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第七話 消えたブラ紐と紗良の番としての想い

「こっちに持ってきた荷物――確か、ここにしまったはずなんだけど……」


 紗良のくぐもった声が聞こえる。


 十年前、(つがい)として召喚された彼女のために用意された衣装部屋の中で紗良は、

「ここ――じゃなかったか。じゃあ、ここかな……」


 ガタゴトと音を立てながら一人ぶつぶつと呟いていた。


「紗良、お前、まさか、十年前のその、下着を――着ようとしてんのか?」


 ジョバンニが扉を背にしながら尋ねた。


「ちょ、ジョバンニ、いつの間に!? やめてよ。恥ずかしい。ち、違うわよっ!」


 ――ガタンッ


「あっ! 痛っ! あ、足、こ、小指!! ――っつ。くっ」


「紗良! 大丈夫か!?」


 心配したジョバンニがドアノブに手をかけると、紗良が叫び声を上げた!


「だめ!!! 大丈夫! だ、大丈夫だから! 絶対に開けないで! き、着替えてる途中だから!!!」


 紗良の声にびくりと反応したジョバンニは、顔を赤くして上を向いた。


 はぁとため息を吐いた彼は、それから全身の力を抜くようにして腰を下ろした。


 扉に背を預けて紗良に話しかける。


「国から、十年前にお前に用意してあったやつは――もうないのかよ。確か、どんな奴が召喚されるかわかんねえってことで、サイズとかいろいろ用意してくれてただろ? 一通りあったんじゃねぇの?」


「あれはね……サイズが合わなかったものは、全部、もう使っちゃったのよ」


 紗良の言葉にジョバンニが首を傾げていると、(ヴォルフ)がのそのそとやってきた。


 彼は、忍び足でジョバンニの隣まで来ると彼の隣に静かにお座りをした。


 ジョバンニは、ふっと柔らかな笑みを浮かべて(ヴォルフ)の頭を撫でた。紗良に気取られぬようにその声音を変えず、

「使ったって、なんだよ」

 扉向こうの紗良と会話を続けた。


「十年前って本当に何もなかったでしょ? ヴォルフのおんぶ紐も、私の枕で作ったくらいだったし……それでね」


 紗良の言葉に驚いたジョバンニは、振り返り至近距離の扉を見つめながら、

「え?! お前、ま、まさか。し、下着を何に使ったんだよ?!」


「し、下着ったって、ち、違うわ。下の方は何にも使ってないわよ。わ、私が使ったのは、その、さっきの上の方の――か、肩紐のところで、細い紐って、なかなか布を切り裂いても頑丈に作れなくって……」


 上の方と言われて反射的に自身の胸を見たジョバンニは、はっとして頬を真っ赤に染めた。


 恥ずかしそうにして顔を背けた先には、何とも言えない表情でまっすぐ前を見つめている(ヴォルフ)がいた。


 ジョバンニは、彼が微動だにせずにしかし耳だけをぴくぴくと動かしている様子にはぁと小さくため息をつくと、(ヴォルフ)の頭をポンポンと叩いた。


 再度扉に背をあずけながらジョバンニは、天井を眺めながら言った。


「とにかく、その十年前のを探すくらいなら、新しいのを買えばいいだろう」


「うん。買おうとは思うんだけど――既製品は、高いから、お金、もったいないし。

布とか材料を安く仕入れて、自分で手作りしちゃおうと。

それでね――えっと、どうせなら、しっかりホールドされる良いものをって思って、日本で使ってたのをちょっと解体して、それで型紙を作ろうと思って――私、この十年で結構、お裁縫も上達したのよ」


 へへへと言いながらごそごそと音を立てている紗良に、ジョバンニは、まったくと呆れた表情をした。


「紗良、お前――また、節約かよ。いいよ、下着くらい、俺が買ってやるよ」


「え? 良いわよ。無駄遣いだわ。だめよ。ジョバンニ、あなた、仕事を辞めたんでしょ? ここでしばらく暮らすって言っても、お金なんてあればあるほどいいんだから、これからの人生あなただって、家族が増えればもっと必要になってくるのよ」


「大丈夫だよ。家族なんて増える予定ねぇし。俺――結構そういうの得意だから貯めれてんの」


 へへんと自慢げに言うジョバンニに紗良が言った。


「その貯めたお金は、あなたのために使いなさい――私だってちょっとはお金を貯めているし、私の事は、大丈夫よ」


「お金って、お前、どうやって――」


 ジョバンニは、驚いた様子で(ヴォルフ)を見た。(ヴォルフ)もジョバンニと同じように初耳だと首を横に振っている。


 彼らの驚きに気づくはずもない紗良が、話を続ける。


「実はね――ほら、私、虫歯治療師としていつか一人暮らしをしてここから姿を消すって言ったじゃない? でも、あなたの虫歯を治せなくて、虫歯治療師の道も途絶えて、無能(つがい)が確定して。

でも一人では生きていかなくちゃいけないでしょう? だから、どうしたもんかなと、考えたのよ――あ、あった、あった、この通勤(かばん)。懐かしいわね」


 言った紗良は、それからぺたぺたと歩いて扉の前まで来た。


 紗良がドアノブに手をかける音が聞こえたが、彼女は、それを回すことなく、そのままふうとため息を吐いた。


 ストンという音がしたかと思うと、ジョバンニが背にしていた扉がギシリと揺れた。


 紗良の声がジョバンニの背中に響いた。


「それでね。私、ちょっと内職して、それをね――カイルに売りに行ってもらってたのよ。

おんぶ紐なんだけど――あなたは、ほら貴族街の伯爵家に出入りしていただけだからわからなかったでしょうけど、私のおんぶ紐、共働きの平民の皆様に結構好評で――」


 ふふふと笑みをもらしている紗良に、ジョバンニが話しかけた。


「お前、まだそんなこと考えてたのかよ。何度も言うけど、俺らはお前を一人で放置する気はねぇからな」


 ジョバンニが不満げに言うも、紗良は話し続けた。


「この(あいだ)――国からね、言われたのよ。ヴォルフのお兄様達と(つがい)様が離縁するけど、私もヴォルフが自立して、彼と――その別れるなら島を出て自活するなら、私の生活を金銭的に援助するって――」


 (ヴォルフ)の耳がピクリと動いた。心配そうな表情で(ヴォルフ)の反応を見ているジョバンニ。


 彼らの様子に気づくはずのない紗良の言葉は続いた。


「一度召喚された(わたしたち)は、もう元の世界に戻れないんですって――だから、(つがい)をやめても、このまま、この世界で生きていかなくてはならないから、それで――国からのお情けよね。最低限の生活を保障してくれるってそう言うことみたい」


 ふうと紗良の息が漏れる音がする。


 ジョバンニと(ヴォルフ)はただ黙っていた。


 静寂の中、紗良の言葉のみが響いた。


「――私、その援助断ったの。

わかってるのよ。ヴォルフを育てて幸せにするために召喚された私の役目は、もうすでに終わってて、後は、そのお金をもらって余生を過ごせばいいって――

でも、なんかね。そのお金、私には手切れ金としか思えなくって。

だから、それを手にしちゃうと、ヴォルフとの縁が本当に切れちゃう気がして。

(つがい)の縁っていうか、バッバとしての縁ね。これは、これだけは、切りたくないなって思って。

――私が、この十年、ヴォルフに注いできた愛情は、ずっと私の中に残ってるから、それだけは、どうしても残しておきたくて……

あ、これは、ヴォルフには内緒よ。こんな女々しい事言ってるってヴォルフに知られたら、私、またきっとババアが気持ち悪いって思われるから、でも――」


 黙りこくった紗良。


 しんと静まり返る中、ジョバンニは、そっと視線を(ヴォルフ)に移した。


 (ヴォルフ)は黙ったまま、その視線を床に漂わせていた。


 不意に扉向こうからパチンという音が聞こえた。


「だめだめ! また、暗くなったわ!! 気合いよ、気合い! とにかく、節約は続けて、徹夜しまくって、おんぶ紐を量産するわよ!

ジョバンニ、あなた、無職になったのなら、今日からあなた、私の左腕として、しっかり私の内職に付き合ってもらうわよ!

――おんぶ紐で世界征服よ!」


 大声でそう言い終えた紗良は、それからごそごそと(かばん)(あさ)りだした。


「左腕ってなんだよ――」


 背中越しに伝わる紗良のいつもの慌ただしさを感じながら、ジョバンニは嬉しそうにしてニヤリと口角を上げた。


 紗良がバンと勢いよく開けた扉の向こうに(ヴォルフ)の姿はなかった――。

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