3-A.一閃
体は明らかに疲れている。当たり前だ。今日一日肉体労働に励んだのだから。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
それでも僕の足は止まらない。
三つ先の角を曲がる。突然脳内に響いた声に従うことには意外と違和感がなかった。
そうして僕はその声が自分で作りだした幻聴ではないことを知った。
廃材が集められているとおぼしき一角には僕が探し求めていたものがあった。
「それでどうにかなると思っているのか」
謎の声があきれた様子で言った。僕は無視した。
今はこんなものに関わっている余裕はない。
「ずいぶんな言い草じゃないか」
心を読まれていることに驚きつつ、僕は来た道を走る。息切れが激しくなってきた。
「聞け」
声が言った。
「聞けったら。あの子を助けたいんだろ」
また言った。
「こっちは取り込み中なんだけど」
僕はしぶしぶ返事をすることにした。どうやらこの声は目の前の状況を理解しているようだった。
ますます謎が深まるが、謎解きはあとだ。
声が続ける。
「そうだ。おそらくお前以上に俺はこの状況を理解しているんだ。だから聞け」
「いちいち心を読まないでくれ。それで?」
「あの女の子はそろそろ洗脳される。そうなればおしまいだ。こちらの言うことなど耳を貸さず、自分から進んで再教育を受けるだろう」
「だからそれを今から止めようって話だろ」
「あの犬たちの目から放たれる特定の周期の光の明滅が人を一種のトランス状態にする。だから犬たちから彼女を引きはがす必要があるんだ」
「そんなに詳しいならあの犬の弱点くらい知っているんだろうな」
どうやらただの声というわけではないらしい。明らかに僕の知らない情報を抱えている。
「もちろん。ただ、俺一人にはどうしようもない。お前にも手伝ってもらうことになるぞ」
「わかってる」
「本当に分かってるのか?」
「くどい。やるったらやる。もう決めた」
もう見飽きたのか人の輪は先ほどよりいくらか小さくなっていたが、まだそれなりの人が少女と少年の行く末を見ている。
でも見ているだけだ。
あの子を助けようという人は誰もいない。
「あ、おい」
また誰かの声がする。それも関係ない。僕は人の輪を抜けて、犬と少女のもとへ駆け寄る。
そのまま鉄パイプを思い切り振りかぶる。
「おいおい」
「あいつ、終わったな」
それを犬の後頭部めがけて思い切り振り下ろした。
強烈な金属音とともに花火がはじけ飛ぶ。手から伝わってきた振動がそのまま脳天を突き抜けていくのが分かる。
「っ!」
でもそれだけだった。少女を抑え込んでいた犬の後頭部には傷ひとつつかない。自分の驚いた顔が映り込んでいるくらいだ。
仮に僕の体力が万全だったとしてもこれはどうしようもないだろう。それくらい僕にだってわかる。
この市場に武器はない。
大量の視線。非生物であるはずの犬たちからそれが一斉に向けられたような気がする。全身の毛が逆立つのを感じる。
流線型でつるっとした犬たちが吠え声の代わりに甲高い警告音を一斉に鳴り響かせる。
「まずい。拘束モードから攻撃モードに入った。一気にこっちに来るぞ」
声が慌てた様子で叫んでいる。
「言われなくてもわかってる」
景気づけにもう一発かまして、僕はまたすぐわきの小路に向けて走り出した。
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