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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第6話 闇の眠り~3~

「っぅ……」


心象世界から追い出され、精神が体に戻ったトレイドが最初に感じたものは、腰を強打した痛みだった。何故か痛みを感じる腰に呻き声を上げ、手を当てながら上体を起こす。


どうやら、心象世界をはじき出されたと同時に、”こちら側”の体も一緒に吹き飛ばされたみたいである。そのことを理解しながら視界を彷徨わせ、すぐにタクトが、黒騎士が目に入った。


意識を集中させると、タクトの中にまだダークネスがあることを感じ取れた。脳裏に、彼の心象世界での出来事が浮かび上がる。


結局、あの男は何者なのかーーその疑問は後に回し、今大事なのは、タクトの中にあるダークネスの事だ。彼が言っていたとおり、あの心象世界の守りによって、ダークネスを引きはがすのは不可能だったようだ。


「……厄介な奴に取り憑いたもんだな。ーーザイ」


(……む?)


知らず知らずのうちに呟きながら嘆息。しかしすぐに思考を切り替え、自身の内に宿る相棒に語りかけた。彼の心象世界内で痛みを感じたはずのザイだが、そんな物は感じさせない声音で問いかける。


「ダークネスは引きはがせない……となれば、どうすれば良いと思う?」


(私に聞くな。というよりも、何故私に問う?)


相棒の応えに、やっぱりか、と声に出さずに内心で呟いた。しかし、心の内での呟きを目敏く聞いたのか、少し震える声音で「おい……」と口にしたのは聞かなかったことにする。


「さて、どうするか……ーー?」


少なくとも、黒騎士をこのまま放って置くわけにはいかずーー周囲への被害もあるが、何より強制的に魔力炉を全開にしているため、タクトの命が危ないということもあるーー、黒騎士をどうするべきか思案していたが、ふと黒騎士に近づく人影に気づいたのだ。


「……おい、お嬢ちゃん!?」


「……」


先程の、三人の少年少女ーーおそらくタクトの友人達だろうーーのうちの紅一点である、黒い長髪の少女がふらふらと黒騎士に近づいたのだ。彼女は無言のまま、黒騎士へと近づきながら手を差し伸べ、その行動に今頃気づいたのか、男子二人が慌てて叫び声を上げる。


「バ、バカレナッ! 今タクトに近づくな!!」


「くっ……!」


銃を持った茶髪の男子は叫び、レイピアを握った金髪の男子は駆け出した。彼女を助けるためだろうが、しかし間に合わない。もうすでに、レナと呼ばれた少女は、黒騎士の間合いに入ってしまっている。


「………」


「っ! やめろ、タクトォ!!」


ぴくり、と黒騎士が動き、無言のまま刀を振り上げ、茶髪の男子が怒声をあげる。だが、彼は止まらない。振り上げられた刀をじっと見て動かないレナ。だが、やがて刀が微かに震え、それを見て彼女は目を見開き、すぐにぎゅっと閉じて俯いた。


その強ばった表情を見て、トレイドは即断した。


ーー間に合えっ……!!


握ったままの長剣を槍投げの要領で構え直し、その先端から魔力を吹き出すと、刀身全体を円錐状に覆った。


ここから突進するのでは間に合わない。重い矢では、早さが全く足りない。ならーー


ーー”重さ”をなくすだけだ……!!


「ジャベリング・アロー!!」


叫び、彼は上体を反らして勢いを付け、剣を槍投げのごとく投擲した。右手全体に魔力を流し、筋力を強化させて放ったそれは、大砲の弾丸のように力強く、それでいて素早く突き進み、黒騎士に命中。甲高い音が鳴り、吹き飛ばすまでは行かないまでも、黒騎士をよろめかした。


「……え?」


「レナ、今のうちだ!」


甲高い音に、レナは目を見開いた。その瞳が驚きに見開かれると同時に、駆け出したアイギットが彼女を抱え、よろめいた黒騎士に向かって思いっきりレイピアを突き出し転倒させると、そのままマモルの所まで後退する。


「お前っ、なんであんな無茶を!!」


「ご、ごめん……だって……」


「いや、ごめんでは済まない! お前はあと少しで斬られるところだったんだぞ!!」


「う、うぅ……」


彼らと合流するなり、マモルが怒声をあげ、レナはもごもごと口を開く。だが、流石に彼女の行動は無謀過ぎた。そのため、普段は温厚なアイギットでさえ、彼女の言い分を遮って怒声を浴びせ、彼女は俯いた。


そんな彼らに、人知れず近寄ったトレイドは苦笑を浮かべながら、


「あまり責めてやるなって。大切な奴がああなったら、大抵心配でたまらなくなるんだよ」


「そ、そうなんでーーって、違います! ていうか、誰ーーっ!?」


思わず彼の言葉にレナは頷きかけ、即座に否定。マモルとアイギットとともに声のした方に目を向け、驚きを露わにさせる。


「あ、あんたは……!」


アイギットが表情を歪め、手にしたレイピアをこちらに構え、それと同時にマモルも二丁銃を構えた。すると、一拍遅れてレナも証である棒の先端をこちらに向けてくる。その様を見て、トレイドはふと首を傾げた。


「……ここまで警戒されるようなこと、した覚えないんだが……」


「ふざけるな! 神霊祭の時、あんた無断でアリーナに乱入してきたじゃないか!」


「……ああ、あの祭り神霊祭って言うんだ。いや、コロシアムに乱入したのは、ダークネスを宿していた女の子がいたからでーー」


ふむ、と納得してから、トレイドは即座に背後を一閃。飛んできた黒い魔力斬撃ーーかなり軽いーーを打ち落とす。見ると、黒騎士がこちらに向けて水平に刀を振るった姿勢で残心している。即座に追撃がかかると見たトレイドは、剣を黒騎士に向けーー


「?」


異変に気づく。黒騎士の動きが、凄まじくぎごちない。全身が震え、先程打ち落とした斬撃は太刀筋の震え故か、かなり軽かったことも思い出し、ふと眉根を潜めた。


『……忠告はした。一度、ダークネスの回収は諦めるといい。桐生タクトの意識が戻れば、ダークネスは”外敵”として排除されることを恐れ、活動を停止させる』


(……もしや……)


先程、彼の心象世界での語り合いを、トレイドは思い出す。その後にも、あの謎の男は何か言っていたような気はするが、それは置いておくことにする。忘れた、ということはそれほど大事なことではないーーはずである。


ともあれ、あの男の言うことが正しいのであればーー


「……君たち、彼の友人……だよな?」


「? そうだが?」


黒騎士に視線を向けたまま、トレイドは背後にいる彼らに問いかけた。すると彼らは首を傾げつつも、金髪の少年が代表して応えた。その答えに、トレイドはよし、と頷くと、


「良いか、よく聞け……。少年……タクト君からダークネスを引きはがそうとしたが、出来なかった」


「……やっぱし、か」


「………」


多少は予想していたのだが、はっきりと断言され、マモルはため息とともに呟いた。その呟きには、少なからぬ落胆が交じっている。その隣のレナは、見ているのが辛くなるほど落ち込んだ様子を見せている。


その様子を苦笑混じりに見ながら、


「だが、ほかに手はある。どうやらタクト君は、あの中で眠っている状態なんだそうだ」


「眠っている?」


トレイドの言い回しに疑問を覚え、アイギットは訝しげな表情を浮かべながら黒騎士に視線を送る。すでに体の震えは収まったのか、刀を片手に握りながら俯き加減で立ちすくんでいた。今のところ、こちらに襲いかかってくる様子はない。


警戒しながらのアイギットの疑問に、トレイドも黒騎士を見ながら頷き、


「ああ、どうやら彼の心象世界は……いや、詳細は省くか。……えっと、なんて言うんだろうな……彼は、その……簡単に言うと、呪いとかの精神介入系に対してかなりの抵抗力を持っている、っていう所か……」


思わず心象世界のことを言おうとしたが、おそらくさらなる疑問が重なるだけだと思い、口を閉ざした。というのも、説明するのならば、先程の光景も説明しなければならず、彼らの信頼度は高くとも信用度が低い今の自分の言葉を信じてもらえるか、微妙だったからだ。


さらには、いつ黒騎士が襲ってくるかも知れず、前方に注意を向けたままでは大した説明は出来ないと判断したから、というのもある。ーー断じて、めんどくさくなったからではない。


「……精神介入系に対する抵抗力……? なんじゃそりゃ?」


案の定、その程度では説明不足だったため、マモルは顔をしかめながら呟いた。アイギットも同様に、難しい顔を浮かべながら眉間に皺を寄せており、その様を感じ取ったトレイドは、ため息をつきつつ後で詳しく説明する、と言いかけ。


「……それ、おかしくないですか? ダークネスは呪根で、一種の呪いって聞きました。でも、それなら何で精神介入系に対して抵抗力を持つタクトが、ダークネスを宿して、しかも暴走状態に?」


「…………」


彼女の疑問に皆は目を見開き、トレイドはその口元にゆっくりと笑みを浮かべた。


「飲み込みが早いな。……あいつも、俺じゃなくてこの子に伝言すれば良かったのに……」


「……?」


ぶつぶつと呟いた言葉に首を傾げるレナには付き合わず、トレイドは口を開く。


「その通りだが、何でも一時的にダークネスの力が強まったらしい。その結果、タクト君は意識を失ってダークネスに飲み込まれ、暴走状態になったんだ。で、ここからは俺の予測だけど……っ」


今まさに、重要なところを口にしようとしたところで、俯いていた黒騎士が、その顔を持ち上げた。ヘイムに写る紅の瞳が輝き、だらりと下げていた刀を持ち上げ、構える。その様を見て、トレイドは剣を握る手に力を込めた。黒騎士が顔を上げたことに気づいた三人も、それぞれの証を構えつつ、意識はしっかりとトレイドへと向けた。


彼は早口で告げる。ーー彼を、タクトを救い出せるかもしれない方法を。


「ダークネスを弱らせ、タクト君の意識を取り戻させる。……そうすれば、彼自身の力でダークネスを押さえつけられる……と、思うが、どうだ?」


「……なる、ほど。試してみる価値はある、な」


彼の提案に、マモルは頷き、ほかの二人に目配せする。すると二人は互いに頷きあい、黒騎士へと視線を向けた。そんな彼らに、トレイドは微笑みを浮かべ、


「なら、頼む。君たちは、タクト君に呼びかけてくれ。俺は、なるべくダークネスの力を弱めるから」


「さらりと言いましたけど……出来るんですか、そんなことが?」


「ああ。……ま、お兄さんに任せなさい」


どこか試すような問いかけをしてくるレナに、苦笑を浮かべつつ、自身の中にある”理”の力を使おうとする。すると背中に黒い三対の翼を象った文様が浮かび上がり、同時に証が変化し、漆黒の大剣へと姿を変貌させた。


一方レナやマモルは、浮かび上がった文様を間近で見て一つ思い当たることがあった。この文様から感じる気配。色や形は違うが、それがどことなく、この場にはいない少女の隠された力と似通っている、ということに。


「……これって、コルダの文様と同じ……!」


「……ちょっと気になることが出来たが……ま、後だな」


レナの息を呑んだ言葉に、トレイドは苦笑を浮かべながら後にする。彼女が言った言葉に、かなり興味を引かれたが、しかし今は目の前の黒騎士の相手が最優先である。


故に、彼は形成した漆黒の大剣を握りしめ、黒騎士に向かって突撃する。一気に間合いに入り込んだトレイドに対して、黒騎士は刀を振るい応戦する。




下から振り上げる大剣を、黒騎士は振り下ろす大刀で受け流す。こちらの一撃があっさりと逸らされたのを見て、トレイドは頬をつり上げた。


(やっぱし、流しの剣はどうにもならないな……。相手の動きを予測して、螺旋に巻きこむぐらいか……)


続いて右、左と襲い来る大刀を受けつつ、彼は分析に徹する。今の段階で考えついた手段は、動きを先読みして回転に巻きこみ、無効化するということだけ。一度使った技術だが、暴走状態ならば二度使っても何とかなるだろう、とは思う。


しかし残念ながら、今握っている剣は細身のそれとは違い、横幅がかなり違う大剣である。あの技術を、この剣で行えと言われたら、無理と言える。ーー単純に、この剣になれていないのだ。


だが、それでもトレイドはこの大剣で戦うことを選んだ。なぜなら、ダークネスの力を弱まらせるのなら、”理”の力を宿すこの大剣が一番だからである。


タクトの持つ心象世界の能力によって、通じない可能性はあるが、それでも試してみるのが一番である。


(……だが……)


「タクト、目を覚ませ!」


「………」


マモルの叫び声。その言葉に、黒騎士はぴくりと反応しーー剣線が、ぶれる。そして、その隙をトレイドは見逃さない。しっかりと大刀を受け止め、力任せに押しやった。


刀が頭上に弾かれ、黒騎士に大きな隙が出来る。トレイドはそのうちに一歩踏み込み、それを生かした轟撃を叩き込もうとする。すると、黒騎士が例の高速移動ーー瞬歩を使おうと足を踏み出しかけたが、まるで躊躇したかのように足が止まりーー


「っ……」


「っ!」


結果、黒騎士の鎧に轟撃を叩き込むことに成功する。僅かに息を呑む音が黒騎士から聞こえ、よろめく黒騎士から、同時に大剣を通して彼から感じるダークネスの力が弱まったことを確認する。


やはり、自分が立てた予測は正しかった。彼の友人による呼びかけに反応を示し、さらに理を宿したこの剣は、ダークネスを抑制する力があった。加えて、今気づいたがあのダークネスは本来の力を十二分に発揮できていない様子である。


あの一つ目の魔法生物ーーフェルアントでは外魔、もしくは異形と呼ばれていたあれであるーーを生成してこない上、魔力硬化結界も発動していない。どうやらダークネスは、タクトの意識と体を乗っ取ることが精一杯なのだろう。


「タクト、起きろ! 正気に戻れ!」


「……は、厄介な奴に取り憑いたみたいだな、ダークネス!」


先程言った言葉を、彼はもう一度、しかしあのときとは違い明らかに小馬鹿にするように言ってのける。そしてもう一度黒騎士へと突撃し、振り上げた大剣を縦一文字に振り下ろす。


「っ」


よろめいていた黒騎士は、その力強い一撃を受け、前につんのめ倒れかける。が、何とかたたらを踏んで持ちこたえ、同時に下方から大刀を振り上げた。


「おい、タクトォ!」


ーーだが、その一閃は力の入っていない、柔らかい一撃だった。苦も無くその一閃をかわし、トレイドは一気に接近し、大剣による乱打に持ち込む。


「っ………っ…っ…………っっ!!」


ガンガンガンガン、と黒騎士の鎧を大剣で切るーーいや、叩く。そのたびに黒騎士は体を揺らし、徐々に後退する。だが、黒騎士もやられてばかりではない。大刀を振るおうと持ち上げ、迎撃する姿勢を見せる。


「……タクトっ……」


「………っ」


だが、先程から続く呼び声に、黒騎士の体は否応なく震える。おそらく、もうダークネスはタクトの意識と体を操りきれないでいる。ーー鎧が、薄くなり始めた。


「……もう、終いにしようか」


大剣を次々と振るい乱打に持ち込んだトレイドは、ぽつりとそれだけ言うと、踏み込みと同時に轟撃を放ちーー今度は、黒騎士が吹き飛ばされた。


距離を離した彼は両手に握る大剣を構えると、背中に浮かぶ文様の力を解放させ、その力を大剣へと注ぎ込む。すると、大剣が黒く発光。輝きを宿したまま、トレイドは地を蹴り吹き飛ばした黒騎士へと突撃する。


吹き飛ばした黒騎士は、飛ばされながらも何とか体勢を立て直し、両足から着地すると、ばっと正面へと視線を向けた。おそらく、近づいてくるトレイドに気づいたからだろう。だが、黒騎士が視線を向けたときには、もう彼の間合いに中に入っていた。


黒騎士の鎧は透け、中にいるタクトがぼんやりと見えるほどになっている。だが、いまだに鎧はあるーーつまり、まだ彼はダークネスの支配下に置かれていると言うこと。そこから解放するのならば、この一撃が重要。


(加減して撃つ。でなきゃ……)


ーー”中身ごと、吹き飛ばし兼ねない”。そう、心の中で独白し、彼は放つ。理の力を乗せた、いわば”神にも通じる一撃を”。


「っ!!」


「っ………」


気合いとともに手加減して発光する大剣を振り下ろし、黒騎士はその一撃を躱そうと動こうとするーーが、それもぴくり、と動いただけに留まり、大剣をその身で喰らう。


ガァァン、と甲高い音が響き、タクトの体を覆っていた漆黒の鎧は砕け、黒騎士は地面へと叩き付けられ、そのまま脱力ーー気絶する。


そのままぴくりとも動かないタクトをじっと見やり、次いでトレイドは彼の友人達へと視線を向ける。ーー何故か半眼で見つめ返され、彼は再び地面に倒れたタクトに視線を送りーーやはり、ぴくりとも動かない。


「……ち、ちがうちがう」


もう一度、友人達へと視線を送り、やや引きつった表情で首を左右に振って彼は答えた。

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