10-C.不信
「なるほど」
研究室に入ってきたレイが僕たちを見るなりに放ったのがその一言だった。
レイがクローンを見る。それだけでクローンは僕の上から退いた。
ひとまず命の危機は去ったようだった。リンとランドが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
心配そうに言うリンを横目に僕はレイから目を離すことはできなかった。
クローンの言うことが正しければ、このレイだって僕のことを殺そうとしているのだ。
本物のレイから殺意は感じられなかった。
「君たちを見ていると、あの人を思い出すよ。本当にまっすぐでお人よしだった」
それどころから慈しみの目すら向けてきているような気すらする。
「医療のコロニーでは私だけではない、たくさんの人間がクローンを生み出している。どうしているかわかるかね」
ランドが少し怒気を孕んだ声で言った。もしかして僕がやられたことに怒っているのだろうか。
「知るかよ。大方自分でコロニーの利権を独占したいからってところじゃないのか」
「ランド!」
たしなめるリンをレイは片手を挙げて窘めた。
「いや、当たらずも遠からずといったところだね。ただ、目的が少し違うかな。時に君たち、空に飛び出そうというところまで栄華を極めた我々人類がこんなみじめな姿になってしまった原因は知っているかな」
それは
「核戦争、ですよね?」
リンの答えにレイはかぶりを振った。
「それは根本的な原因ではない。根本的な原因から生じた結果の一つでしかないんだよ」
レイは続ける。
「相互不信、だよ。空に昇ったあと、人類がどのようにお互い住み分けるかについて、もちろん約束事を事前に決めていた。それが守られれば、私たちは仲良く空で暮らせるはずだった」
しかし、そうはならなかった。
「なぜか。なぜだと思う?」
僕たちは答えられなかった。レイはふっと笑って
「私たちがそれぞれ根本的に違う人間だからだ。違う人間は分かり合うことができない。分かり合えない人間はお互いを信じることができない。お互いを信じることができない人間は最後、相手を滅ぼそうと思う。これは、一種しょうがないことだ。だってわたしたちはどうしようもなく致命的に異なるんだからね。これは変えられない」
でも
「本当にそうだろうか? 私は分かり合えないのか。それを解決するために私たちはクローンを作ることにした。なぜならクローンは自分と全く同じ人間だ。それを信じることはたやすいだろう。武装のコロニーはこのあたりを全く考えていなかった。仮に彼らが全コロニーを統合したところで結局、前時代の二の舞になっていただろうね」
まったく、最後まで能天気だったよあの人は、とレイは寂しそうに笑った。
僕は思わず言った。
「それじゃあ知性のコロニーと変わらないじゃないか」
「何を言う。全然違うじゃないか。知性のコロニーは確かにマテニが人の思考を調整し、コロニーに適した人間に変えようとしている。全員をコロニーに服従させることでコロニー内の相互不信をなくそうとしている。でも、それだって完ぺきじゃない。いくら思考を調整したところで、その根本となる人格や価値観を完全に書き換えることは不可能だ。その点、我々のやりかたはそこを完全に制御できる。こちらのほうに優位性がある」
「だから僕たちを殺そうというのですか。知性のコロニーが正常に戻る目をなくすために」
僕の言葉にリンとランドが目を見開いた。ようやく僕に何が起きたのかを飲み込んだようだった。
「いや、そこまで考えてのことじゃない。もちろん私もそこのもう一人の私と同じ考えでね。愛するあの人が死んだというのに君たちがのうのうと生きているのが許せなくてね。単に八つ当たりしたくなっただけさ。死んだら死んだでこちらもすっきりするし、後継者の血も手に入るわけだからね」
「そんな」
「しかし、この結果を見て考えが少し変わったよ。こちらからまた提案させてもらおう」
僕を見るレイの目は今までないほど、暗く冷徹で寂しい。
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