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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第9話 精霊憑依~3~

……胃腸炎、マジできついです。


ていうかここ数年、一年に一度はなんかで吐いている気が……(汗

ーー精霊憑依。それは、精霊召喚の派生とも言うべき、精霊使い自らが生み出した精霊の使役方法。


精霊は半生半魔生命体。生命でありながら魔力の塊とも言える彼らは、周辺の魔力濃度が高ければ”実体化”することが出来る。精霊召喚は、契約者の魔力炉と、精霊の魔力炉を用いて彼らを実体化させているのだ。


しかし、魔力濃度が低ければ、精霊はどうなるのか。一般的には「死んでしまう」と言うのがあるが、それは誤解である。答えは、”実体化出来ず、霊体”のようなものとなってしまう。


元々精霊は、”意思を持った自然物”であり、生命体ではない。彼らが生命体と名付けられることとなったのは、彼らが魔力と融合したことからなのだ。さらに付け加えるのならば、魔力自体も、生命エネルギーと酷似している。


霊体の状態では、精霊の持つ魔力炉を全く使っていないため形は保てないが、その代わり魔力切れで死んでしまうこともない。だが、当然霊体であるため、この世の存在には触れられず、干渉することも出来ない。ーーつまり、契約者とも会話を行うことが出来ないのだ。


そういったこともあり、精霊自身も個体によってまちまちだが、傾向として霊体の状態でいることも好んでいない。


実体化は精霊に掛かる負担が大きく、霊体化は何も出来ない。この二つが相まって、契約者の内にいる事が多くなっているのだ。


そして、召喚よりも反動の小さい使役方法として考案されたのが、この精霊憑依である。


魔力濃度を低くし、霊体となった精霊を”器”に宿すーーそれが”精霊憑依”である。こちらは召喚とは違い、精霊に掛かる負担は小さく、宿す器によっては契約者に掛かる負担も小さい。そしてまた、証に知識ーー炎や水を魔力へと逆変換するーーを宿す方法でもあった。


剣や銃弾、矢などに宿せば、それ自体が強力な武器へと代わり、さらに証同様知識の力も使える。だが、精霊憑依を行っただけでは、トレイドのように姿が変わったりはしない。


彼の姿が何故変わったのか。それは、精霊を宿す器を、彼自身の”証”にしたためである。


証は、その持ち主と密接な関わりがある。その人物の心の内や思考といった本質、またその資質に合わせて証は形状を変える。その違いは、全く同じ証を持つものはいないと断言できるほどでもある。


例えるならば、人間で言うDNAである。そのDNAが限りなく似ている者はあれど、完全に一致する者はいない。


ダークネスに飲まれ、操られ掛けていた時のタクトや、理の力を解放したときのトレイドやコルダーー去年学園で一度理の力を解放していたーーの証が変化したのは、ともに”別人とも言えるほどの変化”がもたらされたためである。


コルダが一番わかりやすい例であろう。彼女の場合、理に宿る歴代の巫女達の、記憶や人格が統合された理を解放したとき、その人格が変わる。だからあのとき、彼女が手にしていた証が変化したのだ。


人が変われば証も変わる。ーーならば、その”逆”は?


その答えが、証に精霊を宿す憑依。こちらは、証に精霊を宿すことにより、証に”変化”を生じさせるのだ。


人の変化が証に伝わるのならば、証の変化もまた、人に伝わるだろう、という逆説的な考えであり、しかしそれが見事に的中したのだ。証に憑依させた場合、その証の持ち主の体は、精霊の特徴を受け継いた姿と特性を持つ。


「………」


精霊憑依をしたトレイドは、きっと真っ直ぐに迫り来る魔物の群れを睨み付け、剣の切っ先を地面に突き立てる。それと同時に、突き刺した周辺の地面を知識を用いて魔力へと変換し、その魔力が証へとーーより正確には証に憑依した精霊へと流れ込む。


流れ込んだ魔力と彼自身の魔力を用いて、彼は地面に魔力を浸透させる。神狼の属性は土、ならば、地面を使った攻撃方法が一番有効打を与えられる。


「……立ち上がれ、剣群」


ぽつりと呟くーー次の瞬間、狼の姿をした魔物のちょうど真下から剣が突き上がってくる。一本二本三本と次々に。土を構成して剣へと作り替え、それを突き出しているただ単純な物なのだとわかる。だが、その規模がとてつもなく広い。なにせーー


四十ーー五十ーー六十ーー六十六本の剣が立ち上がり。立ち上がった剣と同じ数の魔物が、腹部を貫かれた。これで、実体化していたほぼ全ての魔物が全滅したのか、周りを見渡しても狼の姿はどこにもない。


「す、すごい……けど」


タクトは目の前の光景に驚き、前に立つトレイドへと視線を向ける。その目には、称賛と言うよりも彼を気遣う色が濃く滲み出ていた。


トレイドは剣を突き刺したまま固まっているが、それは何かを耐えているようにも見え、それも当然であった。


証に精霊を憑依させるのは、かなりの恩恵を得られる反面、体に掛かる負担も大きい。


知識を用いて土を魔力へと変換させ、さらにそれを吸収させて魔力を得る。それは場所と掛けた時間にもよるが、莫大な魔力を得ることが出来、さらに精霊と精霊使いの魔力炉を使わないため、どちらの命も危険にはならない。


しかし、その魔力を扱うことによって生まれる疲労は、かなりのものである。さらに、憑依によって変化した肉体にも負担が掛かり、しばらくの間動けないほどの疲労感を感じることがよくあったりする。


ましてや戦闘中、ふとしたことで憑依が途切れてしまえばーーそれまで感じなかった疲労感が一気に襲いかかり、そういった意味で命の危険にさらされてしまうのだ。


「トレイドさん……体は大丈夫……? ……え?」


どこか辛そうな雰囲気を醸し出しているトレイドを見ながらタクトはぽつりと呟き、その呟きに首を傾げた。ーーそれと同時に、自分の頭の中に精霊憑依に対する知識があることに気づき、はっと目を見開く。自分は、知らないはずなのに、だ。


「うっ! うあぁ……っ!」


「タクト!?」


『待て』


そのことに気づいた途端、頭に鋭い痛みが走り、思わずその場で蹲ってしまう。急に蹲ったタクトに気づいたのか、まだ転移していなかったセイヤが駆け寄ろうとするも、今までずっと黙っていたクサナギがそれを止める。


剣から人型へとーー実家でよく見ていた子人の姿へと姿を変えたクサナギは、ふわふわと浮かびながら蹲るタクトをじっと見やり、一つ頷いた。


「今は、タクトを動かさないほうが良い。それより、君たちは転移の準備は出来たのか」


「いつでも出来る。だからタクトとトレイドさんにも、はやくこちら側にーー」


「必要ない」


セイヤの言葉を、クサナギが遮る。いつにもないほど冷静に、そして冷たく言い放った彼に絶句し、


「……何で?」


彼は、そう口にする。一言ながらも親密さを感じさせるその声音に、しかしクサナギは冷静なまま、


「トレイドは君たちには付いていかない。まだやることがあると言っていただろう? そしてそのやるべき事に、タクトは深く関わってしまっている」


「だからって……!」


「だからこそだ。奴の負担を小さく出来るように、君たちは早く転移をすると良い」


奴と言いながら顎をしゃくり、その先には当然とばかりにトレイドがいる。彼はようやく動き出し、剣を地面から引き抜くと両手で構え、刀身からいきなり高さ三メートルもの炎があふれ出た。ーー熱い。


その炎を一気に縮小し、圧縮。彼の証である細身の長剣の表面に圧縮した炎を覆わせ、ぶんっと振りかぶる。その視線の先にはーー生き残った魔物達が一つの場所に集まり、先程の巨狼よりも体躯の大きい狼が実体化し、こちらに向かって掛けてくる。


「アレってやばいんじゃ……っうおっ!?」


「………」


セイヤは魔物よりも、トレイドの圧縮された炎の密度を見て、それが解放された時の瞬間的火力に察しが付き、思わずそこから漏れ出た”余波”を防御しようとするも、クサナギがそれを止め、小さな体からは想像できない力でセイヤを後方へと押しやり、片手で印を結ぶ。


「てめ、なにをーー」


「業炎剣ッ!!」


尻餅をついたセイヤの、クサナギに対する叫びと。剣を構えたトレイドの、巨狼へと向けて振り下ろす叫びがほぼ同時に響きーートレイドの叫びは、セイヤのそれをかき消した。


振り下ろした剣から放たれた炎は、迫り来る巨狼をあっさりと飲み込むほどの大きさでーーそして、その巨狼を一瞬で焼き尽くすほどの火力を誇っていた。


「ーーあれ……」


業火が放たれた瞬間、思わず腕で顔を覆ったセイヤは、余波ーーつまり熱がこないことに気づき、ふと前を見る。そこには、半透明の障壁ーーおそらく魔力を使ったものだろう。それが二つ形成されていた。


一つはタクトとクサナギを覆うドーム型の障壁であり、もう一つも同じでドーム型だが、こちらはセイヤやアンネル、クーにリーゼルドを囲むように展開されていた。


「この障壁……なんだい?」


リーゼルドが眉根を寄せながら呟き、それにセイヤはハッとした。クサナギが自分を突き飛ばしたとき、同時に片手で印を結んでいたことを。ということはーー。


「クサナギッ! お前何で!」


「何度も言わせるな。君達は早くフェルアントに戻れ」


「だからって……ッ! タクトはどうするんだよ!?」


「大丈夫だ。……心配するな。今は、この私がついているのだぞ?」


タクトのことを案ずるセイヤに、クサナギはそこでようやく苦笑する。従兄弟でありながらも、下手な兄弟よりも仲の良い彼らに対し、思うところはあるのだが、今はそれを押さえて頷いた。


セイヤ自身としては、その言葉に首を振る。少なくとも彼は、このように障壁をはったりとかの防御ーー補助は出来るが、戦うこと事態は出来なかったはずである。なのに、その彼が任せろと言うことには納得が出来なかった。


ーーだが。


「セイヤ、下がれ。フェルアントに戻るぞ」


「アンネルッ!?」


「リーダー権限だ。大人しくしろ」


上司であるアンネルが、真剣みを帯びた表情でクサナギを見据えたままセイヤに告げ、押し黙った彼をそのままにじっとクサナギのみに視線を注いでいた。ーーその、僅かに緊張した面持ちの彼を見て、クーはふと顔を曇らせる。


どうも、今のアンネルはーークサナギという子人を警戒している様子なのだ。その証拠に、障壁に阻まれているというのに、重心が低く、手に握っている証がいつでも振ることが出来るよう力んでいる。


そんなアンネルを知ってから知らずか、クサナギもアンネルを見据えて、まるで旧友にでも挨拶するかのように、


「久しぶりだな、”風刃”。安心しろ、今は味方だ」


「……それは結構。……戻るぞ」


アンネルのことを風刃ーー彼の二つ名で呼び、それにアンネル自身は無愛想に返し、皆に呼びかける。事情がわからず首を傾げるもの、不承不承といった様子で従うものを引き連れ、転移の魔法が刻まれたであろう魔法石ーーポータルを用いて、その場から転移した。


「……変わらないか、あいつは」


その転移を見送ったクサナギはぽつりと呟き、そして眼前にいる、未だ蹲っているタクトに目を向け、そして次に障壁の外にいるトレイドへと視線を向けてーー


「うおぉっ!!?」


突如、ガンッと剣の切っ先が障壁に突き立てられ、憑依姿のままのトレイドがこちらのことをジトッとした目で睨み付けていた。


ぎらりと輝く金の瞳と、頬に生えた狼の短い毛、そして頭に生えた狼の耳ーー一見、血に飢えた獣人のごとき姿と迫力を醸し出すトレイドに、顔を引きつらせながら距離を取り、


「……てめぇ……何で障壁すぐに張れるってこと先に言わねぇんだよ……っ!!」


突き立てた剣で、無理矢理にでも障壁を壊そうとでも言うのか、凄まじい力で圧迫してくるトレイドに対し、落ち着きを取り戻したクサナギは冷静に、


「……元気そうだな」


「業炎ーー」


「待て待て待て待て!!」


巨狼を一瞬で葬ったあの火炎技を使おうとする彼に、今度こそ肝を心底冷やしつつ、大慌ててクサナギは止めた。見ると、周りにもう魔物の影はいなかった。


 ~~~~~


「んで、少年は大丈夫なのかよ」


「大丈夫だ。多分、お前の精霊憑依を見たせいで、記憶感応が起こったのだろう」


所変わり、一同はトレイドが拠点として自ら建てた家ーーログハウスの中にいる。あの後、トレイドがポータルを使い瞬時にこの家へと転移させたのだ。今は気絶しているタクトをちょうどベッドの上に寝かせたところである。


憑依をとき、普段の姿へと戻ったトレイドは疲労を感じさせない様子であったーーが、そのことにクサナギは気づかず、宙に浮かびながらベッドの上で横たわるタクトの顔をじっと見やっていた。


「……ふむ、やはり記憶感応だな。……そうか、とうとう封印が解けたのか……」


「封印って、お前何してたんだよ……」


満足げに頷くクサナギに対し、トレイドはやや苦笑する。しかし、当のクサナギは大まじめな表情を浮かべてトレイドへと向き直り、


「……お前なら気づいていると思うが……。この子もまた、お前と同じーー”王の血”を引くものなのだ」


「……やっぱし、か」


クサナギの告白に、トレイドは半ば予想していたかのような態度で髪の毛をかきむしる。この子がダークネスに取り込まれたときの剣裁き、そして先の魔物の群れの戦いの時の動きと、妙な勘の良さ。何より、この子に対して沸いてくる妙な親しみ。それらは如実に、彼が王の血筋にあるという証明であった。


おそらく本人自身はまだ気づいていないだろうがーーそこまで思い、ふと考えた。この子の叔父ーー桐生アキラは、本人も言っていたとおり王の血筋ではない。ならば、タクトの母親であり、彼の妹である風菜も、血筋ではなくなる。


ーー父親が、王の血筋なのか?


脳裏に閃いた疑問を口に仕掛け、しかし口を閉ざした。あの家に、父親らしき物は一切なかった。そこから察するに、事情があるのだろう。叔父であるアキラが、父代わりをしていることからもそのことが窺える。


「……で? それが、少年に封印を施したのと一体何の関係が……?」


「この子の親……アキラと風菜だな。あの二人が、この子の血筋の力を封じてくれと頼んできてな。私は気が乗らなかったが、まぁあの二人には少々逆らえないのでね。仕方なく、タクトに封印を施したのだ」


クサナギはそう良いながら、ベッドの上で眠るタクトへと視線を移す。それにつられて、トレイドも彼へと視線を移しーーその少女めいた寝顔を見て嘆息。色々と、不憫に思えたのだろう。


「封印を掛けた理由は……彼に力を与えたくない、という身勝手な理由でな」


「なんだよそりゃ。我が子を強くしたくないってか」


「少し違う。……檻の中に小鳥を閉じ込め、そのままずっと守っていく……彼らは、そんな道を選んだのだ」


外界に出れば死んでしまう、弱い小鳥。そんな小鳥を守るために、彼らは小鳥を閉じ込めることを選んだのだ。それを聞いたトレイドは、眉根を潜め、そんな彼に同調するようにクサナギは頷いた。


「全く筋違いも甚だしいだろう? だが……私は、彼らを強く非難することは出来ない。彼らは、あまりにも多くの物を失いすぎた……」


そう言い、瞳を曇らせるクサナギ。その脳裏には、彼が始めて桐生一家に出会ったときのことを思い出していた。


母を失い、父を奪われ、それでも立ち上がった彼らは、再び多くの同士を失い、そしてーー二人は、その”人生”さえも失ってしまった。


その上で、新たに授かった子供が、馬鹿げた伝承によって死んでしまうと言うことがわかっているのならーー過保護なことをしてしまうのも、無理はないだろう。


しかし、それでもーー檻の中にいる小鳥は、自由に空を飛びたいはずなのだ。クサナギは内心でそう独白し、微かな苦笑を浮かべて先の言葉の続きを口にする。


「そういう者は、ようやく得た幸福を失うことをとてつもないほど恐れるのだ。……お前にも、覚えはないのか?」


「……さぁ、な。生憎俺は、そういった意味でも、恐怖って事がわからなくなっちまったからな……」


肩をすくめ、近くにあった椅子に腰を下ろすトレイド。彼の言葉の意味を飲み込めず、クサナギは首を傾げて彼の方へ向き直りーーそして、ようやく気づいた。


謎めいたことを言った彼の表情は穏やかで、疲労などまるで感じていないようにーーいや、”ように”ではない。本当に感じていないのだ。精霊憑依を使った後なのに。


そして、謎めいた独白ーーこれを聞き、クサナギの脳裏にある仮説が浮かび上がった。


「……トレイド、お前……」


「ん?」


「……いや」


本当に疲れなど感じていない様子のトレイドに、しかし言葉にするのは躊躇われ、結局何も言わなかった。首を振り、クサナギは窓の外へと視線を動かした。


星々が瞬くそこは、地球とは違った夜空を象っており、それを見ながらクサナギはこれからのことを考えていた。

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