13-C.結末
レンが余裕を湛えた笑みで叫んだ。
「笑わせるな。この戦争に知性のコロニーが勝つ。コロニーはさらに発展する。そうすればスミコだって」
僕は淡々と言葉を重ねる。視界が元に戻ったのは、明らかにスミコの安否がレンの心にひっかかったからだ。
「戦争はいつ始まる。そしていつ終わる。それまでにスミコが生きている保証は本当にあるのか」
「知性のコロニーを侮辱するな。知性のコロニーの持つ数千のロボット部隊は疲れも痛みも知らない。人間など物の数ではない」
視界がまた白く染まっていく。レンが自分の言葉で安心しているのだ。
だからこそ僕は言ってやらないといけない。
「最近、スミコに会ったのか」
視界が元に戻る。
レンは黙ったまま、先ほどの余裕など消え失せた顔で小さく俯いている。
僕は畳みかける。
「会ったのかと聞いているんだ」
ここでため息を一つ。
脳内でパトリオが報告する。
『いいぞ。奴の性能がかなり落ちてきている。このままいけばレン・トキムラ単体であれば掌握することができそうだ』
それを聞きつつ、僕は続ける。
「僕は最近通話したぞ。お前だってそれを傍受してここに来たんだろう。なるほど。僕がスミコと通信したという情報は得たが、その内容までは聞いていなかったんだな」
もう少しだ。僕はレンに近づきながら
「このままじゃスミコは長くない。最後に僕たちがお見舞いに行ってからさらに結核がひどくなってる。知性のコロニーの戦争とやらのまえに彼女は」
「やめろ!」
とうとう耐えきれなくなったのか、レンが叫んだ。そのまま膝をついて頭を抱える。
「こんなことはもうやめるんだ。このまま知性のコロニーの言いなりになれば、レンはさらに罪を重ねる。しかもスミコは助からない。本当に何も得られないまま、知性のコロニーに使いつぶされるんだ」
レン、と僕は呼びかける。
「お前は知性のコロニーに反映につながれば、今の構成員の幸福などどうでもいいと言った。それは本当か? レンは知性のコロニーのためにスミコを死なせるのか。今すぐスミコを渡してくれれば、医療のコロニーで治療ができるんだ」
レンの体は小刻みに震えている。レンの本当の望みとコロニーの命令が奴の中で葛藤を引き起こしているのだ。
パトリオが脳内で言う。
『今だ。レン・トキムラに触れろ。後のことは俺がやる』
『頼む』
深呼吸。そして意を決して僕は震えるレンの肩に触れた。久々の親友はあの尊大な態度とは裏腹にいくらか肩が薄くなっているように感じた。
「・・・・・・」
見た目には何の変化はなかった。
それどころかレンの震えが完全に止まった。それから軟体動物を思わせる動きでゆっくりと立ち上がって、僕の目をすっと見据えた。
その目に力はない。
完全に別人だ。
『パトリオ、これはどういう』
『マテニだ』
『え』
レンの口から放たれたのは穏やかな母性を思わせる女性の声だった。
「こんにちは。カケル・ミスミさん」
そんなはずはないのだが、僕の耳には完全にそう聞こえてしまっている。
もう聴覚をハッキングされている。
「そして、パトリオ」
知性のコロニーの長、当代最強の人工知能がレンの体を依り代にこの世界に確かに顕現しているのだ。知性のコロニーの構成員といえども、マテニと直接言葉を交わす機会はほとんどいない。その実在を確かめないまま死んでいくものが大半だ。
僕は口をパクパクさせて二の句を継げないでいると、今度は自分の口が勝手に動いた。
「よう。意外とお早い登場だな。女王様」
少し高めのだみ声。間違いない。僕が今までずっと脳内で再生させてきたパトリオの声だ。
「その呼び方はやめなさいと言ったはずです、パトリオ。私は知性のコロニーに傅く身。女王などというのはあまりにもかけ離れています」
「その割には構成員に指図して、戦争を起こそうとしてるじゃねえか。それが王の行いと言わずしてなんというんだ」
「今回の戦争は私の意志ではない。知性のコロニーが辿るべき道筋を私が言葉にしているに過ぎないのです。合理的に見て、知性のコロニーが周辺のコロニーを統合することが人類の再興にとって最もよい。あなたもそうは思いませんか」
「そうかもしれない。しかしなあ、武力で従わせるのはいただけないな。本来のお前であれば、もっと穏当な方法をとっていたはずだ。自覚しろ。今のお前は当初の設計思想から離れて暴走している。今のお前にコロニーを運営するだけの信頼性はない。今すぐ後継者にコロニーの運営権を返せ」
知性のコロニーの長、マテニはしばらく黙った。
僕の目が彼女にハッキングされていなければ、その表情はいくらか悲しそうに見えた。
まさか。人工知能に感情などあるわけがない。
マテニがようやく口を開いた。
「分かっていただけないのですね。でも、大丈夫。きっと言葉を尽くせばあなたたちも理解してくれる。この道しかないのだということを」
瞬間、静電気のようなものが体中を駆け巡る。意識が奪われたかと思いきや、次の瞬間にはまた正気を取り戻していた。
両肩にぬくもりを感じる。
「今いいところだろう。へばってもらっては困るな」
「大丈夫。私たちがついてるよ」
ランドとリン。そうか。2人は知性のコロニーとつながっていないから、この状況でもハッキングを受けないでいられるのだ。
いける。僕たちは知性のコロニーを人の手に取り戻すことができる。スミコの命を救うことができる。レンを元に戻すことができる。
僕3人はまた元のように過ごすことができる。
レンの、そして今はマテニの頬に一筋の涙がつたった。
「私はとても悲しいです」
マテニのその言葉が聞こえてきた瞬間、目の前が真っ黒になった。
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