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第六話 紗良と戸惑いの朝食

「お、おはよう」


 紗良がおずおずとした様子で居間の入口から顔を出した。


「おっせーな。何やってたんだよ」


 不満げに紗良に応えたジョバンニは、丸テーブルの前で胡坐をかいていた。彼の向かい側では、ヴォルフがちんぴらうどんを食べている。


 食べながらちらりと紗良に目を向けたヴォルフは、何も言わずにその視線を戻した。


 ヴォルフに眉尻を下げた紗良は、背中を丸めながらのそのそとテーブルへ近づくと、ジョバンニの隣に腰を下ろした。


「カイルとアーサーは、もう行ったの?」


 紗良はジョバンニに上目遣いで尋ねた。


 ジョバンニは、猫背の紗良に眉を顰めながらも、

「ああ、さっき行ったよ。お前が熱出したから、心配してぎりぎりまで待ってたんだけどな――お前、部屋を出たっきり、いつまでたっても下に来ねえから。服を着替えんのに何時間かかってんだよ」


 言いながらテーブルの隅に置かれた朝食を紗良の前に移動させてジョバンニは、最後に彼女に箸を渡した。


「熱も下がったし――普通に食べれんだろ?」


 横目で尋ねるジョバンニに、紗良は背中を丸めたまま小さく頷いた。


「いただきます」と小さく呟いた紗良は、芋のちんぴらに手を伸ばした。


 一口頬張り、

「ん?! 今日のお芋、ほっくほく。甘みも強いし――振りかけてあるお塩の加減も――最高ね! 甘じょっぱちんぴら、さっすが、カイル。分かってるわぁ!」


 ほうと恍惚の表情で頬に手を当てた紗良。彼女は、いつものように天を仰ごうとしたが、何かを思い出したように肩をしゅんとすぼめた。


 ジョバンニは、普段と違う紗良にまた眉間に皺を寄せた。


 何かを思案する様子でジョバンニは、その視線をヴォルフに移した。


 居間に来てからずっと言葉を発していないヴォルフは、紗良と視線を合わせようとせず、ただ黙々とご飯を食べていた。


 芋のちんぴらに手を伸ばしかけているヴォルフに紗良が、

「ヴォルフ、今日のお芋甘くてあなた好みよ。私のも一個食べる?」


 上目遣いで尋ねる紗良に、ヴォルフは、黙って俯きながらふるふると首を横に振った。


 ヴォルフの態度に寂しげに微笑んで紗良は、また肩を縮こませた。


「ヴォルフが食わねぇんなら、俺にくれ」


 ジョバンニが、横から手を伸ばした。


「あ」


 紗良が、慌てた様子でまた背中を丸めた。ジョバンニは、目を細めた。


「紗良、お前、どうしたんだよ。気にしてんのか? その――」


「あ? え?」


 困惑した様子で顔を上げる紗良にジョバンニは、言葉を続けた。


「その、あれだ。お前が若返ったこと、その、気にしてんのか?」


 大丈夫よと、首を横に振る紗良。彼女の表情をみたジョバンニは、それともとヴォルフを見遣った。


 彼に視線を留めたまま、

「ヴォルフと喧嘩したこと、気にしてんのか?」


 彼の言葉に、ヴォルフはバッと顔を上げた。顔を真っ赤にしたヴォルフは、紗良と目があった。


 紗良はヴォルフと視線を交わすと眉尻を下げて、

「ヴォルフ、ごめんね。昨日は、言い過ぎたわ――それに、言葉も足りなかった。何ていったらいいのかな。

私、あなたに依存し過ぎていたの。

あなたをいつまでも子ども扱いして――あなたは、もう立派に自立しているのに、前髪を切れとか――こんなおばさんにべたべた触られて気持ち悪かったよね。

距離感が……ごめんね。私の感覚、あなたが赤ちゃんの時のままだった。これからは気をつけるわ。

あと、(つがい)の事も、本当に気にしなくてもいいのよ。

実はね――アーサーに聞いたのだけれど、第一王子と第二王子だった、あなたのお兄さんたち、(つがい)様たちと……離縁するんですって」


 紗良の言葉にジョバンニは目を見開いた。心底驚いたといった様子で紗良の言葉に聞き入っている。


 ヴォルフは、俯いたまま黙って紗良の話を聞いていた。


(つがい)でも、大丈夫なのよ。離縁もできる――それに、私たちは、歳が離れすぎてるからそもそも結婚もしていないでしょ――バッバと孫っていう関係以外、私達には何もないし――だから、あなたは、あなたが好きになった人と何にも心配せずに、一緒にいていいのよ――」


 言い終えた紗良は、ヴォルフを見た。ヴォルフは、何も言わずにただ手にしている箸を見つめているだけだった。


「それでね。この(あいだ)アーサーとも話したんだけど、ヴォルフ、あなたが望むなら――工房の空き部屋があるでしょ? そこでしばらく暮らしたらどうかって、アーサーも一緒に親子で――」


「――親子」


 ヴォルフはようやく口を開いたが、一言のみを発して、彼はまた俯いた。


 二人のやり取りを聞いていたジョバンニが頭の後ろで手を組みながら言った。


「ま、いいんじゃないか? あの部屋、カイルが仮眠するのに使ってたんだろ? ここよりもずっと新しくてきれいだったし、お便所も綺麗だしな。

それに、お前、夏休みに入るっていっても、休み中も友達と会う約束してるんだろ? だったら、あっちで寝泊まりした方が猫耳ちゃんと頻繁に会えるし、一緒にいられる時間も増えるだろ」


 ゴロンと床に寝転がったジョバンニは、

「紗良の事は大丈夫だぞ、この前も言ったように一人になることはないからな。

カイルは本土に引っ越す気はないみたいだし、それに――俺、仕事辞めたから、俺も当分は、ここで暮らすから」


「え?! ジョバンニ、え? あなた、仕事を辞めたの? え? なんで?!」


 紗良は、驚いた様子で彼に尋ねた。体を傾け彼に近づこうとした紗良は、はっとして体を離した。


 背中を丸めている。


 紗良の行動にしびれを切らしたジョバンニが、がばっと起き上がり、

「紗良、お前、どうしたんだよ。 ずっと落ち込んで、背中丸めて、何をずっとしょぼくれてんだよ。やっぱり若返ったのを気にしてんのか?

お前、こういっちゃなんだが、こっちの方が断然良いぞ! 見違えたぞ。

ババアの気配なんて微塵もないからな。そ、その、ま、なんだ、若返って、そ、そのか、かわいくなった、ぞ!」


 ジョバンニは、紗良の背中をバンと叩いた。


 ――ブチッ


「あっ」


 慌てて胸に手を当てた紗良は、顔を真っ赤にして(うずくま)った。


「あ? なんだ? 顔赤いぞ、また熱出たのか? もしかして、それで元気なかったのか?」


 紗良の肩を持ったジョバンニは、心配そうな表情で彼女の顔を覗き込んだ。


「ち、違うのよ! だ、大丈夫だから、ちょ、ちょっと、お、お便所――」


 ジョバンニを振り払うようにして立ち上がった紗良。


 ジョバンニは咄嗟に彼女の手を掴んだ。


「もう、本当に大丈夫だから、ちょっ! ちょっとお便所に行きたくなったのよ!」


 慌てた紗良が、もう片方の手でジョバンニの腕を引き剥がそうと彼の腕に手をかけて――


「あ」


 ひらりと白いものが床に落ちた。


「なんだ? これ――」


「だめ!!」


 ジョバンニが拾い上げたその白い布切れを紗良は慌てて奪い取った。


 ジョバンニの顔が真っ赤になっている。


 真っ赤に染まった頬で紗良が、

「い、今の、み、見てないわよね?!」


 コクコクと頷きながらもジョバンニは、

「紗良、こ、このし、下着。お前、む、胸も、で、でかく」


「もう! 見てないって言ったじゃない!」


 紗良は、叫びながら居間を飛び出した。


 取り残されたジョバンニは、手のひらを見つめながら頬を染めている。


 二人を見ていたヴォルフは、愕然として固まっていた。

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