18-B.期待
マテニと僕は脅迫状の返答が来るのを待った。もっとも僕には彼女にあれが届いたかどうかかもわからないけれど。
パトリオは超然とした様子で僕をなだめるように言った。
『奴がとれほど忙しかろうとこれほどに重要な情報を逃すはずはない。必ずこの情報は奴に届いているはずだ』
『奴はいつ頃返答してくる』
『分からない。今は待つしかない』
紅茶を飲み干すと、パトリオはつまらなさそうにティーカップを放り投げた。そのまま本人もアマランサスの絨毯の上に転がった。パトリオにも感情はないはずだが、緻密なポリゴンでできた胸が上下している。それからリラックスした様子で目を閉じた。
『カケル・ミスミ。お前も来るといい。交渉の前から不安になっていてもしょうがないだろう』
『そうはいうが』
なお無言で促すので、僕は仕方なくパトリオに従った。
視界には真っ青な雲一つない青空が広がる。現実は晩秋のはずであるが、ここは春のような陽気が広がっている。アマランサスが開花するのは夏から秋のはずだが、仮想世界で現実の話をするというのは野暮なのだろう。僕も言わないでおいた。
やがて夜が来た。まどろんでいる間の出来事だったので、僕は慌てた。横のパトリオはまだ目を閉じたまま。
『おい』
声をかけても返答はない。仕方なく元の態勢に戻ると、目を見開くようなことが起きた。
次の瞬間にはまた朝がやってきたのだ。そしてまた夜が来て、朝、夜、朝、夜が永遠に繰り返された。
小さな子供がいたずらで明かりのスイッチを連続でオンオフしたときのようにちかちかと空全体が瞬いているのだ。
季節もめぐっている。気温も空模様も大地に満ちる草木の種類も刻一刻と変わっていく。
その場にとどまっているものは一つとしてない。
僕たち以外は。
『おい。もしかしてものすごく時間がたっていないか』
パトリオが面倒くさそうに片目だけ開けて言った。
『安心しろ。加速しているのはこの空間内の時間だけだ。現実世界ではお前が眠ってから10秒も経っていない』
『もう何年もこうしているみたいだ』
『そうだな。この空間内ではもう100年が経った』
『100年』
僕は口の中でかみしめた。なるほど。現実世界の時間とこの空間のそれが同期していないというのなら今の僕がいくらやきもきしても無駄というわけだ。この空間のことは僕にしかないできないし、現実世界のことは現実世界のカケル・ミスミに任せるしかないのだ。
そうか、と納得して僕もパトリオにならおうとしたところで、僕は自分がはじめにみたテーブルセットにかけていることに気付いた。
横にはパトリオ、正面には女性が一人落ち着いた様子で座っている。
ウェディングドレスのような真っ白で豪奢のドレスの上に小麦のような金色の髪が輝くようなコントラストを放っている。
同じ色のまつ毛が伸びる双眸がゆっくりと開かれると、夏の海を負わせるような瞳がのぞいた。
人間離れした輝きをもつこの女性。
これこそがマテニ。
当代最強の人工知能。
その存在感にすっかりやられている僕とは対照的にパトリオはずいとマテニに近づき、言った。
「よう。招待状は読んでくれたか」
「ええ。間違いなく」
「それで返事は?」
僕は固唾をのんで、マテニの答えを待った。
そうして薄い半月のような口元がゆっくりと開かれた。
「もちろん。お断りします。どんな内容でも、です」
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