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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第11話 歩みを進める二人の剣士~4~

「まて、まて……そこのお若いの。お待ちなされ……」


一人森の中を歩いていた”彼”は、いきなり背後からの呼びかけに驚き、つい腰に吊っていた一振りの長剣を引き抜いて背後へと突きつけた。柄頭にある二本の飾り紐をなびかせながら、剣の切っ先を突きつけた先には、背の低い一人の老婆がこちらを見上げている。


その老婆と目が合うと、今自分がとても無礼な行いをしていることに気づき、”彼”は慌てて剣を鞘に収めるとすぐに頭を下げた。


「わ、わるいっ! いきなり後ろから声かけられて、つい……」


「ほっほっほ……どうやら、気が立っておるようじゃの、お若いの」


幸い、相手はさして気にしなかったのか、軽く笑い声を上げながらそういった。この森にいるあるお方に

会ってこいと言われてやってきたが、入る直前、少々嫌なことがあり、そのせいで苛立っているのだが、老婆にそんなことがわかるはずもなく、彼の苛立ちを森に潜む危険のせいだと判断したらしい。


「ここは森の中とは言え、人食いの獣はいない、静かな森じゃぞ? 気を張らなくても良い」


「それは知ってる。だけどその……まぁ、ばあさんには関係ないことかな」


とりあえず心を落ち着かせなければ。頭をかきながら”彼”は苦笑を浮かべ、そんな”彼”をじっと見つめる老婆の瞳は深かった。底なしの暗闇のような、黒一色の目を見て、”彼”は気づいた。


「……ばあさん、もしかして目が見えてない?」


その問いかけに、老婆はゆっくりと頷いて応えた。今までそのことに気づけなかったのは、老婆の動き一つ一つがあまりにも滑らかで、目が見えないもの特有のぎこちなく、辺りを確かめようとする動きがなかったためである。盲目と言うことになれているのだろうか。


とはいえ、ここは森の中。さきほど彼女が言ったように人食いの凶暴な獣は出ないとは言え、盲目の老婆一人残すのはあまりにも目覚めが悪い。”彼”はため息混じりに頭をかくと、仕方ないとばかりに口を開いた。


「ばあさん、どこから来たんだよ。途中まで送っていこうか?」


「おお、それはありがたい。最近、話し相手がとんと見つからなくてなぁ、退屈だったのじゃ。じゃ、こっちじゃ」


「かまわない………は?」


ーー”こっちじゃ?” ついてこいってことか?


「何しとる? こっちじゃぞ?」


あまりにも予想外の言葉が返ってきたためか、”彼”の反応は悪く、一人先に歩き始めた老婆に声をかけられるまで固まっていた。だが、”彼”が固まるのも無理はなかった。


この場合、老婆が”彼”に行きたいところを伝え、”彼”が老婆を連れてそこに行くのが普通である。なのにこの老婆は、”彼”を連れて行こうとしているのだ。立場が逆であった。


その迷いがない足取りを見る限り、やはり盲目には見えなかった。つい、付いてくるよう促しているにもかかわらず、”彼”は老婆に尋ねた。


「……ばあさん、本当に目が見えないのか?」


「目は見えんぞ。じゃがな……」


そこで区切り、老婆は口元に笑みを浮かべた。皺だらけのその笑みは、”彼”に親近感を抱かせた。


「……”心の目”で見ているのじゃ」


「心の目……て、どういう?」


普通ならば懐疑的な表情を浮かべる場面だが、先程老婆に抱いた親近感故か、あまりそうは思わず、どういうことなのか聞き返した。すると、老婆は見覚えのある悟ったような笑みを浮かべて、


「自身の心と向き合い、悟ればわかる……そんな”魔法”じゃよ、私の目に光が映るのは」


ドクン、と心臓が飛び跳ねたーー気がした。脳裏に、父親の言葉が蘇る。


『……どうしたら、俺やあいつみたいなことができるのか、て? ……それは……教えたくとも、これは己で悟らねば意味がない。まぁ、俺の言葉の意味を、考えてから出直せってことだ』


あのときの父の表情は、まさに目の前にいる老婆と全く同じような瞳をしていた。己の全てを悟った、そんな瞳を。


ーー親近感を抱くわけだよ。”彼”は苦笑を浮かべ、そして頭をかいた。さらに、確認のように老婆に詰め寄った。


「……ばあさんは、外の光景が見えているのか?」


「うむ」


「だけどその光景は、目で見ている物じゃない」


「うむ」


「……それが、”心象術”……ですか」


「……うむ」


ーー心象術。さも当然のように”彼”の口から出てきた言葉を聞き、老婆は尊大な態度で頷いた。そして、老婆は”彼”の方へ向き直り、


「父と似て鈍い奴よ。おまけに、師となる者に刃を向けるとは……血は争えんな」


「うっ……。そ、その件については、誠に申し訳なく……」


「よいよい、今更態度を改めなくても。……さて、我が不肖の弟子の、不肖の息子よ」


ーー覚悟は良いな。言葉にせずとも、光を映さない瞳でこちらに問いかけてくるその一言に、”彼”は大きく頷いた。元々、そのためにーー心象術を学ぶために、ここに来たのだから。


その老婆こそが、父親が世話になった大魔術師。”彼”はここで、心象術を学び始めるーー


~~~~~


「じゃあ、ここでお別れですね、ギリ先輩」


「おう」


次の日の朝。トレイドが作った朝食を食べ終えた後、タクトは一度地球に戻るギリに向かってそう告げる。帰ってきた返答は、何とも気安いものであった。


「俺は戻るけど、お前さん方はこのまま残るのか?」


「ああ。この世界のどこかにダークネスがあるし、今は気配を感じるところへ向かっている。多分、もうそろそろ見つかるんじゃないかな」


ギリの疑問にトレイドは首を傾げながら呟き、予測を述べる。その予測を聞き、ギリは頷きつつ彼の方へ視線を向け、


「……お前らのことは、報告しない方が良いよな?」


「そうしてくれると助かる。……だが、もしそれでお前の立場が悪くなるんなら、報告しても良いぞ」


トレイドは軽く笑みを見せながらそう答え、ギリも笑みを見せた。こちらの立場ーー組織に所属している立場を鑑み、それが悪くなるなら、裏切っても構わない。そう述べるトレイドの気遣いに感謝しつつも、つい軽口を叩いてしまった。


「報告したらご相伴にあずかったことまでばらさなきゃいかん。それこそ立場が悪くなる」


「あ、先輩。感想は?」


「とてもおいしかったです」


「お粗末様でした」


笑いを含んだタクトの誘導に、つい大まじめな顔で素直な感想を吐き出すと、トレイドはパンと両手を合わせて頭を下げる。そんな彼に、一同は戸惑った様子で視線を送り、二人が見ていることに気がついたトレイドはうんっと首を傾げた。


「……変なこと言ったか?」


「……タクト、こいつをフォローするの、大変だろ?」


「……もう諦めて、見守っています」


ふっとどこか達観したような目で遠くを見つめるタクトに対し、ギリはその肩を優しくポンと叩いてやった。ーーお前は良くやってるよ、そんな意味を込めた慰労であった。


「……まぁいいや。それより、お前さん気をつけろよ。あの黒いのは……」


「わかってる、相手は格上だ。少し考えはあるさ」


頭をポリポリとかき、一瞬漂ってきた微妙な空気については置いて、転移魔法を発動しようとしているギリを心配する。これから一度地球に戻るのだが、その後プーリアに戻りしばらくの間は、彼一人でこの森を捜索しなければならなくなる。


その時、またあの黒い奴と戦う羽目になったらーー純粋な強さで言えば、あの黒い奴の方が上だろう。無事でいられる可能性は低い。だが、その事に関しては彼なりの考えがあるのだろう、気にするなと言わんばかりに首を振る。


「だが、俺よりもお前達だろ、気をつけなきゃいけないのは。この後もプーリアにいるんだろ? それだと、俺よりもお前らの方があの黒いのとぶつかる可能性が高いんじゃないのか?」


反対に、タクトとトレイド二人を気遣うような視線で内心の危惧を露わにさせる。ーー彼の言うとおり、その可能性は高い。特にトレイドは、あの黒い奴を一度は引かせている。


数の差を考慮して引いたのかも知れないが、ともあれギリの勘が告げていた。あれは逆恨みが激しいタイプだと。今後、黒い奴を引かせる要因となったトレイドを標的にする可能性は捨てきれない。


「まぁな……」


トレイドのそのことを感じ取っているのか。何とも微妙な表情で一つ頷き、


「その時は、俺の弟子の力を借りるかな?」


「……弟子って、僕のいたっ!!」


隣にいるタクトを見下ろし、その視線に対し、恐る恐る自分を指さした彼の額を痛撃する。この十数日で幾度となく受けてきたため、少しは慣れてきたのか、額を押さえながら歯を食いしばっている。以前はその場で蹲っていたのを鑑みると、立派な成長である。主に、忍耐が。


「その弟子が悶絶してるけど」


「気にするな、いつものことだ」


これがいつもだったら、きっと弟子は家出してしまうだろうな、とギリは内心思う。苦笑とともに持っていた荷物を背負うと、転移魔法を発動させた。


「じゃ、運が良かったら、またな」


「おう」


「……が、がんばってください……」


ギリの手短な挨拶に、片手を上げて答えるトレイド。痛む額を押さえ、弱々しく口を開くタクト。二人の見送りを受けながら、ギリは転移した。


その場から姿を消した彼を見送り、トレイドは音を立てながら首を動かして隣に立つタクトに言う。


「良い先輩だな、大事にしとけよ」


「……トレイドさん、下手に褒めたら調子に乗るだけなので、止めといた方が良いですよ」


「何だお調子者か?」


軽く苦笑しつつも、良い先輩だと言うことは否定していない。そのことに気づいていないのか、トレイドは突っ込むことなくタクトの言い様に再度問いかけ、彼はうんと頷いて見せた。


「お調子者なんですけど……今回はそうでもなかったですね。少しは落ち着いてきたのかなぁ?」


呟きつつ、しかし何とも微妙な表情を浮かべて首を傾げている。ある意味信頼されているらしいその言いように、トレイドは苦笑いを浮かべている。


「そうか……。じゃあこっちも、そろそろ出発しよう」


「あ、その……集落は……?」


「……せめて埋葬したいが、そんなことしたら二回も日が暮れるだろうな。ここで火葬は厳禁だろうし……もう、放置するしかないだろう」


恐る恐る尋ねた疑問に、トレイドは迷いながらもそう決断した。確かに彼の言うとおりであり、一人一人の墓を作ればかなりの時間を取られるだろうし、森の中での火を使えば大火災になりかねない。現にタクト達も、夕べの火の始末はしっかりと行った。


だから、今は放っておくしかないのだ。タクトも、それは理解したが、それでも納得までは行かなかった。そしてそれは、トレイドも同じなのだろう。沈んだ声音で、ぽつりと呟いた。


「……せめて、手を合わせることぐらいはしようか」


「………」


トレイドは自らの呟きとともに、手を合わせて深くお祈りを捧げた。その様子を隣から見ていたタクトも、彼にならい両手を合わせた。




ーーその後少しの間、二人の口数はいつもよりも少なかった。昨晩は、重苦しくなりそうな空気を何とかしなければと、タクトやトレイド、ギリも務めて明るく振る舞っていたのだが、その反動が来たのだろうか。少しは沈んでいた。


だがそれも、少しの間だった。タクトの頭上に陣取ったクサナギが、頬を引きつらせながら重くなりかけていた空気をどこかへ吹き飛ばしてしまう。


「だぁぁぁぁぁぁっ!! お前らは二日酔いになった中年かっ!!」


「はっ?」


いきなり何を言い出すんだ、そんな視線で彼の下にいるタクトは思った。視線だけを頭上に向けて、なにやら怒り心頭のクサナギが吠えたてる。


「昨日はあんだけ騒いでたって言うのに、一夜明けるとなんだこの空気っ! お前らは酒でも飲んだのか!」


「い、いや飲んでないし、トレイドさんお酒買ってきてないよ? ていうか、僕中年じゃあだっ!」


隣から飛んできたデコピンーー位置が位置故にこめかみに当たったがーーに、頭を押さえてタクトは歯を食いしばる。彼を黙らせたトレイドは、ふぅっとため息をつくと、


「全く、酒の飲み過ぎはお前だろ? 昨日どこ行ってた?」


「ど、どこも行ってないが?」


ジトッとした目でクサナギを睨み付ける。彼は未だにタクトの頭上にいるため、見方によってはトレイドがタクトを睨み付けているように見えたりする。そのクサナギは、睨み付けているトレイドから視線を逸らしていた。口調も、どこか上擦っていることにタクトは気づく。


「俺が転移の話をしているとき、やたらと目が輝いていた奴がいたんだけど、それは俺の気のせいか?」


「お、おう、気のせいだ?」


「こっちみろや」


何故か疑問系になるクサナギに、さらに問い詰めるトレイド。見ると、クサナギはだらだらと汗を流し、ちらりと彼に視線を送っている。


その会話を聞いていたタクトは、何となく話が見えていた。どうやらトレイドが話していた転移のことを聞き、即座にそれを使って地球に行き、酒を飲んだのだろう。はぁ、と呆れたように重々しくため息をつくと、クサナギは睨み付けてくるトレイドの顔色をうかがいながら、


「……一緒に飲むか」


「うし、乗った」


「買収されたっ!?」


ぐっと拳を握りしめ笑みを浮かべるトレイドを見て、タクトは驚きに大声を上げた。どうやら、トレイドにも内緒で一人酒を飲んでいたことが不満だったらしい彼は、あっさりと提案に乗ったのだった。


頭上のクサナギも、その程度ですんでほっとしたのか、それともともに酒を飲む相手が出来て嬉しいのかーーおそらくその両方だがーートレイドとがっちりと堅い握手を交わしていた。とはいえ、手のサイズが違いすぎるので、クサナギがトレイドの人差し指と中指を掴んでいるが、それが彼なりの握手らしい。


酒を飲むもの同士、友情をはぐくんでいる合間に、タクトは情けないやら空しいやら、一人省かれたやらで悲しい気持ちになる。ふぅっと独りでにため息をつき、これからのことに思いをはせていた。




その後、数回ほど休憩を取りつつも森の中を歩き抜け、日が暮れると同時に一夜を明かすのに相応しい場所ーー開けた場所や、洞窟等ーーにて、荷物を下ろす。とはいえ、トレイドに言わせれば水の確保が出来れば基本どこでも良いそうだ。そう言える辺り、流石精霊使いといった所か。


彼が作った夕食を終えた後、昼間の約束通りクサナギとの晩酌が始まるーー前に、トレイドはタクトは野営地のすぐ側で組み手を行っていた。


両手に握ったやや大ぶりな長剣を立て、タクトはトレイドの剣撃を凌ぐ。上下左右、息つく間もなく次々と襲いかかってくる細身の長剣に対し、最小限の動きで裁こうとするも、やはりこちらの動きが遅い。まるで”穴”が空き、そこを通すかのような感覚で、剣がタクトの体を襲う。


「……っ…っ!」


いつもの彼ならば、この打ち合いを嫌って瞬歩を用い、即座に距離を取ったりするのだが、それは出来ない。ーーいや、やろうと思えば出来る。だが、それをやればどうなるのか身をもって知っているため、やりたくないというのが本音か。


ーー……っしまっ……ーー


そんな思いは常に頭に浮かべているものの、つい反射的に瞬歩を行おうと後ろへ一歩踏み込もうとした瞬間、彼の目元がぴくりと動き、踏み込もうとした足とは反対の足を払う。それにより、タクトの体はあっけなく倒れた。


「つっ……っ!?」


痛みに呻く間もなく、のど元に長剣を突きつけられては、降参を示すしかなかった。普段とは違う、トレイドの鋭い瞳と突きつけられた長剣の輝きに硬直する。やがて剣を退け、トレイドは真剣な表情を崩し、笑みを見せながら倒れたタクトへ左手を差し伸べた。


「……やっぱし、日を追うごとに動きは良くなってるな。まだピンチになったら即瞬歩な動きだけど、それも少しずつ改善して行ってる。それに、クサナギの扱いもやっと様になったみたいだな」


「あ、ありがとうございます……」


トレイドからの評価に、タクトは渋い表情を浮かべた。ーー今の圧倒的な敗北から、どう見たらそう判断できるのだろうか。そんな思いを見越したのか、トレイドは苦笑を浮かべ、


「そんな顔するなって。お前の本来の証は刀だろう? 重さも厚みも取り回しも違うクサナギを使って、ここまでやれたんだ。実際、俺はお前の防御を、”先読み”を使ってようやく崩したんだぜ」


たいしたもんさ、と彼は肩を叩くも、タクトとしてはそうなのかと首を傾げざるを得ない。確かにクサナギの取り回しは、刀のそれとは全く違う。何より、軽めとは言え、従来の刀よりも重く、やや幅広の剣なのだ。むやみやたらと振り回すよりも、真っ正面で立てつつ、最小限の動きで相手の剣を防ぐというのが適している。


ーーしかし、適しているからとはいえ、それがしっくり来るかと言われれば、そうでもない。それがいくら、先読みーー気配を強く感じ取ることにより、相手の次の動きを読み取るーーを使って防御を崩したと言われてもーー


「先読みっ!?」


「そ、先読み。ホントは轟撃とか使って防御崩しても良かったんだけど。やっぱし瞬歩を使われるかも知れないって事を考えると、そっち使うべきだなと」


素っ頓狂な声で叫ぶタクトに、あっけからんと頷くトレイド。それを聞いて、彼は納得する。道理でこちらの動きをーー特に瞬歩の初動作を見抜けたな、と。


「……まさか、今までも使っていたんじゃ……?」


「……さて、知らないな」


ぷい、と視線を背ける彼に、おい、と返したくなるタクト。これまで幾度となく繰り返した組み手、その勝率は100%トレイドの勝利である。しかし、そんなイカサマにも等しい技を使っての勝利ならば、ぶっちぎりの勝率は消した方が良いのではないだろうか。


「ていうか、お前も使えるんじゃ……」


「はい? 何言ってるんですか?」


「……いや、何でも」


なにやら責任転嫁を始めようとした彼だが、にっこりと凄みのある笑みを浮かべたタクトを前にして、トレイドは何も言えなくなり、顔を背けた。その笑みは、話題を変えるんじゃない、と豪語していた。


「あー、その……なんだ、意外と、負けず嫌いなんだな」


(負けず嫌いはお前も一緒だがな)


あたふたと考え抜いた末に出てきた言葉がそれであり、口にした瞬間、己の相棒である精霊ザイから、呆れたような声で返された。まさかそちらから返されるとは思ってもいなかったため、トレイドはなにおうとこめかみを引きつらせるも、我慢する。


「そ……それよりも、俺は刀を持ったお前と手合わせしたいんだけどな。以前はダークネスに飲まれた状態であの強さだったから、少し気になってるんだよ」


「はぁ? まぁ、かまわないですけど……今とあまり変わりませんよ?」


「はい?」


タクトのきょとんとした言葉に、今度はトレイドが首を傾げた。その言動に、タクトの方もえっと首を傾げ、


「な、何か変なこと言いました? 強さ的には、使い慣れたのを使う分、今より少しは上だと思うんですけど……でもその程度ですよ?」


「へ? いやでも、黒騎士だったときのお前の強さは……」


脳裏に浮かび上がる、ダークネスに飲まれ、黒騎士となったときのタクトの剣筋、実力。黒い大刀を振るいながら、こちらの剣撃を悉く受け流すーー斬撃と流しを一遍に行う、まさに攻防一体の剣ーーいや、刀。


だが本人は、その剣筋を知らないという。双方頭上にハテナマークを浮かび上がらせながら首を傾げ、その様子を見かねたのかタクトの手に握られたクサナギが独りでに浮かび上がり、人型となって宙に浮かぶ。


銀の髪に銀の衣を纏った彼は、大きなため息を漏らしながら、タクトに向かって重々しく口を開く。


「タクト、以前から語ろうと思っていたことがあってな。お前の叔父であるアキラに止められていたのだが……」


「叔父さんが……?」


「アキラ……あぁ、あのおっさん」


クサナギの言葉に、タクトとトレイドはそれぞれ特有の反応を返した。その様を見て、クサナギはふぅっとため息をつきつつ、


「タクト、お前の本来の戦い方は、”切り裂く”だ。決して、”叩き切る”ではない」


「……それ、どう違うの?」


クサナギの言葉に、何とも言えない微妙な表情を浮かべて首を傾げるタクト。それもそうだろう、”切り裂く”と”叩き切る”、どちらも”斬る”という一点においてはほぼ同じ事なのだから。意味がわからず顔をしかめる彼に、しかしクサナギはただ肩をすくめるだけ。


「……ま、剣である私が言うのもなんだがな。我がマスターは、剣ではなく刀を使うべきなのだ。……刀の、”本当の使い方”でな」


「? 本当の、使い方?」


「それは、自分で掴み取るしかない。とりあえず今は、私を使っていろ。剣と刀の違いを知る、良い機会だろう」


剣であるクサナギはそう言うと、トレイドに向き直り「酒にしよう」と声をかけ、話に聞き入っていたトレイドは反応が少し遅れながらも頷いた。


銀の子人と黒髪の青年が荷物を置いた場所へ戻っていくのを見届けて、タクトは一人思案顔のままじっと地面を見つめていた。ーーまるで、そこに書かれている問題を読むかのように。

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