表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
105/261

第6話 闇の眠り~1~

「ガアァァァァァッ!!」


ダークネスに飲み込まれ、黒い鎧を纏い黒騎士となったタクトが振るう大剣を、トレイドはするりとかわし、反撃の一太刀を下段から振り上げる。


その一太刀は黒騎士の鎧をかすめるだけーーしかし、トレイドはその状態からさらに一歩踏み込み、刃を返し剣を振り下ろす。相手にさらに密着することで、黒騎士の刀の間合いの内側に入り、さらに振り下ろした剣を防御する術はないーーというのは早計であった。


「っ! このっ」


密着した黒騎士に放った一太刀は、堅牢な鎧に阻まれる。トレイドの一撃はあっけなく受け止められ、しかし彼はそこから驚くべき行動に出る。その場で勢いよく飛び立つと、受け止められた長剣を支えにして黒騎士の頭上で一回転、互いの背中を向き合わせるようにして降り立った。


「なっ!?」


「嘘だろ!?」


その光景を見ていたアイギットとマモルは、信じられないとばかりに声を張り上げた。何という身の軽さ、そして思い切りの良さ。さらに彼は、背後を取ったアドバンテージを生かし振り向きざまに剣を一閃させる。


だが、その一撃はさすがの黒騎士も反応し、背後を振り向きざまに刀を一閃、トレイドの一撃を受け流した。その結果にトレイドは舌打ちを一つつき、流された剣を引き戻しつつ後退する。


先程は前へ出すぎ、引くに引けなかったからアクロバットな動きをして背後を取ったが、それは引き際を間違えたからであり、普段は引くべき時は引くと心構えている。それ故に、今回は容易く引けると判断したからこそ後退したのだ。


ーー次の瞬間、トレイドの視界から黒騎士の姿が影を残して消え、背筋に冷たい物が走った。背後を見もせずに前方に身を投げ出し、直後頭上を黒い刀が一閃する。距離を離し、体勢を整えつつそちらを見ると、なんと黒騎士が一瞬で彼の背後を取ったのである。その結果に彼は驚愕に満ちた目で黒騎士を見やった。


(あの移動法……もしかして、昨日の兄ちゃんやあのときの爺さんと同じ……!?)


霊印流歩法、瞬歩。彼はその名を知らないが、幾度か見たことがあったために”似た物”として脳裏に浮かび上がったのだ。だが、あのとき見た物とは比べものにならないくらい早くなっていた。


それも当然である。ダークネスに汚染され、魔力も黒化ーー魔力が黒く染まり、”悪意”の強度によりその強さを変える魔力の亜種ーーしたため、瞬歩の能力が急激に上昇したのだ。


黒化魔力とダークネスの相性は最高と言っても良いだろう。片や悪意に強く反応し、片や人の悪意の塊。


(……ハッ、バカか俺は)


黒騎士が見せた移動法に、つい気弱になる思いを叱咤し、体勢を整えたトレイドは己の内にある血筋の力を解放した。


ーー周囲の暑さを感じる。



思い出せ。自分は一体、



ーー周囲の潤いを感じる。



いくつのダークネスを打ち倒し、



ーー辺りの光を感じる。



いくつの悪意を取り込み、



ーー辺りの風を感じる。



何のためにここまで来て、



ーー足下の土を感じる。



”最後”のダークネスを封じるのか、を!



「……けじめを付けるんだ。それに……」


僅か一瞬で脳裏に流れた思い。俯かせた顔を持ち上げ、じっと正面にいる黒騎士を見つめた。


脳裏に黒騎士の虚像が浮かび上がる。その虚像は、ぐっと身を屈め、右足に黒化魔力を乗せて一気に跳躍し、目前に迫ってきた。


すると、実像の黒騎士がワンテンポ遅れ、高速移動を用いてその通りに突っ込んできた。あちらの間合いに入ると同時に、黒騎士は刀を振るうが、事前にその動きが見えていたトレイドには、さしたる驚異ではない。


袈裟に振り下ろされる刀をトレイドは剣で受け止め、相手が斬撃を”流す”よりも先に、彼は剣を捻って回転運動に巻きこむと、刀を黒騎士の頭上にはじき飛ばした。


刀を保持した両腕ごと頭上に弾かれ、胴をがら空きにされた黒騎士は、赤い瞳でトレイドを見やり。しかしそれに気づかず、トレイドは地面を砕かんとばかりに強く一歩を踏み込み、その時に発生した衝撃を剣に乗せ、がら空きの胴めがけて斬撃を叩き込んだ。


「ーー一度、助けるって言ったんだ。それぐらい、守らないとな」


黒騎士の体を鎧ごと吹き飛ばし、トレイドは一人、ぽつりと呟いた。


「……す、すげぇ……」


「……あの人、一体何者なんだ?」


黒騎士と化したタクトを吹き飛ばした光景を見たマモルとアイギットは、二人とも表情を引きつらせながらトレイドを見やっていた。いかにも重そうな黒騎士を吹き飛ばした張本人は、こちらを見もせずに背を向けたまま、


「そこの茶髪軟弱と金髪巻き毛」


「誰が軟弱か!!」


暴言を吐き、マモルは吠える。だがその叫びには応じず、トレイドは黒騎士を吹き飛ばした方向を見ながら、


「そこで呆然としている彼女を連れて、ここから離れろ」


「っ!?」


と、有無を言わさぬ口調で言い切った。その言葉に、まだタクトのことが信じられず、腰を落としたまま呆然としていたレナはすくみ上がる。


きつい言葉ではない。罵倒されたわけでもない。なのに、彼の言葉には聞く者全てを畏怖させる何かが宿っていた。ーーそれはきっと、絶対的な信念。


「……っ」


普段なら、友人が威圧されているのなら、文句を言いながらもフォローに回るマモルでさえ、何も言えずに歯がみするだけ。そんな彼を見て、アイギットはその肩を叩き、急ぎ足でレナの元へと駆け出した。


「……アイギット……」


「レナ、立てるか?」


近寄ってきたアイギットを見て、レナは今にも泣き出しそうなほど顔を歪めながら彼を見上げてきた。そんな彼女にため息をつき、手を差し伸べ彼女を立ち上がらせる。


「……お前達は、少年の……桐生タクトの友か?」


すると、やはりこちらの方を見ずにトレイドは語りかけてきた。その問いかけに、二人は思わず声を出さずにこくんと頷きーー


「……そうか」


幾分、穏やかな声で一瞥もくれずに頷いた。その仕草は、もう後ろに目が付いているのでは、と疑いたくなるような光景である。驚きに固まる二人を差し置いて、トレイドはなら、と口を開く。


「はやくここから離れるべきだな。……変わり果てた友など、見たくもないだろう?」


「っ!? それは、どういうーー」


彼の言葉に、大人しいレナが声を荒げて問いかける。だが彼は、その問いに答えることなく、再び地面の石床を砕かんとばかりに踏み込み、黒騎士を吹き飛ばした轟撃を再度放った。


突如虚空に向かって放ったように見えた一撃は、瞬歩を用いてトレイドに向かって突っ込んできた黒騎士の刀を弾いた。しかし、黒騎士もさることながら、弾かれた勢いを利用して自ら後ろへと後退し、ヘイムの赤い瞳の奥からトレイドをじっと見つめる。


「そのまんまだよ……。いや、君は違う風に理解したのかな、お嬢ちゃん」


剣を振り切った姿勢のまま残心していたトレイドは、ゆっくりとした動作で剣を下ろすと、そこでようやくレナの方を向いた。ーーその瞳に理解と、懐かしさだろうか。そんなものを浮かべながら、


「彼は殺さない。必ず助けるさ。ただ……別人と思えるほど変わった彼を、君は今まで通りの感覚で付きあっていけるのか?」


忠告を口にした。彼の瞳は、レナをまっすぐに射貫き、


「今の彼は、ダークネスに汚染され、別人と言えるほどに変わってしまった。そんな彼を見ているのは、辛くはないか?」


きっぱりと、自身の考えを口にする。そう、今のタクトは、ダークネスの、悪意の影響を受け、暴走状態になってしまっている。彼を慕っているのならーー否、慕っているからこそ、その様を見るのはつらいのではないか、とトレイドは思うのだ。


彼の長いダークネス捜しの旅で、その例をいくつも見てきたのだ。そのことは言わなかったが、しかしアイギットやマモルには説得力を持って伝わってきた。


「……辛い、です」


そしてそれは、レナも同様らしかった。その言葉に、トレイドは頷いて、


「……でも、だから助けたいんです……」


小さな、しかし自然と耳に通る声で、彼女は呟いた。その呟きを聞き、トレイドは開きかけていた口を閉ざした。


「でも……今のあたしには………あなたと違って、彼を……救えない………っ。……あたし、戦えない……っ!」


血を吐くような独白。涙声での小さな叫び。確証はないが、彼女は悟ったのだ。今のタクトを救えるのは、目の前の人物しかいない、と。そして、自力で助けられない自分が、情けない、と。


トレイドはそれを聞き、自然と微笑みが浮かんでくる。


ああ、まるでーー昔、見たことがあるようなーー


「……なら、君が助けろ」


ぽつりと呟いたその一言に、レナは驚いた表情を浮かべた。


涙声での、自身の無力さを嘆く彼女の独白を聞き届け、トレイドは、空気を読んでいたのか、それとも彼女の叫びに、僅かばかり残っていた理性を刺激されたのか定かではないが、今まで襲いかかってこなかった黒騎士へと目を向ける。


「君の、助けたいという思い、俺が叶えるとしよう。……茶髪軟弱、金髪巻き毛」


「……格好いいなって思ってたけど、その一言で全部台無しだ、この女たらし!!」


お前も十分台無しにしていると思うけどな、とアイギットは胸中呟く。しかし即座に首を振り、雑念を追い払った。


「……いまいち信用できないけど、でもあなたを信頼します。……サポートは、任せてください」


「……信用と信頼って、どう違うんだ?」


「簡単です。ただ信じるのが信用。信じて頼るのが、信頼です」


レイピアを構えてトレイドの横に並ぶアイギット。二人はそんなやりとりをしながら、黒騎士へと向けた視線を逸らさない。アイギットの簡潔な返答に、トレイドはにやりと笑みをこぼすと、


「そうか。なら、俺もお前らを信頼するぜ。サポート、任せた」


「……不承不承ながら、任されるとする」


二人のやや後方に、露骨に不機嫌な表情を浮かべたマモルは重厚な二丁銃を構えて待機する。いっきに連携が出来上がっていくのを見て、レナは困惑の表情を浮かべながら立ち上がった。


「……皆、さん……?」


「君に、力を貸す。……そう無力さを嘆くな。出来ないことをやれ、なんて誰も言わない。こうやって、周りの人の力を借りれば良い」


「ーーぁーー」


その言葉は、レナの心に響いた。


似たようなことを言っていた彼を、思い出す。


人に頼る、誰かに頼る、なんてことを、しょっちゅう口にしていたくせに、結局、自分だけの力で何もかもをやろうとする、馬鹿な男の子を。


「……はい!」


拳を握りしめ、決意を新たにレナは顔を上げる。皆と協力して、彼を助けるのだ、と。法陣を展開させ、そこから彼女の証ーー棒状のそれを取りだした。棒を、まるで槍のように構え、片側を黒騎士と化したタクトへと向ける。


四人が一斉に武器を構えたのを見て、黒騎士は巨大な刀を目の前で正眼に構え、足がすっと動きーー


「っ! 右だッ!」


「っ!?」


トレイドの先読みによって、皆一斉に回避することが出来、しかしトレイドは黒騎士の一太刀を受け止める。しかし、受け止めたと同時に黒騎士はその太刀を流し、即座に次へとつなげていく。


「おい、あんたッ!」


「真っ正面からは俺が押さえるッ! お前達は側面から!」


互いに剣撃を重ねながら、マモルの叫びにトレイドは指示を出す。


彼は目の前の黒騎士を押さえることに専念するためである。それにこの黒騎士、かなり独特な剣術を用いて襲いかかってきたのだ。


「………」


「………く!」


一合、二合と刃を重ねていくたびに、トレイドはその厄介さに歯を食いしばる。


黒騎士の太刀筋は、捉え所がなかった。


剣筋が見えない、と言うわけではない。剣筋自体はなかなかの物だが、血筋の恩恵による先読みを使っている今のトレイドならば軽々と受けに回ることが出来た。


しかし、奴の剣筋は、”流す”ことに長けた剣筋である。こちらの太刀筋を、刀の反りを使って受け流す防御法を、”攻撃”にも転用しているのだ。


黒騎士の太刀を受けるとする。すると黒騎士は、わざと刀を流し、強引に、それでいて滑らかに振り切る。そしてそこから、次撃へと繋げていく。


剣撃が交差したときも同様である。剣と刀がかみ合った瞬間、反りを生かしてトレイドの剣撃を見当違いの方向へと流してしまうのだ。見当違いの方向へと流された剣を戻すすきに、黒騎士は刀を振るう。


言ってしまえば、黒騎士の太刀筋は”止められない”のだ。


「………っ」


先程のように、黒騎士の刀をこちらの回転に巻きこもうとしても、反りを利用した流しによって巻きこめず、逆にきわどい一撃がトレイドの頬をかすめる。痛みはないが、軽く切り裂かれた感触がある。


「ちっ」


忌々しげに舌打ちを放ちながらも、彼は黒騎士との打ち合いをやめる気は無かった。攻撃は最大の防御、というが、それをここまで表した太刀筋というのも中々ないだろう。ーーだが。


「っ! ジャベリング……っ!」


黒騎士の刀を受けようとするが、はっとあることを感じ取り即座に後ろへ飛ぶ距離を置くと、剣を引き絞り、切っ先から全身にかけて魔力を纏わせる。


ーーたった一瞬。たった一瞬の間を作る。だから、その隙に……!


血筋の力を解放している今なら、周囲の状況がある程度把握できる。だから気づいていたのだ、こちらが黒騎士と打ち合いをしている最中に、彼らが準備をしていたことを。


ーーそしてその準備は、たった今終わったのだ。


「あんーー」


「全力で、打ち込めぇ!!」


マモルの呼ぶ声が彼の耳に入ると同時に、トレイドはその言葉を書き消さんとばかりに大声を張り上げ、一気に剣を突き出した。


ジャベリング・アロー、そう名付けられた突撃技は、開けた距離を一瞬にして縮め、黒騎士の鎧を貫かんとばかりに襲いかかる。


「っ!」


黒騎士の紅の瞳が僅かに大きくなる。それと同時に、奴は振り切ろうとしていた刀を強引に戻し、火花を散らしながらトレイドの突きを何とか逸らして見せた。そのまま、彼は突撃の余勢を生かして黒騎士の背後へと抜けていき、


「………っ!!」


ーー黒騎士の息を呑む音が聞こえた気がした。炎が、氷が、雷が、風が、そこらにあったのだから。


マモルが向ける二丁銃の先には、人一人飲み込めそうなくらい大きい雷が塊となってそこにあり。


アイギットと、彼のレイピアの周りからは二十は下るまいと言うほどの氷杭が浮かんでおり。


棒状の証を水平に構えたレナは、その両端からはそれぞれ魔力を注ぎ込んで生成した炎と風が渦巻いている。


くるりと棒を回し、その動きに従って雷と風が一つに重なり。そしてーー


「目ぇ、覚ませ! このバカタクトォーー!!」


マモルの吠え声とともに、彼らはそれぞれ雷を、氷杭を、炎の竜巻を次々と放った。


それら全てを回避するため、黒騎士は瞬歩を発動させるため一歩踏み込もうとするが、その前に黒騎士の足下から鎖が錬成され、動きを拘束する。それを見届けたトレイドは、味方の攻撃の巻き添えを食らうまいと、一気に距離を取った。


鎖によって拘束すると、間を置かずに放たれた雷が向かってくる。黒騎士は己めがけて放たれた雷に向かって左腕を伸ばし、その掌から形成された黒い障壁が雷を遮断する。ーーダークネスが持つ能力の一つである、魔力硬化結界によって作り上げた障壁。黒化魔力を固めただけの物だが、しかしそれ故に、その障壁の強度は凄まじかった。


「っ………!」


突如黒騎士が張った障壁の強度に、マモルは歯がみする。いくら手加減したとはいえ、あれほどあっさり防がれたのだ。だが、攻撃はこれで終わりではない。


「行け!」


巨大な雷が防がれるや否や、隣にいるアイギットが命じ、それに従って二十を超える氷杭が放たれた。こちらも、そのほとんどが障壁によって防がれるが、しかし後の方に放ったいくつかは、障壁を”貫通”し、黒騎士の鎧を貫いた。


「………」


アイギットが氷杭を打ち終えると同時に、黒騎士の正面に展開されていた障壁は砕け散り、その場で膝をついた。どうやら、マモルとアイギットの攻撃を防ぐのに精一杯だったらしい。


ともあれ、これで終わりだーーと、二人は最後の一人、レナに視線を送る。彼女は一瞬だけ、悩むように瞼を閉ざしたが、しかしすぐに開き、


「……行くよ、タクト」


「…………っ!!」


炎と風、二つを組み合わせた紅蓮の竜巻は、彼女の呟きとともに放たれた。黒騎士に向かって一直線に向かうそれは、その体を難なく飲み込んだ。


声なき悲鳴を漏らして、黒騎士は紅蓮の竜巻に飲み込まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ