第7話 自由人は走らせたら危険である
タイトル、すさまじく変ですがお気になさらずw
ところ変わって昼時。当然、昼食を取る時間帯である。
ここ、フェルアント学園には様々な世界の料理がある。流石は、世界をまたぐ組織っと言ったところか。
とはいえ、実を言うと、それほど多くの世界から人が来ているわけではない。
その一つが、異世界を見つけていない、と言うこと。そして、もう一つが、精霊のことを知らない世界である、と言うこと。
異世界と言っても、現在フェルアントと同盟を組んでいる世界は二桁もないだろう。それぐらいの少なさであり、また、せっかく見つけても精霊のことを知らない、と言うこともあり、せっかくの苦労が水の泡である。
そう言う異世界のことは、たとえ見つけても干渉しないことと、フェルアントでは取り決めおり、そのため、数には含んでいない。その異世界も含めれば三、四十はあるらしい。
唯一の例外は、地球ぐらいであろう。そのおかげで、案外フェルアントでは有名である。
その有名である地球出身の、医療室にたたき込まれた精霊使いはーー。
「いっつ~~……」
顔をしかめながら、学園の廊下をのろのろと歩いていた。
手の甲で腰をトントンとたたいており、そのさまはどこにでもいる老人のそれであった。
ともかくタクトは、さっさと昼食をとろうとフェルアント学園の廊下を歩き続け。
「それでさ~って、大丈夫?」
「…いや、うん……大丈夫……っ……だと思う」
すぐ隣を歩いている少女ーーコルダ・モランと名乗る少女は、タクトの漏らした声を聞いて、心配したふうに尋ねた。
肌の色は日に焼けたのか、元からそうなのか、若干黒ずんでおり、紫色の髪の毛をツインテールにしてまとめている。
彼は、最初は大丈夫と言ったが、すぐさま走った痛みにうめき声を上げた。
はははーっとコルダは笑い声を上げ、タクトに触れた。
突然のことに思わず驚いた表情のタクトを尻目に、彼女はニコニコと笑ったまま、
「痛いの痛いの飛んでけ~」
「…どこで覚えたのそれ?」
触れたところをさすりながら、パッとあらぬ方向に何かを飛ばす仕草をする彼女に、タクトはしかめっ面で問いかけた。
……その、ひどく懐かしいフレーズについて。すると彼女はキョトンとした顔で、
「え……。今即席で作ったんだけど?」
「………」
答えを聞き、タクトはキョトンとした。
(へ? たった今作ったって?)
(ある意味、恐ろしいな……)
コウの言うとうり、ある意味恐ろしい。タクトは額を抱え、はぁーっとため息をつき、
「その歌は、僕の故郷の歌でね」
「ねぇー、早く食堂行こう-?」
「って、聞いてないし!」
せっかく説明しようとしても、聞く耳持たず、それどころかいきなり会話の内容が変わり、食堂へと促す彼女に、タクトはひどく憤慨した。ーーコルダ、かなりの自由人である。
だが、彼の叫びを聞いても、コルダは「行こうー」と言うだけだった。そんな彼女を見て、なんだか説明す気も失せた。
(……なんでこんな人と出会ったんだろう)
タクトはこの日の運の悪さを実感した。朝っぱらからシュリア先生に気絶させられ(おかげで女装は免れたが)、医療室から出てきたと思えば偶然コルダとばったり出会い。
良いことないかな、等と再度ため息をつき、タクトは彼女に引きずられるようにして食堂に向かっていった。
~~~~~
マモルとレナは、うんざりしながら目の前の人物の話を聞いていた。その人物、アイギット・スチム・ファールド等という大層な名前を持つ人物の話は、聞いていてイライラしてきた。
「田舎モンはさっさと帰れ。ここは俺達の世界だぜ」
「あー、はいはいそーですか」
アイギットの辛辣な言葉を、あくまでも涼しい表情で聞き流しながら、マモル達は食堂で昼食を食べ始める。とはいえ、このアイギットとやら、取播きが大勢いるようで、二人はそれらに囲まれながら食事をしていた。
ことの始まりは、ごくごく簡単なことだった。機嫌が悪いアイギットとマモルの肩がぶつかった。当然マモルは謝罪したが、なぜか相手が食ってかかってきたのだ。
それはどうでも良いのだが、その間に挟まれているレナは気まずいことこの上ない。ううっと内心半泣きの状態で彼女は出されたパンを一口かじる。が、全く味を感じない。
マモルの言葉に反感を覚えたのか、アイギットは眉根を寄せ、彼にしては低い声で脅すようにささやく。
「……どうやら言葉が通じないらしいな。そこまで馬鹿なら仕方ないな。何せ、入学の時遅れかけたくらいだもんな~」
「ほう…」
人を馬鹿にした内容に、マモルの眼に雷光が走った。
慌ててレナが止めようとしたが間に合わず、口の端をゆがめながらゆらりと立ち上がったマモルは、アイギットと真っ正面からにらみ合う。
「へ~、猿山のてっぺんにいる大将も、ずいぶんと進化したんだな」
「…どう言う意味だ」
顔をしかめたアイギットを見て、マモルはその表情に笑みを浮かべた。
「へ、進化という言葉の意味を知らないみたいだな。それじゃぁ、俺達のことを馬鹿と言う資格はないね」
彼と同じ、人を見下した口調でいうマモルに、アイギットはその顔に怒りをあらわにさせる。もう止められないと悟ったのか、レナは大きくため息をつきつつパンをかじる。何でこう、彼は屁理屈がうまいのか。それも、人を怒らすような。
彼とは腐れ縁であり、そのため毎回とばっちりを受けていたもう一人の幼なじみの気持ちを存分に理解した。
ともあれ、二人を囲っていた取播きは、リーダーであるアイギットの怒りを見て、自らも詰め寄るように一歩近づいてきた。怒りを押し殺したのが丸わかりの声音で、
「し、進化という言葉なら知っているさもちろん。だが、俺が聞きたいのは」
「なら、猿山か?それはもちろん、お前らみたいな奴のことを言うんだよ」
……逃げようかな、等とレナはその啖呵を聞いて即座に思った。
当然、その言葉を聞き、アイギット達がその顔を醜く歪ませていく。
(ねぇキャベラ。ここで逃げても罰あたらないよね?)
(当たるわけないでしょ。むしろここにいたらとばっちりをくらうわよ)
その様子を見たレナは、同じことを思った、ため息混じりのキャベラにうんと頷き、即座に立ち上がってその場を後にしようとーー。
「おい、お前。何処に行く?」
「ひゃあ!」
神様は何処までも優しくなかった。取播きが、立ち上がり逃げようとしていたレナをつかみ、強引に顔を振り向かのだ。当然、その様子はマモルとアイギットにも見られており、若干慌てたマモルを見て、アイギットはふっと笑った。
「どうやら、君の友達はずいぶん薄情みたいだね。君のことをあっさり見放そうとしていたよ」
「………」
苦虫を潰したような表情でマモルはその様子を見ていた。
「ご、ごめんなさい…」
取播きから何とか離れ、マモルの側まで来ると、レナは頭を下げてきた。と言っても、彼自身逃げたことに対しては何とも思っていないのだが。
特に気にしていない、と言うふうに頷くと、やっと彼女は顔を上げた。
と、そこでーー。
「やっぱし今日は厄日だ……。帰って寝ようかな」
突然響いたその声に、そこにいた者すべてが一斉にそちらを向いた。
セミロングの黒髪にやや低い身長。そして中性的な顔立ちをしており、長い髪とあわせて少女と間違えそうな印象を出している。フェルアント学園の男子制服が、彼を男と表す数少ない物であった。
そして、彼と連れ立っている少女ーーやや浅黒い肌に紫色の髪の毛をツインテールにしてまとめたその人は、何がうれしいのかニコニコ顔である。
その二人ーータクトとコルダは両手にお盆を持っていて、その上に食事がのってあった。これから昼食なのだろう。タクトは、目の前の一触即発の状態を見ながら深いため息を漏らした。
「騒ぐのは自由だけどさ、このままだと食事の時間が終わっちゃうから、また後にしたらどう?」
そのタクトの提案に苦々しい表情を浮かべたままアイギットが、
「……わかった」
一つ頷くと、踵を返してどこかに向かい、その後を取播き連中がタクト達を睨みながら追っていく。
その様子を目で追いながら、タクトはマモルとレナの二人に問いかけた。
「何があったのさ」
「…まぁ、色々と」
深呼吸してこみ上げていた物をはき出すと、マモルはドカッと手短にある椅子に座った。
タクトもその隣に座り、続いてレナやコルダが一緒になって座る。
「ねぇ、名前なんて言うの?」
唐突にコルダが聞いてきた。あまりにも唐突だったが、自己紹介なら良いか、と二人は思い苦笑気味に笑った。
「私は鈴野レナ。よろしくね」
「俺は宮藤ーー」
「でさ、一体何があったの?」
いきなり話が変わったことに(それと自分の自己紹介がスルーされたことに)驚き、マモルは呆然とした表情を浮かべた。
(あれ…俺、まだ自己紹介…)
声に出さずにそう思う。隣のタクトを見ると、
「こういう奴だから」
と、端的に言われた。無論、それで納得出来るはずもない。
ちょうどそこでは、レナがコルダに今までのいきさつを話している途中のようで、ふむふむといった感じで頷いている。
「ーーと言う訳なんです」
「なるほど-。うんうんわかった、要するにアイツの心が狭くて、フジの方も意固地になりすぎた、と言うことでしょう?」
「まぁ、そうだね」
そう言って、彼女の要約に苦笑するタクト。だが、核心は突いている。
アイギットの方も意地を張りすぎだな、と思う一方で、マモルももう少し言い方を変えられないのか、とも思う。
今度は注意しろよ、と言うふうに隣のマモルを見たが、彼は顔をしかめてコルダの方を睨んでいる。
「……おい、フジってのは俺か?」
「そうだよ~」
のほほーんとした表情でマモルの問いに答えるコルダ。
「俺は宮藤だっ!宮藤マモル!」
テーブルをバンッと叩きつけ、勢いのままに立ち上がる。マモルの行動に、タクトとレナはビクッと肩をふるわした。だが、彼女のそれからの反応は予想の範疇を超えていた。
ビックリしたふうでもなく、かといって驚いた様子も見せないままーーどちらかというと、キョトンとした表情で、
「…え?ミヤが名字で、フジが名前じゃないの?」
「………」
コルダの表情には、一点の曇りのない、実に見事な唖然とした物を浮かべていた。
その顔を見て、三人はため息を漏らした。
「もういい。怒る気も失せた。……とりあえず、人の話は最後まで聞こうな」
すごく疲れた表情のまま、マモルは椅子に深く腰掛けた。