11-C.終焉
レイのクローンがリンにつかみかかった。
「ありえない! 医療のコロニー、この社会は人類の到達点だ。この場所こそが空で生きるのにふさわしい」
リンはクローンの怒気を真正面から受けてもひるまない。
そうして、とうとう口火を切った。
「では、なぜ武装のコロニーの長、イエン・ウーのクローンを作らなかったのですか」
その言葉にレイのクローンが固まった。それからゆっくりと本物のレイの方を見た。
クローンにもその理由が分からないのだ。
本物とクローンの以心伝心。それが音を立てて崩れ落ちる瞬間を僕は確かに見た。
レイが口を開いた。
「あの人は武装のコロニーの住人だ。医療のコロニーの人間ではない」
苦しい言い訳だ。
「私たちはクローンにしようとしたのに、ですか」
レイはさらに答える。
「もちろん同じように持ち掛けたさ、それでも最後まであの人は受け入れなかった。君たちと一緒さ。この素晴らしい考えを理解しなかった」
「遺伝子情報を抜き取るだけなら簡単でしょう。血液すら必要ない。唾液だけでもいい。愛し合っている人の唾液なんて手に入れるのにわけない」
だから、とリンは言った。
「武装のコロニーという重要人物、さらにあなたの愛する人であれば、あなたはあの人に憎まれてでもその遺伝子情報を手に入れるべきだった。そうすれば、今の武装のコロニーの混乱は最小限で済んだはずです」
「......」
とうとうレイは黙ってしまった。
コロニーの指導者と研究者を兼ねるほどの頭の良い彼女のことだ。そのことに気付かなかった可能性はほとんどないだろう。
理由があるのだ。彼女が自身の最も愛する人のクローンを作らなかった理由が。
さすがの僕も徐々にそれに気付き始めていた。
脳内のパトリオが言う。
『リーン・ミラーは何を言おうとしているんだ。レイ・ヤンはとてつもなく興奮している。これ以上刺激するのは危険だ』
『いいから黙って聞いてろ』
僕がパトリオをたしなめている間、リンが言った。
「怖かったのですよね。クローンのイエンさんが自分を愛さないかもしれない、と」
レイの目が大きく見開かれる。
図星なのだ。
クローンはもとになった人物と全く同じように思考し、全く同じように行動する。それが医療のコロニーの唱える社会の仕組みの根幹だ。自分と同じように考えることが事前に分かっていれば、相手を警戒しなくて済む。だから相互不信がなくなり、人類は前文明と同じ轍を踏まずに済む。
もしそうでなければ? すべてではないにしろ、それが通じない領域があるとすれば?
リンが続ける。
「彼の遺体はすでに火葬されている。だから結果としてイエンさんのクローンは生まれなかった。だから実際にクローンの彼がどのようにふるまい、誰を愛するかは確かめることはできない」
それでも
「彼があなた以外の誰かを愛する可能性を、何よりあなた自身が排除できなかった。だからあなたは彼のクローンを生み出さなかった。そうではないのですか」
愛の領域、確かにそれはコロニーの運営には直接関係ないのかもしれない。それでも誰が誰を愛するのかという問題は十分に人々の間に不信を生み出しうる。
コロニーの人々はお互いを信じられなくなる。
クローンを生み出した目的を十分に達することはできない。
レイのクローンがレイに駆け寄る。
「なあ、何とか言ってくれよ。私たちの社会はクローンを生み出すことで相互不信をなくすことができる。これまでの社会を超えることができる。空に生きるに足る唯一のコロニーとなる、そうだろう。そのために君はクローンを生み出したのだろう」
私を生み出したのだろう?
クローンのすがるような目。
その問いに対するレイの答えは可能な限りシンプルなものだった。
腰から拳銃を抜き、流れるような手つきでクローンを撃ちぬいた。
クローンは驚いた顔そのままにどっと重たい音を立てて、崩れ落ちる。
すべてを済ませたレイはゆっくりと膝をつくと、両手で顔を覆って静かに泣き始めた。
リンがゆっくりと彼女に近づいて、静かに抱きしめた。
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