13-A.対話
レンはかつての面影もないほどに邪悪な笑みを浮かべて、ゆらりと右手を挙げた。
やがてそれを一気に振り下ろす。
すると瓦礫の陰から何が一斉にとびかかってきた。真っ黒なシルエットだけが見える。
知性のコロニーの猟犬たち。真っ白な体躯をもつそれらが朝日に照らされて、鮮血を思わせる赤をその身にまとっている。
それらが空中を舞い、その爪や牙が僕たちの喉元にかかる直前、
彼らは突如意識を失った。その勢いのまま、僕たちを通り過ぎていった。はるか後方で砂煙を伴う轟音が上がった。ちらりと振り返ると、獣たちは煙を上げて、完全に沈黙しているようだった。
うまくいった、と僕は小さく胸をなでおろした。
レンはその結果に少しだけ目を見開くと、ふたたび不敵に笑った。
「ほう。どうやらただの役立たずじゃなくなったようだな」
「それはどうも」
周りに他の伏兵がいないことを確認してから僕はレンに向かっていく。2人に手を出させないようにするにはむしろ僕がレンを抑えるべきだろう。
組み合う。目の前には物心ついたころから一緒にいた少年の顔。しかし今はどうしようもなくゆがんでしまっているように見える。
手加減はできない。
『離れろ! カケル・ミスミ』
脳内でのパトリオの叫びに僕は反射的に従って後ろに飛びずさる。
それでもレンが何かをしているようには見えない。
「!」
膝の力が一瞬抜けたのを感じる。確かに体は万全ではない。それでもここまで疲れているつもりはなかった。
パトリオが脳内で言った。
『今の一瞬の組み合いでこちらがハッキングされかけた。膝の力が抜けたのはそのせいだ』
『なんだって』
『あまりむやみにあいつには近づくな』
『分かった』
言ったところで思い通りになるわけでもない。自分の優位を理解したレンが今度はこちらに突っ込んできた。僕は知性のコロニーを取り囲むバラック群の中に逃げ込む。すぐに周りの監視カメラ類をハックして、レンが追いかけていることを確認する。なるべく二人から引き離さないと。
僕はパトリオに問いかける。
『じゃあ、どうすれば僕はあいつを止められるんだ』
『こちらが先にレン・トキムラをハッキングすることで無効化するしかない』
『そんなことできるのか』
『もちろん。ただしお前にも手伝ってもらうぞ、カケル・ミスミ』
『ハッキングなんて門外漢だよ』
『もちろんそうだ。そして安心しろ。相手にするのは人間だ』
『ハッキングなのに?』
『奴の仕組みは俺たちと同じだ。カケル・ミスミ。お前が現実世界の情報を取り入れ、俺がそれを処理してお前に返す。最終的にデバイスをハッキングをすることで知覚を拡張できるが、その基本は変わらないんだ』
大事なのは、とパトリオは続ける。
『いかにマテニが強大な人工知能でも現実世界にはレン・トキムラを介在しないと影響を及ぼすことはできないということだ』
『レンの存在そのものが脆弱性、だと?』
『そういうことになる。奴と対話しろ。それによって奴の心を乱せば性能自体を大幅に弱体化することができる』
それは翻ってつまり、と僕は気づいてしまった。
『僕が乱されないようにするということでもあるのか』
『そうだ。今までのお前を見ている限りではそこは大丈夫だろう。俺からも脳内物質を調整する』
『やってみる』
当然自信はない。今まではいうなれば他人事だった。誰からの目的達成を手助けするために戦ってきた。最終的にそれが自分の利益になるからだ。そう割り切ることで精神の平静を保ち、冷静にふるまうことができた。
しかし今回は違う。目の前にいるのは大の親友で、もう一人の幼馴染の命がかかっている。
僕が相手の心を乱せるということは、相手もまた僕を乱せるということだ。
それでも今はやるしかない。
バラックの群れの中を追いつかれないように走りながら、僕は通信に乗せて言う。
「レン、聞こえているんだろう。聞きたいことがある」
「なんだ」
レンは回線越しに意外にも素直に応じてきた。向こうも同じ考えなのか。
相手を乱す対話。ならば僕の投げかける問いはこれだ。
「武装のコロニーの長、イエン・ウーを殺したのはお前なのか」
「ああ、俺が殺した」
レンは本当にあっさりと事も無げにそう返した。
パトリオが割り込んでくる。
『おい、今すぐその会話をやめろ!』
パトリオの言葉を理解する前にそれは起きた。
視界が一瞬真っ暗になり、次の瞬間には目の前に一面の草原が広がっていた。
やられた。僕は親友が人殺しになったショックに耐えられなかったのだ。
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