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1ページ目 眠り姫との出会い


「漆原、お前図書委員の仕事サボってるだろ」


放課後の担任からの呼び出しというだけでも面倒なのに、説教とくれば、退屈極まりない。漆原(うるしばら)美咲(みさき)はため息をついた。


放課後の生徒指導室。

向かい合っているのは美咲の担任だ。

現国担当で、黒板にたまに書いている詩がスベっていること以外は人気な先生である。

そんな先生が呼び出しとは大変珍しかった。何かと思って着いてきたらこうなった訳だ。バックレればよかったと今になって後悔している。


「せんせー、私図書委員なんてなった覚えないんすけど?」


「そりゃあ漆原が寝てる間に決まってたからな」


しかも、理由が恐ろしい程の自業自得だった。

けれど、もう少し早く言ってほしいものだ。周りも教えてくれなかったし。


「わお、これは言い逃れできないって奴っすね」


「そりゃあ当たり前だろ。まあ、お前は普段はチャラくても責任感はあると先生は信じてるから。きっと大丈夫だろ」


「せんせー適当すぎない?」


まあ、信頼されているのは悪い気はしないので、素直にほめられておく。ネイルに染髪、メイクまで決める風紀委員激怒ランキング役満な私でも、実は平均点はちゃんと取る優等生なのだよ。


「ああ、そうそう。漆原がサボってた間は3組の藍原(あいはら)がずっと一人で水木の放課後担当してたから、お礼言っとけよ」


「えー!?それせんせーが言うの遅かったのに責任転嫁じゃーん!もう5月終わりそうだよ?もっと早く言ってよ」


「はいはい、それは申し訳ないけど寝てた漆原にも責任あるからなー?それに、委員会ちゃんとすれば今からでも内申少し上げてやるぞ?漆原、国立大目指してるんだから」


「ぜひ受けさせていただきます」


全くもって生徒の扱いがわかっている先生である。

無理に言っても今時キッズは動かないことをよく知ってらっしゃる。教員は何かと大変と聞くし、これ以上先生の心労を増やしたくもないなと美咲は思っていた。


「じゃあ明日からよろしくな。週2回放課後が担当だから、仕事は藍原に聞いてくれな」


「はいはーい」


気の抜けた返事をしながら鞄を取り、生徒指導室を出る美咲。

靴箱へ向かいながら、美咲はふと思った。


(藍原って……どんな奴だっけ)


少し気になったものの、まあ明日になればわかるだろうと思い直してから美咲は友だちが待っているであろう靴箱へと早歩きで向かった。






「藍原さん?ああ、眠り姫のこと?」


放課後のファストフード店。

いつも駄弁っているメンバーに聞いてみたところ、そのうちの一人である宮島華乃(はなの)が教えてくれた。


「眠り姫?何それ、目覚めにキスでも必要なの?」


「違う違う、いつも寝てるんだってさー」


「居眠りぐらい誰だってするでしょ?」


華乃は美咲の問いに対し、ため息をつきながら答える。


「いや、ほんとにいつもらしいよ。本を読む時以外は寝てるところしか見られてないから、『図書館の眠り姫』って呼ばれてるんだってさー」


「……ふーん」


聞いている限り、ものすごい陰キャしか想像できない。

友だちがいないと寝たフリをしたりする人もいるらしいし、そうなんじゃないか?と思ってしまう。


(会ったことないのにいろいろ考えるのはよくないよね)


失礼な考えを頭の隅に追いやってから、美咲は残っていたしなしなになったポテトを頬張った。


        ◆    ◆    ◆


あっという間に翌日の放課後になった。

藍原のことは気になったが、どのみち放課後に会える訳だしと思い、美咲はなんだかんだでいつもと同じ1日を過ごしていた。

そして、放課後になったので図書館へとやってきた。


この高校の図書館はかなり大きい。

学校図書館としてはかなりの部類に入るだろう。蔵書数は50000冊らしく、これは一般的な高校図書館に比べてかなり多いらしい。読書好きからしたら天国なのだろうが、最近は本以外にも娯楽が多いからか図書館への出入りはまちまちのようだ。


(じっと見てても仕方ないし、入るかな)


扉を開けて中に入ると、涼しい風が美咲を包み込んだ。

館内は冷房が効いていてこの季節には心地良い。

居座るのにちょうどよさそうな過ごしやすさだ。

図書館特有の少し埃っぽい匂いをかぎ、美咲はほっと一息つく。


「けっこういい雰囲気じゃん」


さて、このまま普段は寄らない図書館探検をするのもいいが、さすがに相方が浮かばれないので、図書館の眠り姫らしい藍原を探すことにする。

貸出コーナーらしきところを見てみると、誰かが座っているのが見えた。


「あれが、藍原……?」


そこには少女が一人座っていた、彼女の顔が隠れるぐらいの大きな本を読んでいるようだ。

本で完全に顔が隠れているので、彼女はこちらに気づいていないようだ。時々ページをめくるとき以外には動きがほぼない。

遠くからだと気が付かないかもしれないと思い、貸出用の机のところまで近づく。そして、少し大きめな声で話しかけた。


「ねえ、あなたが藍原さん?私、図書委員なんだけど」


藍原らしき少女は、一瞬ビクッと肩を震わせた後に本をパタンと閉じてこちらを向く。


目が合った瞬間、心臓がドクンと高鳴る音がした。


彼女の大きな瞳は、まるで宇宙を凝縮したかのようだった。

藍色の瞳は周りの光を反射して輝いており、まるで星々のようだ。見ていると、吸い込まれるかのような感覚を覚える。


「はい、私が藍原愛乃(よしの)です……」


思わず瞳に魅入ってしまっていたようだ。彼女の少し小さな声でハッとする。愛乃は、心配しているかのようにこちらを見上げていた。


(大きな瞳に整った顔立ち。こんな子3組にいたっけ……?)


美咲は可愛いには敏感なので、こんな子がいたら声をかけていないはずがない、と思ったのだが……。


「わ、私は漆原美咲。今日から図書委員で一緒に活動することになったの。よろしくね」


「ん……よろしくお願いします」


わずかな受け答えの後、愛乃は再び本を開きかける。

また読み始めるのかと思ったが、ふとこちらを見てから彼女の隣にある椅子をポンポンと手で軽く叩きながら


「ここ、どうぞ……」


と座るように言ってから本に目を戻す。


「ありがとう」


美咲はパイプ椅子に腰かけ、ぼーっと図書館を見回す。


そして、1分が過ぎ、3分が過ぎ、時間がどんどん流れていった。二人の間には一言も会話はなく、ペラペラとページをめくる音のみが聞こえていた。

そして、5分が過ぎた頃、美咲は口を開く。



「あのさ、図書委員って何するのかな?本読んでた方がいい感じ?それとも見回りとか?」


「……混んでないから見回りは平気。帰る前に少し仕事あるから、言うね…?」


「うん、わかった」



「「…………………………………………………………(話題終了)」」





数分後。美咲からまた話しかけた。



「ねえ、その本……面白い?」


「うん……」


「へえ、そうなんだ〜。私普段は本読まないんだけど読んでみようかな〜?」


「……長いからら初心者にはおすすめしないかも」


「そ、そうなんだ〜……」


「「…………………………………………………………………(話題終了)」」





(…………沈黙が重いっっ!!!藍原さん、ほとんど本読んでばっかじゃん!!?えっ、図書委員だよね?仕事ないの!?)





人が来れば、貸出等もするのだろうか。

だが、今日は本を借りる人はほぼいないようだ。話す話題がない時に限って暇とはなかなか辛い。何か話す話題がないかと思いながら辺りを見回しているうちに、ふと思いつく。


「そ、そうだ!藍原さん、私におすすめの本教えてくれないかな……?せっかくだから読んでみたいな〜、なんて……」


少し苦し紛れだっただろうか。

愛乃の眉がピクリと動いた気がする。


「……いいよ」


愛乃の初めて少し口角が上がった気がする。

おもむろに立ち上がり、書架の方へ向かう愛乃に美咲は付いていった。


「まずはこれ……」


そう言って渡されたのは最近ドラマ版が流行った恋愛小説だった。美咲も毎話ドキドキしながら見ていたものだ。


(愛乃さん、私の好きそうなのをほんとに考えてくれてるんだ)


そう思うと嬉しくなった。

そんな美咲をよそに、愛乃は本を選び続ける。


「あと、これとこれとこれと………」


そして、気がつくと10数冊の本が美咲の手に積み上がっていた。


(いや、多くね!?ただ単にいろいろ勧めたいだけっぽいわこの子!)


きっと余程の本好きなのだろうというのが、この一時だけでも伝わってくる。

だが、それはそれとして重い。本ってこんなに重いものなのか……と少し大変そうにしているのを読み取ったのか、愛乃は言った。


「……ごめん。少しはしゃいじゃった。こんなに読まないよね」


まるで小動物のように気弱な姿に胸を打たれそうになる。


「いやいや!少しずつ読むよ、ありがとね!ひとまず1冊だけ持っとこうかな⸺」


そう言いながら本を返そうとした時。

普段持たない物量に体のバランスを崩してしまう。そして、そのまま前へと倒れていく。


「……危ない!」


今日一番の大きな声とともに愛乃が助けに入ろうとするも、受け止めきれない。そして、二人ともども床に倒れ込んだ。


「……痛てて……ごめん、藍原さん……っ」


その時、美咲はふと気づいた。

自分が愛乃を押し倒すように倒れ込んで、体が密着してしまっている。愛乃に怪我をさせていないか心配になるが、それよりも混乱が収まらない。


目の前には、愛乃が大きな瞳を見開いてじっと見つめている。

驚いたのか、動けないようだが頬を赤らめて吐息が不規則になっているのまで聞こえてくるのがなんとも艶かしく感じる。


(……な、何でだろう。どかなきゃいけないのに)


倒れた痛みからか、少し潤んだ瞳の中の宇宙は美咲の姿を映し出している。まるで美咲のことしか視界に入っていないように感じた。


(この目で見つめられると……動けない……)


心臓がドキドキする。

倒れこんだ時の驚きと、密着しているせいだろうか。鼓動が収まりそうにない。愛乃の方に伝わってしまいそうな程、揺れ動いている。


図書館には自分たちだけしかいないのだろうか、静寂に包まれている。まるで、世界に二人だけになってしまったように感じる。

このままだと、愛乃の瞳に自分が吸い込まれてしまいそうで、何がなんだかわからなくなりそうになり⸺。


その時。


スマホのアラームが部屋中に鳴り響いた。




「……………………閉める時間になっちゃった」





        ◆    ◆    ◆


片付けは二人でするとそこまで時間がかからなかった。

先程のことを考えないようにしようと作業に没頭するとあっという間で、一緒に荷物を持って図書館を出る。


「……この鍵を職員室まで渡しに行けば、お仕事終わりだよ」


「わかった」


そうして、職員室まで二人で歩いていく。

お互いしゃべることはなく、沈黙に耐えかねて美咲は口を開いた。


「あ、あのさ!まだ言ってなかったから……その、ごめんね」


「……さっきのこと?」


「あっ、そのいや……それもそうなんだけどねっ!!?」


まだ、押し倒してしまったことを考えるだけでもドキドキしてしまうのだ。話題を蒸し返されるとは思わなかった。


「今まで一人で委員会させてしまってたこと。私、図書委員って知ったの最近なんだけど、それでも任せっきりだったのは確かだから…ほんとにごめん!」


本当は初めに言うべきだったかもしれない。

このタイミングで言われても困るかな……と思いながら返事を待つ。少し経ってから、愛乃はポツポツと呟き始める。


「……ほんとに悪い人なら、ずっと押し付けてたはずだよ。でも、あなたは来てくれた……。それで、十分」


「……正直少し義務感もあったよ。でも、藍原さんのこと少し知れて、今日は楽しかった……ありがと」


「……私も、楽しかった。これから、図書委員を一緒にできるのが、嬉しい」


そう言っているうちに職員室に着き、鍵を先生に手渡す。

ちゃんとやってて偉い、と担任に褒められたのが少し嬉しくて。ハプニングもあったけど来てよかった、と思った。


「じゃあ、帰ろっか」


「……うん、漆原さん」


「美咲でいいよ。これからしばらく同じ委員会をする仲なんだから」


「わかった。……美咲さん、私も、その……愛乃って呼んで」


「うん、改めてよろしくね、愛乃!」


愛乃は嬉しそうに頬を少し赤らめながら私の名前を呼んだ。

それから、少し他愛もない話をして、校門を抜けて、しばらく歩いた先の分かれ道で愛乃は立ち止まる。


「……じゃあ、私はこっちだから」


「そうなんだ、じゃあここまでだね」


すぐに進もうかとも思ったが、愛乃はまだ立ち止まったままで。それが気になった美咲は愛乃に再び近づいた。


「どしたの?まだ話してく?」


「……今日は、いいの。楽しかった。だから……」


愛乃はひと呼吸おいでから、何かを言おうと口を開ける。

けれども、少し掠れた声にならない声が出てくるだけで。


愛乃が言いたいことはなんとなくわかった気がする。

そして、それが言えない理由も少しだけ。


恐らく彼女にとってはその言葉は言い慣れない言葉なのだろう。話を聞く限りだと、愛乃は学校では本を読むことしかしていない。友だちとはあまり話していないのだろう。

そんな彼女にとっては、その言葉は言うためにとても勇気がいる言葉だ。だから⸺。




「『また明日』。愛乃、また一緒に話そう?」




美咲のその言葉を聞いた愛乃の瞳が涙で潤み、わずかに輝いた。それは、彼女の心に一つ灯った明かりのようだった。


「……うん、美咲さん。また明日……ね」


また明日、と言う彼女の顔には安心したかのような笑みが零れていた。そして。



ドクン……とまた美咲は心が揺れ動くのを感じた。



帰り道を進んでいく愛乃を見送ってから、帰路についた美咲は考える。


(まただ……また、ドキドキしてしまう。愛乃の目を見てると……なんだか私がいつもとは違うみたいだ)


今までにない感覚に美咲は戸惑いの気持ちが隠せそうになかった。そして⸺。


「この気持ちは……何なの……?」


美咲の頬は先程までの夕焼け空よりも赤く染まっていた。


けれども、夜の暗さがその気持ちすらも覆い隠すかのように覆い隠していく。




美咲がこの気持ちの本当の意味に気づくのは、しばらく経ってからのことなのだが……今はまだ、知る由もない。

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