第11話 歩みを進める二人の剣士~6~
「おう、久しぶりだな、へたクト」
「うん、久しぶりマモル。後僕はへたれじゃいたっ!?」
久しぶりに会った長身茶髪の幼馴染みの暴言ーーへたクトは、へたれタクトの略称ーーに対し、少々視線をとがらせて返そうとしたものの、隣から黒髪の彼のデコピンを喰らい仰け反った。ーー初めて見る人からすると、何が何だかわからないだろうに、トレイドは恒例行事となったそれを容赦なく行ってきた。
「……何やっているんですか、トレイドさん」
「いや、僕呼び矯正デコピン。僕って言うたびにデコピン一発」
「うわ、面白そう」
面白がらないでくれとマモルに返したいところだが、今は痛みに耐えるのが先である。いつも喰らっているため耐性は出来上がってきているのだ、これぐらいならすぐに痛みは引くだろう。だからタクトは何も言わず、トレイドも当然とばかりの態度を示している。
「ちょ、トレイドさん何やっているんですか!?」
「大丈夫ですか、タクト先輩っ!?」
しかしーー思わぬ援護射撃がトレイドを襲った。レナはデコピンを喰らわしたトレイドに食って掛かり、この中では唯一の後輩であるミューナ・アスベルは痛みに表情を歪ませるタクトの心配をしていた。二人揃って非難の目で睨み付けられ、流石の彼もばつが悪そうに顔を背ける。
「……何で俺が悪者になってるんだ?」
「自業自得じゃないか?」
背けた先にいる金髪のアイギットは、呆れたようにため息をついてトレイドとレナ、ミューナへと視線を送る。
「とりあえず、そこの二人過保護すぎないか? 少し離れてやったらどうだ?」
(アイギット……っ)
苦笑を浮かべながらタクト”達”へと告げる彼に、称賛の眼差しを向けた。そう、タクト達である。今彼は、非常に居心地の悪い思いをしていたのだ。
ーー右手にレナ、左手にミューナ。二人の少女が完全に体を密着させて来ているのだ。二人とも可愛らしい美少女である上に、片や長年好意を寄せており、片や自分を慕う後輩。そんな二人に挟まれているため、彼自身気恥ずかしさ故に居心地がとてつもなく悪かった。
精神衛生上やや好ましくない状況になっているのだが、それに気づいていないのか二人はアイギットに窘めながらも距離を開けようとはしない。より一層体を密着させ、女子二人はタクトの頭上越しに視線を真っ向から向き合わせた。
どことなく頭上で火花が響いている感覚を覚え、居心地の悪さがますます悪くなるタクトだが、せめてアイギットの気遣いには感謝しようと目を向けるも、当の彼は残念な物を見るような生暖かな目でこちらを見ていた。一体僕が何をした。
「トレイド先生ー、やっぱしタクトの奴、へたれですよね~」
「……悪いタクト、フォローできねぇ」
「いやフォローしてくださいよ!!」
落ち着きなくソワソワしているタクトを尻目に、マモルはわざと聞こえるような小声で言い、トレイドは大まじめな顔で頷き、こちらを切り捨てた。薄情である。あまりの薄情さに、目から汗が流れそうになる。
「その……タクト先輩。……その……本当に、ごめんなさい。先輩にダークネスが宿ったのは、多分私のせいっ……」
「いや、その……気にしないで。ぼ……お、俺、が、こうなったのは、ただ単に運が悪かっただけだから」
一方、本当に申し訳なさそうに話しかけてきたミューナにそう言うも、彼女の性格からすれば気休めにしかならないだろう。彼女は優しい。優しいからこそ、ついため込んでしまう。
しかし、俺という一人称は合わないのか、タクトは噛み噛みとなりながらも言葉を紡ぐ。ーー一瞬、トレイドの目がきらりと光ったのはご愛敬か。とはいえ、ここ最近の記憶感応によりあの人の感性が混ざり込み、多少男を上げた彼は、思い切った行動に出る。
自分の服の裾をしっかりと握りしめる、涙目となって必死に謝り続ける後輩の頭をゆっくりと、そして優しくなでたのだ。これには、撫でられた本人はおろか、トレイドと先程からニコニコとして一言もしゃべっていないコルダを除いた一同が驚きを露わにした。ーー一番驚いているのは、やはりレナである。
「た、タクト、先輩……?」
「その……俺は、大丈夫だから……ね?」
潤んだ瞳でタクトを見上げ、視界に映る彼は優しく微笑んだ。その微笑みと頭を撫でられる感触を味わいつつ、彼女はさらに強く裾を握りしめ、俯いた。
これには一同驚きを隠せない。マモルとアイギットは信じられないという表情でタクトを見ている上、レナに至っては驚きを憮然とした表情に変え、明らかに不機嫌そうである。
(……ふむ、とうとうあいつも覚醒したか。桐生家特有の、何かと異性に縁があるジンクスに。……まぁ、アキラやセイヤと比べると、まだ大人しい方か)
(なんだそれは)
(クサナギ、もうちょい詳しく)
今まで大人しくしていたクサナギが、置いてけぼりにされている少年二人の間でそう呟くと、アイギットとマモルは耳を寄せ合って話を聞いていた。
ーーそれ、精霊王の血筋のジンクスだったような、とトレイドは一人思うも、何も追求はしなかった。それを口に出してしまうと、火に手を突っ込むどころでは済まなくなる気がしたからだ。ーー決して、墓穴を掘る気しかしなかった、という訳ではない。
久しぶりの友人達との再会で積もる話もあるのだろう。ここはタクトに存分に語らせておき、自分は聞き役に徹しようと密かに決意したとき、ふとタクトと目が合い視線を背けた。彼の目は物語っていた。助けてください、と。
「ねぇ、ミューナちゃん。タクトとぴったりくっついてて、暑くない? 少し離れたら?」
「わ、私は大丈夫です。それより、レナ先輩こそぴったりくっついてますよ」
レナは笑顔を浮かべてるも離れる気配を見せず、それは困り顔のままますます体を密着させてきたミューナも同様である。離れる様子がいっこうにない彼女の姿を見て、何が気に入らないのかレナも体を密着させる。
二人の間にいるタクトは困り顔である。その頬が若干赤らんでいるのは何とも微笑ましいが、当の本人は一杯一杯なのだろう。ーー助ける気は一切ないが。
(……リア充爆発しろ)
(だな)
(……お前らそれどこで覚えた?)
トレイド、そしてアイギットがタクトの方を見ず、しかし彼には聞こえるように口を動かす。そんな二人の呟きを、マモルが苦笑混じりに返す。アイギットはともかく、トレイドも普通にモテそうだけどな、と思うも、それを口には出すことはせず、タクトに視線を向けた。
ーーがんばれ。骨は拾ってやる。
ーー鬼っ!
二人はそんなアイコンタクトを一瞬でかわした。その辺は流石幼馴染みか。二人の少女のぬくもりを両腕で感じ取っている彼は、精神衛生状大変よろしくないことを伝えようとするも、男性陣は皆取り合えってくれず、それぞれ平和そうに会話をはじめてしまう。
こうなると、もう頼みの綱はクサナギだけになるが、奴はタクト達の状況を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべているだけである。ーー後で覚えていろ、そう毒づく彼は、両脇で静かに火花を散らす彼女たちへ、そっと目を配った。
それにしても、レナの様子が少しおかしい。いつも以上にべったりしていて、密着度も普通とは大きく違っている。普段はこんなにひっつくタイプではなかったはずだが。
ーータクトは知らない。レナは初めて出来た恋敵を相手に、少々焦っていることを。
というのも、タクトはその見た目が災いして、女の子にはあまりモテないのだ。女の子よりも美少女に見えるその見た目は、同年代の女性陣からはやっかみと嫉妬しかもらったことがない。レナもそういった思いを抱かなかったと言えば嘘になるものの、それでも好意が変わらなかった。あの事件ーータクトが右耳を失った事件をおりに、少しよそよそしくなったものの、それでもだ。
だが、状況が変わった。そういった事情もあり、ライバルなどついぞ現れず、また幼馴染みという立場に甘んじていた彼女は、初めて出来たライバルを前にして焦りを抱いているのだ。
一方ライバルであるミューナ・アスベルは、自らが抱いているその気持ちがなんなのか、わからないのだ。タクトに対するそれが、友愛なのか、親愛なのか。助けてくれたことに対する恩義なのか、それとも巻きこんでしまったことに対する申し訳なさなのか。
わからないからこそ戸惑う。そして同時に、先輩であるレナが彼に向ける好意には気づいていた。
レナがタクトと親しげな様子を見せると、何となくムッと来るものがあった。ーー来るものがあるのだが、自覚がない彼女には、それが何なのかわからない。わからないが、つい意地を張ってしまう。
無意識の焦りと、無意識の意地。その二つが合わさり、知らぬうちにお互いに火を付け合い、際限なく燃え上がろうとしていた。ーー二人とも大人しいタイプのため、その炎が業火にならないのが間に挟まれたタクトにとっての救いだろう。
静かな、それでいて確かな痛さを持つ火花が二人の間で散り、タクトは完全に固まるしかなかった。
人を挟んで火花を散らすのは止めて欲しい。そして、体をくっつけるのも遠慮願いたい。ーー柔らかいものが、押しつけられているので。
精神衛生上ーーというよりも、理性の方が正しいか。理性をガリガリと削られ、しかしそんなタクトに二人は気づかない。
(とりあえず精神統一を……っ! このままだと色々不味いっ。邪念を追い払え、石になるんだ! 自分は石、自分は石! そ、そうだ、自己暗示!)
ガーディアンス・フォース、ガーディアンス・フォース、ガーディアンス・フォースーー
状況が状況故、若干暴走気味の思考回路で導いた精神統一方法がそれだった。鍵の呪文を何度も唱えるも、そもそも使用法を間違えているため自己暗示が掛かるはずがない。しかし、唱えることに意識を集中させたためか、邪念は追い払うことが出来た。
「……なぁ、あいつってラッキースケベなのか?」
今の今まで放置を決め込んでいたトレイドは、少女達の膨らみを押しつけられ、完全に固まっているタクトにため息をつきつつ、マモルに問う。ちなみに少女達は、口を開きつつお互いを牽制し合い、膨らみがタクトの体に押しつけられている状態に気づいていない。
「……い、今の今までそういった場面はなかったはず……。あいつに、何が起こった?」
問われ、タクトの状況に目を向けた彼は、唖然として目を見開くも、やがて信じられないとばかりに首を振って答えた。どうやら、ある意味では信頼されているらしい。ーーいや、”信頼されていた”の方が正しいか。
なぜなら、この時をもって、その信頼も地に落ちてしまったのだから。
それからしばらく、ようやく両側からしっかりホールドしていた女子二人から解放されたタクトは、重々しくため息をつき、その肩に彼の相棒であるクサナギが腰掛ける。
「……今日は厄日だよ」
「久々に親友達と会えたと言うのだ、その反応はなかろう」
よほどあの状況が疲れたのか、がっくりと項垂れている彼に、クサナギは何とも軽い口調で返してきた。あくまで他人事のような返答だが、その口調はどこか喜色の色が浮かんでいることに気づき、タクトは恐る恐る彼の顔を見る。
何か嬉しいことでもあったのか、笑みをーー例えるならば、うまくセクハラに成功した中年が浮かべる下卑た笑みを浮かべ、何か上機嫌であった。
クサナギが上機嫌ーーそうなる理由に何となく察しが付いたタクトは、ますます重くため息をつき、勘弁してよとばかりに口を開く。
「クサナギ。女の子がいるからってはしゃいじゃ駄目だよ?」
「何を言う。引っ付かれてはしゃいでいたのはお前だろ、マスター?」
「うぇ!?」
ニヤリと笑みを浮かべ、鬼の首を取ったとばかりにずいっと迫ってくるクサナギに、タクトは上擦った声で仰け反った。この反応、図星なのか純情なのか判断が付かない。しかし、クサナギにはこの時彼がどう思っていたのか、はっきりとわかる。
「レナもミューナ嬢も綺麗だからなぁ? しかも二人ともそこそこ育ってきていたし……あぁ、あの感覚、思い出すだけで……我が肌感覚にしっかりと、それこそ焼き付けるように覚えさせよう……っ!」
「な、なにが……? てか、肌感覚?」
なにやら戯けたことを全力で呟き、浮かべた笑みをますます深くさせるクサナギに、タクトは気になる部分を問い返した。肌感覚ーーようは触覚か、それに覚えさせると言うことはどういうことか。そんなもの、実際に触れでもしなければわからないだろうに。
冷たい視線とともに向ける疑問に、クサナギはなんだそんなことか、とばかりにうきうきと口を開いた。
「お前と私は契約という繋がりがあるからな。少々意識を集中させれば、あのときのお主が感じた感覚を共有できるぞ?」
「……ゑ?」
そんな、あまり過ぎる返答に、発音がおかしい「え?」を呟き、呆然とするタクトにクサナギはハッハッハと下卑た笑みを深くさせ、
「あのときお前が感じた、計四つの膨らみ……!! 私も感じたのだっ!! 私はっ!! 決してっ!! 忘れることはっ!! ないだのふっ!? ……ぐふっ!!?」
拳を握りしめ、語句を区切れさせながらでかい声で強調するクサナギを引っつかみ(のふっ!?)、一気に地面に叩き付けた(ぐふっ!!?)。
一体どれほどの力を込めて叩き付けたというのか。まるで蠅叩きにぶちのめされた蠅のように潰れーーは、流石にしなかったが、代わりに地面にめり込んだ。土に小さな人型の跡を作り上げ、そこから立ち上がろうとするクサナギを容赦なくタクトは踏みつける。
「………」
無言で、ただひたすら無言で踏みつけ、その視線は絶対零度の冷たさを宿し、まるで虫けらを潰すかのような感覚で踏みにじる。
「ぐっ……づぅ……っ!! だ、が……っ! 冷たい双眸の美少女に、踏みつけられるのも……っ悪く、ながっ!!」
「………」
全体重を持って、タクトはクサナギを踏みつける。足全体で踏むのではなく、踵に重心を置き、そこへ体重が行くようにすると、流石のクサナギも軽口を叩けなくなったようで、彼の足下で完全に沈黙した。
足裏でごそごそと動いていたはずが、ぴくりともしなくなったのを感じ取り、そこで彼は足をどけてやった。靴の下では完全に気絶し、土に半分埋もれたクサナギの姿が。完全に意識を失っているクサナギを見て、タクトは一礼をして土をかけはじめる。
「……勝手に……埋葬…………な」
「あ、生きてた」
どこかの、黒光りするGの頭文字を持つ生物並みにしぶとい奴である。どうやらぎりぎりのところで意識を取り戻したらしい。土まみれとなり、顔を地面に付けつつ震えながら片手を上げるその姿は、どこかホラーを思い起こす。
一方、その一連の行動ーー幸い、会話は漏れていないーーを見ていたマモル達は、何やってるんだと思いつつ、踏まれているのがクサナギだと知るとそのまま放置する。大方、何かやらかしてタクトからお仕置きを喰らっているのだろう。即座にそう思い浮かぶ辺りが、クサナギである。
また、その通りであるため、タクトも反論はない。なので彼らを放置し、アイギットはうんと頷きだけを残してトレイドに振り返る。
「ああいうのは、日常茶飯事か?」
ああいうことーークサナギが仕置きされていることだろう。即座にわかったトレイドは、アイギットに頷き返し、
「あそこまで派手にはやらないけどな。ただ、クサナギが仕置きされるのはよくあることだ。……何度もフォローしようとしたけどな」
ため息混じりにトレイドが呟くと、マモルは呆れたような苦笑を浮かべて首を振る。
「クサナギを助けようとしたのか? しなくていいのに……」
「いや、タクトの方をだが。あいつと一緒にクサナギを痛めつけたのは良い思い出だな」
「って、フォローってそっちの意味のフォローか!」
きょとんと言い返す彼を見て、マモルは悟った。クサナギを助ける側ではなく、仕置きする側だったのか、と。どうやらクサナギは、厳しい保護者二人とともに行動していたらしい。そう思うも、同情はしないが。
「あはは……なんか、楽しんでるんですね。それにしてもトレイドさん、タクトの僕呼びを直そうとしているんですか?」
マモルの隣の席に座るレナは、苦笑とともに彼女は問いかけてきた。例の僕呼び矯正デコピンのことを話し、興味を持った様子の彼女に頷いて返す。
「まあな。タクトも、よく女子に間違われるってぼやいて、ならとりあえず簡単な僕呼びを直そうと言うことではじめたんだけどな。……効果は全くだけど」
「そりゃ、デコピンじゃなかなか変わらないって」
「だけど、あいつデコピン喰らった後悶えてなかったか?」
後半、進歩が見当たらないとばかりにため息をつくトレイドに、マモルと笑みを見せながら指摘し、反対にアイギットはデコピンを喰らった後のタクトの反応を思い出し、眉根を寄せていた。若干彼のデコピントやらに興味が沸いて来るも、痛みに耐性のあるはずのタクトの、あの反応を思い出すなり即座に首を振った。己で試すのには、かなり勇気がいる。
「興味があるのか、アイギット君?」
「……いや、遠慮しておく。それより、色々聞きたいことがあるんだが。この間の神霊祭のこととか、ダークネスの事とか……どういう意図で、タクトを連れているのか」
話を逸らすついでに、かねてから疑問に思っていたことを問いかける。すると、側で聞いていたミューナが微かに表情を強ばらせ、少し視線を下げた。
「……あー……最近似たようなな問いかけばっかされているんだよなぁ……。もう嫌になるぜ」
「似たような?」
「うん。まぁ……今は……回収したし、少し余裕があるか。それに、タクトに会いたくてここに来たんだろ?」
いきなりの直球の質問に、皆押し黙ってしまう。トレイドの言葉に、はいと頷くのは気恥ずかしかったし、さりとていいえと答えるのも躊躇われた。不自然に黙った一同を見てトレイドは首を傾げるも、それを沈黙の肯定と受け止め、肩をすくめる。
「その熱意に免じて、話をしてやるよ。どういう意図であのお祭りに参加したのか、ダークネスは何なのか。そして、何でタクトを引き連れて旅しているのか」
そう統括し、手近な遺跡に腰掛けている彼はぽつりぽつりと語り出す。その最中、クサナギへの仕置きが終わったのか、戻ってきたタクトも交えてこれまでのことを端的に伝えた。
最もタクトは、いつもならダークネス討伐のことをあまり語らない彼が、重たい口を開いたことに驚きを感じていた。
ーートレイドは不器用なのだ。”自分のせい”で生まれてしまった悪神を倒すために、人を巻きこまないようにし、巻きこんでしまった場合、できる限りのケアをする。そんな、一人で行うのが困難なことをたった一人でやり抜こうとし、助けを求めようとはしなかった。
事実、タクトは彼にこう言われていた。ーーもしダークネスの大本と戦うことがあって、その場にお前がいたら、お前は何もするな。決着は、俺だけでつけるから、と。
流石にその言葉には大いに反感を覚え、言い返したが、彼は取り合ってはくれなかった。
『今のお前じゃ力不足だ。俺の記憶を見て、あいつがどれだけやばいものなのかわかっただろ? 俺としても、あいつ相手にお前を守りながら戦うのは無理だ。……こんなこと言いたくはないが、正直足手まといだ』
そう言われれば、タクトとしても引っ込まざるを得ない。だがその言葉に、タクトは密かな決心を固めていた。
時間にして一時間とちょっとか。これまでの事件のあらましを大まかに伝えた後、押し黙った一同にトレイドは言い放った。
「ーーこれが事件のあらましだ。とりあえず、俺はダークネスの本体を倒すために行動していて、それで部外者とは言えないほど巻きこんじまったタクトと一緒に行動しているわけだ」
一部分をぼやかした説明に、マモル達は顔を見合わせて深く思案している様子。一体何を思案しているというのだろうか。
「ま、タクトの中にあるダークネスなら心配するな。きっちり取り除いて、お前達の元へ返すさ」
その有無を言わせぬ言葉に、一同は渋々頷くしかなかった。
だが、たった一人、頷かずにトレイドをまっすぐ見て首を傾げる少女がいる。コルダだ。彼女は不思議そうに首を傾げ、今までの沈黙を破り、彼に語りかけた。
「……トレイドさんは、どうするの?」
「どうって……?」
語りかけられた言葉の意味を理解できず、顔をしかめながら彼女と同じように首を傾げるトレイドに、コルダは朗らかに笑いながら、再度問い返す。
「ダークネスの一件が終わったら。することがなくなったら、その後どうするの?」
「……考えたことなかったな。そうだな……」
盲点を突かれたとばかりに肩をすくめ、思案する様子を見せるトレイド。今の今まで、ダークネスに気を取られっぱなしで、時折そのことを忘れ、気を抜いたときもその場に合わせた事をやっていたように思う。言ってしまえば、その場の空気に流されて何かをやっていたのだ。
だから、自分から何をやりたいと言われたとき、すっと出てくることが何もなかった。未だに頭の大半はダークネスの事で一杯だが、先程の回収で終わりという光が見えてきている。だから何をやりたいのか考える余裕があるはずなのだがーー。
「……何もねぇ。いや、これはまずい」
思わず呟き、しかしそれでは年長者として不味い危険を覚え、何か言おうと必死に頭を働かせる。その時、脳裏にちらりと浮かんだのがーー
『これおいしい。どうやって作るんだよ』
『作り方教えてやるよ。何、器用なお前ならすぐ出来るさ』
『む~、何であたしの料理食べてくれないのぉ~!!』
『無理に決まってるだろ! お前一体何度俺たちの腹を苦しめてきた!』
ーー在りし日の、残像だった。懐かしい日々の一幕が脳裏に浮かび上がる。
『トレイドさんの料理って、ホントおいしいです!』
『うむ、何度食べても、また食べたくなるな』
次に思い浮かんだのは、自身が作った料理を食べているタクトとクサナギの二人。いきなり、何故この二つの風景が思い浮かんだのか疑問に思い、しかし明確な答えが出ず、口を閉ざしたまま固まった彼に、コルダは喜色の色を浮かべたままとんでもないことを口にした。
「ないの? ならさぁ、一緒に学園に来ようよ! 楽しいよ!」
「えっ!?」
「い、いやコルダ、いきなり何を……」
突然の提案に、ミューナが驚きの声を上げ、アイギットも苦い顔で戸惑いを見せる。二人の反応から、コルダの提案に対し微妙な気持ちを抱いている様子が見て取れる。そしてそれは、提案された本人が最も微妙な心情を抱いたようであった。
「い、いや……申し出はありがたいが……この年で学舎行くのは、ちょっとな?」
「? 何で? 見たところ同い年ぐらいだけど」
「…………」
頬をポリポリとかきつつ、断ろうとした彼だが、コルダの悪意なしの純粋な言葉が飛び出し、沈黙する。それに一同首を傾げるも、タクトのみが苦笑いを浮かべて、
「その……トレイドさんは、実はもう27歳で……ーー」
『あっ……』
皆に伝えるためだろう、悪気がないタクトの、気遣い故に小さく呟いたその言葉は、ちょうど吹いたそよ風がトレイドの耳に届けた。瞬間、彼はがっくりと膝をつき、明らかに落ち込んだ様子を見せる。
「……そうさ、俺はお前らと十も離れた年齢さ………おっさんなのさ……」
ーーうわぁ……
普段年齢を気にしない人だと思っていたのだが、結構気にするタイプだったのか。それとも、こうも若者ばかりで、そんな彼らに学園を誘われたことにショックを覚えたのか。ーー人は加齢により、心が複雑になるのだろか。まだ若い彼らには、そんなことはわからなかった。