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第二十一話 夜の手仕事と何気ない会話

 夜更け過ぎの居間。


 紗良は、丸テーブルに向かっていた。テーブルの上には、細長く裂かれた古着の束と、小さく巻かれたいくつもの毛糸玉、羊毛でできた獣耳、蝋でできた黒い球体が散らばっていた。


――コンッコン、コン


 軽快なノック音と共にジョバンニが扉を開けて入ってきた。彼は、果実酒を片手に、

「紗良さん、今日は何を作ってるっすか?」

 彼女の向かい側に腰を下ろした。


「あなた、酔っぱらってるの? それ、カイルの台詞じゃない。河童ちゃんを寝かしてくるって――子どもたちは、どうしたのよ?」


 紗良が、目を吊り上げながら尋ねた。


 ジョバンニは、へらへらと笑いながら木製のグラスをカラカラと揺らして見せた。


「あいつらは、もうとっくに寝ましたよ。今日一日、山を走り回ってたからな。一瞬で寝たよ。河童なんて、枕に頭を乗せた瞬間熟睡してたぞ。あいつの寝つきの良さ、ヴォルフの小さい時とは、大違いだ――あ、でも、ヴォルフも、何だかんだ……」


 ジョバンニは、羊耳を露わにした。ぴくぴくとそれを動かして、

「もうぐっすりだ。あいつの狼の寝息がする」


「狼の寝息って――違いがあるの?」


 紗良が驚いたように尋ねると、ジョバンニは、ニヤリと口角を上げながら頷いた。


「何年、あいつの面倒を見てると思ってんだよ。あいつの寝つきの悪さや、夜泣き、ずいぶん苦労させられたからな。あいつの熟睡の合図は、獣に変身すること。その寝息を判別するくらい――もう、朝飯前ってやつっす」


 ふふんと機嫌よくジョバンニは、グラスに口をつけた。ぐびぐびと飲む姿に、紗良がその目をまた吊り上げた。


「ちょっと、ペース、早くない?」


「良いの。良いの。今日は、いつもより暑かったし? 氷もたんまり買ってきたし? 特別なの」


「特別って、今日も何もなかったじゃない、いつも通りだったでしょ」


「何もなくても――昨日より今日、ずっと暑かったからな。だから、紗良さん、今日は特別っす」


「いや、意味わからない。あなた、ずいぶん酔っぱらってるわね」


 紗良は、ジョバンニに呆れた表情を浮かべるとその視線を手元に移した。


 年季の入った黒光りする糸切ばさみを手に、彼女は、慎重に編みぐるみから耳と目を切り離していた。


 俯いて黙々と作業する紗良を眺めながらジョバンニが、口を開いた。


「それ、不気味な編みぐるみ、ずっとお前の部屋に並んでたけど、ようやく処分する気になったのか」


「まあね。処分ってのは、ちょっと嫌な言い方だけど、再利用ってとこね。河童ちゃんが来て、彼、おままごとが好きだから、色々と作ってあげたくなって――それに、床掃除をしていたモップもボロボロになってきたから……」


「モップってあの俺らの古い服やら布を裂いて作ったあれか?」


「そう、それよ。あれについていた布切れ、ほつれがひどくなっちゃて、あれで床を拭いたら、小さい繊維が落ちまくって、床を拭く度に、糸くずが床にまき散らされて……掃除した意味って突っ込みたくなる事態に陥ってたのよ。

それで、この編みぐるみの中に入れていた布でモップを作り直そうと思って――」


 紗良は、テーブルの上に置かれた細長い布の束を指さした。こんもりと積まれたそれらを眺めながらジョバンニが言った。


「古布……たくさん中に入ってたんだな。これだけあれば、モップ――何本も作れるんじゃね?」


 言いながらジョバンニは、腰を少し浮かして尻ポケットに手を入れた。中から一握りの木の実を取り出し、テーブルの上に置く。


 木の実を前にんまりとした笑顔を見せると彼は、そこから一つをつまみ、口に放り込んだ。ぼりぼりと音を立てて木の実を食べると、果実酒をひとくち――ごくりと飲んだ。


 紗良は、テーブルに置かれた木の実をちらりと見たが、何も言わずに手元に視線を戻し、

「編みぐるみの形を崩さないように、みっちりと詰め込んでいたのよ。この編みぐるみ用に、古布をたくさん消費しちゃったから、モップにまわすのが足りなくって、そのまま交換なしで使い続けていたの」


 紗良は、肩を竦めた。


 ジョバンニは、ばつが悪そうにしている紗良にニヤリと口角を上げて、

「じゃあ、その気味悪いぬいぐるみの元凶、リアルケモ耳は、どう再利用すんだ? 俺の毛も、結構たくさん消費されちゃってたっす」


「こ、これも、もちろんちゃんと再利用するわよ。えっと、これは、まず、蝋の部分を取って……羊毛フェルトだけにして、できる限り小さくちぎって、ほぐして、おままごとで使うお人形さん用のお布団の中綿にしようかなって――」


「おままごとって、河童のか?」


 ジョバンニが尋ねた。木の実に手を伸ばす。

 紗良は、手を止めずに彼に答えた。


「そうよ。あの子、外遊びも好きだけど、おままごとをしてあげるとすごく喜ぶのよ」


「そういえば、この前もすーすーおにぎりを売りさばいてお店屋さんだかってやってたな。あのすーすーって、便所葉っぱを混ぜてんだろ?」


 ジョバンニは、グラスの中の氷を眺めながら言った。

 紗良も、手元に視線を落としたまま話し続ける。


「そうなの。私がね、小さい頃によくやったおままごとで、平たい石をまな板に見立てて、そこに葉っぱとか、小さいお花とかを置いて、それを細長い石ですり潰していたのよ。細長いのが包丁ってところね。それが一体何の料理を作ろうとしてそうしていたのかは、思い出せないし、謎のままだけど――今回は、そのすり潰した便所葉っぱを河童ちゃんが泥に混ぜてみたいって、そうしたら泥がすーすーして――」


 ふふふと紗良は、微笑みながら言葉を続けた。


「あの子が来て、あの子と一緒に、おままごとをしていたら――ばあばの事を思い出して……十年前、あなた達と暮らし始めた時も、じいじとの事を思い出して、それでじいじとの話をたくさんカイルに話してたなぁって」


 紗良は、またふふふと楽しそうに笑みを浮かべた。紗良の笑みを眺めながらジョバンニは、ぐいとグラスを傾けた。


「そういや、カイルからの手紙、まだ読んでねぇな」


 ジョバンニがぽつりと呟いた言葉に、紗良は驚いたと声を上げた。

 作業の手を止めてジョバンニを捉える。


「嘘でしょ? じゃあ、カイルに返事も書いてないの? この前、本土に持って行ってもらったのも――私とヴォルフの分だけ?」


「まあ、そうだな」


 なんてことないと言った様子で、ジョバンニは、また木の実に手を伸ばした。


 紗良は、呆れたとため息を吐きながら、

「ま、でも、あなた達は、昔からそんな感じだったものね」

 また、手元に視線を戻した。


「ま、そうだな。カイルは、まあ、大丈夫だろ。それより、俺は、ヴォルフがアーサーさんと会えなくて寂しがってないかっての方が、気になるな」


 ジョバンニの言葉に、紗良は顔を上げた。


「大丈夫なんでしょ?」


「ん? ああ、今の所は……大丈夫そうだな。アーサーさんの育児書を読んでるのもあるし――それに、河童の存在が大きいな」


 ジョバンニは、木のグラスを眺めながら答えた。


「確かにね。二人ともずっと一緒だものね」


 紗良も彼が手にしているグラスを眺めている。


「そうだな。河童、ずっとヴォルフの後をついて回ってるからな――そのうち、あいつ本土にもヴォルフにくっついていくって言いだしそうだな」


「なに、駄目なの?」


「あいつ、まだ、河童だろ。人の形してんのに全身茶色の毛で覆われてて、頭の皿は、帽子で隠せば良いとして……あいつのクチバシ、どうするんだよ? あんなんが街なかを歩いてたら、大騒ぎになるぞ」


「確かにね。クチバシはだめね……ま、そうなったら、また私のこの羊毛フェルトの匠の技で――狸の(くち)マスクを作るわ」


「マスクって、あの、風邪引いた時に俺らがつけさせられてたやつだろ? あれを狸の口にするって――本当に狸になれるのかよ。そっちの方が大騒ぎにならねぇか……まあ、いいや」


 ジョバンニは、果実酒を飲み干した。テーブルの上に残っていた木の実もすべて掴み取り、口に放り込む。


 ゴロンと床に仰向けになったジョバンニに、紗良が言った。


「直立歩行をするめずらしい狸――ふふふ。可愛いじゃない。マスクに使っていた生地まだ残ってたわよね」


 紗良が上を向いた。いつもの様に思案顔をしている紗良に、ジョバンニが同じように天井を眺めながら、言った。


「って、まだ、あいつ本土に行くって言ってないけどな」


「そうね。勝手な妄想が、また暴走したわね」


「そうだな。暴走で――もう」


 ジョバンニが、窓の外に視線を移した。白み始めた空を眺めながら、

「こんな、暴走会話で――また、徹夜したな。俺ら、くだらない話しかしてねぇ」


 ジョバンニの視線を追って窓の外を見遣った紗良。彼女は、(あかつき)に目を細めながら、呟いた。


「くだらないけど――楽しかったわ」


 笑顔を浮かべながら窓に向かって何度か深呼吸をした紗良の背後から、ごうごうという聞き慣れた音がした。


「あら」


 言いながら振り返った彼女が見遣る先には、口を半開きにしながら床に大の字になっているジョバンニがいた。


 紗良は眉尻を下げて彼に微笑みかけるとゆっくりと腰を上げ、部屋の隅へと向かった。木箱から古びた毛布を取り出した彼女は、それをそっとジョバンニに掛けた。


 目を閉じたまま無意識に毛布にくるまるジョバンニ。


「ふふふ。十年前と変わらないわね」


 二人に、やわらかな朝の陽射しが降り注いだ。

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