の頂点にいる白い男の正体に気づいた。白く光っていて、なにやら色々と変わっているも、あれはトレイドだ。それと同時に、火柱の頂点にいるのではなく、火柱を発生させている、ということにも。


(上空から火柱を!? じゃあ何を焼いてーー)


上空から地面に向けてはなった白い火柱が、今もなお焼いているであろう物は何なのか確かめようとするも、背後から一際大きな剣撃の音が響き、そちらに気を取られため、何なのかはわからなかった。


ギィンギィンギィンと金属を擦りつけ合う不快な音が響く。ーーそう、ぶつかり合う音ではなく、こすれ合う音。それは、黒服の刀がタクトの剣を流しているために響く音でもあった。


「………」


「……っ」


無音で、しかし表情をしかめながらクサナギを振るうタクト。表情に焦燥を浮かべ、唇を噛みながらクサナギを流し続ける黒服。見ると、体をすっぽりと覆い隠すような黒服はあちこち切り裂かれ、そこから血が流れていた。


(タクトーー)


(……っ)


突如クサナギから届いた思念に眉目を寄せるも、すぐに了承し相手の動きを読んだ。


タクトが振るったクサナギに対し、黒服は自らも斬りかかり、刀の反りを使った受け流しを用いてクサナギの軌道”だけ”を滑らかに変た。さらに、振るった勢いをそのままに刀を翻して切り上げる。


だが、その動きをすでに先読みで把握していたタクトは、引くどころか逆に一歩踏み込み、体を傾けて切り上げられた一刀を紙一重で躱す。その間も、彼の視線は黒服に向けられたままだ。自身のすぐ近くを通り過ぎた刀に興味がないのか、それとも気にする余裕がないのか。


タクトの表情を見る限りおそらく後者だろうが、敵対する黒服には逆に前者に思えた。故に、ぎりっと奥歯を噛みしめ、切り上げた一刀を再度翻し、上段に構えーーそこで、己の失策に気づく。


上段構えは、剣が己の頭上にあるため、腹部が完全にがら空きである。その隙を突くように踏み込んできたタクトは、先の流しで軌道を変えられたクサナギをすでに引き戻し、腰だめに構えていた。


(間に合わなーー!)


「ーー瞬牙」


腰だめに構えたクサナギを、居合い切りの要領で振り抜き、また瞬牙を持って放たれたそれは、視認出来なかった。神速の居合い切りを極めた叔父から軽い手ほどきを受けたため、居合い切りを持って放たれた瞬牙は、常時のそれの速さを上回っていた。


真横に一閃、軌跡が走り、一歩遅れて黒服の腹が横一文字に切り裂かれた。これには、その戦いを見ていたマモル達はそろって驚愕する。ーーあのタクトが、躊躇いなく人を斬ったのだ。


タクトが人を斬った。その事実を信じがたい気持ちで眺めていた彼らは、だからこそ即座に異変に気づいた。黒服の傷口から吹き出たのは、赤い血ではない。まるで墨汁のような黒い液体だった。


(ーーやはり、な)


先程の思念によって伝えた事実が正しかったとばかりに得心する様子のクサナギ。そんな己の剣を相手に、吹き出した黒い液体を避けるために大きく飛び退いたタクトはやや頬を引きつらせる。


「間違ってたらどうするつもりだったんだ?」


『間違う可能性があったら、何もいわんさ。不確かなことをマスターに伝えるほど、私は薄情ではない』


どうやら確証があったから、いや出来たからこそ、あのタイミングで思念を送りつけてきたらしい。


ーー『相手は人形、思いっきりやれ』ーー


その指示に従った物の、もし生身の相手だったらと思うとぞっとするも、同時に何故彼がわかったのかも疑問に思う。それを問いかけると、クサナギは一瞬口ごもった後、


『……私が使う術と、似たような気配を感じた』


「術? あぁ、あの印を結ぶ奴?」


タクトの問いかけにそうだと返し、何故かそれっきり押し黙る。静かになったクサナギを両手でしっかりと保持しながら、首を傾げーー


ドクンーー周囲に重く響くような心音が、自分から聞こえた。


「っ……」


同時に襲ってくる、嫌な感覚。その感覚に、覚えがあった。数時間前にも味わった、”ダークネス”の気配。


『……気をしっかりな』


「……うん」


こめかみから冷や汗が流れる。クサナギの言葉はどこか張り詰めているようにも思えーーおそらく、契約の繋がりを介してダークネスを押さえようとしているのだろうーー、それが一層タクトに緊張感をもたらした。


「……やってくれたな」


一方、今まで腹を切り裂いて動かなくなっていた黒服から、初めて声が響く。意外にも若い印象が受けられる低い声音だ。腹から流れる黒い液体は、まるでオイルのような光沢を放ちながらゆっくりと下に向かって落ちていた。液体が地面に落ちると、ぽこりと気泡が吹き出し、音をたてて消え去った。


「まさかお前が、躊躇いなく人を斬るとは思わなかった」


「……抵抗がないって言えばうそになるかな。でも……あたなは人じゃないんでしょ?」


タクトが呟いたその言葉を聞き、彼の友人達はやはりという表情を浮かべる。体を切られた際、傷口から吹き出した黒い液体はどう見ても血液の類いには見えず、また気泡が浮かび上がることからもそれが窺えるからだ。


「あなたは人じゃない、人形なんでしょ? 人を殺す人形をーー」


「ーー人でなければ、誰かを斬って良いということか?」


クサナギの剣先を黒服に向けて言いつのるタクトの言葉を遮り、彼は未だに深くかぶったフードの奥で唇の端に笑みを浮かべながら問いかける。その問いかけに、タクトは口ごもった。


「何を持って人というのだ? 何を持って命というのだ? 四肢があることか? 意思があることか? それとも……血が、赤いことか?」


「それは……」


たたみかけるようにして次々と問いかけられる言葉に、タクトは視界を下げーー


『ーー自分自身で、認めていることさ』


ーー下げた先にあった自らの剣が、代わりに答えた。その言葉にーーその答えに、一同は瞳を見開いた。


「………」


唯一、黒服だけがフードを使い瞳をかくし、その表情はわからない。未だに傷ついたミューナの治癒に当たっているレナとコルダも、彼女の傷を癒やしながらもクサナギの言葉を待っていた。


ミューナを除いた二人の、クサナギに対する評価は「変態」、「変人」という地に落ちたものでしかなかったが、このときばかりはまるで別人を見ているかのような心情で剣を見ている。


『命の定義や、何を持って人というのかは、色々ある。それはほぼ全て、狭い世界の中で決められたものだ。……それも正しい物だと私は思うが、それよりもっと大切なのは、自分自身で無意識のうちに”そう”だと認識していることだ』


「……自己認識か。ふふ、名も知らぬ剣よ、貴様もそうなのか?」


『無論』


「クサナギ……」


黒服が軽い笑みとともに問いかけたそれに、クサナギは当然とばかりに答えた。自身の剣が発した答えに、タクトは軽く目を見開いた。


そうだ。自分自身がそうだと”認めていれば”、そしてそれを信じていれば。


「では、意見の相違はどうなのだ? 自分は人と思いつつも、他人からはそう思ってもらえない場合は」


ーー今の私が、良い例だがな、と少し含みのある視線を投げかけてきた。先のタクトの発言に対するものだろうと判断し、タクトが声を上げようとするも、クサナギが先を越した。


『私は言ったはずだぞ? ”無意識のうちに”と』


「っ!」


有無を言わせぬ口調で断言し、黒服は目に見えて固まってしまった。そしてそれは、タクトも同じだった。


『どれだけ言葉を紡ごうが、その命が持つ無意識の自己認識からは逃れられん。貴様とて、心の奥底……本能では理解しているはずだぞ? 自分は人形だと』


「………」


『……真実から目を背けるな。どれだけ酷い真実からだろうが、受け止め、乗り越える。それが重要なのだ』


有無を言わせぬ口調から紡がれた言葉は、彼らの予想を大きく上回るほど重く、真実味を帯びているようにさえ見えた。ただ単純に、クサナギは自分自身の考えを口にしただけなのだろうが、その言葉から溢れ出さんばかりに感じられる貫禄が、それが絶対的に正しい真実だと皆に錯覚させたのだろう。


彼が言うことも正しいだろう。真実を受け止め、乗り越えることこそ成長となるのだから。だがーー


「……ふふ、ありがたいお言葉、感謝しよう。私も、私自身人形だと言うことを認めよう。……だがーー」


苦笑とともに呟きを漏らし、ちらりと先程まで問答を繰り返していた剣を持つ少年に目を向けーーまるで、何かを深く考え込んでいるような表情を浮かべている。その姿を見て、黒服は口の端に笑みを浮かべ、


「……貴様のマスターは、迷っているようだぞ?」


『なっ? タクトッ!?』


「っ!」


身をぐっと屈めてタクトに向かって突進してきた黒服は、その手に握る刀を振り上げた。いつの間にやら、腹部に負った傷は治っており、そしてーー自身に向かって襲いかかってきたことに、タクトはクサナギに叫ばれるまで気づかなかった。


すぐに手に握ったクサナギを持ち上げ、その一刀を防ごうとするも、その動きは彼の迷いを映すかのように遅い。確かめなくてもわかる。今の彼は、黒服の言葉通りクサナギの話を聞いて迷い、その迷い故に自然の加護が解かれていた。


先程までタクトが黒服を圧倒していた理由は、自然の加護による行動の先読み、この一点のみだった。今やそのアドバンテージはなくなり、さらに先の理由で動きも鈍くなった彼に、黒服を止められる要素など今やなかった。


「っ!!?」


『何だと!?』


さらに、自身に向かって落ちてくる刀を何となしに見つめーーその奥で、黒服のフードの奥にある素顔を見た。その見覚えのある顔に、タクトは驚愕を浮かべ、その驚愕がクサナギにも伝わり、彼が見た素顔はクサナギにも伝わった。


「……消えろ」


小さく呟かれたその一言を受けて、タクトとクサナギは完全に固まり、動くことも出来ずにその一刀を真っ向から眺めーーしかし。


「心優しい少年をたぶらかすな」


黒服の背後から、白い光が放たれる。放たれた光によって黒服の素顔は影に隠れ、再び見えなくなるも、影の動きで後ろを振り向いたのがわかった。そしてタクトには、黒服の背後にいる人物が誰なのか、声を聞いた瞬間にわかった。


「……馬鹿な」


「お前は……ここで終われ」


ぽつりと呟いた、白い狼と混ざり合ったような姿をしたトレイドは、こちらも白い炎を纏わせた長剣の切っ先を黒服へと向けている。その構えを見て、タクトはそこから放たれる技がなんなのか察しが付く。


ーージャベリング・アロー。構えた剣の切っ先から魔力を円錐状に展開させ、自身を矢として突進する大技。ただ、円錐状に展開させた魔力の代わりに、白い炎を展開させて黒服目がけて姿がぶれるほどの速度で突進した。


突進とともに突き出された長剣は容易く黒服の体を貫き、それでも勢いは死なずにそのまま数メートルも彼を貫いたまま前方へ移動する。タクトの横を通り過ぎるように背後へと飛んでいった彼ら。トレイドは進行方向にあった遺跡に突進し、突き刺したままの黒服を石造りの建物の壁に叩き付ける。


わざと勢いを殺さなかったため、壁に激突したときの衝撃は全て黒服に叩き付けられ、彼を中心にして壁がへこみ、さらに白い炎によって黒服は体の内側から焼かれていく。ーー本当は浄化されているのだが、そうとは知らないマモル達からすれば、焼いているようにしか見えないだろう。トレイドに対し、やや非難するような、そんな瞳を向けていた。


「……ふ、ふふ……。なぜ、だろうな……。苦しはずが………今は……」


体を浄化される激痛を味わっているはずの黒服だが、見るとそんな様子はみじんもない。ーーもう、そんなことを感じないほど、浄化されたというのだろうか。黒服は、トレイドの肩越しに誰かを探すように視線を見渡したが、すぐに息を吐き出して、


「……あいつも……こんな……だや……で………ったの、か……?」


ーーあいつも、こんな穏やかな気持ちで逝ったのか? と、その唇の動きで読み取った。もうすぐ、黒服は消滅する。そう感じ取ったトレイドは口にでかかった軽口を止め、素直に頷いてみせる。


腹立たしいことに、白い炎に包まれた義賊も、全身に炎を浴びた瞬間、穏やかな表情を浮かべたまま焼き尽くされたのだ。


自分だけ楽になりやがってーーそんなやりきれない思いが、トレイドにはあった。




憑依を解き、本来の姿に戻ったトレイドはその場にどかりと腰を下ろし、何となしに義賊に斬られた腹をさすった。


ある事情により、自分はそう簡単には死なないーー死ねない体になってしまった。斬られた傷が瞬く間に再生したのも、血が流れないのも、そういった事情があるからだ。それが”フェル・ア・ガイ”と呼ばれる自分の力である。


言ってしまえば、半不老不死。実年齢と外見年齢が乖離しているのはこれが原因である。


世の中には、不老不死を求める大馬鹿者がごまんといる。そんな彼らに、トレイドとしては言ってやりたい言葉があった。これは、呪いでしかないぞ、と。まだ生きて27年しか経っていたいが、それぐらいはもう悟っている。


そう考えれば、あの人形も他人事のような気がしなかった。先のクサナギと人形との問答が頭の中で蘇る。


『命の定義や、何を持って人というのかは、色々ある。それはほぼ全て、狭い世界の中で決められたものだ。……それも正しい物だと私は思うが、それよりもっと大切なのは、自分自身で無意識のうちに”そう”だと認識していることだ』


『……真実から目を背けるな。どれだけ酷い真実からだろうが、受け止め、乗り越える。それが重要なのだ』


自分自身では、もう人ではないと諦めていたが。それでも、”元は”人間だったのだ。その事実が、そして人であった時の感覚があるため、時折、無意識のうちに自分は人間だと思ってしまうときがある。


対するあの人形は、おそらく自分は人間だと考えていたのだろう。浄化する際、彼らのそんな思いが伝わってきたような気がするのだ。同時に、無意識のうちでは人形だと認めていたのだろうか。


ーー何と悲しいことか。自身の考えと、無意識の自己認識が一致していない。クサナギの言葉を借りれば、真実から目を背けていると言うことなのだろう。


それでも、まだ人形は救いようがある。彼らは、彼らの自己認識に気づけば、思いと一致する。だがこちらはどうか。自分はもう人ではないと頭では諦めているのに、心では人間だと思い込んでいる。


”理性では真実を受け止めているのに、本能がそれを否定している”のだ。一体、どうすればいいのだろうか。


「……情けねぇな」


そんなことやくたいもないことを考え、不意に浮かんできた答えにトレイドは仰向けに倒れ込んだ。結局の所、覚悟がついていないということではないか。だが、これだけはどうしようもなかった。


幸いなことに覚悟をつけるまでーー本能が真実を認めるまでーー、時間はたくさんある。不老不死における数少ない長所だ。ーーその長所は、短所にもなり得るが。


「……そんなすぐに覚悟が付くわけないか。………そうだな」


仰向けに倒れ、もう夕日も沈み暗くなってきた空を見上げて、浮かぶ星空を掴み取るように拳を突き出した。


今の今まで、自分を誤魔化していたのだろう。いくら頭では認めていても、心がそれを許さないときがある。そのことを、自分は身をもって知っているではないか。だからこそトレイドは、自分自身と向き合うために、あるところへ行くことを決意する。


その場所は、どのみち行かなければならないところであったし、何より次の目的地でもあった。今の今まで、行きたくないという本心が目的地に向かうことを拒否し、逃げようとしていたのだが、そうも行かなくなった。


ーー自分と向き合うためには、まず一歩を踏み込まなければならない。そしてその一歩が向かう先は、自分の原点こそが相応しい。だからこそーー


「行くか」


ダークネスの本体がおり、理の汚れを浄化させるための聖域があり、そしてーー”自身の故郷”でもある、あの世界へ。突き出した拳を、さらにぎゅっと握りしめながら、トレイドは一人呟き、決意を固めた。


 ~~~~~


「………」


悲痛な面持ちでタクトはその場にへたり込んでいた。先程まで握っていたクサナギはすでに剣の形状をしておらず、押し黙ったタクトの頭上に人型となってどかりと座り込んでいる。


和を感じさせる銀の衣を纏った彼は、そんなタクトに鼻を一つ鳴らすと、


「何をそんなに考え込んでいる。あの人形を斬れなかったことがそんなに悔しいか?」


「っ、そんなこと、あるわけないだろう!」


タクトは顔を持ち上げ、きっと頭上に座り込むクサナギを睨み付ける。だが、睨み付けられたクサナギはどこ吹く風とばかりにその視線を受け流し、


「じゃあ何を迷っている? あの土壇場で迷うことは、死ぬのと同じなんだぞ? それもわかっているのか?」


「わかってるさ、そんなことは!」


「わかっていない!!」


声を荒げたタクトを上回るほど声を荒げ、クサナギは彼の頭上から真っ正面へと降り立った。宙に浮かびながら、彼は珍しく険しい表情を浮かべて、


「お前はあのとき、奴を斬ることを躊躇った! 今はたまたまトレイドの大馬鹿者がすぐ近くにいたから良かったものの、来なかったらどうするつもりだ!」


その小さな腕でタクトの襟首を掴む。とはいえ、あまりにも体格差がありすぎて、タクトならばいとも簡単に振り払えただろうに、彼はせずにぐっと唇を噛みしめた。クサナギの叱責は続く。


「奴がお前を斬れば、奴はお前が守っていたものにまで手を掛ける! それを許すのか!」


「だけど……だけどっ! 僕には殺せない……っ」


「”人形”だアレは! 人ではない!」


「それでも、”俺”にとっては人だった!!」


響く絶叫にクサナギはタクトの襟首を掴んだまま表情を凍らせた。彼の瞳からは、一筋の涙が流れている。


ーーいるのだ。こういう、人を殺せない人間が。それは正しいことであり、評価されるべき点でもある。しかし、それは戦いの場においてはもっとも愚かな行為でもあった。


「……お前のような平和主義者に、殺せという方が間違いか」


ふぅとため息をつき、クサナギは彼から手を離した。涙を流し、表情を歪めてぎゅっと手を握りしめる彼を見る内、そんな気がしてくるのだから不思議である。


「そうだな……自分が出来るから、他人も出来る、なんてことは……傲慢な考えだったな。……だがな、タクト。もしお前がーー」


「……タクト?」


クサナギが言いかけた一言は、突如乱入してきた少女の声によって遮られた。恐る恐ると言った体で近づいてきた彼女は、泣いているタクトを見るなり愛らしい黒目を大きくさせて近づいてくる。


「レナ……?」


「叫んでたけど…………泣いてるの?」


近づいてきた少女の名を呼ぶと、レナはやや言いづらそうに問いかけた。するとタクトは、今涙を流していることに気がついたといった様子で、慌てて目元を覆い隠し、後ろを向く。


「な、何でもないよ。それよりもーー」


「ーー何でもなく、ない」


ふわりと彼女の黒髪が流れ、後ろを向いていたタクトの視界にも入ってきた。それと同時に、背中に暖かさを感じ取り、目線だけを背後へと向ける。その先には、レナの穏やかに綺麗に微笑む横顔が映り込んだ。


後ろから抱きしめられているーーそのことに気づいたタクトだが、今だけは何も考えずに肩に置かれた彼女の手を掴んだ。手と手を握って暖かさを共有するように、ぎゅっと。その瞬間、再びタクトの両目から涙が零れた。


今まで堪えてきたものが決壊したかのごとく、タクトはレナにすがりつき、声を上げて泣き始めた。


その姿を見て、クサナギはタクトの心情を知る。



ーー情け無かった。相手が人形と知ったとき、黒服を斬ると覚悟を固めたことが卑劣さが。


ーー惨めだった。その覚悟を見透かされ、黒服の問いかけに何一つ問い返すことが出来なかったことが。


ーー悔しかった。自身の迷い故に、何一つ出来なかったことが。



「……なんだ。私のせいじゃないか」


ふぅっと軽く息を吐き出し、クサナギは額に手を当てた。あのとき自分が言ったあの言葉が、彼を迷わせたのだと。友達を守る、ということを免罪符に黒服を殺そうとしていたタクトだが、あの言葉で免罪符を破り捨ててしまったのだ。


それは彼にとっては良かったことなのかも知れない。人が人を殺す。どう言いつくろうが、どれほど正当化しようが、禁忌であることに違いはない。


人の恐ろしいところは、時に禁忌を容易く破ってしまうことでもあった。だが反対に、容易く破れるはずの禁忌を破らないと決めることに、人の尊厳が現れる。そのことを、クサナギはタクトを通して思い出すことが出来た。


感情を映さない瞳で、彼はレナにすがりついて泣き叫んでいるタクトを見下ろしながら、誰にも聞こえないようあの言葉の続きを口にした。


ーーもしお前が、”運命”に抗い、”生き延びる”と決めるのならば……将来、覚悟を決めなければならない。


夕日は沈み、辺り一面まっ暗に染まった遺跡の中で、少年の泣き叫ぶ声が木霊した。

これにて第11話、終了です。うん、なげぇ。書いている本人も、いつ終わるんだろうと遠い目をしていましたとさ。


とりあえず、タイトル詐欺にならずに良かったなぁ、と。タクト君は強さ的に、トレイド君は心情的に、それぞれ歩みを進めています。まぁタクト君は少々迷いが生まれてしまいましたが。


次回からは、いよいよトレイド君の故郷であり、これまで断片的に語られた彼の過去話でもあります。しかし、一応短編でがっつりやったので、さらりと流す程度と考えています。

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