前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。
「永遠にあなたのことを愛します」
前世の私は、ともかく愛が重かった、と思う。
だから最後は捨てられてしまった。
だって、本当に好きだったから。ずっと一緒にいたかったから。
「そこに私も一緒に連れて行ってください」
「いつも一緒にいたいです」
私の口癖。
重い。
ということ生まれ変わった私は重い女からは卒業……。
したいけど、加減ができるかわからなかったから、恋はしないって決めた。
そう決めたのに、私は前世の夫そっくりの男の子と会ってしまった。
恋を落ちる前に、と私はその子を避けたんだけど、その子、めちゃくちゃ積極的で困った。
夫だったカールはとてもシャイで無口な人だった。
顔はそっくりだけど、別人に違いない。
そう思って、私は逃げ回るのをやめた。
理由はそれだけじゃなくて、その男の子が王族だったから。
男爵令嬢の私が逃げ回っていい相手じゃなくて、観念した形だ。
「名前は?」
「エミリアです」
「ふうん、僕はハンツだよ」
「存じてます。殿下」
「大人みたいな話し方するんだね。君」
そう言われて、ドキッとしたけど、男爵令嬢の私が第三王子を独占するのはおかしなことなので、すぐに他の子たちがやってきた。
よかった。
王族のお茶会で、男爵まで呼ばれることは稀だ。
だから、私は第三王子と会うのもこれが最後だと安堵していた。
別人に違いないんだけど、殿下はカールにそっくりだったから。
ちなみにカールと私は幼馴染だった。
小さい時からカールが大好きだったので、本当に重い女だったなあと物凄い後悔している。
もしいつも愛してるって言わなくて、纏わりつかなかったら、捨てられなかったかもしれない。
他の夫妻を見ていたら、皆さん適度に距離を取っていて、二人でいつも一緒なんてあり得なそうだったから。
カールは、きっと私にうんざりしてしまったのだろう。
だから、いなくなってしまった。
書き置きを残して。
君といるのが辛い。
一人になりたい。
そう書かれた手紙を受け取って、物凄い傷ついた。
だけど、辛いと書かれて、思い当たる節が沢山あった。
友達のミーヤにも忠告されていた。
あまりべたべたしていたら、迷惑だって。
もう帰ってこないかもよ。
ミーヤに相談したら、そう答えられた。
だから、帰ってきてほしくて、私の方が出ていくことにした。
彼を探すように手配して、私の手紙を託した。
私は消えます。
もう邪魔はしません。
静かな場所でカールに迷惑にならないように暮らすつもりだった。
けれども馬車に乗って静養先に向かう途中で、事故にあってしまった。
馬が急に何かに驚いて走り出し、私を乗せてまま、崖から転落してしまった。
ああ、これで完全に消える。
カールはきっとほっとするわね。
煩い私がいなくなって。
衝撃と共に意識がなくなったけど、目を覚ましたらベッドの上にいた。
赤子の姿で。
どうやら生まれ変わってらしい。
そう気が付いたけど、体は赤子、あんまり考えることもできなくて、ぼんやり過ごしていたら、三歳くらいからやっと少しわかるようになった。そうして私は決心したのだ。恋はしないって、重い女にならないって。
五歳になって、王族主催のお茶会があり、貴族子女がすべて招待された。
滅多にないことで、断る選択はなく、両親は自分たち、私の衣服を整え参加した。
城の庭で開かれたお茶会は盛大で、子供の体だから余計にその規模に驚いた。
そうしたら、第三王子ハンツ殿下に見つかったのだ。
お茶会から一週間後、殿下から招待状が届いた。
お花と一緒に。
城への招待状。
しかも私一人。もちろん同伴として両親も呼ばれている。
「行きたくない」
「……エミリア、あなたの気持ちはわかるわ。私だって同じ気持ちよ」
「ルイーダ!」
「ベン。あなただって一緒の気持ちでしょ?」
私だけでなく、両親も身分に合わないこの招待が嫌だったらしく、三人そろって溜息をついてしまった。けれども断れるわけがなく、衣装も新しく仕立てることもできないので、お茶会と同じ衣服をまた身に着けて、殿下に招待されたお茶会に参加した。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さんだこと」
「本当に」
お茶会には王も王妃もいて、私を含め両親は一気に顔色を失った。
多分小刻みに震えていたと思う。
気の毒に思ったのか、お二人はすぐに退室され、部屋には私、両親、殿下の四人と使用人たちが残された。
「エミリア、来てくれてありがとう」
殿下の笑顔は天真爛漫。
カールの笑顔と重なり、泣きそうになった。
だけど、それを堪えて挨拶を返す。
その後も何度かお茶会に誘われた。
ドレスも届けられ、城から迎えも来た。
いつの間にか、私が殿下の婚約者候補になっていた。
王族の命令は絶対だ。
誘いは断ることはできない。
だから、私は誘われればいくしかなかった。
だけど、心に決めているから。
殿下を好きにはならなかった。
殿下は良い方だと思う。
だけど、恋には落ちない。
好きにならない。
思い出すのはカールの顔。殿下の顔はカールの幼い頃に似ていたけど、そっくりなわけではない。
性格も違う。
私が好きなのはカール。
もう誰も好きにならない。
呪文のようにそう心の中で唱えて、殿下に会った。
一年がたって、私に妃教育のようなものを施す動きが出てきた。
無礼だと知っていたけど、私は殿下に伝えてしまった。
「私は誰とも結婚する気はありません。修道女になるつもりなのです」
これは決めていたことだ。
幸い弟も生まれ、跡取りを心配することはない。
殿下の真意がわからなくて、はっきり断ったことはなかった。だけど、妃教育が始まれば、それは婚約に向けて動いているということだった。
私がなぜ?
そういう思いが何度もよぎったけど、おそらく、私が彼を好きではないから選ばれたと思う。
お茶会に呼ばれるのは私だけではないことも多く、他の令嬢……女の子は積極的だ。
だけど、殿下はとても嫌そうな顔をしている。
重い女はいやだもんね。
面倒ですもんね。
殿下の気持ちは理解できた。
だけど、それで私が婚約者になるのは違う。
私は男爵令嬢に過ぎないから、まず身分が大きく異なる。
そして容姿も平凡だ。
頭脳も切れるほうではない。
妃なんてとんでもない。
自分でわかっている。
だから殿下に正直に伝えた。
「修道女……。とは、まだ君は六歳だよね?」
「はい。でも私は生まれた時からそう決めてました」
生まれたときからと、口を滑らせてしまい、殿下の顔色を窺う。
すると急に難しい顔をしてしまった。
「殿下?」
「やはり、君はティファニーに違いない」
ティファニー。
それは、私の前の名前だ。
「ティファニー。やっぱり君か?似ていたけど、性格が違うから別人だと思っていた」
殿下も私と似たようなことを言った。
「……殿下はカールなのですか?」
「うん。そうだよ。ティファニー」
柔らかい笑み、それはまさしくカールの笑顔だった。
だめ。カールだったら、だめ。
仕舞っていた彼への気持ちが溢れそうになり、胸を抑える。
「あの時は本当にすみませんでした。迷惑を沢山かけましたよね」
顔を見ると、感情が溢れるので、失礼だと思ったけど、俯いて言葉を紡ぐ。
「迷惑?どういう意味?そういえば手紙にも似たようなこと書いてよね。邪魔しません……どういう意味?」
「私はカールの邪魔をずっとしてました。いつもあなたの側にいたし、どこかにいく時もついて行ってしまいました。一人でいる時間も必要なのに」
「それのどこが邪魔?僕は君と一緒にずっといたかったよ。むしろ、嬉しかったんだけど」
「だったら、どうして、君といるのが辛い。一人になりたいって手紙を」
「そんな手紙書いていない。確かに、君といると幸せ過ぎて辛い。一人になりたいなんて思わない。そんな文面を書いた気がするけど、それは日記で」
「日記?」
「そうか。僕たちは嵌められのか。あのミーヤに」
「ミーヤが?」
そこで私は思わず顔を上げてしまった。
目の前の殿下は怒っていて、拳を握りしめていた。
「出張に出かけたんだ。戻ったら君がいなくて、その後に事故の知らせ。葬儀を済ませてたらミーヤが誘ってきた。頭にきて、そのまま追い返して、二度と屋敷に入れないようにしたんだ。あの時は頭に来すぎていて、気が付けなかった。今ならわかる。ミーヤによって偽物の手紙が作成され、君の手元に渡ってしまった。でもどうして君はそれを信じてしまったんだ」
「だって、ミーヤが男性は一人になるのが好きだって、いつも一緒にいるのは束縛しているようなものだって」
「あのくそ女が」
「か、カール?」
耳を疑う言葉だった。
「ごめん。君を怖がらせたくなくて、ずっと色々我慢してたんだ。でもそのせいで君に誤解をさせてしまった。僕は取り繕うのをやめた。あと、僕は王子として権限を最大限に利用するつもりだから」
「か、殿下?」
「君は僕のことまだ好き?」
「えっと、あの、」
「知ってるよ。僕のことは何とも思っていない。君が好きなのはカールだ。でも僕は君が好きだったカールでもある。だから、僕と結婚して。いつも一緒にいたい。君を膝にのせて仕事もするつもりだ」
「え、それは駄目です!」
「冗談だよ。でもそれくらい、君と一緒にいたいんだ。ティファニー、いやエミリア。僕の婚約者になって」
だめ、だめ。
絶対に決めたんだから。
「君には選択肢はないんだ。残念ながら。エミリア」
王族の言葉は重い。
だけど、私には重く感じられなかった。
むしろ喜ばしくて。
七歳の時に、私は正式に殿下の婚約者になった。
それから一緒に年齢を重ねていく。
周りに呆れられながらも、いつも一緒に過ごした。
「もう誤解しないように。エミリア」
「はい」
「……疑わしいな。やっぱり」
今日もソファで一緒に横になって本を読む。食事も一緒に。一緒のベッドに眠るのだけは、結婚してからと決められていて、殿下は十六歳になったらすぐに式を挙げると息巻いている。
最初は戸惑っていたし、決めていたから、好きにならないつもりだった。
だけど、やっぱりは無理で……。
気が付いたら、カールと同じくらい殿下のことが好きになっていた。
だけど、愛してるの言葉は怖くて言えていない。
殿下。
いつか、本当に私が愛しているって言ったら、逃げないでいてくれますか?
「……エミリア。当然じゃないか」
寝ていると思っていた殿下が目を開いて、まっすぐ私を見ていた。
「永遠に愛するよ。君を」
「私もです」
その日、私たちは口づけを交わした。
(終)




