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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
124/261

第11話 歩みを進める二人の剣士~2~

タクトがトレイドと行動を共にしてから十数日。彼らは今、土の賢者から聞いた情報を頼りに、異世界プーリアにいる。


その世界のほとんどが、巨大な木によって形どられた森。その中に澄んだ水が流れる水流があり、植物を育てる要素となり流れていく。周囲にある木々のほとんどが、樹齢二百から三百年といった年月を重ねている。


この世界のどこかにダークネスがあるのだそうだがーーこんな、木々に覆われた自然豊かな場所にあるということは、少し信じられない。だが、悪意の塊であるダークネスにとって、そんなことは関係ないのだろう。


そこに人がいれば、ダークネスが生まれる可能性はあるとトレイドは言う。


「ま、流石に悪意だけでダークネスが生まれることはないさ。強すぎる思いを抱くか、もしくは”大本”から力をもらうか……そうなればダークネスが生まれる」


この十日間、ほとんどが移動ばかりである。途中で休憩を挟むとは言え、ずっと歩き続けることに飽きてきている二人は、道中たわいのない会話を交わしながら暇を潰していた。


「そうなんですか……。そういえば、トレイドさんの目的はダークネスを集めることだけど、それで関わった人達のアフターケアまでやってるんですか?」


僕みたいに、と声を出さずに内心で呟き、途端にほっとする。”僕”という一人称はここ最近減ってきているが、それは今みたいに声に出さなくなった程度で、内心では思いっきり言っていたりする。


一方のトレイドは、タクトの問いかけにげんなりとした表情を浮かべて、ため息混じりに呟いた。


「できる限り、な。……これの面倒なこと面倒なことっ」


「そう思うのならやらなきゃいいのにな」


本当に大変なのだろう。その時のことを思い出し、明らかに落ち込んだ様子を見せる彼に対し、タクトの頭上に座り込むクサナギが呆れたように言う。どこから持ってきたのか、子人のクサナギと比較してもなお小さな木の枝をもてあそびながら、


「お前お人好しすぎるぞ。そんなんじゃ大変だろうに」


「まぁな。つっても、俺自身もう諦めてるけどな」


「いや、他人事のように……自分のことでしょ」


ははは、と達観したような笑みを見せるトレイド。その笑みには、どこかやけくそ気味なものが浮かんでおり、本当に自分自身で諦めているのだろう。タクトもそのことをわかっているからこそ、笑いながら指摘する。


彼はかなりのお人好しだろうーーそうでなければ、自分たちでさえ苦しい生活を送っていたというのに、他人のことまで助けようとはしなかったはずである。


「俺もわかってるんだけどな。……でもやっぱ、放っておけないじゃん?」


肩をすくめてお人好し発言をするトレイド。それにタクトは苦笑を浮かべ、彼の頭上にいるクサナギは木の枝を捨て、腕を組みながら、


「相手が見目麗しい女性だったら、放っては置かないな、私は」


「じゃあ、男の人だったら?」


「何もしないが?」


さも当然とばかりに答えるクサナギ。やはりこいつは、女性の敵である。表情に浮かぶ軽薄な笑みが、それを証明していた。


一体何を想像しているのか、頭上でにんまりといやらしい笑みを浮かべながら、体をくねくねさせるのは止めて欲しい。何でこいつと契約を結んじゃったんだろう、と後悔しているタクトは、ふぅっとため息をついた。


「……ま、馬鹿は放っておいて……ん?」


クサナギのこと何とも言えない生暖かい瞳で見ていたトレイドは、やがて首を振り場の空気を切り替えるように声を張り上げようとするが、何かに気づいたように辺りを見渡した。その様子に気づいたタクトは、首を傾げながら問いかける。


「どうしたんですか?」


「……いや、何か聞こえたような……あ!」


と、トレイドは視線を巡らして木々に囲まれたある一点へと視線を向ける。それに吊られてタクトもそちらを見てそして気づいた。軽い地響きのようなーー足の速い動物が、掛けてくるような音、それが辺りに響く。


「……馬蹄か?」


クサナギも気づいたのか、くねくねとした謎の踊りを止め、二人と同じ方向へと目をやり、ぽつりと呟いた。馬蹄ーー馬の足音。確かに、パカッパカッという軽やかに駆けながらも重く響く蹄の音がする。


「そうみたいだな。……近寄ってくる?」


トレイドは困惑したように呟き、一間おいてそれは現れた。


タクト達の前に姿を現したのは、一頭の馬。やや黒ずんだ茶色い毛並みを振り乱しながら走ってきた馬は、前を歩いていたトレイドの前でスピードを落とし、急停止する。落ち着きなく首を左右に振る様を見て、トレイドは後ろを歩いていたタクトへと視線を向けた。


「………?」


二人揃って首を傾げ、もう一度その馬を見てタクトは気づいた。馬に付けられた手綱と鞍を指さし、トレイドに言う。


「手綱があるってことは、誰かの馬?」


「その誰かはどこ行ったんだ?」


手綱と鞍があるも、乗り手がいないーーその状況に、訝しむように目を細めるトレイドは、一歩馬に近づきその手綱を手に取ったーー次の瞬間。


「うぉっ!? っては!?」


「えっ!?」


トレイドが迷い馬の手綱を手に取るなり、馬はトレイドの腕に噛み、慌てて下がろうとするトレイドを強引に鞍へと乗せ、一気に駆け出したーー馬がやってきた方向へと。


「うおぉぉぉっ!? どこ行く気だあぁぁぁぁ………」


「……あ!? ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


ぽかんとタクトは、悲鳴を上げて遠ざかっていくトレイドを見送るも、すぐに我に返り、そのあとを追いかけ、森の奥へと進んでいった。




『ーーダークネスの大本を見つけるためには、その欠片が必要なんだ』


十数日前ーートレイドが拠点としているログハウスを出発し、最初の転移を行ってプーリアにたどり着いたとき、トレイドはタクトにそう告げた。


『ただ、その数が半端じゃないほど必要でな。何と666個も必要なんだ』


『そ、そんなに!? でも、それだけの数を集めると危ないんじゃ……』


『そう、危ない』


大本を見つけたければならない数を聞いて、タクトは目を見開いて驚きを露わにさせる。666ーーあまり良くないとされる数字と同じなのは、偶然か何かか。


ともあれ、ダークネスを一個集めるだけでもかなり辛いーー一個だけでも、何千という悪意を内包しているのだ。それを666個ーー気が狂う、どころの話ではない。確実に廃人、死である。


だが、現に目の前にいるトレイドは、もうすでに665個も集めている。なのに、どこからどう見ても理性を保っているようにしか見えない。


『ま、俺はかなり特別だから。”理”を宿しているから、大丈夫なんだ』


それも少し怪しくなってきたけどな、とトレイドは苦笑めいたものを浮かべる。理ーー世界を動かす原理、ルール、概念、自然の摂理。それが力となった、言わば神様の力である。


確かに、理を宿しているのなら、同じ神様ーー悪神ではあるがーーのダークネスを封じ込めることは出来るのだろう。納得し、頷いたタクトは彼の続きを待つ。


『666個もダークネスがあれば、大本を探すことが出来る。そんで、そのダークネスをぶっ飛ばせば良いって事だ』


だから、あと一つ、どうしても必要なんだよ、とトレイドは掌に拳を叩き付け、にやりと笑みを浮かべる。今からもうすでに、ダークネスの大本ーー記憶感応で見た、漆黒の大男のことだろう、それを倒したときのことを想像しているようである。そんな彼に、タクトは苦笑した。


『と言うわけで、ダークネスは666個しかないって訳じゃない。大本を探すにはそれぐらいの数が必要なわけで、本当はもっと……まぁ、数え切れないくらい無限にあるだろうな』


『えええぇぇぇっ!!?』


拳を突きつけた後、ふと今思い出したように、何でもない様子ででさらりととんでもないことを口にした。それに対して、タクトは仰天する。


『か、数え切れないくらいって……どういう!?』


『お前なぁ、人様の悪意を数で表せると思うのか?』


『あ』


ふぅっとため息をついて言ったトレイドのその一言に、タクトは盲点を突かれた感覚に陥った。


人の悪意ーーそれは、人と同じ数だけあるのだから。悪意の塊であるダークネスも、流石に人と同じ数だけあるわけではないだろうが、それでも数えるのも嫌になるぐらいあるのだろう。


思わず表情が硬くなるタクトを見て、トレイドは少し困ったように頭をかき、


『ん~まぁ、そんなに大変だぁみたいな表情をするなよ。ぶっちゃけ、本体を倒してしまえば欠片はその力を失うんだ』


『そ、そうなんですか……』


先に言ってよ、と言わんばかりに大きくため息をつき、安堵した様子を見せるタクト。少なくとも、光明はあるようだ。


『てっきり、トレイドさんのことだから、無数にある欠片を一つずつ壊していくのかと……』


『いくら何でもそんなことするか! 俺が疲れるわ!』


『疲れるだけで済めば良いがな……』


少しずれたことを言うトレイドに、彼の相棒である神狼の精霊ザイは、痛ましげにため息をついた。ザイの呟きに、タクトも苦笑しながら頷いた。




「はぁ、はぁ……!」


強引に馬の背に乗せられたトレイドの後を追って森の中を駆け抜けたタクトは、息を荒げながらも何とか彼の所まで追いついた。森の中は木々が日の光を遮って薄暗いことがほとんどなのだが、ここは輪を掛けてさらに暗い。ーー感覚的に言えば、森の奥へ入ってしまったかのようであった。


「と、トレイドさん……っ」


「………」


周囲の奇妙な薄暗さに気づきながらも、タクトはこちらに背を向けながら仁王立ちしているトレイドへ、息を整えつつ声をかける。馬に乗っていた彼は、タクトがここにたどり着く前に馬から下りていたのだろう。地面の上に降り立ちながらじっとある一点を見入っているようだった。


彼が何に見入っているのか。それが気になり、そちらの方へ進もうとしてーー


「……来るな。見ない方が良い」


「えっ?」


突如、こちらの方を見もせずに、片手でタクトを制し、彼は隣で小さく嘶く馬の額を撫でながら、


「……主人を助けようとしたのか……」


その言葉に、馬は再度嘶いた。だが、その嘶きはーーどこか、悲しそうであった。


「……トレイド、さん……?」


「………」


彼が口走ったその一言に、タクトは猛烈に嫌な予感を覚え、背を向けながら立つ彼に呼びかける。タクトの頭上でふんぞり返っていたクサナギも、同種の予感が走ったのか、押し黙ったままだ。


「……お前は来るな。見ない方が良い」


無言のままトレイドは視線を向けていた方向へと歩き出し、タクトもその後を追うために一歩踏み出そうとしたが、またもや彼に止められる。しかし、それに彼は首を振って、


「覚悟は、出来ています」


「……その覚悟が、脆くないことを祈っとくぜ」


ようやくトレイドはこちらを振り返り、弱々しい笑みを浮かべた。だが、声音はどこか弱く、顔色も少しばかり青白いとこから、その笑みは強がりなのだということをタクトは実感する。


彼をして、ここまで躊躇わせる光景ーーその悲惨さを思い浮かべ、タクトも決意を固めて頷いた。トレイドも頷き返し、歩みを再開する彼の後を追いかける。


追いかけ、その光景を見て、タクトは顔をしかめ、思わず目を伏せた。今見た光景が間違いであってくれと言わんばかりにぎゅっと瞳を瞑り、やがて確かめるようにそっと瞳を開けた。


赤ーーそこにあったのは、赤一色であった。


おそらく集落だったのであろう、その開けた場所にはたくさんの古風な建物が建ち並んでいる。だが、そのほぼ全てに、家の主達であろう人達の血にまみれていた。


そして、建物のそば。そこには、たくさんの人達が横たわっている。その姿が、建物と同様自らの血に染まり、全く動かない様子から、もう死んでいる事がわかってしまう。その倒れ伏している人の数があまりにも多くーーおそらく、この集落の人達は皆死んでいるだろう。


「これは……!?」


「……この有様だと、集落一つか? にしても、この馬もすごいな。興奮せずにまぁ……」


その場に立ちすくんでしまうタクトと並び、トレイドは表情を歪めながらも冷静に状況を見渡して彼を連れてきた馬の額を何度も何度もなで続ける。ふと視線を逸らし、タクトは彼の隣にいるその馬の様子を見た。馬は、微かに震えていた。


「ありがとな。安心しろ」


トレイドは安心させるように馬をぽんと軽く叩き、そのまま一人で集落へと向かっていく。その背中を見て我に返ったタクトは、まともな声が出ることを祈りながら問いかけた。


「ど、どうするんです?」


「流石にこのまま見過ごすわけにも行かない。……それに、これは多分、”虐殺”だ」


「……え?」


ーー虐殺。それはつまり、誰かがこの惨劇を引き起こしたということか。


そこで、タクトも気がついた。よく見ると、ここで横たわる屍達は皆、体のどこかに傷をーーまるで、”剣で斬られた”ような傷を負っているのだ。しかも、遠くからではわかりにくいが、その傷が致命傷となっている様子である。


「……一体、誰が……?」


「……少なくとも、それを見つけるまでは、この辺は危険だな。どう見ても、やられてから一日とたってねぇ」


「っ!?」


その言葉に、タクトは怖気が走った。この惨劇が引き起こったのはーーいや、惨劇が”引き起こってから”、まだ時間が経っていないと言うことなのだから。見る見るタクトの顔色は悪くなる。


集落の人々の殺され方ーーまだ確認していないが、もし見立て通り致命傷を一撃でやられているのならば、相手は相当の手練れであるということなのだ。そんな奴が、まだ近くにいるかもしれない。そう聞いて顔色が変わらないやつがいれば、そいつは恐れを知らない馬鹿者か、よほどの手練れかのどちらかだ。


「あまり離れるな。いつでも動けるようにしとけ」


「は、はい。クサナギ」


集落へゆっくりと歩みを進めるトレイドはもうすでに長剣型の証を手にしていた。タクトもそれに倣い、頭上にいるクサナギに呼びかけると、彼は無言で降り立ち、タクトの目の前で一振りの剣となって浮かぶ。


目の前で支えもなしに浮かぶ無骨な長剣をその手に取り、タクトは周囲を用心深く見渡している。


彼の身の内に潜むダークネスの影響は、クサナギの力のおかげである程度緩和された。前は動いていなかった、魔力を生み出す魔力炉は活動をしているーーが、やはりダークネスの影響を受ける前と比べると、動きは鈍い。


だがそれでも、彼自身の身体能力は精霊使い並にまで回復しており、例え戦いになろうとも、そう簡単にはトレイドの足を引っ張らないだろう、とタクトは思っていた。


ここ最近で、ようやくクサナギの扱いにも慣れてきた。最初は、精霊使いになったときからずっと振るい続けてきた、彼の証である日本刀を出すことが出来なくなり、使えなくなったときはどうしようかと思ったが、人間、慣れという順応力は凄まじいものである。


「………」


「………」


タクトとトレイドはともに押し黙ったまま、ゆっくりと集落へ向かい、その後を例の馬がやや躊躇う素振りを見せながらも、すぐに追いかける。二人の間に流れる、ぴりぴりとした空気を感じ取ったのか、馬は鼻を鳴らして息を吐いた。


「………」


馬の様子に気づき、トレイドは少しばかり表情を和らげてその額を撫でるも、すぐに目を厳しくさせて辺りを見渡し、立ち止まった。


「……辺りをうろついているのがいる。気をつけろ」


「わかった」


彼のその一言に、タクトもまた警戒心を強めて辺りを見渡す。残念ながら、今の彼は王の血筋特有の能力である自然の加護はない。故に、トレイドのように辺りの気配を強く感じ取ることは出来ないため、肉眼による観察に限られる。


広い範囲は彼に任せて、自分は目に見える範囲だけでもしっかりやろう。決意とともに頷いた彼は、周囲にくまなく視線を送る。


一体どれほどの時が流れただろうか、やがてタクトの左耳は、キン、キキンっという金属音が連続で鳴り響くのを捕らえ、それと同時にトレイドもその方向へと目を向けた。実際には、一、二分程度しか立っていなかったのだろうが、しかしその僅かな時間が、果てしなく長く感じられた。


「行くぞっ」


「はい!」


音が鳴る方へと目を向けたトレイドは、表情をより一層引き締めると一気にかけ出し、その後をタクトが追いかける。ここまで連れてきてくれた馬はその場に残し、それぞれ証とクサナギをその手に握りしめ、この惨劇を引き起こした相手へと肉薄する。


集落付近は明るいが、そこを少しでも離れると途端に光が差し込まなくなる。日の光が木々によって遮られ、薄暗い森の中を二人は必死に駆け抜ける中、例の金属音がどんどんと大きくなっていく。


その金属音、どうも剣と剣がぶつかり合っているような音であった。そして音源が見える辺りまでとたどり着くと、そこでは二人の男がお互いに切り結んでいるところである。赤い髪をした男と、黒ずくめの男が、互いに細身の剣を打ち続けていた。


その光景を見て、トレイドの表情が少し厳しくなる。集落の生き残りかーーいや、それよりも、あのフードを深くかぶった黒ずくめ、見覚えがある。


ーー見え覚えがなければおかしい。なぜなら、あの黒ずくめーーあの黒衣は。自分が義賊だった頃に来ていたものなのだから。


黒ずくめの男を見て、つい最近もどこかで見たような気がすると感じたトレイドだが、それが何なのかを思い出すより先に、やや遅れて付いてくるタクトが何かに気づいたような声を発した。


「あの人、もしかして……!?」


『あいつは……おそらくそうだろうな』


クサナギもわかったのだろうか、納得したような声を漏らす。タクトの表情には、どこか歓喜の色が含まれている。それに一瞬首を傾げかけたが、すぐに気を取り直してトレイドは剣を打ち付け合う二人の元へと一気に飛び出し、


「加勢するぜ、赤髪の兄さん!」


「えっ!!?」


「っ!!」


それまで剣の打ち合いに気を取られていたのだろう。第三者の乱入に、二人は驚いた気配を漏らしてトレイドの方を向きーー加勢すると言った赤髪の男は目を見開き驚愕を露わにさせ。もう一人の黒ずくめの男は、フードの下から苦々しい表情を浮かべたのが伝わってきた。


二人に来られては不味いと悟ったのか、黒ずくめは一気に後退しようと地面を蹴る。だが、それより早くトレイドが間合いに入り込み、必殺の一閃を振るう。斜めに振るわれたその一閃。容赦と躊躇なく振るわれたその一閃は、黒ずくめの体を捕らえたかのように見えた。


だが、黒ずくめはその一閃を危ういところで躱し、おまけとばかりに振るわれた返しの剣をも身をねじって避けると、獣じみた動きと早さで今度こそ後退し、森の中へと逃げ込んだ。


「……逃げたか」


「いやいやいや、逃げたかじゃねぇし!! いきなり出てきて斬りかかって、あげく逃げられるってお前何してくれんだよ!!」


黒ずくめが逃げていった方向を睨むように見て舌打ちを放つトレイドだが、赤髪の男は彼の背中に怒りの罵倒を投げつける。よっぽど逃げられたのが悔しかったのか、黒ずくめが逃げた方を何度も見て、苛立ちを隠せずにいる。


「あーくそっ! ていうか、お前誰だ!」


「あの……ギリ先輩」


「タクト、お前は黙ってーー………タクト?」


おずおずと声をかけるタクトを遮り、トレイドへと詰め寄ろうとする赤髪の男ーーギリ・マーク。彼はタクトの方を見ずに制し、しかしそこで誰を制したのかを思い出したのか、ゆっくりと彼の方へ視線を向けた。


「はい、お久しぶりです」


目をむいて驚いているギリに向かって、タクトはにっこりと笑みを浮かべながら頭を下げた。去年、タクトがフェルアント学園一年の時の先輩であり、学園を卒業した後はタクトの故郷である地球支部に配属された精霊使いである。


「な、何で……!? 何でお前ここにいるんだよ!?」


「そ、それはその……先輩、大丈夫ですか?」


ギリの疑問はもっともだが、それにどう答えるべきかと悩んでいるタクトだが、今更ながらギリの体の様子に気づき、眉をひそめる。彼の体には、たくさんの切り傷が刻まれていた。


タクトの視線に気づき、己の傷の具合に目をやった彼は、すぐににやりと笑みを浮かべて、


「これぐらい大丈夫だ、唾つけときゃ治る」


「……には、見えないけどな」


と、こちらはトレイドである。ギリの背後から、こちらもにやりと笑みを浮かべてギリに視線を送り、その視線にひくりと頬を引きつらせた。まぁまぁとギリをなだめ、トレイドへと視線を向けると、


「あいつだろ、集落をあんな風にしたのは」


と、いきなり直球を投げつけてきた。そのあまりのストレートさに、ギリは眉を寄せるも、頷きを返しつつ、


「……そうだよ。……黒髪……そうか、あんたが報告にあったトレイドか。加勢に来た、とか言いつつも、邪魔しに来たんじゃーー」


「あのままだったら危なかっただろ、お前」


険しい表情で口を開くギリを、有無を言わさぬ口調でトレイドが遮った。その、有無を言わさぬ口調に、ぶつぶつ言いかけていたギリはぴたりと口を閉ざし、表情をしかめた。ーー自覚があるのだろう。何より、彼の体にある多くの切り傷がその証拠である。


「先輩……」


ギリの隣にいるタクトが心配しながら声をかけるも、それには応えない。ギリはただひたすらトレイドだけを見続け、ふんと鼻を鳴らした。


「……ま、それは認めざるを得ないな。礼を言う。だが……」


すっと下げていたレイピアの切っ先を持ち上げ、真っ直ぐにトレイドへと向けて言い放つ。


「可愛い後輩を連れ回しているんだ、ちょっくら事情を聞かせてもらおうか。それと、さっきの奴のことも、何か知っていそうだしな」


「事情説明か、めんどくさい……。それにしても、最近武器を向けられること多くなってないか?」


思わずぼやき、トレイドは己の髪の毛をかきむしる。最近、ぱっと思い出せるだけでも四、五回ほど。下手をしたら、それより多いのではないだろうか。つい己の運の悪さを呪いたくなる。


まさかとは思うが、自分の中にあるダークネスがそういった運気を吸い取っているのでは、とまで考え込み、瞬時に首を振ってその考えを振り払った。


「ええい、それよりもだ! ついでにあんたの方も……えーっと、ギリっつったっけ? 何でここにいるのか、その説明を聞きたいんだがな!」


「情報交換って言うことか。良いぜ」


ただ単純に事情を説明するだけなのが癪に障ったのか、それともここにギリがいる理由が気になったのか、トレイドは彼を指さしてそう告げた。ちなみに、トレイドが彼の名前を言えたのは、タクトがそう言っていたのを聞いていたからである。


トレイドの申し出を受け、ギリは面白がるような笑みを浮かべてレイピアを下ろし、どこかに一人で行ってしまう。方向からして集落ではなさそうだ。確かに、あの惨劇があったところで話し合いというのも、並の精神では無理だろう。


タクトもややげんなりとしつつその後を追い、トレイドもそれに続く。だが彼は、タクトに気づかれないよう後ろを振り返り、黒ずくめが消えた方を睨み付ける。


「……お前が、なのか……?」


その独白は、木々のざわめきにまみれて消えていった。

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