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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第11話 歩みを進める二人の剣士~8~

「参之太刀ーー瞬牙っ!!」


手に持った刀を、マモル目がけて頭上から振り下ろす黒服の体に、太めの剣が叩き込まれた。空中から、視認さえ出来ないほどの速度で叩き込まれたその剣が黒衣を弾き、黒服は距離を取って地面へと着地する。


「そこぉっ!」


そして、奴が地面に着地すると同時に、先程の叫びとは違う、甲高い声がマモル達の背後から聞こえーー黒服が着地した地面から、円柱状の杭が飛び出した。


「っ!!?」


完全に不意を突いた土柱に、黒服は対応しきれず、地面から飛び出してきた杭に体を叩かれ、軽く宙へと放り出された。


やがて小さな放物線を描いて地面に激突する彼だが、その瞬間のことを目にしたものはいない。マモル達は自分たちの前と、後ろから隣へと掛けてきてくれた彼らに目が行っていたためである。


「レナ!! それにタクトも!?」


「ごめん、遅れた!」


コルダの隣へ駆けつけてくれたレナは、息を整えながら彼女の証である棒を握りしめ、周りのみんなに申し訳なさそうな表情で頭を下げている。そこで頭を下げなくても良いだろうとアイギットは思うのだが、とやかく言うつもりはなかった。


「助かった。サンキューな」


代わりに、マモルがやや青ざめた表情で、しかしそれでも口元に笑みを浮かべて礼を口にした。先程まで死の危険の真っ最中だったというのに、気丈に振る舞えるその精神は流石の一言だ。


一方、彼らよりも前にいるタクト。後方から瞬歩を使い一気に飛び出し、今まさにマモルを刀の錆びにしようとしているところをクサナギで吹き飛ばした彼は、何が気に入らないのか顔をしかめながら自身の手に握る剣へと目を落としている。


ーー今の手応え……。


表情をしかめた彼は、背後にいる友人達へ一瞥もくれずに立ち上がった黒服へと目を向け、油断なくクサナギを両手でしっかりと握り、正眼に構える。


立ち上がった黒服を見て、奴目がけて振るった瞬牙は防がれたことを理解した。ーーいや、防がれたのではない。”流された”のだ。


クサナギが黒服の体に当たる瞬間、奴は持っていた刀でタクトの剣であるクサナギを、反りを使った受け流しで軌跡を変えたのだ。吹き飛ばされたかのように見えたのは、自ら距離を開け、仕切り直しするためか。


流石に、着地と同時に土柱による追撃があるとは思わなかったのだろう。そちらは防ぐことが敵わず喰らっていたが。


「……今の技……」


今の技には見覚えがあった。刀の反りを生かして相手の攻撃を逸らす受け流しーートレイドではない、名前も知らない自分の先祖が使っていた技法である。つまり、記憶感応の中で。


だが、今の技法ーー思い起こせば、自身も使っていた気がするのだ。これまでの戦いの中、完全に無意識のうちに。だから今の今まで忘れていたのだろう。


『……すまんがタクト。お前が思い出したところで、今のお前では出来ないぞ』


「……うん、わかってる」


そんなことは重々承知の上である。あれは刀ーー曲刀だからこそ出来る技法だ。直剣であるクサナギでは、再現するのは難しいだろう。


手に握った剣と会話をするも、その間にも黒服からは目をそらさない。二人の視線がぶつかり合い、”赤く染まった”瞳を見て、タクトは本能的に黒騎士ーーダークネスを思い出した。


それと同時に、赤い瞳から発せられる強烈な殺気が、まるで剣のように突き刺さり、タクトは気圧されたかのように剣先を持ち上げた。


「……あなたは……」


ーー危険。危険すぎる。この人は、人を殺すことを、何とも思っていない。そのことを肌で感じ取り、タクトはぐっと息を呑む。


「みんな下がってっ! ここはーーっ!!?」


あの人から距離を取らないと。そう考えた彼は背後にいる友人達を見ずに告げ、叫んだ言葉が合図になったかのように、一気に距離を詰めてきた黒服に対して驚愕の表情を浮かべた。ーー早い!


「つぅっ~~……!!」


瞬きしたときにはすでに眼前に躍り込んでいた黒服が、刀を上段から振り下ろす。自身を真っ二つにせんと落ちてくる刃の軌跡に、クサナギを割り込ませて一刀を防いだ。しかし、刀を受け止めるーー鍔迫り合いに持ち込むことは敵わず、振り抜かれた刃は瞬時に返され、今度は下方から一気に襲いかかる。


「っ!!」


下から振り上げられた一刀に、声を上げることさえ出来ず、ただ鋭く息を呑む音がだけが響かせながら、刃の軌跡から体を反らすことしか出来ない。その瞬間、反射的に掲げたクサナギが、まるで意思を持ったかのように剣先が僅かに傾き、刀の軌道を微かに変えた。


(ーーえ?)


『馬鹿者! いつまでも私に頼るな!! ”力”を使え!!』


目を見開いて驚きを露わにさせるも、すぐさま脳裏に響いたクサナギの叱咤が身を震わせた。やはり、剣が微かに動いたのはクサナギのおかげだったかーーしかし、彼の言う”力”とは一体……?


「タクトッ!」


得心と疑問を同時に浮かべながら、三度自身に襲いかかってくる黒服の刀。目の端に捕らえながらも、思考をそちらに割いたため反応が遅れ、マモルの叫びに我に返るも、すでに遅い。


ーー左後ろから襲った衝撃が、タクトを吹き飛ばし、彼は斬撃から逃れることが出来た。吹き飛ばされた事により、彼は地面に転がるも即座に起き上がり、自分を襲った衝撃をーーいや、自分を”押した”主を確かめた。


「ーーミューナッ!!」


「ミューナちゃん!?」


ミューナ・アスベルその人であった。彼女はタクトが黒服に斬られると思った瞬間、決死の思いで彼を押して転がしーーその反動で動けない彼女を、奴の刀が躊躇なく襲った。腹を横に切られ、血が噴水のように噴き出す。


素人目に見ても、傷は深いことがすぐにわかった。タクトの叫びと、レナの悲鳴が周囲に響く。斬られたミューナは力なく崩れ落ち、抵抗は愚か逃げることさえ出来ない彼女にとどめを刺そうと黒服の刀が持ち上がった。


「……ぁ……っ」


その輝きは、まるで処刑台のギロチンのように輝きーー即座に、閃光と銃声が黒服を遅う。


「させるかぁぁっ!!」


「……っ!!」


アイギットとマモルだ。二人はそれぞれ、叫びを上げながらレイピアを突き刺し、無言で、しかし険しい表情のまま二丁銃の引き金を引く。その二人の連撃に、黒服はミューナから離れ、二人からも距離を取る。離れた距離を、レイピアを握るアイギットは瞬時に詰め、マモルもそれに習い若干距離を詰めた。


それでもなお二人をフードの置くの赤い瞳で冷たく見下ろし、アイギットの振るうレイピアの突きと、彼を援護するマモルの銃弾を、まるでどこから来るのかわかっているかのごとく容易く躱し、逆にアイギットに向かって踏み込み、二人は交差する。


「がっ!!?」


すり抜けた黒服はすぐに動くも、反対にアイギットの動きは一瞬止まり、すぐに体から血を流して崩れ落ちる。地面に倒れながらも、レイピアを握り、立ち上がろうとするその仕草から、ミューナと比べると傷は比較的浅いのだろうがーーそれでも、その動きから、戦闘不能な状態であることはすぐに見て取れた。


「くそっ……!」


ちらりとマモルはミューナの方を見る。彼女の傷は深く、レナとコルダが治癒魔法を掛けている。コルダに至っては、無意識なのだろうか、背中に逆三角形の黄金に光る文様を浮かび上がらせ、つまり理の力を発動させて治癒に当たっている。それほど危険な状態なのだろう。


「ーーーー」


ーー命の危険に貧している仲間を、友人を見て、タクトは己の中の何かが滾っているのを感じていた。怒りにも似た何かによって、体が震える。熱いーー体が、とてつもなく熱い! 体中の水分が沸騰したかのような感覚を覚え、しかし体は極寒の地に放り込まれたかのように震えている。


まるでーータクトの激情によって、今まで眠っていたものが目覚めたかのようなーー。


『お前に掛かっている封印は、すでに解けている。ーー目覚めているはずだ、”王の力”に!』


脳裏に響くクサナギの声。だけどタクトの脳は、それが誰の声なのか理解できない。ーー理解できる、余裕がない。



ーー周りの熱は何度なのか、どれほどの暖かさを持っているのか、教えてくれる。


ーーどこにどれほどの水が、水分があるのか、そしてそれはどれほどの冷たさなのか、教えてくれる。


ーー辺りを渦巻く風が、どこに、何があるのかを、教えてくれる。


ーー足下でこの世の全てを支える土は、命を伝え、教えてくれる。


ーーこの世を照らす光は、遍く全てに光の恵みを与え、教えてくれる。



ーーそれら全てを、一度に教えてくれる。そのあまりの情報量に、タクトの脳が付いていかない。だがーー無意識のうちに、体が動いていた。


刀を振るい、マモルが放つ弾丸を切り伏せ、距離を詰める黒服目がけて、タクトは瞬歩を用いて突撃する。クサナギの剣腹に手を添え、瞬歩の勢いと自身の体重を乗せた重い突きを、黒服に向けて放ち。


横手から放たれたそれに、黒服は反応して見せた。マモルを切り伏せようとした一刀を引き戻し、タクトが放った重い突きを避けーー


ーー避けるタイミングが、タクトにはわかっていた。そして、どちらの方向に避けるのかも。故に、黒服が”避けるタイミングで、避ける方向に”、突き出したクサナギを、即座に切り抜いた。


「っ!!?」


突き出された剣をさけたと思いきや、間髪入れずに振り抜かれ、迫り来る剣撃に、黒服はフードの奥で目を見開き、それでも反応して見せた。


だが、今回の反応はこれまでのような刀で迎撃するようなものではなく、身を引いて後退、タクトと距離を取るという明かな”逃げ”の一手であった。


いったん距離を取る黒服の男。だが、その動きさえも”読んで”いたタクトは、クサナギを振り切ったと同時にそちらの方へ踏み込んで距離を詰める。結果ーー二人は動いたにもかかわらず、その距離は変わらなかった。


状況はほとんど変わらないーーいや、それどころかタクトの予想外な動きに対応しきれず、先程と比べると反応速度が低下した黒服の方が悪かった。


そこから先は、タクトの独壇場である。必死に距離を開けようとするも、それが敵わなかった黒服は嫌でもタクトの剣撃に対応せねばならず。彼から放たれる剣撃は、常にこちらの動きを読んだ上で放たれる必殺の剣。


接近戦における、先読みというアドバンテージは凄まじく、次々と繰り出されるタクトの剣は、黒服の隙を突いたものばかり。それに遅れながらも対応している黒服も流石なのだが、しかし限界があった。


その限界が近づいていくことを示すかのように、繰り出されるタクトの剣は黒服の刀をすり抜け、その身を傷つけていく。


「っ……っ!!」


フードの奥で、黒服がぐっと表情をしかめる気配がするーーしかし、タクトはもう気にも止めていなかった。それよりも、この不思議な感覚に心地よさを感じていた。


(……これはーー)


獲物がぶつかり合う剣撃の音も、クサナギが風を切る音も、刀が唸りを上げる音も、無理に聞く気はなかった。それは、”風”が教えてくれるのだから。


それは何も風に限った話ではない。周囲の熱はどのくらいの熱さを持っているのか、どのくらいの水分ーーこの場合、湿気という方が正しいだろうかーーがあるのか。そういったことを、”感じ取ろうとしなくても”わかる。熱や水が直接教えてくれるのだ。


それが精霊王の血筋特有の力、自然の加護。周りにある万物が、血筋の者に声なき声で語りかけてくれる。それを使えば、相手の動きを先読みする事が出来た。この現象を直に感じ、タクトはある思いに掛けられる。


(ーーこれが、ご先祖様達が見ていた世界……なの……?)


脳裏でそう呟きつつ、反撃とばかりに黒服から繰り出される刀の全てを紙一重で避け、或いはクサナギで受け止め、黒服への猛攻を緩めなかった。


「……タクト……?」


「……どう、なってる……?」


その現象を全く知らないマモルは、いきなり動きが変わってしまった幼馴染みへと、呆然とした表情を向けながらその場にへたり込む。血を流しながら、少し離れたところにいるアイギットも、この瞬間だけは痛みを忘れてしまったのか、黒服を押していく彼へ驚きの顔を向けていた。


無理もない。先程までマモル達四人を圧倒し、ミューナに重傷を負わせ、すれ違いざまにアイギットを切り捨てた黒服の力量はかなりのものだ。


学園でも、三年生を含めた全校生徒の中で、彼らの強さは上位に食い込む。しかも、普段から仲が良く、チームワークも悪くないメンバーである。タクトとレナがいなかったとは言え、それでも場合によっては教官達でさえ下してしまえるというのに、黒服はそんな彼らを下してしまったのだ。


そんな相手、タクト一人で戦えるわけがない。それなのにーー現実は、時折非現実的な光景を見せてくれる。


「………」


「……先、輩?」


「……すっごいねー」


ミューナの治癒に当たっていたレナとコルダ、そしてミューナ自身も、一人奮戦するタクトを見て驚愕を露わにしていた。治癒のおかげで傷はふさがりつつあるとは言え、無くなった血液までは戻らない。そのためか、ミューナの顔色は悪く、げっそりとした様子で地面に横たわっている。


ーー一体、タクトの身に何が……?


「っ!!?」


「えっ!?」


一同が同じ疑問を抱いたと同時に、切り結んでいる二人から離れたところで、大きな”白い”火柱が立ち上った。


 ~~~~~


時間を少し遡り。


マモル達の方へと駆け抜けていった黒服に気を取られ、その隙をもう一人の黒服ーーこちらは、とある義賊によく似た姿をしているーーが振り抜いた長剣が、トレイドの腹を深く切り裂いた。


「がっ……!」


腹部を切られたことによって発生した激痛に、彼は呻き声を上げてその場に崩れ落ちる。一方、トレイドを切って捨てた黒服ーーマモル達に襲いかかっている方と混同するため、義賊とするーーは、呆気ない終わりに少々拍子抜けした気分である。


「……俺の記憶からすると、もっと出来るはずなんだが……?」


ひょいと首を傾げ、伝聞と実体験との凄まじい差に疑問を感じるも、すぐに思考を切り替え、少年達と戦闘を開始している相方に手を貸そうかと気怠げに剣を一振りしながら思案したとき、おかしな事に気がついた。


今何気なく一振りした長剣に目を落とす。そこには、血が”一滴も”付いていなかった。


いくら何でもおかしかった。この剣でトレイドを斬ったのは確かだし、その時の感触もちゃんとあった。なのに、この剣には一滴の血液どころか、汚れさえ見当たらない。


「……どういう……っ!!」


思わず首を傾げた瞬間、背後で嫌な予感が走り、即座に前に飛んで”それ”を躱した。素早く背後へと視線を移すと、先程いた場所を剣で薙いだのだろうか。斬られた腹に手を添えながら剣を振り抜いた姿勢で表情をしかめるトレイドがそこにいた。


ーー彼の腹には傷がない。来ていた黒衣はきちんと斬られているにもかかわらず。これは一体ーー


(傷をすぐに治癒した? いや、それだと血が一滴も流れていないことに説明が付かない)


見ると、彼が崩れ落ちた地点には血痕がない。それこそ、ただの一滴もである。治癒魔法と言っても、肝心の治す所である傷がなければ意味が無い。


ということは、義賊の剣では斬れていなかったのだろうか。しかしーー義賊の手には人を斬った感触がちゃんと残っている。もし何らかの手品によって防がれていたのだとしても、ここまではっきりとは残らない。


浮かび上がる疑問に首を傾げ、じっとトレイドに目を向ける義賊。対する彼は、腹を押さえ、やや口元を引きつらせながら言葉を吐き出した。


「……たく、痛覚はちゃんとあるんだ、人を斬らないでくれよ……」


その言葉を聞いて、やはり自分は彼を斬っていたのだと確信する。だとしたらーー傷は、すぐさま治ったのだろうか。新たな疑問が浮かび上がりーーその疑問によって、義賊が知る知識と、これまでの疑問が結びつき、ある一つの仮説が生み出された。


「まさか……まさか貴様!」


実年齢よりも遙かに若く見える外見。傷が即座に治癒ーーいや、”再生”する能力。自分たちをここに送り込んだ”主”からの情報と知識。そしてーー精霊憑依が使える、精霊使い。


それらが合わさり、生み出された仮説はより補強され現実味を帯び、あり得ないと叫びそうになるのを押さえながらトレイドに指を指した。


「”フェル・ア・ガイ”……っ!!」


「………」


義賊に指を刺され、告げられた言葉にトレイドは何も言わずーーただ無言で、目の前に証である長剣を掲げた。


『我と契約を結びし精霊よ。我を指し示し器に宿れーー』


「……お前は、少々、知りすぎているようだな」


「っ!!」


呪文を唱えながら、語られた言葉に義賊は剣を構えた。一体どういう現象か、トレイドの呪文と言葉が同時に響きーーしかしそのタネに即座に気がついた。音は、空気の振動ーー風属性の魔法の領域にあるということを。


呪文を風の魔法で済ませ、自身の口で義賊に一番伝えたいことを口にする。さらに、義賊の知識に間違いが無ければ、その呪文はーー


「ーー精霊憑依」


続く呪文の最後の一句は、トレイドの肉声で響き渡り、彼の体に変化が起きる。体のあちこちから黒い毛がーー人毛ではなく狼毛かーー頭と背中の腰部分には、フワフワとした黒い毛に覆われた耳と尻尾ーーどちらも狼のものーーも生えている。


そして、特徴的な黒目であった彼の眼は、薄くぎらりと輝く金の瞳となっていた。


精霊憑依。自身の証に精霊を憑依させて証自体に変化を起こし、それによって肉体をも変化させる、コベラ式の魔法の中でも最も強力とされている魔法でありーー禁忌に近い魔法でもあった。


「その口……もう二度と開けなくしてやる」


ぽつりと物騒なことを呟き、正面で掲げるように構えていた証を正眼に構え、じろりと金色の瞳で義賊を睨み付ける。義賊は、その視線に気圧されたかのように半歩後ずさり、一拍遅れてこちらも剣を片手で構えた。


剣を持つ右手を隠すようにして左半身を前に出した義賊に対し、トレイドは腰を落として構えを正眼から脇構えに変えーー次の瞬間、彼の体を白い炎が包み込んだ。


「……白い炎……神狼の能力か!」


全身を白い炎で包まれたトレイドを見て表情をしかめる義賊。精霊憑依中は、憑依している精霊の特殊能力を使える。とはいうものの、大半の精霊は自然型や動物型のため、そういった特殊能力はなく、幻獣型の精霊のみの特権と言えるだろう。


一方、白い炎に包み込まれたトレイドは、瞬く間に体の体毛が白く変色し、炎が収まると仄かに光を放っていた。黒い狼から、白い狼へーーそれこそが、神狼であるザイの本当の姿であり、憑依しているトレイドにも影響を与えているのだ。


そしてこの白い炎は、本来の炎と比べると燃やす、焼き尽くすといった事は出来ない。代わりに、ある一つの能力を持っていた。それはーー


トレイドは長剣を脇に構えた体勢のまま、滑るように地面を駆け出し、


「っ!!?」


いや、違う。文字通り、”地面を滑って”移動している。そのことに義賊は遅ればせながらも気づき、前に出している左腕を振るい、鍵鎖をトレイドに投げつけた。


自身に投げつけられた鍵鎖を、構えを変えずにトレイドは上空へ逃れて回避し、”そのまま義賊に向かって直進する”。ーーまるで、空を飛んでいるがごとく。


飛翔能力、或いは浮遊能力。前述の白い炎とは関係なく、全ての精霊が持つ力であり、当然憑依を行った精霊使いなら行使できる力である。それを使って、空中を飛翔しているのだ。先程の、地面を滑っての移動も、単純な低空飛行だ。


しかし、それを使えば足を使った移動よりも遙かに素早く、そして滑らかに移動することが出来る。当然、足が地面に付いていないために踏ん張りがきかないと言った問題もあるが、その時は地面に接地すれば良いだけの話でもあった。


鍵鎖をあっさりと躱したトレイドは、すんなりと義賊を間合いに収め、脇に構えた長剣で防御する暇も与えずに一気に振り抜いた。その瞬間、彼の体に纏う白い炎が剣に纏いーー剣は、義賊の体を袈裟に切り裂いた。さらに傷口に白い炎が流れ込み、するとーー


「っぁ………!!」


義賊がフードの奥で瞳を見開き、声にならない悲鳴を上げ、体が仰け反り、その反動でフードが外れる。当然だろう、おそらく、声にならないほどの激痛が彼を襲っているはずだ。ついに素顔を表した義賊に、トレイドはまるで見たくないものを見たかのように表情を歪める。


ーー白い炎の能力、それは、


「……どうだ、浄化の炎は? 良い火加減だろ、”呪い人形”?」


ーーまさしく、”浄化”であった。


一概に魔法と言っても、そこには様々な種類があり、体系があった。例を挙げるならば、精霊使いが用いるコベラ式は、魔力を別のものに変化させることに長けており、心象術も心象風景によってその能力を変えるが、魔法の一種であることに変わりはない。またある世界の魔法は、魔力を用いて文字通りの奇跡を引き起こすことさえ出来る。


その中の一つである”呪術”もそうである。積み重ねた恨みや憎しみといった怨念が、離れた特定の相手を殺害させたりする。それが呪術であり、この呪術、大昔の日本では陰陽師が用いていた魔法でもあったりする。


ちなみに、時折クサナギが印を結んで発動させる魔法もそれらしい。ーーもっとも、本人曰く「亜種の亜種」と言っているが。


相手を殺したり、病に掛けたり、悪夢を見せたりということに長けている呪術であるが、ありがたいことにーー術者にとってはありがたくないだろうがーー天敵がいた。それが”浄化”である。


相手の怨念を清め、払うーーそれこそが浄化であり、故に呪術にとっての天敵となるのだ。トレイドがーーいや、神狼の精霊であるザイが放つ白い炎は、まさしく浄化の炎なのだ。


そしてトレイドの言う”呪い人形”ーー呪術に関わる人形であった。


例えるならばーーやや西洋風になるが、”ドッペルゲンガー”のようなものだろうか。特定の相手になりすまし、なりすました相手を呪い殺す。それが呪い人形であり、義賊、そして黒服の正体であった。


体を白い炎で焼かれるーー浄化されている義賊は、跪き、片手を地面について息を荒くさせている。本来ならば殺傷力など皆無なはずの白い炎だが、呪術が絡むと馬鹿に出来ない。特に人形である義賊は、言わば呪術の塊。


「……何故……俺の、正体……を……っ!」


体が浄化されていく激痛と、正体を見破られた驚きが混ざり合った瞳をトレイドに向けて彼は言い放った。そんな彼に、トレイドは冷え切った瞳を人形へと向けて、


「……俺の相棒が言ってるよ。神狼の目と鼻を、舐めるなと」


その言葉を最後に、トレイドは上空へと飛翔する。空高く飛び上がった彼を見据えて、義賊は持ち前の嫌な予感ーーどころか、全身の肌が粟立つのを感じ、ここは危険だと即座に理解する。


嫌な予感が外れたことは一度としてない。おそらく、トレイドもこの勘に関しては信頼していることだろう。それがはっきりとわかった。


ーー何故わかったのか。答えは簡単であり、自分は”若き日のトレイド”を元にして作り出された呪い人形。すなわちドッペルゲンガーであり、故に彼の記憶を継承しているのだ。


上空で一人佇むトレイドは、証の周辺の空気を魔力に変換し、それを取り込み己の魔力を増大させる。その間、彼は地上で跪いたまま動かないーー動けない”黒髪黒目の、若き日の自分と全く同じ顔立ちをした少年”を見下ろし、小さく呟いた。


「俺のトラウマを刺激してくれた礼だ。釣りはいらねぇよ」


長剣の切っ先を真下にいる義賊に向けーー細身の刀身が、白い炎によって包み込まれた。その剣先から、白い炎がまるで太い光線のように放射され、砲撃となって真下にいた義賊を飲み込む。


業炎剣・狼ーー白い炎の砲撃は、火柱となって義賊を浄化しつくした。

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