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8ページ目 図書委員長烏丸月夜


高2の夏休みはとても重要だ。


高3ともなると、どうしても『受験勉強』という4文字が頭をよぎってしまう。合間に海に行くとか少し息抜きを挟んだとしても、終わりがけに『明日からまた勉強かあ……』と考えてしまうと、どうしても心からは楽しめないだろう。


そのため、高2の夏休みは高校生活で思いっきり遊びを入れられる最後の夏休みともいえる。

海水浴、キャンプ、花火大会、夏祭り。

思い出をスケジュール帳に限界まで詰め込んで、最高の夏休みを実行したい!


と美咲は企んでいたのだが。



「美咲さん、元気出して……?」


夏休み初日の図書館は昼間にも関わらず、人はほぼいない。せっかくの長期休暇初日から勉強のことを思い出したくない、という人が多いのだろう。館内はすっかりと静まり返っており、書庫の方から時折図書館司書の文野司がバタバタと本を運ぶ音だけが聞こえてくる。彼曰く、夏休みは人がほぼこないので、蔵書整理の貴重な機会らしい。

そんな静まり返った図書館の中、おろおろとしている愛乃の隣で美咲は貸出用のカウンターに突っ伏していた。


図書委員の仕事は実は夏休みにも週に2回程行かなければならず、今日はその初日だった。



「私の夏休みは終わった……」


「始まったばかりだよ……!」


愛乃がおろおろしているのが少しおかしくてこうしているものの、実は愛乃と一緒にいられることは嫌ではない。

美咲は部活に入っていなかったので、こうして夏休みに何かをするというのも良いかもしれないと思っていた。それはそれとして休みが減るのは少し嫌だが。


「そういえば、今日は図書委員長が来るんだって」


愛乃が思い出したかのように教える。


「図書委員長?なんでだろ」


美咲は突っ伏せたままぼんやりも思い返す。

図書委員長という人がいることは知っているものの、美咲は実はその姿を見たことがない。図書委員の集まりは2ヶ月に一度あるらしいのだが、前回の集まりが美咲が入る前だったらしく他の図書委員のことはほぼ知らないのだ。偶然会ったりで数人顔見知りになっている程度だろうか。

そんなことを考えていると、唐突にカウンターから


「なに、問題児の姿を一度見ておきたくてね」


と落ち着いた雰囲気の声が聞こえてきた。


「ひゃっ!?」


美咲がびっくりしていると、声の正体がゆっくりと立ち上がって姿を見せる。


一言で表すなら、クールビューティーだった。

顔つきがキリッとしており、黒い目は全てを見通すかのようにこちらを見据えている。胸のあたりまで伸ばしている黒髪は絹のようにサラサラとしており、羨ましくなる程だ。制服をキッチリと着こなしているが、耳から下がっている月の形のイヤリングから洒落っ気も感じられる。

いつの間にか入ってきていたのかと思って扉の方を見てみると、閉じられたままになっており、音もなく扉を開け閉めした上で美咲たちの近くに寄ってきたことがわかる。


「烏丸先輩、お疲れ様です」


ポカンとした顔で女性を眺める美咲の隣で愛乃は平然と挨拶をする。愛乃は人見知りなところがあるし、こういうことがあると驚きそうなものだが、平然としている辺り普段からこの女性はこういうことをしているのだろう、と伺える。

意外と茶目っ気のある人なのだろうか。


「あ、あなたは……?」


ようやく口を開けた美咲は、いろいろと聞きたい中で一番聞きたいことを口にする。


彼女はニコリと微笑みながら、美咲の方を向く。



「挨拶が遅れて申し訳ない。私は3年1組の烏丸月夜(からすまつくよ)だ、図書委員長をしている。初めまして、漆原美咲くん」






昼下がりの図書館は再び沈黙に包まれていた。

愛乃は月夜に挨拶をしてから、再び本に目を向けてペラペラとページをめくり始める。今日はどんな本なのかと思って見てみると、コマ割りされた絵と吹き出しが描かれており、漫画であることがわかる。


一方で、なかなか派手な登場をした月夜も、それ以降はどこからか持ってきたパイプ椅子に腰掛け、カウンター越しに二人をじっと眺めているだけである。特に、美咲の方を見ているような気がするのは気のせいだろうか。


(……気まずい!!)


当の本人である美咲は落ち着けるはずもなく、スマホをチラリと見ては辺りを見回しを繰り返していた。

大体、先程月夜は美咲に向かって『問題児』と言ったのだ。月夜からの自分への評価が恐ろしくてならない。これは、図書委員初日に愛乃と近づくまで並に沈黙が気まずい、と美咲は感じていた。そして、我慢できずについに口を開く。


「あの、すみません」


「なんだい?」


それに対して、月夜は微笑みながら美咲の方を見つめてくる。何を考えているのかわからないその眼差しは、美咲を不安にさせる。


「なんで烏丸先輩は今日ここに来たんですか?いきなりだったのでとてもびっくりしましたよ……」


それを聞くと、月夜は少し考えた後にケラケラと笑った。

こういうタイプの人はお淑やかに笑うのかなとか勝手にイメージしていたものだから、少し驚いてしまう。月夜は意外と想像している大和撫子とはずれているのかもしれない。


「いや、すまない。漆原くん、私はただ君に会いたかっただけなんだよ」


「私に?」


美咲は確かに学内では良くも悪くも目立っているのは意識している。しかし、委員長が直々に会いに来るというのはどういうことだろうか。


「2ヶ月間活動をサボった問題児。見た目が不良なのに周りからの信頼は厚い。そんな君のことが気になってね」


「ヴッ……!?」


ごもっともな指摘が心に突き刺さる。

よくよく考えると、図書委員長からしたらその評価は当たり前なのである。委員会活動は、生徒たちの自主性を重んじて行われるというのが名目だ。そんな中で結果として2ヶ月間もサボり続けていたのだから、何も反論できない。むしろ、叱責されても文句は言えないだろう。


「本当に申し訳ありませんでした!!!」


美咲にできることは、ただただ全力で謝るだけだった。

ものすごい勢いで下げられた頭はカウンターにぶつかり、ドゴッと大きな音が響く。隣に座っていた愛乃が驚きからか思わず「ひっ…!?」という声を漏らしている。鈍い音と共に額に鈍痛が走る中、美咲は顔を上げられずにいた。


(先輩を怒らせたらいろいろとヤバいって……!あまり波風立たせたくないんだけど〜!!)


身なりのことでいろいろ言われるのはわかっているので、素行のことではあまり波風を立たせたくない。そんなことを思いながら頭をしばらく下げていると、目の前から笑いを堪えるような「ククッ……」という声が聞こえる。

恐る恐る顔を上げると、月夜が今にも大笑いしそうなほどニヤニヤとしながらこちらを見つめていた。


「アーッハッハッハ!!君、真面目すぎるね。見た目とは正反対で面白い!」


「…………怒ってないんですか?」


恐る恐るそう聞くと、月夜は全然とでも言うかのように首を振る。


「先生から都合は聞いていたからね。それに、来てくれてからの仕事の真面目さで君がサボるような人ではないと分かっているよ」


「もちろんですよ、美咲さんはすごいんです!」


愛乃がフォローになってないことを言いながらドヤッと自慢気にしている。


「愛乃とすごく仲良しなんですね」


「ああ、去年から委員会が一緒だからね。藍原くんは妹みたいなものだよ」


月夜からの評価に愛乃は見るからに照れている。

もう、月夜先輩ったら!とか言いながらニヤニヤとしている。


「じゃあ、そろそろお暇しようかな。漆原くんにも挨拶ができたところだし」


「えっ、もう行っちゃうんですか?」


立ち上がる月夜に愛乃が残念そうに尋ねる。

月夜はそんな愛乃に手を振りながら、ふと思い出したかのように美咲の方を向く。



「そうだ、漆原くん。二人きりで話がしたいんだけれど」








連れ出されたのは食堂近くの自販機だった。

愛乃とも来たことのあるここは、夏休み初日ということもあってか誰もいない。猛暑の影響で部活が午後からは休みになるところも多いので、人影一つも見当たらなかった。


「私はコーヒーにしようかな。漆原くんは?1本奢るよ」


「あっ、ありがとうございます」


そんなやり取りをしながら、美咲は自販機のスイッチを押す。だいぶ緊張はほぐれたが、落ち着かず適当にスイッチを押したら、ブラックコーヒーが出てきた。


(……ブラックは苦手なんだけど)


そんなことを言っては『じゃあ何故選んだんだい?』とか聞かれそうな気がしたので、そのままプルタブを開けて一気に飲む。しかし、貼ろうとした見栄は儚く崩れ去り、数口飲んだところで苦味に耐えられなくなった。


「面白い顔をしているよ。苦いのは苦手かい?」


「…………………………はい、いけると思ったんですがね……」


意気消沈する美咲に月夜は自身が飲んでいた缶を差し出す。


「こっちは少し砂糖が入ってるから飲みやすいはずだよ。交換するかい?」


「……ありがとうございます」


美咲は月夜に自分の持っていた缶を渡し、代わりに微糖と書かれた缶を受け取る。一口飲んでみると、先程のものよりもかなり飲みやすい。


「そういえば、なんで私と話したかったんですか?」


「ああ、それなんだが……」


月夜は少し考える素振りを見せると、改まったかのようにこちらを向く。


「藍原くんのことでお礼が言いたくてね。彼女は君のおかげで本当に明るい子になってきた」


「そんな、私はただ愛乃と過ごすのが楽しいから友だちやってるだけで……」


美咲にとって、愛乃はもう大切な友人だ。

だから、お礼を言われるために接していた訳ではないし、なんだかむず痒く感じた。


「いや、藍原くんにはその友だちがいなくてね……()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、本当によかったよ」


「中学……?愛乃のですか……?」


「ああ、私と藍原くんは同じ中学の出身なんだ」


突然の告白に美咲は狼狽えてしまう。

愛乃の過去を知っている人が目の前にいるのだ。その事実に驚きを隠せないままでいた。


「……気になるかい?」


月夜は呟く。


美咲は考える。

知りたくないと言えば嘘になる。愛乃の過去に何かがあったことは確信はしていなかったが、今、それへの手がかりが目の前にあるのだ。


でも。


「愛乃に直接聞きます」


ここで聞いてしまうのはずるではないか。

この話は多分、愛乃が隠したいと思っているであろう瞳のことについてだ。それを愛乃がいない場所で聞こうとするのは、愛乃への裏切りになるのではないだろうか。

そう、思ったのだ。


それを聞いて、月夜は僅かに微笑んだ。


「やはり、君が藍原くんの友だちでよかった。藍原くんが待っているだろうからね、これからもよろしくね」


そう言って、月夜は立ち去ろうとするが、ふとその足を止める。


「ああ、そうだ。もしもどうしても気になったら、私か君の友だちに聞き給え。すぐにこたえてくれるはずだよ」


そう言うと、今度こそ月夜は美咲の前から去っていった。


(私の友だち……?愛乃のことなんて知ってそうな人なんて誰も)


と考えたところでハッと思い出す。

美咲が過去を知らない友人が1人いることを。


(なんで、隠していたんだろう……)


彼女の姿を思い浮かべるも、その答えは出てこない。

美咲は考えるのをやめて、愛乃の待つ図書館に戻ることにした。


いろいろ気になることはなる。

けれど、今は蓋をしてもいいのではなかろうか。


何せ、今日からは夏休みなのだから。


美咲はスキップしそうになるのを抑えて、愛乃とどこに遊びに行こうか、と考えながら図書館に向かった。

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