1-B.病院
病院の門をくぐった僕たちは受付を済ませると、彼女が入院している病室までつかつかと歩みを進めた。
その途中で僕は病院がここに建っている理由について考えた。
街から離れた丘の上の病院。聞こえはいいものの、それがコロニーの外れと言われれば話は別だ。
トキムラはコロニーが発信した内容を信じていつもこういっている。
街の外れ、しかも丘の上であれば巻き上がる粉塵やほこりを吸うこともない。高いところにあることで自由に歩けない患者が窓から見える風景で心を癒し、治療に専念することができる。
それはたぶん一面では正しい。病気の治療に衛生管理が重要なことは言うまでもないことだし、心理的な癒しによって患者は困難な治療の過程においても落ち着くことができるだろう。
しかし、僕はどうしてもこの薄暗い廊下からそのようなホスピタリティを感じることができない。廊下の最奥を包む闇からは何か怪物めいたものが飛び出してきそうな趣すらある。そうでなくても、この薄暗さ、外観の汚れ具合、廊下を行く看護師やロボットたちの無機質さからはどうしても患者に寄り添い、その病を癒そうという気持ちが感じられない。
どちらかというともっと排他的だ。病気で動けないもの、コロニーのために働けないもの、悪くすればほかの労働者に病気を感染させてしまう厄介者。
病院は彼らをコロニーから隔離しようとしているように思えてならない。
「ついたな」
レンは病室の扉を前にやおら緊張し始めた。さっきから明らかに落ち着かない。しきりに髪をさわったり、服装を確かめたりしている。
どうせみんな同じ学生用の平服を着ているのだから関係ないだろうに。
「そんなに緊張しなくても、たかだがお見舞いするだけだろ」
「べ、別に緊張なんかしていない。そうさ、これはただ見舞うだけだ」
いつまでも扉を開けないレンに変わり、僕がノックをする。病室からは咳交じりのいつもの声が聞こえて、僕は扉を開けた。
個室だ。廊下に比べれば幾分ましな清潔感。ベットの傍らにはアマランサスの花が置かれている。僕たちが前回のお見舞いで持ってきたものだ。
ツンとした消毒液の匂いにもずいぶんと慣れてしまった。
「やあ、スミコ。元気」
「まあまあってところね」
スミコはそのあと小さくせき込んだ。
僕、カケル、スミコは同じ養育施設で育ったいわゆる幼馴染というやつだった。
このコロニーでは男女が子どもを作ってしばらくすると、子どもは両親の手を離れ、養育施設で集団生活を営む。
両親の顔を見ることはほとんどない。昔はそんなこともなかったらしいのだけど、コロニーがそのように決めてからは一貫してその体制がとられている。
だからこそ僕たち三人は特別だった。養育施設ではいつも三人で一緒にいたし、同じ学校に通えるとなったときは大喜びで跳ね回ったものだった。
スミコが結核にかかったのはちょうどそのころだった。以来、彼女はこの病室に住まうようになって僕たちはそこに通うことになった。
今のスミコは長い黒髪の似合うまさに深窓の令嬢という風の女の子だった。僕の記憶する彼女はもっと活発なはずだった。
「スミコ、聞け。俺たちとうとう学校を卒業するんだ」
勇ましくレンが言った。
「そうか。もうそんな時期なのね」
そういったスミコが寂しそうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。当然だろう。病さえなければ、彼女だって僕たちと同じように学校に通っていたはずなのだ。
「俺は学校を卒業したら、このコロニーに尽くす! そうしてコロニーを発展させるんだ。そうすればきっとスミコの病気だって治せるようになるはずだ」
「何回も聞いたわよ、それ。はいはい期待しないで待ってるわ」
「期待しろ! そうすればきっと治る」
窓の外ではいつの間にか雨が降り始めていた。ガラス窓にぶつかる雨粒はいくらか濁っており、すぐに窓の景色が灰色に溶けて消えた。
レンはまだスミコに語り掛けている。
「スミコ、もし病気が治ったら俺と、おれ、おれと」
「なに?」
「い、いや、何でもない」
僕とスミコはひそかに目を合わせて笑った。レンがスミコにそういう感情を持っていることはさすがによくわかっていった。僕としてはこのちょっと生真面目で硬派な親友のことを手伝ってあげたい気持ちはやまやまなのだ。しかし、普段は即断即決のこの男がいざとなるとこんな風になってしまうし、そもそもスミコにはそんな気もなさそうで、あくまで僕たちのことは良き友人ととらえているようだった。
そして、たぶんスミコとレンはもっとも根本的なところですれ違っているようだった。
少し前、どうしてもレンに外せない用事が出来て、僕が一人でスミコを見舞った時、彼女は小さく打ち明けたのだった。
「あたしは、レンみたいにこのコロニーを信じることはできないわ」
「あんまりめったなこと言うなよ」
当時の僕はそうたしなめた気がする。別に何の決まりもないのだが、みんなみんななんとなくコロニーのことを非難することを避けていた。
居間よりもいくらか明るかった病室の中でスミコは言った。
「だってねえ、このコロニーは他のどのコロニーよりも進歩的で発展してるってのにあたしの結核ひとつ治せないのよ」
知ってる? とスミコはつづけた。
「大昔結核は不治の病だったんだって。あたしは暇すぎて昔のことを調べちゃった」
「今だってそうじゃないか」
「それがだんだんと治る病気になった時代があったんだって。でも今はまた治らなくなっちゃった」
おかしいでしょ?
「このコロニーが最も進歩的で発展しているのなら、昔は治せた病気が治せないなんてあるはずないじゃない」
「昔はロボットたちが物を運んだりもしなかった」
僕は付け加えた。
そういった力仕事は古くは人間の領域であったという。それが今や技術の進歩によりロボットたちがそれを担うことで人間は苦役から解放された。
このコロニーの立派な成果のひとつだと僕はそう学校で習った。
このコロニーの発展には明確な弱点が存在するのだ。
「だからね、あたし、レンのこと言うことどうしても受け入れてあげられないんだ」
彼女は申し訳なさそうに笑った。
「別にいいんじゃないかな。そんなに無理して理解する必要はないよ」
「カケルはどう思うの?」
問われて僕は答えに窮した。
ひときわ大きなせき込みで僕ははっと現実に戻った。見れば、スミコが身をかがめて苦しそうに悶えている。レンがすぐさまナースコールをしているかたわら、僕はゆっくりとスミコの背中をさすった。
「大丈夫か?」
そういう僕にスミコはゆっくりとそして僕にだけ見えるようにその手のひらを見せて言った。
「今日はもう帰って」
その手は真っ赤に染まっていた。
赤。アマランサスの持つ不滅の赤と同じ色なのにまったくかけ離れたそれ。
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