第二十二話 知識を活かしきれない紗良とキャラ弁作り
「みんな、今日のお昼ご飯は、お弁当よ」
紗良達は、塔前の芝生の上にいた。彼らは、古びた絨毯に腰を下ろしている。彼らの頭上から降り注ぐ夏の陽射しは、麻布が張られた大きな日傘で遮られていた。
「べんとうって、なんだよ」
紗良の隣でジョバンニが口を開いた。
紗良は、向かい側に座っているヴォルフと河童少年にそれぞれ四角い木箱を渡しながら、
「これが、お弁当よ」
二人が手渡された蓋つきの四角い木箱は、紐で括られている。紐と木箱の隙間には、箸が一善ずつ挟まれていた。
紐を解こうと結び目をひっかいている河童少年に紗良が、
「その紐の端を引っ張ったら、解けるわよ」
木箱の角の紐を指さした。
河童少年が、紗良の指先にある紐を引っ張った。
「あ、取れた」
目を輝かせて河童少年は、ほどけた紐を眺めた。紗良は、ふふふと笑みを浮かべながら、
「その紐の結び方、カイルに教えてもらったのよ。カイルは、じいじから教えてもらったって言ってたわね。普通に結び目を解こうとしてもダメなのよ。決まったところを引っ張らないと絶対に解けないの――魔法みたいでしょ?」
河童少年は、紗良の言葉にコクコクと頷いた。
「あけていい?」
河童少年が、紗良に尋ねる。紗良は、笑顔で「いいわよ」と頷いた。
河童少年の隣に座っていたヴォルフも、河童少年に倣い紐を解いた。彼と同じように物珍しそうにしてほどけた紐を眺めている。
ヴォルフの様子をみてジョバンニは、意外そうな顔で彼に尋ねた。
「ヴォルフ、お前も知らなかったのか?」
ジョバンニが尋ねるとヴォルフは、こくんと頷いた。
「そっか――じゃあ、今度教えてやる。そのカイルの結び方、案外簡単だし、何度も縛ったり解いたり、すげぇ便利だからな」
こくんと頷いたヴォルフにジョバンニは、うんうんと嬉しそうに笑顔を見せると、横を向いた。紗良とジョバンニの間に置かれている籐の手提げ籠の中を覗き込む。
「俺のは、どっちだ?」
「あなたのは、こっちよ」
紗良が指さすと、ジョバンニはすぐにそれを取り出した。するすると紐を解くと、転がり落ちそうになる箸を受け止めながら、
「さて、おべんとうとやらは、どんな味かな」
嬉しそうにして蓋を開けた。
「なんだ? これ、おにぎりと――干し肉……卵焼きに、野菜炒め――って、いつものじゃねぇか。俺だけべんとう、無しか?」
ジョバンニが、不満げに顔を上げた。河童少年とヴォルフの目の前に置かれた弁当箱を覗き見ながら、
「あ? お前らのも俺と同じじゃねぇか。べんとう入ってねぇ」
ジョバンニは、なんだ? と訝し気に紗良の目の前の木箱に視線を移した。彼女が手にしていた弁当箱の紐を勝手に引っ張り、素早くその蓋を開ける。
中を見たジョバンニが、驚きの声を上げた。
「うわっ。なんだお前の。中身、めっちゃくちゃじゃねぇか」
ジョバンニの言葉に、河童少年とヴォルフも身を乗り出して紗良の弁当箱を覗き込んだ。
紗良は、慌てた様子で弁当箱を背に隠しながら、
「こ、これは、失敗作よ」
「失敗って、なんだよ。おにぎりと卵焼き――いっつも作ってるだろ。失敗する要素なんてないだろ」
首を傾げて不思議そうにしている三人に、紗良は肩を竦めながら話し始めた。
「いや、ちょっとね。日本の知識を生かして――その、また、商売をね。してみようかなと、それで、キャラ弁をね――作ろうかと思いまして……」
「きゃらべん? なんだ? そもそもべんとうって何なんだよ」
眉を顰めるジョバンニ。
黙って紗良たちの話を聞いていた河童少年とヴォルフは、彼らのなかなか進まない会話に、待ちきれないと弁当をつまみはじめた。
河童少年は、おにぎりを手にした。小さく丸められた一口サイズのおにぎりを嬉しそうにして目を細めて眺めると彼は、それを勢いよくクチバシの中へと放り込んだ。パクパクとクチバシを動かしている。
横目で河童少年を確認したヴォルフも、弁当箱から三角形のおにぎりを取り出すと、嬉しそうに笑みを浮かべながらぱくりとそれを頬張った。
紗良は、美味しそうに食べる二人の様子に安堵の表情を浮かべながら、
「お弁当っていうのはね、朝ごはんとか、お昼ご飯とか、とにかく一食分の食事を、蓋つきの箱に入れて持ち運べるようにしたものの事よ」
「なんだ、それだけかよ。飯を箱に入れて持ち歩けるようにしたのが弁当って――じゃあ、パンとか干し肉を籠に入れて、外に持ってくのも弁当かよ。なんだ、俺、てっきり、味玉とか、とんかつとか、お前の新しい飯の事かと思ったわ」
つまんねぇなとジョバンニは、興味を失くし、目の前に置かれた弁当に手を伸ばした。箸を持ち、だし巻き卵を取った彼は、それを口に放り込んだ。
もぐもぐとしながら、紗良の持っている弁当箱を横目で見ながら、
「で、その弁当がなんでお前のその残飯みたいなやつと結びつくんだ? その残飯が――きゃらべんってやつなのか? このぐちゃぐちゃを売り出そうってのか? こんなの……この前の不気味な編みぐるみと一緒で、絶対に売れねぇぞ。誰も食いたがらねえし」
「残飯、残飯って失礼ね。これも、ちゃんとあなた達と同じもので作ったお弁当よ。ただ……ちょっと……見た目が違うだけよ。味は、一緒なんだから」
ふんと顔を背ける紗良。
いつの間にか弁当を平らげていたジョバンニが、紗良の弁当に手を伸ばした。三角形の小さな卵焼きを取り出し、彼はそれを眺めながら言った。
「なんで、卵焼きが三角形なんだ?」
「それは、河童のクチバシよ」
「え? 僕の?」
紗良の言葉に河童少年が驚いた様子で尋ねた。ヴォルフも箸を止めて紗良を見上げた。
皆の視線を集めた紗良は、ばつが悪そうにして背中を丸めて、
「――いや、あのね。河童のキャラ弁を作ろうかと思って……それで、失敗したのよ。
キャラ弁ってのは……この弁当の中に入っている、そうね、おにぎりとか、卵焼きとかを使って……絵? そうね、立体的に絵を描く? その絵をお弁当の具材で再現する? そんな感じ?
なんの絵かというと、テレビに出てるキャラとか、アニメキャラとか……日本では、ほらあ、男の子なら――戦隊ヒーローもの……ヒーローって、剣とか銃で悪者と戦う――」
「まったく、意味が分からん」
紗良の卵焼きを食べ終えてジョバンニが言った。
「そ、そう。わかんないのよ。わかんなくていい。大丈夫。だって説明、難しいんだもん。私も説明してて訳が分からなくなってきたし――しかも、キャラ弁、想像以上にめっちゃくちゃ難しかったから。私には、絶対無理だった。
だから、もう、いいのよ。キャラ弁の事は、忘れましょう。聞かなかった事にしてちょうだい。
と、とにかく、この箱があれば、外でご飯を毎日食べれますと――そういう事よ。子ども達も、ぎりぎりまでお外遊びをして、秒でご飯にありつけますと――そう言うことよ。ほほほほ」
「何が、ほほほだよ――ま、お前が、諦めたってんなら、きゃらべんだかの事は、ま、いっか。
しっかし、まだ、お前、金稼ごうって考えてたのか。そんなに召喚士様みたいに金持ちになって城とか建てたりしたいのか?」
ジョバンニが横目で尋ねる。ジョバンニの言葉に、弁当を食べていたヴォルフが顔を上げた。手を止めて不安げに紗良の言葉を待っている。
紗良は、いやいやと首を横に振りながら、
「城とか欲しいんじゃなくて、稼がなくてもいいんだけれど……やっぱり? この異世界に来て、せっかく若返ったんだから、ちょっと、物語の主人公的に? 王道的な、なんか、ほらやってみたくなっちゃって……
まあ、私、すんごいスキル持ちとかじゃないから、無双系は、無理で――恋愛要素も皆無だし……成り上りますって感じでもないし。
ドアマットヒロイン的に、虐げられてる感も――ゼロだから……残りはって言ったら『辺境に送られた私ですが、前世の知識を活かしてのんびり暮らしてます』――みたいな? あ、生まれ変わってもないから前世の……って言うのは、違うけど、辺境ってのは……この島って事でいいわよね――のんびり、スローライフ……外でお弁当を食べるのも、そういう事よね――」
ぶつぶつと腕を組みながら喋り続ける紗良に、ジョバンニは、面倒だなと床に寝転がった。
「ま、とにかく、好きにすりゃあいいけど――とりあえず、腹も一杯になったし、少し寝るわ。その妄想も今度聞くから」
目を瞑って背を向けたジョバンニに、紗良は、もうと頬を膨らませた。不満げに俯きながら弁当を食べていた紗良の耳にヴォルフの声がした。
「河童くん、どうしたの?」
紗良が顔を上げると、すでに食事を終えた河童少年が、日傘を見上げながら、難しい顔をしていた。
「日傘がどうかしたの?」
紗良が尋ねた。河童少年が天を仰いだまま答えた。
「この、大きいの僕も欲しい」
「欲しいって、どうするの?」
「僕の部屋に置くの。寝るところに」
「なんで?」
「僕のお部屋、雨が降ってくるから」
「雨?」
こくりと頷く河童少年。
「嘘でしょ、もしかして雨漏りしているの? え? でも、この間、私――あ、やばっ」
「やばって、お前、今度は何したんだよ」
ジョバンニが起き上がった。
「ちょ、ちょっと、見てくる」
慌てて立ち上がり駆け出す紗良に、
「あいつ、また余計なことをしたな」
ジョバンニは大きくため息を吐いた。




