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第八話 ヴォルフの本音と父の助言

「芋のちんぴら、好きだろ?」


 アーサーは、ヴォルフの皿に芋のちんぴらを乗せた――。


 二人は、アーサーが経営する工房の厨房横に置かれた小さなテーブルについていた。


 向かい合わせに座りながら、ヴォルフがアーサーへの手土産にと紗良に持たされたちんぴらを夕食としてつまんでいる。


 ――アーサーが退位してから十年が経ち、彼は帝都に家具工房を構えていた。


 彼が異国で見知った技術を取り入れ設計したものをカイルが丁寧に作り上げることで仕上がった品々は、見た目も機能も最先端と評価され、その評判は貴族の耳に入るほどにまで広がり、今では高位貴族からも受注依頼が来るまでになっていた――。


 忙しい日々を送る中、アーサーは目の前で黙りこくっているヴォルフに眉尻を下げていた。


「ヴォルフ、学校で何があった」


 アーサーは、果実酒が入ったグラスを振りながら尋ねた。


 グラスの中の氷がカラカラと音を立てる。表面に滲む水滴がアーサーの手を濡らした。


 彼は、全開にしている窓に視線を移すと、

「こっちまでは、海風は届かぬな――」

 暑いなと、彼はシャツのボタンをはずした。汗をぬぐいながらまた果実酒をひと口飲んだ。


「やはり、紗良の言う通りこんな日は氷入りの果実酒だな」


 ふうと口角を上げてグラスを眺めるアーサーに、ようやくヴォルフが口を開いた。


「エミィが――。エミィ、なんでも知っていたんだ。俺は、島のことしか知らなくて、学校の事もほとんどわからなくて、それでいろいろエミィが教えてくれて、嬉しくて、楽しくて、初めて出来た友達だったから仲良くしたくて、俺の事も知って欲しくって――」


 アーサーは、何も言わなかった。


 ただ黙って聞いているアーサーの表情をちらりと見たヴォルフは、意を決したように言葉を続けた。


「だから、俺、バッバのこと、バッバが俺を育ててくれたって全部話したんだ。そうしたら――」


 少しの沈黙の後、

「エミィ、俺の事をかわいそうって言ったんだ。血のつながった母親じゃなくて、他人のおばあさんに育てられたなんて、かわいそうだって。すっごく悲しそうな顔をしたんだ」


 俯きながら、ヴォルフは話し続ける。


「俺、びっくりした。初めて言われたから。バッバの事、初めて話したら、かわいそうって、それで、わからなくて。何が俺、かわいそうなんだろうって思って。なんか恥ずかしくなった。ドキドキして、嫌で。

それで、色々考えて。

バッバと血が繋がってたらよかったのかな、バッバがエミィのお母さんみたいにすべすべの肌でつやつやの髪の毛で若かったらよかったのかなって考えて。

俺、バッバが、バッバじゃなかったら、かわいそうって思われなかったのかなって思った」


 ――コトン


 アーサーは、グラスを置いた。びくりと肩を竦めたヴォルフは、おずおずとアーサーを見上げたが、彼の表情は穏やかなものだった。


 ヴォルフは、また話し始めた。


「俺、かわいそうなの、なんでかわからなくて、すごく嫌で、それで、バッバにクソババアって言って――

バッバ、悲しそうな顔してたんだ。でも、すぐにすっごい笑顔になってて、バッバやめるって言って、そうしたらバッバが若返っちゃって、それで、バッバじゃなくなっちゃったんだ。

バッバは、俺の事を育てるの嫌だったのかな。あんな笑顔のバッバ、初めて見て、俺、お母さんがいなくてかわいそうだから、バッバ、だから俺の事を育ててくれた――だけだったのかな」


 言い終えて俯くヴォルフにアーサーは、腕を組みながら口を開いた。


「ヴォルフ、お前は島で紗良と私達と暮らしていて楽しかったか?」


 アーサーの言葉に、ヴォルフはうんと頷いた。


「そうか。私もこの十年、紗良と暮らして本当に楽しかった。幸せだった――しかし、人の価値観はそれぞれ違うからの」


「価値観――」


「そうだ。まだ、お前にはわからないかも知れないが――そうだの、幸せには――たくさんの種類があるという事だ。

エミィは、綺麗で若い母親が近くにおるからの、それが彼女の普通の幸せなんだ。

だから、血の繋がらないバッバに育てられたお前は、かわいそうな生活を送っていると、そう思っているのだ。

でも、それは、エミィにとっての幸せで、お前の幸せではないからの。お前が可哀そうなんてこともないんだ。

――それとな。紗良の事だが、お前のバッバをやめると言って紗良が笑ったと言ったろ。

あれはな、紗良が、お前と別れられるのが嬉しくて笑ったのではない。

これは、紗良の悪い癖なんだがな、あやつ、本当に悲しい事や嫌なことがあると笑うんだ。それも本当に綺麗に口角を上げてな。

いつもの紗良の大笑いとは全然違ったろう?

私も最初にその顔を見た時は、本当にびっくりしたものだ。

――おそらくあの作られた笑顔は、紗良が向こうの世界で身に着けた処世術のようなものだと私は思っておる。自分の感情を押し殺すための笑顔なんだ。

ここ何年かは、そんな顔を見せてなかったのだが――」


 アーサーが悲し気な表情でそう言ったのを見たヴォルフは、背中を丸めた。


「――バッバに、俺……島に戻ってもいいか聞いてみてもいい?」


 俯いたヴォルフの頭をそっと撫でたアーサーは、うんうんと頷きながら、

「紗良だが、明日、夕方に工房(ここ)に来ると言っておった。その時に聞いてみるとよい。

――そういえば、昼に友達と会うと言っておったの。エミィか?」


 こくんと頷いたヴォルフは、

「でも、大丈夫。絶対に夕方には戻ってくる」

 アーサーを見上げた。


 少しだけ頬を染めながらヴォルフは、

「それで、明日なんだけど、もし父ちゃん、時間があったら……前髪を、切って欲しいんだ――その、バッバが、来る前に……」


 ヴォルフが言うとアーサーは、嬉しそうに分かったと頷き、

「父ちゃんにまかせろ。私は、紗良曰く、スパダリ父ちゃんだからの。ヴォルフを男前に仕上げてみせるぞ――」

 長くなったヴォルフの前髪を指で愛おしそうに撫で続けた。




 翌日の夕刻――


 前髪を切ってすっきりとしたヴォルフの目の前に、金髪の紗良が現れた。


 彼女は、目をキラキラと輝かせながら、

「帝都、最っ高だったわ。街並みも綺麗で、モフモフにあふれてて――」


 彼女が靡かせているくるくるの髪の毛からは、ジョバンニのような羊の耳がちょこんと飛び出していた――。

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