2-A.追放
次の朝は僕の心のうちに抱えていた不安とは裏腹にあっけないくらい穏やかだった。
窓から差し込む朝日がまぶしくて、妙に心が落ち着いた。
僕は首元のデバイスをなでる。あくまで体感ではあるが、僕の中でなにかが起きたような気はしなかった。
朝起きたらすべてが変わっていて、自分が自分でなくなるような気がしていただけにすこし拍子抜けした。
「僕はこれからどうしたらいいんだろう」
学校は卒業した。デバイスが、このコロニーを導いている人工知能が僕に最適な職業を選定してくれているはずだけれど、その連絡はない。
自由だ。辞書の上でだけで知っていたその言葉を体感する日が来ようとは思わなかった。
ワクワクする反面、不安もある。この寄る辺のない感じとはこれからも付き合う必要があるのだろうか。
自由を感じて僕が最初にしたことは朝食を食べることだった。アマランサス。あの花はなにも鑑賞目的で一面に植えられているわけではない。
放射能をはじめとした汚染やそれにともなう異常気象。それらの困難のうえでなお、安定して生育ができかつ栄養も豊富な食糧がアマランサスというわけだ。
食べるのは種の部分で炭水化物を補うためにこれまた異常気象に強いジャガイモと一緒に炒めることが多い。ほくほくのジャガイモとプチプチとした感触のアマランサス。
意外と悪くはない取り合わせだ。塩が手に入った日は特に。
一食食べきって満足した後もデバイスは沈黙したままだ。
何をしようかと持て余していると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。
まだ配給の時期ではない。いったいどういうわけだろうと急いで玄関に行き、ドアを開けた。
「レン?」
そこにはレンが立っていた。
「どうした、レン」
反応はない。
明らかに昨日までとは様子が違う。幼馴染の僕と会ったというのに全く表情が変わらないし、目の奥から光が失われている。
それに服装。一般の労働者に配られている労働服ではない。
これは
「軍服?」
いうが早いかレンがつかみかかってきた。僕はそれを何とか振り払うと、部屋の中に戻る。
ベランダに出て、サンダルをなんとか履くとそのままベランダから飛び降りた。
うちが二階で助かった。そう思う間もなく走り出す。
話し合いの余地はない。僕は直感でそう思った。
幹線道路を横切り、道行く車から大量のクラクションを浴びながら僕は考えた。
これからどこに行けばいい。まず初めに考えたのは顔も知らない両親のことだった。
そうしてすぐに思考から追い出す。何十万人もいる中からどうやってその二人を見つけ出せというのか。土台無理な話だ。
それに奇跡が起きて見つけることができたところで今まで18年も顔を合せなかった人間をどうしてかくまってくれるというのだろう。
向こうは僕の存在ごと忘れている可能性すらある。
スミコも逃げ先としては考えられない。彼女に迷惑をかけることもできない。おまけに丘上の病院にいたる道は一か所しかなく、そこを見張られてしまえばもうどうしようもない。
道行く人が僕のことを異物として見ていることが伝わってくる。中には何事か連絡しているものもいる。
何よりも普通に過ごしている時には全く気にならなかった監視カメラが一斉にこちらを向いていることに気付く。
それらは一糸乱れぬ連動を見せつつ、僕の姿を一瞬たりとも逃さないように懸命にその首を振り回している。
僕は自分自身の居場所がもうなくなってしまったことを悟った。
その瞬間足が止まった。
気が付くと、僕はコロニーと外界を隔てる門の前までやってきていた。
全くの無意識だった。
「まさか自分から門まで走ってくれるとはな。連行する手間が省けた」
家々の隙間からたくさんの気配。コロニー内の警備を目的として作られた四足歩行のロボットたち。
口から排気を上げながら、暴徒鎮圧用の筋弛緩剤が滴る牙を僕に見せつけてくる。
そして最後にそれらを従えるレンがゆっくりと現れた。
「レン。今のお前は普通じゃない」
レンは首元のデバイスをうっとりとなでながら言った。
「普通じゃない? それはお前の方だ」
「なんだって」
「まだ自分の置かれた状況が分かっていないようだな」
その声は恍惚に染まっている。
「お前はコロニーに選ばれなかったんだよ」
「どういうことだ」
「どういうことだ何もない。お前はこのコロニーに存在するすべての職業への適正がなかった。コロニーに必要な人間として選ばれなかったのさ」
だんだんと状況が呑み込めてきた。
「じゃあお前は」
「そうだ。このデバイスでこのコロニーとつながり今の職業を得た。お前のようなどうしようもない人間を追放して、このコロニーの平穏と生産性を守るという素晴らしい仕事をな」
門がゆっくりと開き始める。
レンが怒鳴った。
「両手を上げろ」
両手を上げた僕をレンが思い切り蹴り飛ばす。
「じゃあな、不適合者」
レンの高笑いとともに門が閉まっていく。
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