第9話 波乱 ~1~
「ふぅー、終わった終わった」
授業終了後、あちらこちらから似たような台詞が聞こえて来る。
入学式を終えてからの最初の日の授業はすべて終わり、タクトは荷物を戻すため一度部屋に戻ることにした。
教室を出ようとドアまで行くと、不意に後ろから声をかけられた。
そちらを振り向くと、レナとコルダの二人がいた。
「ねぇタクト。このあと暇?」
「んー。そうだね、荷物置いたら暇かな」
「あ、じゃあさ。夕食までまだ時間もあるし、荷物置いたら校内まわってみない?」
レナのその提案にタクトは了承した。事実、荷物を置いた後何もない上、あの狭い部屋にいる気もない。
そう言う形で、タクトを含めた三人は校内探検をすることとなった。
部屋に戻り荷物を置くと、いきなり魔法陣が展開、そこからタクトの精霊であるコウが現れた。
すぐに彼の定位置であるタクトの左肩に止まると、そのまま彼に話しかけた。
「このあと、二人と校内回るのか?」
「そうだね、暇潰しもかねて」
コウの問いに答えながら部屋を出る。
授業が終わると、後は自由時間のようなものなので、別に私服に着替えても良いことになっている。とは言え、これから学園に戻るので、今のタクトは制服を着用している。
ただ単に着替えるのが面倒、と言うのもあるのだが。
余談だが、制服の改造も認められている。ホントに自由度が高い。それはともかく、タクトの答えを聞いたコウは、ニヤリと笑った。
「なるほど、女子二人と。良いねぇ、両手に花だな」
そう言ったコウを呆れた目で見やり、タクトはフンと鼻をならす。
「そんなわけない。ただ成り行きだよ」
「いやいや、周りから見ればうらやましい限りだぞ。二人とも結構見られる顔してるし」
「ありがとう、コウ」
いきなりの第三者の声に、タクトとコウは驚きを浮かべてそちらを見た。そこには、褒められたせいか若干顔を赤くたレナとコルダの二人が立っていた。女性の身支度は長い、とよく言うが、二人はかなり早い。制服から着替えてないところを見ると、荷物だけを置いてきたようなので当然と言えば当然か。
レナの言葉の後、一同沈黙してしまい、そのことでタクトは気まずさを覚え、とりあえず謝罪する。
「あー…その、ごめん。うちのコウが」
「タクトは何も言ってないから別に気にしてないよ。…まぁ、褒められたのはうれしいけど」
「そ、そうだね。コウ、良い奴だ♪」
コルダがニッコリと笑みを浮かべ、コウに感謝すると、
「うん、良い奴だな、お前。どこぞの馬鹿とは大違いだ」
「……その大馬鹿って誰?」
タクトの問いかけには答えず、コウは二人を促す。
「それよりも、そろそろ行かないか?」
「そうだね。じゃあ行こっか」
そう言うなり、そそくさと二人とともに進み始めるコウ。その後ろ姿を見ながら、タクトは納得出来ない思いで息を吐いた。
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「また会ったな」
「……」
授業が終わり、マモルはタクトとレナを探しに行こうかなと思い立った矢先、いきなり声をかけられた。
そちらを振り向くと、そこにはいつぞやのアイギットでいる。彼は後ろに取播きを侍らせ、学園の廊下をゆっくりと歩いていた。
後ろにいる取播きが横並びになって進んでおり、大変通行の邪魔になっていた。その様子に、同学年の連中はおろか、先輩達までもがうっとひるみ、そそくさと脇に寄っていく。
取播き連中がすごい形相で睨み、だらしなく歩く姿を見て、マモルは人知れず息を吐く。
(まったく、人騒がせな連中だ)
(お前も災難だな。こんな連中に目をつけられるなんてな)
ほんと、全くだーー内心で精霊に語りかけながら、そっと周りに目をやる。別に助けを求めているからではない。先輩達でさえよけて通っている、その気迫に飲まれ、助けようと動く奴は皆無なのだ。
正直な話、見た目の威圧感がハンパなく高いのだ。
今自分たちがいるところは校庭の広場の一角であり、寮に戻るための近道でもある。だからこそ、それなりに人が通っている。視界は開けており、逃げたとたん即座にばれて捕まるだろう。
どうやって逃げようか迷っていると、向こうからやって来た一団がマモルを取り囲んだ。
(四方八方塞がれたな)
(ふむ……)
マモルの問いかけに相づちをうつ精霊ガル。ガルはガルで思うところがあるのかもしれないが、マモルはその様子に若干呆れた。
(よくこんな時に落ち着いていられるな…)
(こういう時だからこそ、落ち着かないとな。……ていうか)
お前こそ落ち着いてるじゃないか。ガルのその言葉に何も返さず、相手ーー特にアイギットから目を離さずにマモルはそっと手を後ろにやる。こちらから襲う気はないが、向こうが襲ってきた時に備えて、いつでも自身の証を取り出せるようにしておく。
自分はどこぞの馬鹿とは違って、詰めは甘くないと自負している。
「おう、誰かと思ったら、取播き連中がいないと何も出来ないアイギット君じゃないですか。どうしたんだい、こんなところに」
内心の思いをすべて押さえ込み、マモルはあくまで軽い口調で彼にそう答える。
やはりというか、その返答を聞いて一番に反応したのは取播きだった。物を言わさずにこちらに詰め寄ると、すぐさま事に及ぶつもりなのか腰に手をやる。だが、
「待て! ここでやったらまずい」
手を上げ、取播きを押さえ込むと、今度は底冷のする眼差しを向けた。すぐに消えたが、口元に狂気じみた笑みを浮かべたのを、マモルは見逃さなかった。
「宮藤……と言ったかな? ここではちょっと話しづらい。別の場所に行かないか?」
彼の提案、それが何を意味するのかわからないほどマモルは無知ではなかった。ーーそれがただ単の話しではないことに。
故に従いたくはなかったが、このままここでその”話し”とやらを聞くと、周りにまで迷惑をかけるかもしれない。その思いで、彼は首を縦に振った。