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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第5話 黒き目覚め~1~

「………」


「……レナ?」


「………」


タクトがプチ家出し、とある青年と酒を酌み交わしていた頃、寮の自室にいたレナは椅子に座り頬杖をついて考え込んでいた。ちなみに、彼女はタクトがプチ家出した事実をまだ知らない。


そんな折、彼女の肩にすり寄ってきた子猫の姿をした精霊キャベラは、物思いに耽っている主に首を傾げ、声をかける。ーーしかし、反応はない。再度首を傾げ、再び、今度はやや声を大きくして呼びかけた。


「レナッ」


「っ! な、何、キャベラ?」


今度はちゃんと反応してくれた。しかし、びくっと体を震わせ、驚いた表情で振り返った辺り、今まで自分の気配に気がつかなかったらしい。彼女のらしくない反応に、つい微笑ましい気持ちになる。


「な~に。もしかして、タクトのことを考えていたんでしょう」


「う……そ、それは、まぁ……」


口ごもり、ふいっと視線を逸らすその横顔は、”あの時”のことを思い出したのか、やや赤みを帯びる。その様子を見て、キャベラはますます微笑ましい気持ちになる。レナとタクトが互いに相思相愛なのは、誰が見ても明らかなのだから。アイギットなど、「早くくっつけバカップル」などとほざいている。


「そりゃ、少しは考えちゃうよね? 今日ようやく、ちょびっとだけ二人の距離が縮まったんだから」


「………う、うるさい……」


キャベラは彼女の肩の上で、さらに煽るように声をかけると、レナはますます顔を赤らめた。ぽつりとそれだけ呟くと、ふいっと視線を逸らしてしまう。その仕草から、ああ、やっぱりレナも純情で初心なのね、とキャベラはほくほくした顔となる。ある意味、お似合いではある。


「…………」


「……で、レナはさっきから何を悩んでいるの?」


「え、えぇ!? 何でわかったの!?」


押し黙り、考え込んでいる表情を見れば、誰もがわかるだろう。ため息をつき、キャベラは彼女の肩からひょいと下りると、


「そりゃわかるわよ、普通に。で? せっかく二人の距離が縮まったって言うのに、何でそんなに浮かない顔をしているのよ」


「そ、それは……」


問われ、レナは口ごもる。確かに、今の自分は浮かない顔をしているだろう。それぐらいは自覚していた。では何故か、それはーー。


「……」


「……レナ?」


それはーー気になって仕方が無いからだ。あのときの、タクトの心底安心したような声音で絞り出した、「よかった」という一言が、とてつもなく。


その一言には、彼女では計り知れない感情が宿っていたような気がするのだ。絶望の中で希望を見つけた、とでも言うような物が。一体、どんな夢を見たのだろうか。


「……レナ~」


考え込み、頬杖をつく彼女の目の前に下りたキャベラは、首を傾げて問いかける。するとレナは、己の相棒に視線を向けると、子猫の顎をくすぐってやる。すぐに気持ちよさそうな声で喉を鳴らすキャベラに微笑みかけ、


「……ねぇ、キャベラ。あなたは、どう思う?」


「? どうって?」


「タクトは……あたしのこと、どう思っているんだろう……」


「…………………………」


ーーその問いかけには、流石に絶句するしかなかった。


レナとしては、一体どんな夢を見て、どんな思いで自分に対して「よかった」と呟いたのだろう、と聞いたつもりだったのである。だが、言葉足らずであったために、キャベラとしてはそこまで思い至る訳がなく、ただ単純に「タクトは自分のことを好いているのだろうか」という問いかけだと思ったのである。


ーーある意味、どちらも答えは同じではあった。


「……………レナ………それ、本気で言ってる?」


「? 一応、そうだけど……?」


視線をあちこちに彷徨わせるキャベラが、恐る恐る問いかけたそれに、さも当然とばかりにレナは頷いた。はぁっと深いため息を漏らし、


「……も~知らない。勝手にやっていると良いよ」


それだけを言い残し、キャベラは姿を消した。ただ単純に、レナの中へと戻っていったわけである。その行動とあきれ果てたような口調から、もう付き合いきれないと言っているのは明白であった。


しかし、それに気づいていないレナは、慌てた様子でキャベラに問いかける。自分は、何か気に障るようなことをしたのか、と。答えは、


(自分の胸に手を当てて、じっくりと考えなさい)


「……お、怒ってる?」


(さぁ、どうかしら?)


恐る恐る尋ねたレナをするりと躱し、キャベラはそれ以後口を開かなくなった。二人とも、まさかここまで鈍感だったとはーーそんなため息が、微かに聞こえた気がしたレナであった。


意味がわからず、首を傾げる彼女は、ふと視線を窓の外へとやる。そこでは、夕方から降り始めた雨がまだ降り注いでいた。


 ~~~~~


酒を飲み終え、ちょっと散歩とばかりにタクトと青年は宿を出た。


ザーザーと降り注ぐ雨を全身に受け、火照った体を心地よく冷ましてくれる。タクトはその心地よさから自然と頬が緩み、そばにいる青年もその様子を見て、にやりと笑いかけた。


「どうした、少年。気持ちいいのか?」


「うん、すごく気持ちいい。……今まで、雨って言ったら、なんかあまり良いとは言えない感じだったけど……たまにこうやって当たるのも、悪くない感じがするよ」


「………そうか」


ほんの一瞬、青年は言葉に詰まり。しかし、雨に打たれる心地よさと、そして飲酒をしたことによってやや頭の切れがないタクトは、その変化に気づかず。ほんの僅かな間を持って、青年は笑顔を浮かべた。


「ーーああ、そうだな!」


そう言って、彼はタクトの頭をぐりぐりとなでる。若干顔をしかめながらその手を払いのけようとするが、青年の腕は見た目に反して力強いのか、払いのけることが出来ない。ーーいや、どちらかというと、これはーー


「……酔いが完全に回ったようだな」


「……ふぇ……?」


突如、視界がぐるりと回ったかと思うと、タクトの体が青年の腕にすっぽりと収まっていた。ーー酔いが回って倒れた、と気づいたときには、もう彼の体は青年に抱え上げられていた。


「っと、軽いな、少年。ちゃんと食べてるのか?」


「……ふぇ~い」


「……どっちなのかわからん解答だな」


はは、と苦笑いを浮かべて青年は頬をポリポリとかく。まるで米俵のように肩に担がれたタクトだが、酔いが回り自らの扱いについて何も言う気は無いらしい。


ーーもしここでお姫様だっこなどされた時には、完全に酔いが醒めただろうが。


タクトを肩に担いだ青年は、人一人抱えているにもかかわらず、まるで重さなど感じさせない足取りで歩いて行く。なおも雨に打たれているタクトは、青年が歩くたびに体が揺れ、それによって徐々に眠気を感じ取っていた。


「……さて、そろそろ宿に戻るか、少年」


「…………」


「……少年?」


そろそろ戻るかと肩に担いだタクトに声をかける青年だが、何の返事もないことに訝しみつつ、首を傾げ担いだ少年を見やる。すると、目を閉じ、気持ちよさそうに寝息を立てている彼がいた。


「……ずいぶんと警戒心がない少年だな、全く」


はぁ、とため息を漏らし、青年は来た道を戻り始めた。ーーそこでふと、あることに気づいた。


「……この少年、どうしよう?」


(知るか)


今更ながら気づいた問題に、つい独り言を漏らした青年。だがその独り言に、彼の相棒である精霊ザイが反応するーーが、たったその一言である。これなら、反応しない方がまだましだ。


つい頬をひくひくさせる青年だが、仕方がないとばかりに頭を振った。


「後でとやかく言われるかもしれないが……とりあえず、俺の部屋に連れてくか」


(ふむ、美少女風の顔立ちをした少年を部屋へ連れて行く、実年齢二十七の中年間近の男。……犯罪臭がぷんぷんするな)


「よしザイ、後で表出ろ。その毛皮はいで売っ払ってやる」


宿へと戻る間に、そんな軽口を応酬する青年と精霊。端から見れば、青年は完全に気を抜いている様子である。


「っ!」


しかしーー不意に、邪悪な何かを感じ取り、足を止めて顔を右手側へと向けた。


「…………」


(……”トレイド”?)


「……いや、今一瞬……」


トレイド、そう呼ばれた青年は、首を傾げ、血筋の力をより強くさせる。しかし、あるのは人の気配だけであり、さきほど感じた邪悪な物は、もう感じられない。


気のせいかーーそう思い直したトレイドは、再び歩みを再開させる。


この時彼は気づかなかったのだ。トレイドが感じた邪悪な気は、彼の”右肩”に担いだ少年から感じたーー否、漏れ出した気配なのだと。


この時の彼は、気づかなかった。そして、後にこの時に気づいていれば、と後悔する羽目となる。




暗闇に沈む倦怠感の中、ふと、タクトは夢を見た。


昼時に見た悪夢ではなく、全く別の夢である。


どことも知れぬ町。災害ーーいや、火災に巻き込まれたのか、家々が焼け焦げ崩れ落ち、人々は復興に尽力を尽くしていた。だが、人々の表情は暗い。中には火災から逃げ出した時の服装のまま、地べたに座り込み力なく俯いている者もいる。一体、何があったというのか。


「………!?」


よく見ようと視線を向けるーーが、不思議なことに首が動かない。驚きに包まれる中、いきなり自分の意思とは全く関係なしに顔が横を向き、自分の隣を歩いていた、赤毛の少年と真っ向から目を合わせた。


「……ほんっと酷いよな、これは。いくら稼ぎ時だからって、木材の高売りをする糞野郎の店があってたまるか!」


(い、いや、いきなり僕に愚痴られてもーーーっ!!?)


名も知らぬ少年から憤りをぶつけられ、慌てながら冷静に言葉を返そうとしたが、その時に気づいた。ーー声が、出ない。タクトからしてみれば、口を動かしている感覚なのだが、どうも体が思い通りに動かないようである。


そして、さらに驚くべきことにーー動かなかった自分の口が勝手に動き、そこから聞き慣れていない、自分ではない声が紡ぎ出された。


「……ライ、少し声を下げろ。奴らに聞かれたら、ただ事じゃなくなるぞ」


「……そうは言ってもよ~」


自分の口から放たれた、自分の声ではない言葉に、ライと呼ばれた赤毛の少年はぶすっとした表情を浮かべて返す。だが、言われたとおり声を下げるところを見ると、自分はライに信頼されているようである。


(………?)


声が出せず、視線も自由に動かせない状況の中、タクトは困惑したまま考え込み始めた。一体全体、これはどういうことなのだろうか?


と、そこで再び視線が動き、地面が見える。どうも、俯いたようだ。そのおかげで、今の自分の体が見えーータクトはハッとした。


いつもよりも遠くに感じる地面。背が高くなったのだろうか。見た感じ痩身であり、手足の様子がいつもと違う。着ている服はややくたびれかけた麻。両手には何かを持っているらしく、意識を集中すれば重みも感じてくる。


自分の思い通りに動かず、いつもと様子が違う体。聞き慣れない声。そして勝手にーーいや、”何者かの意思によって”勝手に動かされる感覚。これは、もしやーー


(……意識だけが、誰かの体の中にある? ……いや、ない。うん。これはただの夢さ……)


自身の脳裏に浮かび上がった結論に、タクトは苦笑いを浮かべる。持論を否定し夢だと決めつけ、タクトは己の馬鹿さ加減にあきれ果てる。


「むぅ……まぁ、そのことは、僕たちみたいな弱者が言っても、奴らには届かないんだろうけどな……」


赤毛の少年が、ため息をついて呆れためたようにぼやく。先程の会話から察するに、おそらく復興のために使うを木材を高額で売りさばいている悪徳業者があるのだろうか。そして、それに対する不満か。


確かに、そのような状況で木材を売りさばけば、かなりの富を得ることになるだろう。権力と富、この二つを持っている者は、かなり強い。金に飽かして誰かの言葉を封じることなど容易いのだから。


その観点から行けば、ライと呼ばれる少年は弱者なのだろう。着ている服も、今の自分と同じくくたびれた麻の服。一目で見窄らしく、貧困であると言うことがわかる。


ーーだが、自分の口から、それを否定する言葉が紡ぎ出された。


「そうやって諦めるから、届かないんじゃないのか?」


「ほ?」


(………)


事ここに来て、タクトはようやく現実に目を向け始めていた。タクトの意思ではない、誰かの意思によって口を動かされていく感覚を味わえば、自ずと悟るのだろうか。


「例え負け犬の遠吠えでも良いだろう? 届かずに空しく響いても、誰かが聞いてくれる。そうやって人の輪が出来ていくんだ。……無駄なんてことは無い……らしい……」


「……なんだよ、らしいって。締まらないなぁ……」


「……わ、わるいか!」


「ははぁん、さてはお前、言ってる途中で自分がどれほど恥ずかしいこと言っているのか気づいたみたいだな、この天然?」


「……………」


(………マジ?)


押し黙った所を見ると、図星のようだ。おそらく真剣な表情で大真面目に語っていたのだろうが、それも台無しである。


赤毛の少年ライは、隣を指さしてーーつまりタクトを指さしてーーゲラゲラ笑い出した。


対する自分の体はーーここまで来ると、もう認めるしかなさそうだ。タクトの意識が宿った、”誰か”はそっぽを向いた。ふて腐れているのが、内から見ていてもわかる。


「笑うなっ。……置いてくぞ」


「ははは、わかったわかった。そうふくれるなって」


ふて腐れた誰かはずんずんと歩みを進め、一方のライは笑いをかみ殺せない様子。微かに笑みを見せながら、ライは誰かの後を付いてくる。


タクトが意識を宿している誰かの方がやや背が高いのか、ライは自分を見上げ、笑みを貼り付けながら思い出したように語りかけてくる。


「そういえば、”あの子”への贈り物は、うまくいったのか?」


「ぶっ!!?」


(汚っ!)


ーーその一言によって、自分は吹き出した。その誰かはライの発言に驚いてのことだろうが、タクトからしてみれば良い迷惑である。何せ、自分の意思とは全く関係なしに吹き出さねばならないのだから。


だが考えてみれば、飛ばした唾に自分にかかることは絶対にないのだから、ある意味マシかも知れない。それはそうと、その誰かがここまで反応する”あの子”とは、誰だろうか。


「お、お前、何でそのこと知ってるんだっ!?」


「だって、サヤねぇに相談してたんだろう? サヤねぇ本人が僕に言ってきたよ? あとアルトさんも」


「なんて口の軽い………っ!」


荷物を持った手をぎゅっと握りしめる誰か。おそらく、そのサヤねぇとアルトという誰かに対しての憤りを感じているのだろう。今のタクトからでは表情は見えないが、きっと頬を思いっきり引きつらせているに違いない。怒りと羞恥とで体を震わせる誰かをよそに、ライは頬をつり上げ良い笑顔で語りかける。


「いや~、驚いたよ。まさか”トレイド”とユリアがくっつくなんてね。……で、どっちから交際を申し込んだんだ?」


(ーーーえ?)


今、ライはなんと言った? もう一つの名前に聞き覚えはないが、自身の聞き間違いではければ、今自分に向かって”トレイド”と呼んだはず。


ーーその名前を知っている。


ーーその人物を知っている。


あの男ーーちょっとしたことで寮を抜け出し、そこで知り合った青年。彼の名も、トレイドだった。つまり、これはーー


突如ふわりとした浮遊感を覚え、タクトの意識は誰かから、いや、”トレイド”から引きはがされる。そして徐々に上昇していく感覚を覚えながら、タクトの意識は光に包まれていく。


光に包まれながら最後に見たのは、ライと語り合い弄られているトレイドの姿ーーそれを見て、完全に理解した。ようやく見たトレイドの姿は、出会ったときと比べると一回り小さく、まだ少年の姿なのだ。


これはーー今まで見た、この光景はーー


彼の、過去?


その疑問を口にするよりも早く、タクトの意識は完全に光に包まれ、何も見えなくなった。

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