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2ページ目 君の呼び方


藍原愛乃と何度か一緒にいてわかったことがある。


まず、図書館以外ではほぼ寝ている。

『図書館の眠り姫』という通り名を聞いた時、漆原美咲は陰キャの寝たフリを想像した。趣味が合わないとかめんどくさいとかそんな理由で周囲から孤立している人間は学校には必ずいるものなのだ。


だが、愛乃は『本物』だった。

休み時間に何度か3組の教室に行ったのだが、愛乃はほぼ寝ているのだ。頬をつついても起きない。すやすやである。

愛乃と席が近い子たちに聞いたところ、授業中もずっと寝ているのだという。その癖テストでは平均は取るので、最早3組を訪れる先生たちは愛乃を起こすことを諦めているらしい。たまに授業中にずっと起きている姿を見ると、幸せが訪れるという噂が1年生の頃から流行っていたらしい。眠り姫を通り越してなんか縁起物みたいな扱いをされている。


学校にいるうちの3分の2程をそうして寝て過ごしている愛乃。

いつも起きているのは昼休みと放課後らしいが、昼休みにはふらっとどこかに消えてしまうらしい。

それも気になってはいるものの、美咲はお昼には食べるグループが決まっているので抜け出すのも……と考えていると深追いはできずにいた。

愛乃と出会って2週間程経つのだが、そんな理由から二人の関係は放課後の週に2回ある図書委員の活動と帰り道のみという奇妙な関係が続いている。


次に、図書室以外では目を見せることはほぼない。

彼女は前髪を目が隠れるように伸ばしており、普段はそれを下ろして周りから目を見られないようにしているのだ。

顔立ちが整っているのに、覚えていなかった訳だ。

周りから髪をあげようとされると嫌がるらしいのだが、美咲の前ではいつも髪をヘアピンで上げている。本人曰く『本を読むため』だそうだが、自分だけがその顔を見れているのだと思うと少し特別感があるというものだ。

けれど、こんなに可愛いのにもったいないとも思うのだが。



そして最後に。

私はそんな愛乃の顔が……瞳が気になって仕方ないのだ。


愛乃の本を見つめる時のキラキラとした、すべてを吸い込むかのような群青色の目。

私はそれに引き込まれるかのように、つい見つめてしまうのだ。まるで、魔法にでもかけられたかのように。


         ◆    ◆    ◆


「私もだいぶ慣れてきたかも!」のだ、


「……うん。美咲さん、覚えるのが早い」


図書館での仕事を数回こなし、だいぶ様になってきたと美咲は我ながら感心した。

図書委員の仕事は主に放課後の本の貸し借りの受付と返却された本を書架に戻すことだ。最初のうちは広すぎてどこに返すのかわからなかったが、最近は少しずつ愛乃に頼らずに作業ができるようになってきた。


「さてと、今日の作業は終わりかな?」


「……うん、これで終わり。本読も……」


だが、実際には仕事は少ない。

司書の先生が勤務中に整頓しきれなかった本もあるのだが、すぐに片付く程度だ。

そして、放課後の図書室利用者もまばらである。

レポートの期限等が迫るとまあまあ来るのだが、そうでない限りはそんなに人が来ない。なので、時間の半分程はやることがないのである。


そんな時、いつも愛乃は本を読んでいる。

彼女を見ていて気づいたことは、愛乃は見るたびに違う本を読んでいるということだ。愛乃曰く「本気出せば1日3冊はいけるよ」とのことだが、愛乃が読んでいるのは漫画本ではなく数百ページある小説である。単純計算で1日に1000ページは読んでいることになるのに初めて気づいた時には目玉が飛び出るかと思った。美咲は本を読むのが苦手で、活字を見ると頭痛がするタイプの人間だからだ。


ジャンルも実に様々なものを読む。

伝記ものやファンタジーが好きらしいが、他のものでも読む。恋愛、ホラー、ノンフィクション等の幅広いジャンルから、漫画やラノベなど何でも読む雑食のようだ。「何でもいいから字を読まないとなんか調子が出ない」らしい。彼女の幅広い知識は本から来ているのだろうと思う。

そのためか愛乃の話は知らないことも多く、聞いていて飽きが来ない。メイクだとか恋話だとかを話す時間とはまた別の楽しみがあるので、最近は愛乃と話すのが日々の楽しみの一つになっていた。


「今日は何を読んでるの?」


と聞くと、愛乃がこちらに表紙を向けてくる。


そこには『アーサー王と円卓の騎士』と書かれていた。


「アーサー王?それってあれ?『エクスカリバー!!』とかいう奴?」


「……大体合ってる。そのモチーフになった作品。エクスカリバーを振るうアーサー王と、その仲間の円卓の騎士の物語だよ」


「へえ〜。アーサー王の他にはどんな人が出てくるの?」


「アーサー王以外だと、アーサー王に力を与えた魔法使いのマーリンが有名。名前はあちこちで使われてると思う」


「マーリン!ゲームに出てた奴じゃん!」


楽しそうに話す愛乃の目は群青色の夜空に星が瞬くかのように輝いていて、思わず見とれてしまう。

そして、話したことには何でも答えてくれる。美咲は本をあまり読めないので愛乃の話を聞くのは好きだし、愛乃も本の話ができるのは楽しいらしい。


「ランスロットも円卓の騎士モデルなんだ!ゲームによく出てくるかっこいい騎士だよね」


「そうそう……でもランスロットはアーサー王のお妃と浮気するよ」


「クズじゃん!!」


「あと仲間の家族も殺しちゃうの」


「クズじゃん!!!?」


初めて知る事実に驚いていると、愛乃は瓶ラムネの中のビー玉の音のような高い声でカラカラと笑った。


「ふふっ、美咲さんはいつも真剣に聞いてくれるから楽しい」


「愛乃の話が面白いからだよ〜」


何度か話しているうちに、だいぶ愛乃とは打ち解けられた気がする。それはとても嬉しいことだ。

本のことを嬉しそうに話す愛乃は見ていてとても楽しい。今までにはいないタイプの友達だったから、話していて新鮮味を感じる。


けれど、ふと疑問に思ってしまう。


(こんなに可愛くて、話してて面白いのに……なんでいつも一人でいるんだろ?)


愛乃が誰かといるところを見たことがない。そもそも寝てばかりではあるのだが、だとしても数人は友達がいてもおかしくないいい子だ。


(何か事情があるのかな……)


少しずつ話せるようになったものの、まだ踏み込んだ話ができるような関係ではなく。


「……美咲さん、どうかした?……ぼーっとしてたよ」


「ううん、何でもないよ!」


美咲はそんな疑問を隠そうとするかのように微笑んだ。



       ◆    ◆    ◆


「そろそろ図書館閉じよう」


「……わかった、続きはまた家で読も」


「それ、ほとんど読み終わってない?愛乃、やっぱり読むのが早いね。なのに内容もすごく覚えてるし」


気づけば時刻は6時に近くなっていた。

今日は愛乃がいつにも増してのめり込んで本を読んでいたから、呼び止めることもできずについ見つめてしまっていたのだ。


「……たくさん読んだら美咲さんもそうなる」


「いや、私はそこまで早くは無理かな……最近やっとラノベ?ってのを読み始めたぐらいだもん」


愛乃に激推しされたので、最近は少しずつ本を読みすすめている。友達とのLINEやインスタのリールなど見るものが多いので、本当に少しずつだが。

おすすめされた本はいわゆる短編集形式のライトノベルで、愛乃が「本をあまり読まない人でもいける」と言うだけあって、本当にさらさらと読めてしまう。短編集なので少しずつ読んでも面白いのもいい。人に合う本を探せるのはすごいことだなあ、と美咲は思っている。


二人が荷物をまとめてあとは鍵を閉めるだけになった時、図書館の扉がガラガラと開く。


(こんな時間に人が来るなんて珍しいな)


と思い、目を向けるとそこには美咲の友人の宮島華乃が立っていた。


「あれ、ハナちゃんじゃん、どしたの?」


「うっす、みさきち!あと藍原さんも」


華乃が愛乃にも話しかけるも、愛乃は持っていた本で顔を覆い隠しながら「あっ、はい……」とつぶやくだけだった。


「あれ?話すの苦手な感じ?ごめんね、藍原さん」


華乃は素っ気ない反応をあまり気に留めず、そう愛乃に伝えた。そこで無理強いしないのが華乃のすごいところだなと美咲は思っている。


「そうだ、ハナちゃん。図書館なんて縁がなさそうだけどなんの用事?」


「うっさい、インテリな華乃さんにはピッタリでしょうがい!あと、用事があるのはみさきちにだよ」


「私?」


委員会に入ってから今まで1回も図書館に来たことがなかったのに、なんの用事だろうか?冷やかしならもっと早い時期のはずだし……と美咲は考えた。


「そんな大した用事じゃないよ、部活が早めに終わったから一緒に帰ろうかなって思ってさ」


「あーね、どうしよっかな」


委員会の後はいつも愛乃と帰っている。

愛乃の方を向くと、それに気づいたのか遠慮がちに彼女は言った。


「……いいよ、私は気にせずにお友達と一緒に帰って……?」


「えー、藍原さんも一緒に帰ろ?」


「……私、人見知りで……」


華乃の猛追に愛乃はおろおろしている。人見知りというのは本当なのだろう。友達の友達って接し方わかんないときもあるもんね、と美咲は思った。


「気にしないのにー。でも、無理強いはよくないよね。また誘わせて!」


「……ありがとう。()()()()も、二人が出た後に私が鍵閉めしとくから……」


そう言うと、愛乃はいそいそと鞄と鍵を持ち、扉の方へ向かう。

前髪をおろしているから、表情はよく伝わらない。

けれど、愛乃が寂しそうな、遠くを見るような目をしていそうだと、なぜか美咲にはわかって。




「待って、愛乃!」




気づけば、美咲は愛乃を呼び止めていた。

それから、美咲は華乃の方を向く。


「ハナちゃん、ごめん!委員会の日は愛乃と帰るよ」


「あちゃー、振られちゃったかあ。まあ、仕方ないよね。今日は一人で帰ることにするよ〜」


そう言うと、華乃は私に近づき、耳打ちする。


「……えっ?」


その内容を私が理解するよりも早く、華乃は颯爽と図書館をあとにする。そして、帰り際に愛乃の方を向いてから


「次は一緒に帰るからね、藍は……よしのん!」


「……あっ、はい」


そう言うと、あっという間に帰っていった。


静まり返った図書館の中に、愛乃の


「……よしのん?」


と自分のあだ名を反芻する声だけが響いた。


        ◆    ◆    ◆


「……ごめんなさい、美咲さん」


帰り道の途中、愛乃が急に美咲にそう言った。


「えっ?なんも謝られるようなことしてなくない?」


「さっきの、あの……お友達のこと」


「ああ、ハナちゃんね」


そう言いながら、美咲は愛乃の方を見る。

愛乃は少しフルフルと震えている。


「あんくらい気にしなくていいよ?用事で一緒に帰れないことだってあるでしょ?私には今日は愛乃が一番大事な日なの」


「……でも、付き合いが悪くなった、とか美咲さんが言われたら、と思うと……」


そう言うと、愛乃はうつむく。

余計に表情が読み取れなくなるが、落ち込んでいるのは明らかにわかった。


「私の友達を侮ってもらっちゃあ困るね!そんなに器が小さい奴じゃないんだよ、ハナちゃんは。まあ、背は小さいけど」


冗談混じりにそう言うと愛乃のツボに入ったのか、笑うのを我慢するように少しプルプルと震えていた。

実際、華乃は小学生と勘違いされるほど背が低い。しかし、器はものすごく大きい奴なのである。


「……ありがとう、美咲さん」


「いいってことよ!私も愛乃と喋るの楽しいし。私もよしのんって呼んじゃおうかな〜?」


「それはまだ無理かも……」


あだ名呼びは意外ときっぱり断られてしまった。

愛乃、案外ガードの堅い子である。


けれども、その時髪が風に揺れてわずかに見えた顔は、少し赤くなりながらも微笑んでいて。

二人がもっと仲良くなるのにはそう時間がかからないだろうなと美咲は感じた。




今日も、いろんな話をしながらあっという間に分かれ道まで来てしまう。


「またね」と手を振る愛乃を、美咲は立ち止まって姿が見えなくなるまで手を振りながら見つめていた。

図書館で華乃に耳打ちされたことを考えながら。


(結局、あれはどういう意味なんだろう)


意味はよくわからなかった。

けれど、華乃は確かにこう言ったのだ。






『藍原さんの目に気をつけて』と。





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