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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
114/261

第8話 六賢者~1~

「……」


フェルアント本部にある地下牢。そこは蜂の巣を突っついたような騒ぎになっていた。看守が慌ただしく辺りを走り回り、叫び声があちらこちらで聞こえる中、二人の部下を引き連れて歩くのはアンネル・ブレイズ。マスターリットの隊長である彼は、顎に手を当てて問題の牢を外から眺めていた。


その牢には、つい先日まである人物が入れられていた牢なのだが、そこはものけのからとなっていた。誰もいない、しかし使った形跡のある牢に視線を向けながら、彼は部下の報告に耳を傾ける。


「報告によると、昨日の朝にはもういなかったようですね。で、その後看守が捜索を開始。ちなみに、報告が遅れたのはどこから脱獄したのか、どこに逃げたのかをあらかじめ調査を行うためだそうです」


「……で、その行った調査の結果は?」


「脱獄方法、逃走方向、ともに不明……。全く、怠慢の塊ですね」


二人の部下の内、口を開くのは黒髪の青年ーー桐生セイヤ。彼は周りの目があることを意識してか、上司に対し普段からは想像できないほど丁寧にもの申していく。彼の言葉を聞いたアンネルは、頭痛がするとでも言うように大きなため息をついた。


「その通りだな。……脱獄したことを知られるのが嫌で、情報を他に回さず、しかもその理由に使った調査結果が全部不明。……何一つ仕事していないじゃないか、ここは」


全く役に立っていない看守達には聞こえないように小声で呟く。逃げ出した翌日に情報が回ってくる事に対し、看守長に何らかの処分を報じることとして、アンネルは短髪をかきむしりながらこれからについて考える。


「……トレイドには、対魔法の錠前を付けていたんだよな?」


「そうですね。それと、理の力を押さえる封印も掛けていたので、そうそう出れることはない、と思うんですが……」


理解に苦しむ、というようにセイヤが言う。錠前と封印、その二つを掛けていたというのに、一体どうやったらここから出られると言うのだろうか。二人はそのことに頭を悩ますが、ぽつりと三人目の男の呟きがそれを解決させる。


「……共犯か、あるいは内部犯……」


「……それだな」


三人目の男ーー薄紫の短髪を後ろで撫でつけた中年、クーであった。彼が呟いたその一言に、まさしくそれだとげんなりしながらアンネルは頷いた。


「あぁ~、面倒くせぇっ! あいつは何でこうも騒ぎを起こすんだよッ!」


「あんたもトラブルメイカー……おっと」


「面倒ごとを起こす才能だと、隊長も負けてない気が……あだ」


部下二人の言葉をまるっきり無視し、アンネルは思いっきりぼやいた。頭をかきむしりながら、


「……たく、本部長殿も人が良いというか。あんな奴を”マスターリット”に入れさせよう、なんてよう」


「てて……まぁ、強さ的には申し分ないし、それにマスターリットも人が少ないですしね。良いんじゃないでしょうか」


「……まぁ、良いんじゃないか」


セイヤは叩かれた頭をさすりながらそう進言し、打ち込まれた鉄拳を交わして見せたクーは無愛想に頷く。気楽なことを言っている二人に、アンネルは頭を悩ませた。


トレイドを牢に入れたという情報が入ったとき、アンネルは新本部長から直々に通達されたのだ。彼をマスターリットに加入させろ、と。その言葉には大いに迷ったが、命令は命令。従わざるを得ないのだ。よって、彼を勧誘ーーと言う名の事後承諾ーーのためにやってきたのだが、そこでこれである。


つまり、彼が脱獄した、ということは、彼らも今知ったのだ。


「あんな奴が入ったら、俺絶対はげる……っていうか、お前らそれで良いのか!? お前ら一度殺され掛けたんだぞ!!」


「……むぅ」


「クー先輩、黙らないで下さい、頼みます。……いや、そのことについては何か言ってやりたいですけど……向こうさん、強かったし。あの人が入ってくれれば、その件と強さでこき使えるかな~なんて」


「………」


「………」


セイヤの苦笑混じりの言葉に、クーとアンネルは押し黙ったまま彼を見やる。ーー顔は笑っているが、目は笑っていない。多分、本気である。そんな彼に若干の寒気を感じた二人は、即座に話を変えた。


「それよりセイヤ、いつまで似合わない口調をしている?」


「じゃ、いつも通りに。いや、疲れるんだけど、マジに」


「……順応早いな」


隊長のお許しの言葉ーーしていいとは一言も言っていないがーーに、素早く従った彼はかなりげんなりとした表情でため息を吐く。あまりの変わり身の早さに、クーが呆れた声を漏らした。


「早くここを出ましょう。報告することが増えましたし、ここにいても、何にもならない」


「そうだな、本部長殿に伝えに行くとするか。……お前ら、宿舎に戻ったらいつでも動けるよう待機しとけよ。多分、捜索の命が下るだろうから」


「了解」


クーの言葉に頷き、部下二人にそう命じながら牢を後にする。セイヤとクーもそれにならい、隊長の後を追っていった。


 ~~~~~


「……~~っ……こなくそっ!」


「……どうしたんですか?」


「いや、猛烈にくしゃみが出そうになったんだが……何故か、したら負けるような気がして」


突如、何かに耐えるように顔をしかめたトレイドに気づき、そちらに視線を向けて呼びかけると、そんな返事が返ってきた。意味がわからない、とばかりに苦笑するタクトは、首を振った後視線を元に戻した。


ーー第一印象としては、そこは滅びた世界であり、しかし平和的ではあった。


上を向けば、青々とした空が広がり、時折雲がかかっている。いつぞや見た、見渡す限りの曇天空ではない。


そして地上は、見渡す限り瓦礫と植物の山。やや古風な作りを思わせる石造りだったであろう建物は砕け、その破片があたりに散らばっているも、長い年月を経て成長した植物によって覆われ、一面が緑化している。また、元は水道だったのだろうか、地面から突き出した管から水が漏れ、それによって植物が育っているのだろう。所によっては完全に植物の下敷きになっている建物もあった。


建物が立っているーー立っていた、ということは、おそらく文明があったのだろう。だが、苔が生え、木々に潰されたそれらを見ると、どうもその文明は滅びたように見える。


「……ここは、どこなんですか?」


「旅の途中で見つけた、人のいない世界……かな? 俺も詳しくはわからないが、”元からいた奴”が言うには、一応人が住んでいたらしい。だけど、今はこの有様で、大昔のことなんだそうだ」


「……へぇ……」


初めて見る光景に、タクトは驚きを好奇心を隠しきれない。目を見開いて辺りをきょろきょろ見渡す彼に、頭上で風景を見ていたクサナギが補足する。


「こういう世界は、貴重だ。人が何故滅んだのか、その理由を見つければ、同じ轍を踏まずにすむし、良い戒めになる」


「……確かに」


クサナギの補足ーーというよりも彼自身の感想に、タクトは感嘆する。十年来の付き合いだが、クサナギのこういった面を見るのは初めてであり、彼に対する見方が変わりつつあった。自称神様と言っていたが、もしかしたら、本当に神様なのかも知れない。そう思えるほど、彼の言葉には威厳があった。


「……そういえば、さっき元からいた奴、って言いましたよね? それって、どういう……?」


頷きつつ、しかし先のトレイドの言葉に不可解な点があったことを思い出し、彼は首を傾げて前を行くトレイドに語りかける。彼はあぁ、と頷き、


「……ちょっと説明しづらいな。ま、会えばわかる。……そういえば、タクトは何でコベラ式の魔法陣に六つの角があるか、わかるか?」


「? はい、まぁ……」


いきなりな話の転換に、タクトは首を傾げる。何故、脈拍もないこんな話が出てくるのだろうか。


「あれですよね? 六つの角は、五つの属性変化術と純粋魔力を使った詠唱魔法を表しているっていう……」


フェルアント学園で教えられた定義を思い浮かべながら言ったタクトの言葉に頷き、しかし彼は驚くべき事をさらっと言ってのけた。


「そう、それ。昔……それこそ大昔の時代は、”五”属性じゃなくて”六”属性だったらしい。あの角は、六つの属性変化術を表していたんだと」


「……………はい?」


トレイドが語った言葉に、タクトは硬直。足が止まり、肩越しに話し合っていたトレイドはそれに気づき苦笑。立ち止まり、肩をすくめて、


「俺も詳しくはわからんのさ。どうやら精霊達も初耳のようでな? ザイに聞いても知らないの一言だった。……クサナギはどうなんだ? 知ってたか?」


「……前マスターと前々マスターの時に、それらしいことは聞いた覚えがある……が、私自身、精霊のような物と言ってもの、純粋な精霊ではないからな。関係ないと思い、当時は半分以上聞き流していた」


昔を思い返す様子で、タクトの頭上に居座る彼は呟いた。その声音には、言葉通り無関心さが漂っており、ポリポリと銀髪をかくその態度からも窺える。


一方タクトは、驚きが冷めやまぬ面持ちでトレイドを見ていた。一体この人は、どれだけのことを知っているのだろうか。精霊について、そしてコベラ式の魔法について、いつ、どのようにして生まれたのかーーそれについては、一切謎である。だというのに、こんな場所で昔のコベラ式についての新事実が明かされるとは。


だが、そのことに関しての信憑性は限りなく低い。一体、どこから教えられた知識なのだろうか。


「それって……誰から教わったんですか?」


「……そいつが、これから会いに行く奴で、今じゃこの世界唯一の住人……さっき俺が言っていた、元からいた奴、だ」


そう言って彼はにやりと口の端をつり上げた。そして足場の悪いその道をずんずんと進んでいく。そんな彼を追いかけながら、タクトは件の人物に興味を抱いた。時折頭上に走る痛み(バランスを崩したクサナギが、慌ててタクトの髪の毛を掴むため)をこらえながら、タクトは前を行くトレイドの背中を追いかけた。


苔が生え、滑りやすくなった瓦礫の上を行く間、二人は無言であった。タクトの方は足下に気を配っているというのに、前を行くトレイドは、気を配っている様子が見られないというのに、すいすいと前へと進みーー遅れているタクトに気づくと、何も言わずに待っていてくれる。


そんな彼に、タクトは若干疲れた表情で、


「なんで苔に足取られないんですか」


「そこはお前……気合いだ根性だ」


などと、大まじめな顔で頷く彼に、タクトは項垂れた。


「……トレイドさんに聞いた僕がバカだったのかな……」


「……おい?」


若干頬を引きつらせ、こめかみをぴくぴくさせながら低い声を漏らす彼を無視して、タクトは何とか滑りやすい苔をやり過ごした。一方トレイドは、「……って言っても……俺それでなんとかしてきたってのに……」などと呟いていた。それを聞いたタクトは、納得した様子で頷く。


あぁ、感覚で生きてる人か、と。他人事のように思ったタクトに、クサナギの思念が頭に響いた。


(それはお前もだろう)


(うるさい)


ぺしりと言い返し、ぐちぐち呟くトレイドの服を引っ張りーーそこで、あることを思い出した。


「あ? って、何だ、少年か。こっちだ」


「っと、その前に、一つ言い忘れていたことがありました」


服を引っ張られたトレイドはそこでようやくタクトの存在に気づいたのだろう。彼を引き連れて奥へ進もうとするが、その前に掛けられた言葉に立ち止まった。彼はタクトの方を見やると、タクトは穏やかな満面の笑顔を浮かべて、


「あのとき……ダークネスに飲まれたとき、僕を助けてくれて、ありがとうございます」


そうお礼を告げる。あの後、色々とゴタゴタがあり、さらにタクトは実家に強制的に帰らされたため、告げることが出来ずーーしかし、いつか伝えたいと思っていた言葉であった。告げられたお礼に、トレイドは一瞬ぽかんとしていたが、すぐに何のことか理解すると、いやと苦笑し、


「気にするな。……それにしても……」


「?」


ポリポリと頬をかきつつ、トレイドはタクトから視線を逸らした。その様子に、小首を傾げるが、その様を見てため息を一つ。渋々ながらも、トレイドはあることを告げた。


「少年……女っぽいて言われないか?」


「……しょっちゅう言われてます」


一気に渋面になった彼にやっぱしか、と頭を抱えた。トレイドが視線を逸らした理由、そしてお礼を告げられた際に一瞬ほおけた理由。それは、彼が浮かべた笑顔、それに見入ってしまったためである。ーーいや、少し、違う。


彼の笑顔に、懐かしさと悲しみを感じたのだ。ーー何故感じたのかは、わからないが。


まぁ、元々彼の顔立ちは男っぽくなく、瞳がやや大きく、線の細い、少女的な顔立ちをしているのだ。しかもうなじの辺りで束ねているとは言え、髪も長く、そのことが彼の性判別を誤解させるのに拍車を掛けているのだろう。しかもーー


「……よくよく見れば……下手したら……てか、普通にそこらの少女よりも美人じゃない?」


「む、トレイドよ、貴様中々見所があるーー」


「黙れクサナギッ! そしてそのことは死んでも認めませんッ!!」


頭上に居座るクサナギを無理矢理引っぺがし、地面に叩き付け、まじまじと見てくるトレイドに指さしてぷいっと顔を背けた。ーーその態度を見て、トレイドは再び嘆息。


「……そういう態度が、誤解させるんじゃないのか?」


「知りませんッ!」


完全に拗ねた様子である。そんな彼に、降参とばかりに両手を上げ、肩をすくめた。


「わるかったわるかった。……とりあえず、その”僕”っていう呼び方は止めた方が良いんじゃないか? 世の中、僕ッ子というのがあるし……」


「……僕もそう思っているんですけどね……中々、直らないんですよ」


はぁ、と完全に項垂れ、気落ちした彼の肩をぽんと叩いてやった。苦労しているんだなぁ、と思いをかみしめ、ふむと一つ頷いた。


「なら、今度からお前が僕って言ったら、俺がお前にデコピンしよう」


「そんな子供だましみたいな……」


ははは、と苦笑しながら笑い流すタクトだが、次の瞬間トレイドの右手が彼の額辺りにありーー中指を弾いた、途端。


「あいたぁっ!!?」


額に痛烈な痛みが走った。思わず額を押さえて後ずさるタクトに、トレイドはからからと笑う。


「ほれ見ろ、これで子供だましと笑えるか?」


「………っ」


タクト、無言なれども必死の形相で首を横に振る。その目から薄く涙が滲み出ており、ものすごく痛かったのか、額を押さえている。地面に叩き付けられたクサナギは、彼の隣でふわふわ浮かびながらその様子を見て、ふっと肩をすくめた。


「タクト、お前痛みには慣れているだろう? たかがデコピン一つで、そんなーーあだっ!!?」


鼻で笑うクサナギの小さな額を、トレイドはピンポイントでかます。すると、痛みがどうだと言っていた彼は、そんな情けない声を上げて先のタクトと同じようにのけぞった。額を押さえ蹲る二人に、トレイドは上機嫌なのかからからと笑っている。


「て、てて……というか、トレイドッ! なぜ私までッ!」


「いや、やってほしそうな顔をしていたから、つい」


「そんな顔しとらんッ! くそ、しかしかなり痛いな。何なんだ、この……パチンコ玉で額の中央を貫通したような痛みは……」


苦虫を潰したような顔つきで額を押さえるクサナギ。どうでも良いが、その例えだとおそらくその人は無事ではすむまい。だが、トレイドのデコピンが、それほど痛かったのは事実である。


ようやく痛みが引いてきたが、まだ額を気にするそぶりを見せるタクトとクサナギを引き連れて、トレイドは瓦礫と苔に覆われた坂道を下り始めた。ーー下り?


ふと痛みから意識を放し見ると、どうやら周辺一帯がある一点を中心に大きく陥没し、円形のクレーターとなっていた。そして、そのクレーターの中心には、この古び滅びた都には似つかわしくない神聖な雰囲気を漂わせるーーいわば、祠か社のようなものが鎮座していた。


おそらく木材を使って作られたのであろうそれは、長い年月を掛けて木々や苔に覆われ、腐食が進んでいるが、人が入れる大きさの空洞があった。どうやらトレイドはそこを目指しているらしい。


「トレイドさん、もしかして、あそこに……?」


「そう。ここに住んでいる、俺の友人だな。と言っても、相手方は人じゃないけど」


そんな会話を交わしている内に、祠の目の前まで下りてきた一同は、トレイドを先頭にしてその祠へと入っていく。そして、その空洞に二人ーー本当は三人なのだが、クサナギはタクトの頭上で大人しくしているため、二人でカウントして良いだろうーーが入るなり、急に暗くなった。


「……あれ? 暗くーーっ!?」


背後から差し込んでいた陽光が、何の前触れもなく消え去ったことに驚き、ゆっくりと振り返ったタクトはそれを見て絶句する。先程空洞に入ってきた入り口は、闇に包まれ消えていた。


「トレイドさん、これって……っ!」


見れば、辺り一面闇の中にあった。目は開いているはずなのに、周囲の光という光がなくなったかのような真っ暗闇で、自分自身さえ視認することが出来ない。急にかなり心細く、恐怖も感じたタクトは、トレイドのそばに駆け寄ろうとするも、彼が着ている黒衣が周囲に溶け込み、どこにいるのかわからない。不安に駆られるタクトだが、不意にトレイドの声が聞こえてきた。


「何を騒いでいる、落ち着け少年。しばらくしたら……お?」


タクトの慌て具合に対し、不思議そうな声音で落ち着けと言うも、その次の瞬間には視界に光が戻っていた。突然の光にタクトはまぶしさを感じ、慌てて目を閉じる。だが、闇に飲まれていた時間が短かったせいか、すぐに目は慣れーーそして、本日何度目かの驚愕に目を見開いた。


『何用だ。……ふむ、珍しい客人だな? どこからか迷い込んだ……ほう、トレイドか。またあったな』


タクトが見つめる視線の先には、足のない薄く茶色に輝く巨人がそこにいた。


恰幅が良く、頭部には一切毛は生えていないが、立派な髭を生やした、威厳のある男性ーーだろうか。よく見ると、薄く透き通って見え、顔立ちは判別しづらいが、厳つい顔立ちをしていることはわかった。


また、体全体の布面積も小さく、体の大部分が露出しているも、大事なところは隠されている。また、露出した肌は所々ごつごつとした岩肌になっており、そして何よりも特徴的なのが、その羽衣。脇のあたりから頭上を通り超え、そして反対の脇へと流れる羽衣は、止められていないのに、まるでそこにあるのが正しいとばかりに定位置に付いている。


そして、その全身から感じられる気配。クサナギの見立て通り、魔力炉は鈍いながらもようやく動き出したが、その気配からはやや離れていたため疎くなったタクトでもはっきりとわかるほど、強いその気配を醸し出していた。ーーすなわち、”魔力”を。


「これはこれは……どうやらトレイド、貴様の知り合いには大物しかいないようだな」


頭上にいるクサナギは、その正体を一目見て悟ったのか、驚きと困惑と、呆れが入り交じった何とも言えない声音で呟いた。だが、その呟きはタクトの耳には入ってこなかった。目の前の存在に、驚きのあまり我をなくしていたのだ。タクトは初老の薄く輝く巨人を見て、ぽつりと呟いた。


「……この人……人型の……”精霊”?」


ぽつりと呟いたその一言を聞き届けたかのように、目の前の存在ーーおそらく、精霊と思われるそれはくるりとタクトの方を向いた。そして、厳しかった表情を僅かに緩めて、


『……聡い若者だな。申し遅れた、私は六賢者が一柱、土の……いや、昔の名などどうでも良いか。ともあれ、今は”土の賢者”と呼ばれる精霊なり』


そう言って、精霊ーー土の賢者と名乗る精霊は、恭しく頭を垂れた。

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