3-B.覚醒
僕は夕暮れ時のバラックの街並みを疾走する。
足はもう上がらないはずなのに、火事場の馬鹿力というやつなのか。
「悪いが、お前の神経に介在して痛みを感じないようにいじらせてもらった」
「なんだって」
脳内に語り掛けるのは勝手だが体までいじられたらたまったものではない
そもそも僕はい
「そんなことができるなんてお前は何者なんだ」
「今はいいだろうそんなこと、それよりこれからだ」
「・・・勝算があるって話だったけど」
「そうだ。情報。これが今の俺たちには決定的に欠けている」
「情報?」
そうだ。
「敵の情報、この街の情報。なるべくたくさん集める必要がある」
「どうやって?」
「なるべくたくさん走ってくれ。しかも物が多いところだ」
「というと、市場か」
「そうだな。なるべく人通りの多いところがいいだろう」
「・・・わかったよ」
他にできることもない。今はこの不思議な声に従うしかなさそうだ。
背後から猛犬たちのサイレンのようなうなり声がする。
僕は一日働いて集めた情報を総動員して走り続けた。なるべく人の多いところ。
最初に見つけたあらゆるものが並ぶ売り場、焼き立ての肉が食べられる屋台。
地面に布を敷いて眠る人が多い小路。
今なお工事が続くバラック外の端っこ。
ひたすら走り続けていくうちにだんだんと息が上がっていく。痛みは感じなくても疲れはたまっていく。
「おい。まだか」
僕は脳内に半ば怒鳴りつける。
「もうちょっとだ」
犬たちの声がだんだんと近づいているのが分かる。
細い道や障害物を使って追跡を遅らせるのももう限界だ。
不意に僕はまた何かに見られていることに気付いた。
監視カメラ。このボロボロの街であってもそれは静かに確実に僕を見ている。
ここにきてからずっと見られていたはずなのに、僕は今になって急にそれが気になり始めていた。
「もう少し」
それだけじゃない。店に並んでいるジャンク品たち。それらも急に景色の中から浮かび上がるように見え始めていた。
機械たち。見ればそれらは急にランプが輝き始めている。古いマイクやサーモカメラなど。
もう限界だ。でも何かが見えそうだ。
「よし、いけた。いけたぞ」
脳内の声が嬉しそうに叫んだ。
途端に何かが変わった。全身の近くが急激に拡張されたような感覚がある。
「隠れろ」
僕はその声に従い、手近な棚の陰に隠れた
「どうなったんだ」
と言い切る前に激しい頭痛が僕の脳内を思い切り揺らした。
犬たちにバレないように声を抑えるのに必死だった。
その波が引いたときにあることに気付く。
「どうして犬たちは寄ってこない?」
もともと総距離は離れていない。目の前で隠れたところで簡単に見つけられてしまうはずだ。
ところがどうだ。犬たちは僕を完全に見失い、路上に立ち尽くしている。
「あいつらの知覚を限界まで鈍らせたからだ」
「どういうことだ」
「あいつら自体にそれほど索敵能力はない。あくまで都市内の監視カメラやマイクで得た情報を収集して解析している。俺はここまでで見つけた監視カメラやマイクの類をすべてハッキングしたんだ。だから逆に今はあいつらの場所が手に取るように分かるはずだ。そうだろう?」
「っ!」
本当のことだった。棚に隠れて目に見えないはずこともわかる。犬たちは全部で5頭。先頭を走る個体が指揮官でもっとも新しい型だ。残りの4頭は旧型のしかも初期ロットだ。
彼らは完全に僕を見失っている。その視線がどこを向いているのかもわかる。予感のように次の瞬間に奴らがどう動くのかもわかる。こう動くと思った次の瞬間、犬たちは実際に僕が思った通りに動くのだ。
違う。これは脳内のこいつが僕に見せているのだ。
「犬たちは本当に僕が見えていないのか」
「いや、一時的に見失っただけだ。さすがに目の前に現れれば気づかれるさ。今は暴走を防ぐために待機状態になっているが、危害が加えられれば自己防衛モードに切り替わる」
「やるなら一瞬、狙うのは指揮官機ってわけか」
「そういうことだ。旧型機の初期ロットには脆弱性がある。一定の周波数の音を聞かせるとシステムが誤作動して、動きが極端に鈍くなる」
新型では当然解消されているだけどな、と声が言う。
「じゃあ新型はどうする」
「今からお前の頭に設計図とマニュアルを叩き込む。どうすればいいかわかるはずだ」
瞬間また鋭い頭痛。なるほど。
「これならいけそうだ」
「じゃあいくぞ」
うなづいた僕は棚の上に乗っていたスピーカーを握る。すぐさま電源が入って、何とも言えない音色が流れ始めた。
僕はグレネードの要領でそれを路上に投げ込んで、路上に勢いよく躍り出た。
効果てきめん。旧型の四頭は寝起きのようにおぼつかない足取りで僕に向かってくる。四頭一度とはいえ、次にどう動くかがわかれば対処することは簡単だ。とびかかってくる一頭の真下に入り込み、そのすきに別の一頭の側頭部をパイプで殴りつける。頭頂部とは違い、装甲が薄くそこはパイプからの衝撃をもろに思考ユニットに伝えてしまう構造になっている。だから簡単に機能停止できるわけだ。あとはそれを三回繰り返せばいい。三十秒もかからない。縄跳びのような簡単な運動に近い。これなら最小限の動きで実現できれば今の僕の体力でもギリギリいける。
隊長機は健在。ようやく見つけた追跡対象を前に甲高い遠吠えを上げてとびかかってくる。
ロボット犬たちが暴走したときのため、彼らには外部から人間が止められるように緊急機構がついている。それは当然外部に漏れないように機密情報として管理されているはずのもの。
言われてみればなんのこともない。もみ合いながらなんとか上下の顎をふさぐように強く握る。次の瞬間どう動くのかがわかるのだから思ったよりは難しくなかった。
そして5秒それを続けると、首元のカバーが空いて内部の配線が丸見えになる。あとはその中で一番太いものを引き抜くだけだ。
隊長機はそれだけで簡単にダウン。活力を失ってまるで死んだように眠った。
すぐさま全身の力が一気に抜けて、僕もそれに続いた。
「まだ最適化の余地あり、か」
脳内でまた声がした。
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