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7ページ目 好きなもの


期末考査3日前。


進学校での2年の1学期の成績は意外と重要である。

進路指導を受ける際には、当然日頃の成績や内申等を考慮して指導を受けることになる。2年生ともなると、進路がほぼ決まる生徒も多く、中には推薦入試に向けて既に動き始める人も多い。そのため、教室内の空気はほんのわずかにピリピリと皮膚を刺すような雰囲気になる。

美咲は、この雰囲気があまり好きではなかった。


美咲には、目指したいものがまだない。


好きなものはもちろんある。

美咲は可愛いものが好きだ。服やネイル、メイクなどを自分の好みに合わせるのが好きだ。だから、デザイナーになりたいと考えたこともあるし、自分の趣味に関しては成績を維持してでも曲げないようにしてきた。

けれど、今後のことも考えると、途端に後ろ向きになってしまう。


(父さんと母さんは私のために、ここに通わせてくれている。それなのに、裏切るようなことはしたくない)


家族は美咲には俗に言う『いい仕事』に就いてほしいだろう。

決してデザイナーや服飾系の仕事を下に見ている訳ではないだろうが、美咲の成績から、医学部や薬学部への進学を望まれているのはなんとなく察している。

けれど、美咲にはそれらにやりがいが見つけられない。

人の命を預かる仕事なのだから、なりたいと思う人がなるべきだ。それを、自分がなってしまうのはどうなのか。そんなことをふとした時に考えてしまう。


「美咲ー、今日これからどうするよ?」


「うちにべんきょー教えてくんね?」


考え事をしていると、ふとクラスメイトが話しかけてくる。


「あー、ごめんね!今日は私が勉強教えてもらう側なんだ」


そう言うと、二人はびっくりした顔で美咲を見る。


「マジ?美咲に勉強教えられる奴なんているん?」


「いやいや、うちらの中でダントツトップよ?誰なん?」


そう聞かれ、美咲は愛乃のことを伝えるべきかと迷ったが、別に構わないかと思った。


「3組の藍原愛乃だよ。図書委員で一緒なんだけど、文系科目めっちゃ得意なの」


二人は聞き覚えがあまりないのかポカンとした顔をする。


「藍原?」


「ああ、『図書館の眠り姫』ね!最近美咲と仲いいよね」


「ああ、あのめっちゃ寝る子ね。美咲とつるんでるの予想できん感じするわー。どんな子なん?」


そう聞かれて、美咲は一瞬考えてから口を開く。


「……すごくいい子だよ!人見知りだけど、話してると結構面白いし」


そう言う美咲の顔を見ながら二人は『そうなんだ』『へー意外』と言いながら、荷物を片付けてあっという間に帰っていった。


美咲は二人を見送ってから、荷物を持ち教室を出る。

今日は、愛乃に現文と古典を教わる予定なのだ。


図書館までの道を歩きながら、美咲は愛乃のことを考える。


よくよく考えてみれば、美咲は愛乃みたいなタイプとはあまり一緒にいることはない。

よくいるのは、華乃と一緒に入っている4人組グループだが、その子たちはみんな美咲のようにおしゃれに興味のある『JK』を体現したような感じだ。

一方で愛乃は文学少女という感じの見た目で、人見知りで、美咲と華乃以外の人と話すところはほとんど見ない。


「こう考えてみると不思議な感じ」


ボソリと呟く。 


初めは図書委員を任せきりにしていた負い目や、美咲の人を惹きつける目に影響されていたのは間違いない。

けれど、最近はそれだけとも思えないのだ。


「仲がいい、か……ふふっ」


自分たちは、凸凹な雰囲気であることは自覚している。

それでも、友だちと周りからは思われていることを美咲は少しだけ嬉しく感じた。



       ◆     ◆     ◆


「古典は『言葉を覚えて終わり』じゃない……!その先にある先人の思いを、歴史を感じ取れるものなの!」


愛乃が今までにないぐらいに熱弁を繰り広げている。

しかも、試験勉強をする生徒がまばらにいる図書館で、だ、


「枕草子だって、大体の人は『春はあけぼの』歯科見てなくてただのエッセイだと思ってるけど!でもそうじゃないの、当時の宮仕えや文化についてもわかるし、清少納言が仕えていた定子に対して心を開いていく様子も読み取れる。そもそも枕草子は定子がいなければ成り立たなかったの!それをみんなは知らずに……」


愛乃の古典トークが止まらない。

だいぶ話せるようになったなあ、とか感傷に浸りそうになったが、そこで愛乃からの鋭い指摘が飛んでくる。


「美咲さん!ぼーっとしてたでしょ!」


「ひゃ、ひゃい!!?」


引っ込み思案はどこへやら、こうして無限に話し続けるのだ。


どうしてこんなことになったのか。

時間は少し前に遡る。




初めは何気ない会話をしていたのだ。

古典の勉強をしながら、


「をかし、はエモいみたいなものなんだよ」

「ここの活用はね、ラ行変格活用っていうの」


とか教わっていたのだ。

ただ、美咲は古典があまり得意ではなかった。

単語を多く覚えるのまではなんとかなるのだが、動詞などの活用や現代語訳がどうしても難しいのだ。そのため、現代語訳の問題で少しニュアンスが違うものになってしまうことがよくあった。


それで、ふと愚痴るように言ってしまったのだ。 


「でもさ……古典って何の役にも立たないよね」


と。


その瞬間今まで楽しそうに教えていた愛乃がすん、と真顔になった。


「役に……立たない……?今、そう言いましたか?」


急に変わる雰囲気に美咲は思わずビクッと反応してしまう。


「えっ?うん……だって受験以外じゃ使わないだろうし、てか愛乃、なんで敬語……」


「美咲さん、古典はすごいんです!」


「あっ、はい!!?」




と、古典のことをついネガティブに言ってしまったのだばっかりにこうなってしまったのである。


(というか、相変わらず知識量すごいな……一応教科書の範囲はやってる私が知らないことばかりじゃん……)


美咲は愛乃から出てくる情報量の多さに感服を通り越して倒れてしまいそうだった。

5分ぐらいは話し続けているのに、話題が一切尽きることがない。余程読み込んでいるのだろうということがわかる。


「……すごいね」


「えっ?」


思わず出てしまった一言に愛乃の口が止まる。


「愛乃って、好きなものに一直線なところがすごいと思う」


「えへへ……そうかな」


愛乃は照れているのか、少し頭を掻く。

髪が揺れて、その間からわずかに愛乃の群青色の目がこちらからも見える。


愛乃はあの目があるから、たくさんの苦悩があったし、大変な思いもしたはずだ。美咲には到底考えもつかないようなこともあったに違いない、

それでも、彼女は自分の好きなものを曲げずに生きてきたのだ。それが、美咲にはとても眩しくて、羨ましいものに見えた。


「そうだよ、私にはそんなことできないな……」


それは、心からの言葉だった。

自分を貫いて生きている愛乃。

自分がしたいことで悩んでいる美咲。


それを比べていると、ついこぼしてしまったのだ。


そんな一言に、愛乃はきょとんとした顔をして言う。


「美咲さんだってすごいよ?」


「いやいや、そんなことはないよ」


愛乃の一言を美咲はすぐに受け流そうとする。

しかし、愛乃はそこで止まらなかった。


「だって、いつも服装やメイクとか可愛いもの。私にはよくわからないけれど、あれは相当時間がかかるものでしょう?それにうちの学校は緩いけど、周りの目は厳しくなるはず……なのに、みんなに認められているのもすごいことだと思うんだ」


急に褒められたものだから、美咲は動揺を隠せずにいた。

耳まで赤くなっているのではと思うほど顔が火照っている。


「そそ、そんなに褒められることじゃ……」


「褒められることだよ。私の友だちはすごいんです」


えっへん、と自慢げに語る愛乃。


愛乃にとって、自分はほぼ初めての気がねない友人、というものなのだろう。だからこそ過剰に見られているところもあるのかもしれない。

それでも、ギャルグループ以外の友だちから面と向かってここまで褒められたことはなかったから、とても嬉しかった。


愛乃に言葉を返そうとしたその時、隣から咳払いが聞こえた。

そちらを向くと、物腰が柔らかそうな初老の男性が立っていた。白髪混じりの髪に周りを安心させるような柔らかな表情をつくる垂れ目から、すぐに図書館司書の文野司だとわかる。


「お、お疲れ様です。文野先生」


「あっ、司先生じゃん。今日は図書委員は休みだから勉強してまーす」


二人の挨拶ににこやかな笑顔で返事をした司は、二人に告げる。



「大変申し訳ないんじゃが、二人の話し声がうるさいと周りから申し立てがあっての……静かに勉強してくれると助かるぞ」



その一言に二人はハッと顔を見合わせると、司に「すみません」と小声で詫びる。


「いいんじゃよ、二人はいつも真面目に働いてくれておるからのう」


そう言い残して、司は図書館のカウンターの方へと戻っていった。

その後ろ姿を見ながら、二人は司先生を困らせないように静かに勉強しよう、と約束するのだった。



       ◆     ◆     ◆


「学年11位……!?」


試験は無事に終わった。

愛乃が熱弁していた枕草子の定子のことが問題に出ていた時には本当にびっくりしたが、いつもよりも手応えを感じながら解くことができた。

そうして返ってきた試験結果が、11位。


曲りなりとも進学校のここでは、東大京大を目指すレベルの人が取るような順位だ。美咲は今までそれなりに頑張ってはいたものの、上の下というところだった。

それが、今回は愛乃に教えてもらった苦手科目の古典で高得点を取れた上に、教えていた数学でもほぼ満点を取れていた。

間違いなく、愛乃との勉強会のおかげだ。


「えーっ、美咲ちゃん11位なの?」


そう言いながら結果をのぞき込んできたのは、美咲と同じ1組にいる友だちの月詠詩(つくよみうた)だ。美咲とは違い、茶色に染めている髪は柔らかなウエーブを描いており、そのふわふわとした雰囲気からクラスの男子にはモテモテである。正直羨ましい。


「あれ?美咲ちゃん、古典苦手じゃなかったっけ?」


今までの美咲の成績を知る詩は首を傾げる。


「今回は勉強会やって頑張ったんだ。古典好きな友だちに教えてもらったの」


「いいな〜、次回は私も誘ってね!」


そう言う詩に笑顔で返していると、廊下から男子の声が聞こえる。


「全体順位が張り出されてるぞ!」


「俺、今回はあまり勉強できてないんだよな」


しかし、美咲は気に留めることはない。

美咲は試験でいい成績は取っておきたいが、そこまで順位にはこだわりがないからだ。そのため、放課後の計画でも立てようとスマホを眺めていたが、やけにクラスの入り口がざわざわしたままだ。

1位の人が変わったのかな、と思いながらそちらを向くと、入り口にはおどおどとした様子の愛乃が立っていた。


愛乃が今まで他の教室に来たのを見たことがない。

クラスメイトたちも、愛乃を見ながらざわざわとしている。


「おい、あの子…3組の眠り姫だぞ」

「ほんとだ、誰に用事だろ」

「俺に違いない」


などひそひそと話が聞こえてくる。

愛乃に隠れファンがいるのは本当だったんだなあ、などと思っていたが、十中八九呼び出しは美咲だろう。


「あっ、3組の!あの子から来るのは珍しいね〜」


詩はそう言いながら美咲の方を見る。

詩は何度か美咲と愛乃が一緒にいるのを見たことがあるので、美咲に用事があることがわかっているのだろう。

早く行ってあげて、と言いたげに背中をトントンと押す。


「ちょっと行ってくる」


「は〜い」


美咲が愛乃の方に向かうと、表情があっという間に明るくなるのを感じる。


「美咲さん!やったよ!」


「よかった、愛乃もいい点取れたんだ」


そう言うと、愛乃は体を揺らしながら喜びを表す。


「はい!学年10位です!」


「なん……だと……!?」


数学赤点と嘆いていた子がなぜ、と思ったが、試験勉強中の記憶力のよさを思い出し、納得する。

あれなら暗記科目は余裕だし、苦手科目の穴を埋められればそれぐらいは上がるだろう。だが、たった1週間の試験勉強でここまで効果が出るとは思わなかった。


「あはは、愛乃ってやっぱすごいわ」


「ふふっ、美咲さんこそ」


そう言って笑い合う二人を見て、クラスメイトから


「あの二人、いつの間に仲良くなったんだ」

「漆原さんのコミュ力なら納得かもな」


と声が聞こえてきた。



試験結果の話が終わったところで愛乃がそういえば、と話を切り出す。


「夏休みはどうする予定なの?」


「夏休みかー。いっぱい遊びに行きたいな!ていうか愛乃から誘ってくれるなんて嬉しい」


「あっ、いえ……そうじゃなくて……」


愛乃は一瞬言うのを躊躇うような仕草を見せたが、意を決して美咲に伝えようと口を開く。

美咲は愛乃とどこに遊びに行こうかな、などと考えていたのだが。





「図書委員の予定なんだけど……夏休み中の」





『夏休み中の』


その注釈に美咲の思考が止まる。


「えっ、愛乃…今なんて?」


一瞬でテンションが下がった美咲に愛乃はビクビクしている。


「あの……その……夏休み中の、図書委員の仕事を……」


「えっ、あるの?」


美咲の質問に愛乃は空を仰ぐ。


「………………………………………はい」


「なんてこった」


夏休みの遊びの予定が頭の中で崩れていく。

さすがに全日出ることはないだろうが、それにしても夏休みに学校に来ること自体が億劫なのだ。


けれど。


(…………愛乃と話しながらなら、まあ悪くないか)


そんなふうに思ってから、少し頬を赤らめる。

それを愛乃に言うのは少し恥ずかしい気がしたからだ。


そんな美咲を見ながら、愛乃は不思議そうに首を傾げた。


これを描いていて、SUPER BEAVERさんの秘密という歌を思い出しました。

自分の好きなものは大事にしたいですね。

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