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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第6話 闇の眠り~4~

ーー唐突に目が覚めたタクトが最初に感じた気配は、底知れぬ闇の気配であった。


人は本能的に闇を恐れる。それはきっと、闇を見て余計なことを想像してしまうからだろう。


見えない暗闇の中に潜む、幽霊や悪霊、鬼といった、災いをもたらす物。人々は闇を通して、それらの物を想像し、作り出してきた。


人々のそういう思念が、悪鬼のたぐいを生み出しているとは気づかずに。それは、何という皮肉だろうか。恐れるが故に、恐れる物を作り出す。そして最後には、自身の見たくない物を闇に閉じ込め、知らない振りをする。


ーーコワセコワセコワセーー


ーーチカラガ、ホシイダロウ?ーー


「うっ……あぁ……!」


ならば、今頭の中で同じ事を囁いているこれは、人々の”見たくない物”の塊なのだろう。当然か、好きこのんで自らの悪性に目を向ける者は稀なのだから。


人々の悪意の塊であるダークネス。それから送られてくる強い思念に、目覚めたばかりのタクトの意識は弱まり、それと同時に、右耳がなくなったときの光景を見せられる。


己の無力さの象徴であるあの光景を見せられ、タクトは目と耳を閉じ、闇に呑まれながら目を瞑っていた。それが、彼に出来る唯一の抵抗なのだ。だが、それでも光景は目にーーいや、頭に直接送り込まれてくる。


ーーチカラガホシイダロウ? オノレノムリョクヲノロッタダロウ? ナラバワレヲワスレヨ、ワレヲウケイレヨ。サスレバチカラアタエンーー


ーーソシテスベテヲコワセ。コワセコワセコワセ!!ーー


「っつぅ!!」


あまりにも強烈な思念に、タクトは頭を押さえて蹲る。ーー何故これほどまでに頭が痛むのか、心のどこかでは察しが付いていた。


ダークネスを拒んでいるから、ただそれだけだ。理由としては単純で有り、だからこそ、頭痛は酷くなる。


ーー……ナゼワレヲカタクナニコバムノダ? ワレハ、ナンジニチカラヲアタエルトイウノニーー


ーーコレイジョウワレヲコバムトイウナラバ、ワレハノロイヲノコサン!!ーー


だが一方で、疑問に思うこともある。いつ宿ったかはわからないが、自分の内にあるダークネスがこれほど強い思念を持つのなら、タクトの意思などお構いなしに出来るはずだ。いつ宿ったかはわからないが、自分の内にあるダークネスがこれほど強い思念を持つのなら、タクトの意思などお構いなしに出来るはずだ。なのに何故、ダークネスは受け入れろと言うのだろうか。


ーー……ト……っ!--


「………っ……?」


不意に、声が聞こえた気がした。それも、聞き覚えのある声が。その声は”彼女”のものであり、今まで見せられていた幼い頃の”彼女”の声とは違っている。ーーまぁ、あのときから十年以上も経っているので、当然と言えば当然か。


ーー……カ……ク……!--


「……誰が……バカ……だよ……」


カ、と、ク、しか聞こえていないのだが、聞き覚えのある声から、絶対言ったであろう言葉を呟いた。それにタクトは力なくふっと微かな笑みを見せーーそして気づく。頭痛が、引いていく。


「……あれ……? 僕は、一体……?」


頭痛が引き、そしてようやく、今まで気絶していたこと、そして先程目を覚ましたことなどを思い出した。


意識を取り戻し、記憶をはっきりさせ、記憶がなくなる前後関係をはっきりさせる。この過程を経て「目覚めた」というのならば、タクトはこのときようやく「目覚めた」のだろう。


「……あれ?」


今まで閉ざしていた目を開き、辺りを見渡して、彼は首を傾げる。


周囲は見渡す限りの荒野であり、地平線が果てしなく遠くにある。まるで今にも雨が降りそうなほど周囲は薄暗く、空を見上げれば曇天。雲の向こうにある陽光を遮るほどの分厚い雲が、そこにあり、その雲もまた、地平線まで続いていた。


ーー少なくとも記憶にない場所である。だが、妙に懐かしく感じるここは、一体どこだ。そう思って立ち上がり、ふと悪い予感が走った。


もしかしてここはーーダークネスに取り込まれ、暴走した自分が作り上げた場所なのだろうか……? だとすれば、ここはフェルアント……? そんな考えが脳裏によぎり、彼は青ざめる。


『……まぁ、あたりと言えば、あたりだね。でも安心して、ここはフェルアントではないよ』


「っ!?」


と、落ち着き、微かに苦笑を滲ませた声音が語りかけ、タクトは慌てて背後を振り返った。そして、そこで見たものに、彼は驚きを露わにさせる。


巨大な木がそこにある。辺り一面荒野の中で、唯一屹立する、枯れた巨大な木。その木に、タクトは見覚えがあった。


「……この木……家にある、桜……?」


大きさこそ違うし、もう枯れているが、この木は生家の庭に植えられた桜の木そっくりであった。目を瞬いて驚くタクトに、先程の声をかけた男が再度呼びかける。


『ふむ、ここに人を呼ぶのは二人目だけど……二人とも似たような反応するんだね。まぁ、唯一高さのある物だから、仕方ないと言えば仕方ないかな?』


「え? っ」


声のした方向に目を向け、タクトは息を呑んだ。視線を向けた先にいた男は、体が透け、その向こうにある桜の幹が見えていたからだ。まるで幽霊のように見える男を前にして、タクトは思わず一歩下がった。


『……何で下がるの?』


「あ、その……ごめんなさい」


若干傷ついた表情を浮かべる男を見て、タクトは申し訳なさそうに頭を下げた。そんなタクトを面白そうに眺めながら、男は苦笑を浮かべ、


『……どうやら、変わらないみたいだね』


「……えっと、何が、ですか?」


『いや、こちらの話さ』


気にしないでくれ、と手を振る彼に、タクトは曖昧に頷いた。……どうしてだろうか、この男から、どうしようもない親近感がわいて出てくる。それはまるで、遠い昔に知り合った親友とばったり再開したようなーーいや、違う。それよりももっと親密度が深い。


「………?」


『お、晴れてきたね』


一人首を傾げるタクトだが、対する男は気づかぬ様子で空を見上げ、雲の隙間から差し込む太陽の光に気づき、顔をほころばせる。吊られてタクトも空を見、思わず感嘆の声を漏らした。


分厚い雲の隙間から差し込む光が荒野を照らし、同時に心地よい風が流れ始める。その風を体で受けながら、一種幻想的に見えるその光景を見やっていた。


何もない荒野に差し込む光は、さながら滅びたはずの都の、将来ある明るい未来を指し示すかのように見えたのだ。空を見上げていた男は、彼に気づかずに辺り一面をくまなく眺めているタクトに視線を向け、優しく微笑んだ。


『うん、やっぱりと言うべきだね。ダークネスは、完全に眠りについたようだ』


「っ!」


ダークネス。男が呟いたその一言を耳にして、タクトは飛び上がるほどの衝撃を受けた。ばっと男の方へ視線を向けると、彼は一つ頷いて、


『そういうことだから、安心してください。しばらくの間、ダークネスが起きることはないはず』


「そ、そうですか……。…ううん、違う。いや、それもあるんですけど……、……っ、ああ、もうっ」


ここはどこなのか、貴方は誰なのか、ダークネスはどうなったのか、そしてーーレナ達はどうなっているのか。次々と出てくる疑問を問いかけようとするが、頭がまだ多少混乱しているタクトは、どれから疑問を聞くべきか迷ってい、頭をかきむしった。そんな彼に、男は首を振ると、


『目覚めたばかりで、疑問がたくさんあるところ申し訳ないけど、君の疑問全てに答えるのには、少々時間が足りない。それに、君の疑問は、いつか必ず答えにたどり着ける。だから、私から一つのことだけ、君に問いかけよう。……いや、アドバイス、かな?』


そう言って苦笑を浮かべる男。その表情には、穏やかな笑みが広がっており、タクトは思わず眉をひそめる。彼の言葉にではなく、その表情に。


覚えのない、見知らぬ男だとはっきりと言える。ーーなのに。タクトは本能で悟った。この人は、どこかであった人で、そして自分との縁が限りなく強い人、だと。だからか、彼は男の言葉に耳を澄ませた。


男は言う。


『新たに力を求めることはせず、持っている力を磨き上げるーーそんな考えでは、必ず壁に突き当たる』


「………」


その言葉は、タクトの胸を強く貫いた。


彼自身も理解していた。あの神霊祭の後、夢の中で闇にーー確証はないが、ダークネスだと断言できるーー言われた言葉がよみがえる。


ーー『それに君は、「無い物ねだりはしない」と良く言うが、それはつまり、”諦め”なんじゃないのかい?』ーー


力を求めることを諦めている。確かに、そうかもしれない。自分自身でさえ自覚していなかった事実。それを否応なしに思い知らされ、タクトは俯きかける。だって自分は不反応症ーー魔術が使えない体質。新しい力を手に入れる”器”ではないのだから。


だが。


『だけど、それがもし自分という”器”を測ったから、そんな考えが生まれたのならば。それは、君の勘違いだ』


「……え?」


男の言葉に、タクトは目を瞬いた。曇天の荒野に風が吹く。風がタクトの体を包み込み始め、それと同時に浮遊感を得た。


「っ!? 待ってッ!」


浮遊感を得たことに、彼は戦慄し、同時に悟った。きっとこのまま、この謎の世界から追い出される、と。だが、今はまだ追い出されるわけにはいかなかった。何せ、まだ、男の言葉を聞いていない。それを聞くまで帰りたくなかった。


なぜなら、その言葉はまるでーー


『ーー君はまだ、己を測り切れていない』


ーー力を得られる、まだまだ強くなれる、という。タクトがずっと望み、焦がれてきたことが叶う可能性を秘めた言葉だったから。


男は微笑み、言葉とともにタクトを送り出した。そして、もう誰もいなくなったこの世界で、一人呟いた。


『……君は、強くなれる。王よりも……そして、”僕”よりも……』


呟いたその一言は、誰かに聞こえる訳がないというのに、光が差し込み始めた曇天の荒野に不思議と響き渡った。


 ~~~~~


「……うっ」


体に感覚が戻ってくる。それと同時に、彼は呻き声を漏らした。体全体が、まるで鉛になってしまったかのように重い。体を動かそうにも、思うように力が入らず、動かしずらい。目を閉ざしたままでいる彼に、聞き覚えのある声が耳に響く。


「あ、気がついた。……ってか、呻いてる」


「まぁ、呻くだろうな。ダークネスに呑まれている間、ずっと魔力炉が全開で動いてたんだ。かなりの生命力をなくしているだろうし……」


アイギットと、そして驚いたことにトレイドの声であった。内心で驚き、しかし体はよほど疲れているのだろうか、それを表すようなことは出来ない。目を閉ざしたままでいると、なにやら慌てた様子のトレイドの声が耳に入ってきた。


「いや、最後の一撃は関係ないさ! ……多分。きっと。おそらく……だといいなぁ……」


「………」


だんだんと尻すぼみになる彼の言葉に、周囲の沈黙が痛く感じるのは気のせいだろうか。後、最後の一撃とやらがとてつもなく気になる。それを聞いたとき、何故かおでこが痛くなったし。


と、極度の疲労で動けないでいるタクトの頬に、水滴が落ちてきた。人肌並に暖かいそれが頬を伝っていくのを感じ取り、タクトはようやく目を開ける。ーー何となく、疲れを押してでも、目を開けなければならないような気がしたからだ。


目を開いた彼が見たのは、一人の少女の顔であった。目を赤く腫らし、そこからはらはらと涙を溢している、一人の少女を。


「……レナ?」


「…………」


名を呼びかけると、彼女はますます瞳を涙でにじませ、くしゃくしゃに歪んだ笑顔を浮かべた。そしてそのまま、彼の頭を抱き寄せる。


「あ、ちょ……っ」


「……よかっ………た……」


彼女の泣き顔が間近に迫り、タクトは慌てて抗議の声を上げかけるが、しかしそれは彼女の涙混じりの囁き声にかき消えた。


ただよかった、と。震える声で、小さく囁く彼女に、タクトはかけようとしていた言葉を飲み込み。代わりに、そっとその頭をなで始めた。


「……ごめん……心配……かけて」


「ホントだよ、もう……」


微かに笑い、そして微かに肩を振るわせ、小さく嗚咽を漏らし始めた彼女を、うまく動かない左腕で必死になで、安心させる。ふと、動かし抱きつかれている隙間から周囲を見やると、トレイドがマモルとアイギットの首根っこを掴んで強引にそっぽを向かせているところだった。


その様を見て、気が利く人だな、と彼は穏やかに微笑んだ。極度の疲労感からか、いつもは羞恥に身悶える場面だが、大した恥ずかしさは沸かなかった。


(……そうだ、コウ)


今の今まで黙っていた己の精霊のことを今更ながら思い出し、彼は脳裏に語りかける。ーーだが、返事がない。


「……?」


(コウ? どうしたの?)


腕の動きを止め、眉根を潜めて再度呼びかける。だが、結局返事はない。そのことに訝しげながらも、眠っているのかも知れないと思い、彼はため息をつきながら左手を下ろしーーそこでそれが目に入った。


「……え?」


何かの見間違えかと思い、タクトはもう一度左手をーー掌を見やる。だが、見間違えではなかった。本来、そこにあるはずの”証印”が、ない。


精霊使いならば、精霊と契約を交わした証として、体のどこかに刻まれる証印。それが、きれいさっぱり、元から何もなかったかのように、無くなっていた。


「……うそ、だろ………?」


「……たく、と……?」


「? 少年?」


目を驚きに見開き、呆然として左手を見やるタクト。その彼の小さな呟きを聞き取ったのか、レナと、そしてマモルとアイギット二人の相手をしていたトレイドは、彼の震えた声音から、何か尋常ではないと感じ取ったのだろう、視線を彼へと向けた。


だが、結果は変わらない。どれだけそこを見続けても、証印が浮かび上がったりすることはなかった。この時だけ、極度の疲労も吹き飛び、彼は慌てて自身の魔力を探ろうとする。


ーー徒労に終わった。


自身の内に、あれほど馴染んでいた魔力が、全くない。それどころか、魔力を生み出す魔力炉さえ、見つからない。


「……うそ、だろう……!?」


「た、タクト? 一体、どうしたの?」


「おい、どうした少年?」


愕然とし、呆然とするタクトを見て、嗚咽を止めたレナは心配そうな表情で見やり、そばにトレイドも駆けつけてきた。しかし、二人の声は耳に入らず、タクトはただじっと左の掌を見続け。


ーーイッタロウ? ノロイヲノコス、トーー


自身の内から、そんな声が聞こえた気がした。

二年時編、第一章終了です。

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