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第五話 紗良の事が気になるヴォルフと男どもの盗み聞き

「お、念願のちんぴらだ!」


 ジョバンニは、嬉しそうに箸を取った――。


 熱が下がった紗良を部屋に残して、ジョバンニ達は遅い朝食をとることにした。


 紗良があらかじめ準備していた材料を使い、カイルは手早く野菜のちんぴらとざるうどんを作った。


 大皿に盛られた野菜のちんぴらを前にジョバンニは、満面の笑みで、

「あいつ、やっぱりちんぴら作ってくれる予定だったんだな」

 うんうんと満足した様子で頷きながら二つ目の大葉に手を伸ばした。


「ジョバンニさん、大葉好きなのはわかるっすけど、大葉ばっかり食べたらだめっす。お芋のちんぴらも食べるっす」


 カイルが芋のちんびらをジョバンニの皿に入れながら言った。


 ジョバンニはカイルの言葉に不満そうな顔で、

「ちょっとくらいいいだろ。久しぶりのちんぴらなんだぞ。お前たちはずっとちんぴらを食べてただろうけど、俺は、毎日硬いパンしか食ってなかったんだからな」


「ジョバンニ、おぬし、まだ自炊をしておらんのか? いつもパンと外食か?」


 アーサーが尋ねると、ジョバンニは肩を竦めてこくりと頷いた。


 罰が悪そうにしているジョバンニに眉尻を下げたアーサーは、大葉をジョバンニの皿に乗せた。


 二人のやり取りを苦笑しながら眺めていたカイルが口を開いた。


「――ヴォルフ、本当に呼んでこなくていいっすか?」


 カイルの言葉に、ジョバンニは、羊耳を露わにしながら、

「あいつ、今、紗良の部屋の前にいるんだろ?」


 ぴくぴくと羊耳を動かして、

「紗良は、まだ寝てるみたいだな――あ、でも、起きたか――」


 ジョバンニの言葉に、カイルとアーサーは、一斉に獣耳を出した――。





「ん、あ、あれ? 私――」


 紗良の声が聞こえてヴォルフがピクリと狼耳を動かした。


 彼は、紗良の寝室の扉を背にしながら廊下で一人、膝を抱えている。


 紗良が起き上がった衣擦れの音を耳にしたヴォルフは、彼女の次の行動を知ろうと息を押し殺し、扉向こうに意識を集中させた。


 ――ギシッ


 ベッドが軋む音にヴォルフの耳がピンと伸びた。


「あれ、私、どうしたんだっけ? え? また酒飲んで――いや、違うわよね。

断酒するって――そうそう! そうだったわ。

朝ご飯の後……ヴォルフのバッバをやめて、ヴォルフが猫耳ちゃんと結婚して、それで、私は、塔で一人暮らしを……で、それは寂しいわねって事になって――はっ! そうよ! 逆ハーレム目指して! そう! 美魔女になるんだった!」


 ギシリとまたベッドが軋む音がしたかと思うと、その後すぐにペタペタと室内を歩き回る紗良の足音が聞こえてきた。


 ヴォルフは、紗良が発する音の全てにじっと耳を澄まし続けた。


「――それで、気合いを入れて……で、あ! そうそうそれで私――はっ! そうよ。私、熱出したんだ! で、あ! ジョバンニ! あ、そっか。前みたいに、彼に看病してもらって――え?! だったら、私の虫歯! また、治ったの? え? でも私、虫歯もう無いし――だとしたら今度は、何が治ったの?!」


 一定間隔で聞こえてきた足音が、パタパタと小走りになった。ヴォルフに向かってくるように大きくなるその足音に、彼は慌てて腰を上げた。


 聞き耳を立てながらも忍び足で隣の部屋に逃げ込もうとするヴォルフの耳に紗良の大きな声が響いた。


「え!! 何!? どうなってんの!!!」


 ドシンという音にヴォルフは、その足を止めた。部屋の中の状況を確認しようと必死で耳を動かしている。


「痛った。腰打った。びっくりしすぎて、痛った」


 身体を擦る音が聞こえる。


 ヴォルフは、彼女が無事だったことに安堵の表情を浮かべるとまた扉向こうに耳を澄まし始めた。


「これって――私……だよね。いや、絶対これ私だわ。懐かしすぎるこの顔。ものすんごいデジャブ感。これが私じゃなかったらなんなのって感じの――私そのもの。若かりし頃の私。に、二十、前半? 後半? ま、まいっか。そんな感じね。

あ、そっか。私、今度は虫歯治したんじゃなくて――え? 老化を治療しちゃったの? え? 老化を治す? 虫歯治療より高度な技じゃない? すごくない? だったら、アーサーも私みたいに若返らせることができるってこと? マジ?

あ、でも、違うか。だって、この前、ジョバンニの虫歯を治せなかったし……じゃあ、この老化治療も、私限定? でも、なんなのよ。なんで十年もたって今さら――」


 しばらくの沈黙に、ヴォルフはその耳を立て続けた。


「――若返るなら、もっと早くに若返りたかったな」


 紗良の憂いを帯びた声色に、ヴォルフは顔を上げた。見えるはずのない紗良に目を向ける。


「もっと早く若返ってたら、もっとちゃんとヴォルフと全力で遊んであげられたのに、もっともっとって、せがまれる(たび)に、腰が痛いとか言って拒否らないで、あの子に応えて、あの子がへとへとになるまで、毎日、毎日、朝から晩まで付き合えたのに――もっと、たくさん思い出作れたのに……今さら若返っても、もう遅いのよ――」


 紗良の震える息に、ヴォルフは、ただそれを聞き続けることしかできなかった。


「――だめね、私、また泣いちゃって。私、情緒不安定だわ。

そういえば、あの時も泣いてたわね。ここで、やせっぽっちのヴォルフを見ながら、私、涙が止まらなかったわ――って、思い出したらまた涙が。

もう! 私の涙腺どうなったのよ! 老化を治したついでに、この涙腺も頑丈に作り直して欲しいわ!」


 地団太を踏んだ紗良の足音を聞きながら、ヴォルフは膝を抱え俯いた。


「ま、どっちにしても、私の身体が今さらどうなろうがいっか。

――今、喜ぶべきは、ヴォルフが、親離れできるほど成長したこと、みんなが、自分たちの幸せをみつけられたこと。

みんな、それぞれ居場所を見つけられたこと。

私なんかいなくてもみんなちゃんと生きてる。

私、みんなの幸せにちょこっとだけでも貢献できたわよね。

みんなの幸せを手伝えた私――めっちゃくちゃ偉い。

この若々しい身体も、もしかしたら、女神様からのご褒美だったりして。

みんなが離れていったの、私だけ歳も取らずに島に取り残されてたの、ちょっと寂しかったけど、でも、そっか。

みんなを幸せにできた私の余生――若返って思いっきり堪能しなさいって、そう言うことかもね。だったら――思いっきり楽しみましょう!」


 ふふふと紗良のいつもの笑みが聞こえた。ヴォルフは、黙って耳を傾けている。


「さ、とりあえず! 腹ごしらえね。朝ご飯たーべよっ。この匂い、確実に揚げ物よね。ち、ん、ぴ、ら。カイル、私が昨日仕込んどいた野菜を使ったんだわ。何も言わなくても以心伝心――スパダリカイル。ふふふ。久々のカイルの手料理か、楽しみだなぁ」


 ドアノブに手をかけた紗良は、元気よく扉を開けた。


「お腹空いたー」と、笑顔を見せる紗良の視界にヴォルフの姿はなかった――。

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