7-B.密行
ランドとリンが眠りに就いたことを確認したのち、僕はゆっくりとセーフハウスを出た。
月の明かりすら差さない、闇と呼ぶにふさわしい夜だった。
僕は周辺の索敵を済ませながら、足早に目的地を目指す。
光る指輪。震えの正体は声だった。
女性の声が言った。
「私は医療のコロニーの長、レイ・ヤンだ」
レイ・ヤンは言った。
「指輪によって状況は把握している。ついては直接会って話が聞きたい」
声は真夜中の時刻と市場のはずれの場所を指定した。ご丁寧に迎えに来てくれるということだ。
ランドもリンも黙っていた。この声にこたえれば、自分たちが否応なく運命に巻き込まれ続けることが分かっていたからだ。
「僕が行く。話を聞いてくるだけだろ? だったら知性のコロニーの血はいらない」
特にリンはわずかに僕を引き留めようとしたが、僕はそれを無視した。
二人が判断力を失っている今、まともなのは僕しかない。
スミコもレンも今もままでは救うことはできない。
真夜中だというのに、猟犬たちはその目を強く光らせていた。比喩ではない。
彼らの目はサーチライトとして、市場の中をまんべんなく照らしている。時折、照らされた浮浪者がむずがって目を覚まして、また寝た。
いつものことなのだろう。
僕にとってはとてもそうは思えないが。なにせ今の僕はこの地最強のコロニー、知性のコロニーに目をつけられているのだ。
彼らの動きを完全に予測すれば、サーチライトが一瞬後にどこを照らすかはわかる。だから僕はそれに気を付けてゆっくりと歩く。
足跡や温度情報はデバイスによってごまかすことができる。今のパトリオにとってはそれほど難しいことではない。
それでも目の前を自分を簡単に殺すことのできる力を持つロボットが通っていくのを見るとかなり肝を冷やす。
もはや走りなれた道を僕ははたから見れば優雅に歩き続ける。きっと周りの徘徊する獣たちが血眼になって探しているとは思えないだろう。
途中ロボットが密集していた箇所があったため、近道をするために壁を上る。
足をかけた瞬間、足場にするはずだったトタンが滑り落ちた。慌てて僕は周囲を見回す。
「大丈夫だ。今の音も犬たちには届いてないぜ」
少しあきれたようにパトリオが言った。
分かった、と小さく返して僕はまた壁を上る。
壁の向こうまで行けば集合場所はもう少しだった。指定されたのは市場の最もはずれにある四辻だった。
四辻には誰もいない。
「ちょっと早く着きすぎたな」
「仕方ない。待とう」
晩秋の夜は鋭く冷えた。月明かりのない世は音一つなく、耳が痛くなる。
その無音に何がか混じった。
人の声。小さな女の子の声だ。
「おい待て」
パトリオが脳内で制止する。
「助けに行かないと」
「妙だ。周囲に生体反応はない。お前もわかるだろ」
「罠だってのか」
「可能性は十分にある」
「可能性、だろ」
「巻き込まれれば医療のコロニーと合流できないかもしれないぞ」
「だったら放っておくのか」
「目的を間違えるな」
その言葉を聞くや否や、僕は声のするほうに走り出した。
声は四辻の果て、行き止まりで聞こえてきた。
「おい。大丈夫か」
返答はない。それどころか。僕がたどり着いたとたん、声がぴたりとやんだ。
代わりに聞こえてくるのは狼たちの唸り声。
「ほら。言わんこっちゃない」
罠だ。狼たちは僕を取り囲むようにゆっくりと近づいてくる。
探すのをあきらめて、僕をおびき寄せたのだ。
「あはは。なんかごめん」
「いいからさっさと準備しろ。待ち合わせまでに片付けるぞ」
瞬間、行き止まりの壁が爆発した。その奥から何かがものすごい勢いで迫ってくる。
「バイク!?」
運転手が僕に手を伸ばしてくる。
「掴んで!」
その言葉につられて僕は反射的にその手をつかむ。
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