第二十四話 悪役令息フランツの襲来
「ヴォルフ兄ちゃん、僕、見えてない? 僕、透明おばけ?」
ふふふと両手で口を覆いながら河童少年は、わくわくとしてヴォルフに尋ねた。
「うん。完全にレンガになれてるよ。完璧な透明おばけだ」
ヴォルフは、レンガの壁にぴったりとその背中をくっつけて背筋を伸ばしている河童少年の頭を撫でながらそう答えた。
ヴォルフに褒められ嬉しそうにはにかむ河童少年。
彼とは反対に、ヴォルフの顔には緊張の色が滲んでいた――。
ヴォルフと河童少年は、地下牢にいる。
数本の蝋燭だけが灯され、一寸先は闇のそのおぼろげな空間で河童少年は、赤茶色の毛並みをレンガ壁と完全に同化させていた。
河童少年の目の前には、硬い表情をしているヴォルフが立っている。
ヴォルフの背後にある鉄格子を挟んだ牢屋の中には、浜辺に打ち上げられた銀髪の青年がいた――。
「白タキ……フランツに煎じた眠くなる薬だけど――」
湯あみ場に紗良の声がした。ごつごつとした岩に囲われた防音空間で紗良は、声を潜めてジョバンニに話しかけていた。
「私、分量がよくわからなかったから、気持ち少なめに配合して煎じたわよ。
カイルもいないし、正確な量が分からなくって……私があげた薬草が多すぎて、フランツご令息が一生起きませんでした……なんて怖すぎるし……だから、もしかしたら予想よりかなり早く起きるかも知れない――」
背の低い木製の小さな椅子に腰かけながら紗良は、ジョバンニと鼻を突き合わせている。
二人が腰かけているその椅子は、普段体を洗う時に使われていたものであり常に湿り気を帯びていた。ひんやりとした感触を尻に感じながら紗良は、ぶるっと身震いした。
「目を覚ましたとしても、地下牢にいる限り大丈夫だろ」
不安げな表情で自身の肩を抱く紗良にジョバンニは「安心しろ」と彼女の頭をポンポンと叩いた。
彼らは浜辺に打ち上げられていた青年について話し合っていた。
アーサーの若返りだと紗良が勘違いしたその青年の正体は、十年前、紗良が召喚された時に彼女を出迎えていた当時の第三王子、フランツであった。
紗良の後を追って浜辺に着いたジョバンニは、フランツの姿を認め、彼が目を覚ます前に彼を地下牢へと運び込んだ。
アーサーが打ち上げられた時と同様、衰弱し発熱していたフランツ。彼を一晩介抱したジョバンニは、彼の熱が下がった頃合いで、睡眠作用のある煎じ薬を彼が意識を取り戻す前に飲ませていた――。
「フランツが目を覚ましたらすぐに壁を叩いて叫べってヴォルフに言ってあるから。
それに、地下牢にはヴォルフだけじゃなく壁に隠れて河童もいるしな。
フランツがヴォルフに何かしようとしても、あの毛むくじゃらの変なのが『兄ちゃんに何すんだ!』とか、叫びながら壁から突然現れて、フランツにクチバシをパクパクしながら突進していったら……ククク、フランツ、臆病だから、速攻で気絶するだろうな」
紗良の心配をよそに場違いなほど面白そうに肩を震わせているジョバンニに、紗良は、呆れた様子でため息を吐いた。
彼女の鋭く責め立てる視線に、ジョバンニは、コホンと咳ばらいをしてその表情を引き締めた。
「とりあえず、あいつらは大丈夫だとしてだな――問題は、なんでフランツが、今さら島に来たのかってことだよ。
お前が召喚されてから十年。
あいつの番が召喚されなかったっていう腹いせで、俺を島に送り込んで以来、アーサーさんがこっちに来ようが、離縁しようが、ここに住もうが、何の反応も示さなかった奴が、十年も経った今、自分から島に来た――しかも、一人で……
嫌な予感しかしねぇ。
それが、アーサーさん絡みなのか何なのか。ヴォルフに会いにってことは、なさそうだけど――」
ジョバンニは、紗良を見遣った。心配そうに瞳を揺らしたジョバンニに、紗良が彼の言葉を継いだ。
「私が……番様が目的ってことかも知れないのね?」
真顔で頷いたジョバンニは、腕を組みながら天井を見上げた。
「でも、わかんねぇのは、もう五十歳過ぎてる婆さんのお前に、なんの用があって来たかって事だ……確か、アーサーさん、紗良が若返ったってまだ上に報告していなかったはずだし――召喚士様もお前の能力は、国の繁栄には関係ねぇって、このままでなんもしなくていいって言い切ってたしな。
世間ではお前はもうお役御免の余生を送るだけの番様のはずで、他の番様も同じように静かに暮らしているはずだけど……
でも、俺らの代で召喚された番様で、能力を発現させたのは――お前だけだからな」
考え込むジョバンニに、紗良が真剣な表情で、
「どうする? 追い出す? 眠ってる間に……ほら船に乗せて――」
――ヒッギャーー!!!!
突然響き渡った島を揺らすほどの悲鳴に、紗良とジョバンニは驚き顔を見合わせた。
次いで鳴り響いた壁を叩く音。
ジョバンニを呼ぶヴォルフの叫び声に、
「マジか……もう起きたのか」
ジョバンニは、はぁとため息を吐きながら立ち上がった。
「とりあえず、お前は、ここにいろよ――お前が若返って、痩せて……あ、その金髪もちょうどいいな、髪の毛の色も変わって、見た目は、十年前とほぼ別人になったから、召喚された時にちょっと目を合わせたくらいのフランツは、今のお前を番様と同じ人間だなんて結びつけないだろうが……あいつが何をしに来たのか、そもそもわかんねぇから、念には、念を押して――フランツには、色々事情が変わって、今は、ヴォルフと河童と俺、三人で暮らしてるっていうことにするわ。
ばあちゃんになった番様も不在……あ、召喚士のところに行ってるくらいに言っておくか……で、諦めてすぐに帰ってもらうと――」
ぶつぶつと言いながら扉へと向かったジョバンニは、扉に手をかけて、
「お前は、ここにいろよ」
振り向きざまに紗良に念を押した。
コクコクと頷いて見せた紗良に、にんまりと笑顔を見せたジョバンニは、「秒で解決してくるよ」と勢いよく扉をあけた。
バタンと元気よく閉じられた扉に、紗良は、
「本当に、大丈夫かな――」
深いため息を吐いた。




