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作者: 森 go太
掲載日:2026/04/04

 1月の末に、インフルエンザを罹患してから、身体は元気になったが、ずっと咳をするようになってしまった。

 転職に伴い直近で受けた健康診断では問題なかったため、大病にかかっている訳ではないと思うが、一回一回、咳をするたびに、考えてしまう。このままずっと治らなければ、どうだろうか。

 その際、私が抱く感情。

 それは不安ではなく、優越感であった。

 一般的に、ずっと咳が治らない場合、人間が抱く感情は、自分でも気付いていない大きな病に対する不安や、恐怖かと思う。そしてそれは、根本的には、死への恐怖に由来する。

 しかし死への恐怖が限りなく薄い場合、どうだろうか。

 死というものに否定的な印象が欠如していて、好きにやってその結果、いつ死んでも良いという思考回路であれば、咳が止まらない今の状況は、決して悪いものでは無いのであった。

 咳をしてもひとり

 尾崎放哉の句に、私は感銘を受けた過去がある。

 これほど叙情的な一文があるだろうかと思う。

 それもあり、私は咳をし続ける人間に、明治の文豪のような、退廃的な美しさを感じている。

 そして私は今そうなっている。

 この状況を客観的に見た時に、死への恐怖が欠如している今の私は、とても嬉しくなるのだった。

 これは側から見れば『中二病』というのだろうか。他人が聞くと、痛々しく思う者もいるかもしれない。しかし私は私の感情を、嘘偽りなく文字に起こすと、そうなってしまう。

 しかしそれに対して、私は誇りを持っている。

 それだけで充分なのだ。

 他人のことなど、考える必要なんてない。

 自分の思うがまま、正直に生きれば良い。

 それを否定する人間はクソだと思う。

 結局みんな、自分が一番大事なのだ。

 その考えは共通認識として誰しもが持っている筈なのに、

 どうして、ありのまま生きる人間を否定できる?

 書いている途中、また何回か咳をした。

 咳をしてもひとり。

 しかし最後に一つだけ言っておきたい。

 これまで書いたことの全ては、私が孤独だからこそ言えるのだろう。

 今私には、守るべき人間がいない。

 これから、私を育ててくれた父や母からする私のように、私にも守るべき者ができたら、

 また死ぬのが怖くなって、

 咳をし続けるのが、怖くなるのだろう。

 その時には、ちゃんと病院に行こう。

 考え方はいくらでも、変えれば良い。

 そんな下らぬことを考えた、夜であった。

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― 新着の感想 ―
 森 go太さん、こんにちは。 「咳」拝読致しました。  小説、というよりエッセイの方かな?  キーワードはありませんが、ジャンルがエッセイですね。  インフルをり患して以来、咳が付いてしまった。…
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