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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第4話 雨の中で~6~

「……それで、もう一度より正確に言ってくれるか? 宮藤」


「え~っと、そうですね。……『ちょっと頭冷やしてきます。探さないでくださいbyタクト』っていう置き手紙が、馬鹿の机の上にぽつんと……」


そう言って、マモルは愛想笑いを浮かべながら視線をよそに向ける。その仕草からは、まるで自分は関係ないと言わんばかりである。どうやらタクトは、友人選びを間違えたようだ。思わずため息をついて額に手を当てるシュリアは、ぽつりとこぼす。


「すでに学園寮の門限は閉まっているというのに……呆れた奴だ」


「こんな時間帯に、一体どこに行ってしまったんでしょう?」


職員室にやってきたマモルから知らされた、タクトが無断外出をしているという事実。それを聞いたシュリアと西村は、ほぼ同時に頭を抱えた。


朝は風邪を引き熱を出したと言うことで休みを取り、休みを取ったその日にもう復活している彼の快復力には驚嘆するが、例え元気になったとしても、いきなりの外出はないだろう。しかも無断で。


彼の性格を考えれば、おそらく何かが起こったが故に、そのような行動に走ったとみて間違いないだろう。しかも、頭を冷やしてくる、とまで来ている。十中八九、ほぼ間違いなく何かあった。


「宮藤、単刀直入に言うぞ。桐生に何があった?」


「……えっ」


すると彼は、一瞬驚いたように目を見開いた。その反応から、ああ、これはもう何かあったな、とシュリアと西村は納得する。ーーと、同時に若干心配になる。


タクト自身は自覚していないだろうが、教師達からの信頼も厚い。そんな彼が、門限を過ぎてからの無断外出。それとよく似た姿に、シュリアは覚えがあった。


脳裏に浮かぶのは、タクトの従兄であるセイヤ。彼も、学園在学中の後半からは、こういった無断外出が多くなり、そしてその内実を知っていた教師達も、半ば黙認していたのだ。何せ、当時まだ革命が起こってから十年はたったとはいえ、その革命の際に腕利きの精霊使いが何人も死んでしまったのも事実。


だからこそフェルアント本部は、まだ学生であったセイヤをマスターリットに加入させたのだろう。ーーそれはおそらく(マスターリットの存在自体が公表されていないため、知るよしもないのだが)、当時のマスターリットの大半を”殺害した”桐生アキラに対する抑止力とするために。


そのようなやり方をする本部に嫌悪感を感じないでもないがーーそれはまあ、詮無いことである。とにかく今は、タクトのことだ。まさかとは思うが彼も、秘密裏にマスターリットから加入要請でも来ていたのだろうか。


そんな考えが頭をよぎり、つい眼前にいるマモルに厳しい目線で問いかけたが、とうの彼は言おうか言わないか迷っている様子である。頬をポリポリとかいている辺り、どうも事の次第は心配したほど大きくはないようである。


「えぇっと、その~……実は……あまり言いたくないことで?」


「えっと、何でハテナマークが?」


首を傾げつつ、何とも微妙な表情で語尾のイントネーションをあげるマモル。そんな彼に苦笑しつつ、西村が問いかけた。すると彼は、再度首を傾げながら、


「いや、実は……ここだけの話にしてください……」


「……内輪話をするような内容なのか?」


「ま、まぁその……すっごい、プライベートで……」


かなり言いづらそうなマモルの頼みに、シュリアと西村は互いの顔を見合わせ、首を傾げながらも彼の頼み通り顔を寄せる。耳を寄せる二人に、マモルは気負うことなく小声で話しかけーー


ーー数時間前の、タクトとレナの逢瀬のことについて。途端、


「……宮藤君? そのことについて、もっと詳しく語っていただけますか?」


ーー生徒の恋バナに目を輝かせる、眼鏡をかけた女性教師がいた。眼鏡の奥、つまり眼光を光らせ、隣で若干引いている様子を見せるシュリアを放置し、西村はかなり興味深そうにマモルに問いかける。すると、


「そうですねぇ。狭い部屋で二人っきり! これはもうあれでしょうーー高確率で、できてるでしょう!!」


「きゃぁーー!! やっぱりそうなるよねぇ~!!」


いつもは教師としての口調を外さない彼女が、マモルの言葉に反応して素の言葉遣いになった。さらに恋バナということも手伝ってか、かなり上機嫌な様子。いやんいやんと体をくねらせる彼女を見て、シュリアは「……絶対誇張表現が……」などと呟くが、それを無視。


「……しかし、それが何の関係があるというのだ? 普通の逢瀬にしか見えないのだが……」


シュリアは眉根を寄せてそう口にしたが、その光景をばっちり見ていたマモルは何故か良い笑顔を浮かべてサムズアップ。そして、さも当然のように彼は口を開いた。


「ふふ、シュリア先生。タクトの奴、超がつくほど純情なんですぜ?」


『………』


きっぱりと言い切った彼の口調から、シュリアと西村は顔を見合わせ、ものすごく懐疑的な視線を交差させた。彼が純情だとはうすうす気づいてはいたが、しかし、それでも。


ーー”たらし”であるセイヤが、彼女たちにとっての一番の対象者である。そのため、彼と同じ血を(直系ではないが)引いている彼も、その気があるのでは、と思ってもいたりした。


その勘は、質量においては違っていたが、方向においては同じであった。主に、女性関係においていざこざがある、という方向においては。


「……純情、か……」


「純情……ですか」


「えぇ、純情です」


三者三様の反応を見せる教師二人と教え子。三人はそれぞれに思いはせていたが、やがてハッと我に返るなりまずシュリアが口火を切った。


「と、とりあえずタクトの件だが……残念ながら、もうすぐ夜だ。だから奴を探しに行くのは明日だ」


「あ~、やっぱそうなっちゃいますか……」


窓の外に視線を送ると、そこはもう闇。本来この時間帯だと赤く染まっている夕日は見えず、かわりに雨がザーザーと降って窓を叩いている。昼ごろに曇りはじめていた空模様だが、どうやら機嫌を崩したらしい。シュリアの判断にマモルはやっぱし、と言いたげな表情で頷く。


「……わかりました。それじゃ、探すのは明日にします」


頷き、若干の間を置いた後、彼はそう頭を下げた。そのまま職員室を後にしようと踵を返した彼に、シュリアは背後から声をかけた。


「奴の行き場所に心当たりがあるなら、今のうちに行くと良い。……特別に、門限を多少延ばしておこう」


かけられた言葉に、振り向いたマモルは驚いた表情を浮かべて目を丸くしていたが、やがてじんわりと表情を穏やかな物にすると丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございます」


「あぁ、わかった。早く行くと良い」


いつも丁寧語ではない彼が使うと、ものすごく違和感を感じ、いたたまれなくなったシュリアは手を振って彼を追いやる。彼が職員室から出て行くと、シュリアははぁっと深いため息をつき、隣で微笑みを浮かべている西村をじろりと睨む。


「……私の顔に、何か付いているのか?」


「いえいえ。ただ、不器用なシュリアちゃんがかわいいとーーって痛い、痛いですッ!! 暴力反対です!!」


「なら、暴力を使わせるようなことを言うんじゃない」


西村の頭を片手で掴み、そのまま握りつぶそうと力を込めていくーーいわばアイアンクローを喰らわせ、シュリアは再度ため息をついた。


 ~~~~~


フェルアントの街中で、一人の少女ーーに、見える少年が雨にずぶ濡れになりながらも一人歩いていた。少年が来ている服は、フェルアント学園の男子制服。しかし、中性的な顔立ちをしており、最近結ぶようになった長めの黒髪を、今は下ろして、さらに全身が雨に濡れているためか、少女にしか見えない。


ーーいや、少年に、さらに少女めいた雰囲気を纏わせている物が、もう一つある。顔を俯かせ、気落ちしたかのようにトボトボと歩いているのだ。さらに、俯かせた表情からは、まるで死んだ魚のように光がない。


いわば、彼が纏う雰囲気は、まさに失恋したショックのまま外に出た少女、なのである。


そんな、周りから哀れみの視線で見られていることに気づいていない、主の肩に止まる赤い鳥ーー不死鳥の精霊であるコウは、はぁっと大きいため息をついた。ちらり、とコウは右に顔を寄せ、タクトに囁きかける


「タクト、雨が降っているが?」


「……抱きついた……見られた……」


「ふむ、まだ駄目か」


どこか楽観したような、もしくは諦めたような目でコウはふっと遠くを見る。コウの主であるタクトは、未だに先の”事件”を見られたショックが冷めやらぬ様子で、ぶつぶつと何事かを呟いている。


彼が熱を出して寝込んでいたときは、コウもまた眠ってた。そのため、何故雨に打たれながら街中をトボトボ歩いているのかが疑問に思ったが、彼の呟きでおおよそのことは理解ーーというより察した、と言う方が正しいか。


というよりも、いくら人並み以上に頑丈とはいえ、熱を出して寝込んでいたのだから、せめて今日ぐらいは安静にしていて欲しいと思わなくもない。かといえ、今のコウに主人を連れて行くことなど出来ない。せめて、今の雨に打たれ続ける状況をどうにかしたいと思っているのだがーー結果は、この通り。


ちなみに、今ので0勝十七敗。タクトの完勝(聞こえない)である。


これはとうとう、周りの迷惑になるという理由で今まで遠慮してきた行動をーー具体的に言えば魔術を使ったーー取らなければならなさそうである。コウはタクトの右肩に止まったまま、呪文を唱えてーー


「どうした、少年? 雨が降ってるぞ」


魔術を放つ寸前で、唐突に声をかけられた。まだ若い男の声だ。今までも、傷心の少女と思い声をかけてきた輩は何人かいたが、タクトはそれを無視していた。なのに、である。彼は、


「……」


無言なれども、反応した。俯かせていた顔を持ち上げると、タクトは声をかけた相手をまっすぐに凝視する。


相手は黒髪黒目、長身痩躯の青年。まだ二十歳になったばかりだろうか。道行く人達とは違い、そしてタクトと同じく、雨の日だというのに傘を差さず、全身ずぶ濡れになっていた。青年はタクトと目が合うと、一瞬目を見開いた後、にやりと笑みを浮かべる。


「どうやら何か悩んでいるみたいだな。どうだ、少年。ここいらで宿を探しているんだが、もし良い場所があれば紹介してくれないか? 代価は、君の人生相談、その相手役でどうだ?」


「……ぁ」


宿、などと若干古くさい言葉を使った青年は、すっと手を差し出した。そしてーー




「……僕はホント、駄目な奴なんですよ……」


「少年、その程度でしょぼくれるって……どんだけ純情なんだよ!?」


「し、仕方ないじゃないですか! その、そういうことをするのは、ちゃんと付き合ってからであって、そのためには色々とやらなきゃいけないことが……」


「……”お友達から始めさせてください”ってか? ……少年、古くさいのな……」


近くにあった宿に青年を案内し、その礼として彼は酒を酌み交わしながらタクトの相談に聞き入っている。ーーというか、何故未成年のタクトに酒を飲ませている? タクトの右肩に止まっているコウは内心で呟き、


「すまない、そいつ未成年なんだが……」


「いやいや、少年もう十七だろう?」


「はい、そうですけど……」


「なら問題ない! 俺がいたところなんて十五から酒が飲めたぞ! それどころか、生まれた所なんてそんな決まり自体なかったしな!」


「いや、そいつが生まれた場所では二十歳なんだが……」


コウの呟きは、胸を張って答えた青年によってあっさりと拒否された。だが、青年と精霊のやりとりを聞いていたほかのお客は思わず突っ込みたい衝動にかけられた。ーーせめて、ここ(フェルアント)の基準にしろ、と。


ちなみに、フェルアントでは十八からお酒が飲める。つまり、タクトの行為は十分反則しており、ついでとばかりに学園の校則にも違反していたりする。


「タクト、酒を飲むなっ。お前はまだ飲むべきじゃーー」


「ホントっ……僕って奴は………僕って奴はぁ!!」


(……だめだこれは)


自らの主に促すコウだが、もうすでにお酒が入って顔に赤らみが入っているタクトには聞こえない。ただ恨み言のように自分のことを責め続け、そんな相棒の状態にコウも匙を投げた。どこか達観したような目で、次々とお酒を口にするタクトを見やる。


「ほら、飲め少年。酒は一種の万能薬だ。嫌なことを一時的に忘れさせてくれる」


そして、そのタクトに酒を注ぎ続けているのが、隣にいる青年である。まだ酒をろくに飲んだことがないというのに、まるでジュースか何かのように次々と飲み干していくタクトの飲みっぷりを見て、おもしろがるような様子で酒をつぎ足していくのである。


「……お前、見ず知らずの少年を飲んだくれの道に引きづり込もうとするな」


「味方はあなただけだ、名も知らぬ精霊よ。私はコウと言うが、そちらは?」


「私か? 私はザイという。……名高き不死鳥の精霊よ、貴様も苦労しているのだな……」


蛮行とも取れる行動に、青年の精霊であろう、オオカミの姿を象った精霊は、主を諫めるように注意する。思わぬ助け船に、ありがたいとばかりにコウは頭を下げる。精霊達が自己紹介をしている間、タクトと青年の相談ーーという名を借りた、ただの飲み会が行われている。


その様子を目の端で捉えたザイが、ふぅっとため息をついて告げた。


「それに、言いたくはないが……お主の主は、いつも人に付いていくのか?」


「まさか、そんなわけない。……ないはずだが……」


言われ、しかし青年がタクトに人生相談の相談相手になってやると持ち出されたとき、ためらいなくその手を掴んでいた。いつもの彼なら、ここは断るところなのだが。


「あ」


そこまで思い、ようやくコウはあることに思い至った。つい失念していたことだが、タクトはその容姿故、初見で女子と見間違えられることが多い。そのためか、初対面で男子として扱ってくれた人物には少なからず好感を持ってしまう。


青年が初めて声をかけたとき、彼は「少年」と呼んだ。おそらく、そのことが大きいだろう。だが、何となくであるが、この青年は、どこかタクトの従兄にして兄であるセイヤの面影があるのだ。それも影響しているだろう。


「……どうやら内の主は、そちらの主のことを大層気に入ったようだな……」


はぁ、とため息をつき、まるで全てのことを諦めたがごとくの目で遠くを見つめる。その様を見て、何か感じ入るものでもあったのか、それともこれ以上は聞いてはいけないと思ったのか、ザイは乾いた笑みで視線を逸らした。


ーーこれが少年と青年の、二度目の出会いにして、初めての顔合わせ。


ーー運命の歯車が、音を鳴らしてゆっくりと動き始めた。

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