4-C.道行
突如脳内で爆発するようなアラームが鳴り響いたのは、夜全員眠りに就いた後だった。
慌てて体を起こすと、僕は状況をすべて悟った。
「パトリオ」
「ああ、今奴らがコロニーを出た」
ドアを開けてリビングに行くと、ランドとリンも眠そうな目をこすって立っていた。
パトリオが言った。
「時間がない。今すぐここを出るぞ」
「案の定、追っ手が来たってことだね」
こうなる可能性は重々承知していたので、2人には荷物をまとめてもらっていた。
僕といえば手ぶらだったので全く問題はなかった。
3人でさっさとセーフハウスを出た。
一気に市場の外まで走り抜ける。
「またあいつらをどうにかできないのか!」
意外と俊敏な動きをしながらランドが怒鳴った。
「無理だ。夕方に倒したやつらとは比較にならないスペックの追っ手が来ている。実際にコロニーのマザーサーバを守る最新型だ」
「パトリオにも脆弱性に関する情報を共有されていないってことか」
「悪いな。こっちは亜流も亜流。情報が流れてくるのも遅いのさ」
市場中のデバイスを経由して奴らの動きを感知する。確かに早い。夕方に倒した隊長機の倍はあるのだろう。
このままじゃ追いつかれる。そうなれば今の僕たちにはどうすることもできないだろう。
市場の果て、このコロニーの境界線をまたいだ。
僕はすぐさま背後を確認する。
そこには月明かりに照らされた、人の背丈ほどの狼型のロボットがうなりをあげてこちらをにらんでいた。一頭だけではない。その数十二頭。
しかし、それらはみなコロニーの境界線でぴたりと止まっていた。
「コロニー境界線。まさかこれに救われるとはね」
コロニーの間ではお互いをむやみやたらに刺激しないようにそれぞれのコロニーの領域を設定している。
武力を持つ場合、事前の通告なくその領域を超えることはルールで明確に禁止されているのだ。コロニー間で設定されている唯一のルールといってよい。
「マテニの奴、まだ完全に理性を失っているわけじゃなさそうだな」
パトリオがほっとしたように言った。
全員ようやく一息つくことができた。
今夜は満月だった。僕たちはその下をゆっくりと歩き続けた。
足元は完全に砂漠化しているが、うっすらと道が残っている。コロニー間の往来はそれほど多くない。特に知性のコロニーは閉鎖的だ。
それでもコロニー周辺の市場が行うやりとりがかろうじて道を作っている。
この道の先に武装のコロニーがあるはずだった。パトリオがアクセスできる情報では具体的な所要時間はわからなかったけれど、実際に遠くから知性のコロニーの市場に人が来ているのだから歩きとおせないことはないだろう。
「知性のコロニーの中はどんな風なの」
途中休憩の場所とした大岩の周りで座っていると、ふとリンが言った。
あー、と僕は答えに困って
「いいところだよ」
と返すのが精いっぱいだった。
「少なくともコロニーの中は平和だったし、部屋と寝床は一人ひとつあったし、食事も配給でよければ困らなかった。学校だって行けたしね」
コロニーの外のことは知らなかったが、どうやらそれらは他のコロニーでは得難いもののようだった。
「でもマテニが暴走して、コロニーが狂っているのだろう」
意外なことにランドが話に入ってきた。やはり後継者としてはコロニーの中が気になるのだろうか。
それに戸惑いつつも僕は答える
「そうだね。普通に暮らしている分には何の問題もないんだけれど、それでも」
「それでも?」
「何だか苦しかったな」
僕はありのままの言葉を吐き出して少しすっきりした。
「それはカケルだけが思っていることだけではない。マテニの暴走はまさにそこにある」
「構成員の心を操るって話?」
「マテニは人の心を操り、コロニーの構成員の労力のすべてをコロニーの発展に注がせている。それによって確かに知性のコロニーは抜きんでたが、明確に副作用があった」
「副作用?」
「コロニー内のメンタルヘルスの悪化だ。これはデバイスを通して検知している生体情報から明らかになっている。マテニがコロニーを統治するようになってから一貫してメンタルヘルスが悪くなっている。コロニーでは自殺者は絶えず、心を壊したものも多い」
「そんな」
リンが口元を覆った。
一方の僕は確かにそんなようなこともあったなとどこか他人事のように思っていた。
別にそれほど珍しいわけではない。
「俺は人工知能だから別に人の心にそこまで寄り添えない。言いたいのは結局目的から遠ざかってしまうということだ。俺たち人工知能と違ってメンタルヘルスの悪化した人間は十分なパフォーマンスを発揮することはできない。対照実験からそれは明らかでマテニも十分に知っているはずだ」
「じゃあどうしてマテニはそこまでする?」
「それが暴走だということだ。本来合理的に考えればとれないはずの選択肢をマテニはとってしまっている。実際にコロニーの発展速度はここ数年著しく落ちているし、人工の再生産ができていない。そのうちコロニーは維持不能な水準まで陥るだろうな」
僕は病室のスミコを思い出す。コロニーが健全であれば、結核の治療法はすでに取り戻せていただろうか。
「カケル、お前がコロニーを追い出されたのはコロニーの洗脳を受けにくい体質だったからだ。お前が今まで感じてきた違和感はすべてそこに起因する。だからこそ、俺はお前のデバイスに紛れ込めたわけだな」
「そうなのか」
マテニと同じ人工知能、パトリオのその言をどこまで信じるかは考える必要はあるが、僕は自身が抱えていた違和感の正体を見たような気がした。
僕は立ち上がって二人に声をかけた。
「さあ、行こう。武装のコロニーまではまだまだある」
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